「あー……、頭いてぇ……」
頭がぐわんぐわんする。心なしか喉も掠れている。
玲王はぐうっと伸びをすると、重たい体を起こした。
見慣れない壁紙、いつもとは違う寝心地のベッド。硬めのシーツはホテルのベッドのようだ。もう少し柔らかめのシーツが好みだから、確実に自分の部屋じゃない。……というか、
「はぁ!?!?」
素っ頓狂な声を上げる。勢いよく布団をめくったら、まさかの素っ裸だった。
「なんで!?」
玲王の叫び声で覚醒したのだろう。隣から「んー……」と唸るような声がした。そんなまさかな、と思いつつも、油切れのロボットみたいにギギギ……と首だけを動かして横を見る。
こんもりと膨らむ布団。ちょっとだけ布団からはみ出た頭頂部。見慣れた白い毛。
うそ、嘘、嘘、もしかして……!
「……ん、れお……?」
「やっぱり!! なんでお前が此処に!? っていうか、なんで俺たち素っ裸!?」
もぞもぞと布団から出てきたのは素っ裸の凪だった。お互いパンツすら穿いていない。もしかして、これは……と数秒で思考する。"凪と寝たのでは"という結論に至った瞬間、身体がベタベタしていることに気が付いた。汗の匂いと、それとは違う独特な匂い。おまけに腹のあたりが少しカピカピしている。これは、絶対――――
「どうしたの? 固まって」
「いや、だって……、つーか、こっちくんな!!」
ダメだ。直視できない。幾度となく凪の裸を見てきたが、これはダメだ。ブルーロックにいるときは同じ風呂に入っていたから耐性ができていたけれど、お互いプロになってからはそうした機会も少なくなっていた。だから凪の裸を見るのは久しぶりだ。何より、凪のことを好きだと自覚してからのこれは心臓に悪い。見てはいけないと分かっていても、つい目が凪の体をなぞってしまう。
「……レオのえっち」
「ハッ、ちがっ、ていうか見てねぇ!」
「それは無理があるでしょ」
ふわっとひとつあくびをして、凪がもう一度ベッドに倒れ込む。二度寝する勢いだ。
――いやいやいや、落ち着きすぎだろ。だって俺たち、一発ヤってんだぞ!? ここは照れたり、驚いたり、うわ……ってなるもんじゃねぇのか!? と、ひとり錯乱する。
第一に、昨夜なにがあったのかまったく覚えていない。かろうじて三軒目までの記憶はあるが、そこから先の記憶は途切れていた。だから、きっとそこで何かあったのだろう。
……いや、本当に?? ただ、疲れ果てて寝るためにホテルへ来た可能性だってある。お互い全裸なのは不思議だけど。
「……なぁ、凪。確かめておきたいことがあんだけど」
「んー? なに?」
「俺たちさ、なんで裸……なんだ……?」
「えっ、……まさかレオ、覚えてないの?」
凪の表情が珍しく変わる。またしても、のそのそと起きてきた。これはきっと何かあったやつだ、たぶん。凪の表情が崩れるくらいだから、大事な何かがあったはず。だけど、何ひとつ覚えていなかった。もしかした本当にお互い合意の上で寝たのかもしれない。だが、その割には身体に違和感がなかった。もし、こちらの記憶が飛んでいるだけで、実際は凪と想いが通じ合い、寝たというのであれば嬉しい。凪のことはそういう意味でも好きだから。……いや、でも初めての記憶がないのは悔やまれるかも。
「そんな悲しそうな顔しないで。誰にだってこういうことはあるよ」
「誰にだって……?」
どういうことだ。凪にとっては酒に酔って記憶を飛ばし、行きずりの相手と寝ることは日常茶飯事なのだろうか。
お互い、別のチームに所属するようになり、なかなか会えない間に、凪はもう他の誰かと……。
「大丈夫、レオ?」
「っ、触るな!」
伸びてきた凪の手を振り払う。思った以上にダメージを受けていた。怒りと悲しみが込み上げてくる。
凪にとって、取るに足らない朝だと思うと辛い。こっちは初めこそ驚いたものの嬉しいと思ってしまったのに。
「ごめん。お互いにまだ汗とか体液でベタベタだもんね。それにお酒臭いし」
「そういうことじゃねぇ。あと、生々しい言い方すんな」
「だってそうじゃん。俺たち、服までお酒でビショビショにしちゃったし」
「うん。……ん?」
「おまけにトイレまで間に合わなくてその場で吐いちゃったからさ……。ま、それは止めなかった俺が悪いけど」
「ん……??」
服まで酒でビショビショ? 吐いた?
意味がわからない。というより、いろいろと話が噛み合っていない気がする。
「あれ、覚えてない? 昨日、めちゃくちゃ酔っちゃってさ。特にレオなんか、ボトル抱えちゃってたじゃん」
「は……? マジで言ってる?」
「マジだよ、大マジ。で、取り上げようとしたらこけちゃって、二人ともお酒かぶるし、レオは戻しちゃうし。そこは、飲み過ぎだって止められなかった俺が悪いけどさ。……ま、そんなわけで此処に来て、とりあえず適当に服洗って、レオを寝かせたってわけ」
「…………」
最悪だ。言葉にならない。すべて忘れていたこともそうだが、大失態もいいところだ。凪に迷惑をかけて、おまけに凪の服まで汚して、いろんな勘違いをした挙げ句、勝手に傷ついて。あまりにもダサすぎる。
「……悪い。昨日は迷惑かけた」
「ううん。俺も久しぶりにレオと会えたからハメ外しちゃったし」
「いや、外したのは俺だろ……。ということは、つまり俺たち……」
じっと凪を見る。凪も察したのだろう。察した上で、何もなかったよ、と言った。
「それとも何か起こって欲しかった?」
「ハァ!? んなわけねぇだろ!」
「本当に?」
凪に引っ張らられる形でベッドに倒れ込む。気付いたら凪に押し倒されていた。
「だってさ、普通はこういうときホッとするもんでしょ。でも、さっきのレオ、ちょっとだけ残念そうな顔してたもん」
「残念そうになんか、」
「それに昨日、ずっと言ってたもんね。俺のことが好きだって」
「ハァ!? そんなこと言ってたのかよ!?」
「うん」
凪の手が自分の手に重なる。指まで絡め取られた。びっくりして振り払うとする手を、逃さないとばかりにぎゅうっと握られる。
「……ね、レオ。本当にシちゃおうか」
「お前、なに言って……」
「俺も玲王のこと大好きだから」
ふにっと唇同士が重なる。一瞬だった。すぐに離れた凪の唇が、あっ、と声を上げる。
「そういえば昨日、既にキスだけはしてたんだった」
「へ、」
「レオがあまりにも好き好き言ってくるから、俺も好きーって思わず」
だから何もなかったは嘘。と言って、凪がぺろりと下唇を舐めた。