「あーあ、先越されちゃったね」
テラスまでやってきた凪がぽつりと呟く。
風が強いせいか、外のソファー席は不人気だった。一方の室内は、相変わらず飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎで、ワインボトルが床に転がっている。
「今年に入ってもう三度目だよ。来月は斬鉄の結婚式だっけ?」
「あー……、そういえばそうだな」
「急にみんな結婚していくじゃん。今までそんな素振りみせなかったのに」
ハァ、と重いため息をついて、凪がソファーの背もたれにふんぞり返る。
めったに飲んでいるところを見ないし、酔ったところも見ないのだが、さすがの凪も今日は飲みすぎたのか、頬が少し赤かった。それもそのはず、結婚式からの披露宴、そして二次会と続けば、どんな酒豪でも酔い潰れてしまう。お互いそこそこ酒には強いほうだが、凪も玲王もとっくの昔にキャパオーバーしていた。
「まー、こういうのはタイミングとかもあるしな〜。年齢的にも、そろそろ身を固めるにはいい歳だし。つーか、お前って結婚願望あんの?」
「あるよ。めちゃくちゃある」
「マジかよ! 意外! てか、お前とこういう話するの初めてかも……」
熱くなった息を吐き出しながら、酔いを醒まそうとパタパタと手で顔を仰ぐ。
凪に結婚願望があるのは意外だった。今まで浮いた話のひとつも聞いたことがなかったから……というより、意図的に聞きたくなくて避けてきたから、凪にそういった気持ちがあると知ってちょっとだけ悲しくなった。いつかは凪も結婚しちゃうんだよなーと思うとやるせない。
「レオは? そういえば、婚約者がいるとかいないとか言ってなかったっけ?」
「そういやぁ、そんな奴もいたな……」
「なにそれ。ずっと続いてたんじゃないの?」
「親同士が勝手に決めただけの相手だからなんもねーよ。それにこの前、破断になった」
「えっ」
凪がガバッと勢いよく体を起こす。本当に? と鬼気迫る表情で問い詰めてくる凪に思わず後ずさった。
さっきまで、ソファーにふんぞり返っていたくせに。溶けちゃいそうなぐらい、ぐでーっと体から力を抜いていたくせに、凪に強く両肩を掴まれて逃げ場を失ってしまう。
玲王は、そんなに他人の不幸を喜ぶなよなーと笑うと、凪の手を振り払った。
「別にレオの不幸を喜んではないよ。でもどうして?」
「いつまで経っても結婚しないから」
「どういうこと?」
「全然、縁談の話が進まないから、他の財閥の息子と結婚するんだとー」
俺としてはラッキーだけど! と、付け足して笑う。
本当にラッキーだった。それは嘘じゃない。人生の伴侶ぐらい自分で選びたいし、ビジネス結婚だけはしたくない。そこまで自分の人生を"家のため"や"ビジネスのため"に費やしたくなかった。だから、ラッキーではあった……けれど、傷つかなかったわけじゃない。
ただシンプルに他人から選ばれなかったこと、結局は金と名誉のために他を選んだことを知り虚しくなった。自分だって相手のことを選ばなかったくせに。随分と虫のいい話だとは分かっているけれど。
だけどやっぱり切なくなるのだ。今までの人生、いつだって九十九点止まりで、本当に欲しい物には手が届かなかった。残念ながらヒーローにも主人公にもなれなかったし、サッカーにおいても一番になれているかどうか、正直怪しい。
凪のことだってそう。大好きで大切な宝物である凪の、特別な友人ポジションには収まっているけれど、本当の一番にはなれないことを、ずっと前から知っていた。
凪にはずっと好きな人がいる。それは他のメンバー経由で聞かされていた。ずっと一途に思い続けている相手らしく、レオもよく知ってる人だよ、と聞かされている。自分がよく知る人間かつ凪と共通の知人なんて、サッカー関連かマスコミ関連の人しかいないが、たぶんその中の誰かなのだろう。永遠に知りたくないので、深く追求するつもりはないが。
「ま、本当に流れてよかったわ! ずっと好きな奴いたし」
「……は? なにそれ」
「ちょ、お前、さっきから顔怖いって」
「レオに好きな人がいるなんて初耳なんだけど」
「いや、言ってないし」
お前だ、とは口が裂けても言えない。お前のことを、実は友だち以上に想っていたとは言えないので、笑って誤魔化す。だけど、少しは気にして欲しくて凪の方を見たら、ガクッと肩を落としていた。
「えっ、そんなに秘密にしてたのがショックなのかよ?」
「うん、まぁ……」
「お前だって俺に教えてくんねーじゃん」
「なにを?」
「好きな人のこと」
知りたくないくせに教えて欲しいとは矛盾している。でも、他のメンバーは知っていて、一番凪の近くにいる自分だけが知らされていないのは悔しい。
「お前の方は順調?」
「さっきまでは」
「ハッ、なんだそれ」
「フリーになってやったーと思ったら速攻フラれた」
「それは……ご愁傷さま」
「……お前のせいだよ」
ずっと、レオのために空けてたのに。
そう言って、すりすりと左手の薬指を撫でる仕草に、ぽかーんと口を開く。
「でも、レオには好きな人、いるんだもんね。じゃあ、もう、無理じゃん……」
「お前、なに言って……」
「俺のほうがレオのこと、幸せにする自信あるのに……」
「……なぁ、お前、さっきから自分でなに言ってるか気付いてるか?」
「んー……、どうだろ……」
もう眠い、ちかれたー。と呟いて、肩に頭を乗せてくる凪に柄にもなくドキリとする。
急速に酔いが醒めた。眠気も怠さも何処かへ吹き飛んでしまう。
なぁ、凪、寝るな! と凪を揺さぶったが、既に目を閉じていた。今度は玲王の方がガクッと肩を落とす。
凪が起きたら、早急に答え合わせをしなくては。だけど、ひとまず、今はこのまま。
凪の頭を撫でながら、何もない凪の左手を握る。もしかしたら、次の次ぐらいで自分たちの結婚式になるかもしれない、なんて、そんなことを思いながら。