※玲王視点
「れーおー、俺も一緒にお風呂入りたい」
「だーめ! 今日は一人で入る!」
「……どうせこのあとえっちするじゃん」
「だからダメなの!」
脱衣所の扉を開き、ひょこっと顔を出す凪を締め出す。
あけすけな物言いに頬が熱くなった。何度も凪と身体を重ねているけれど、ストレートに表現されると恥ずかしくなるものだ。実際、凪の言う通り、入浴後にはお楽しみタイムが待っている。
だからこそ、風呂は一人で入りたかった。凪を受け入れるためには準備がいる。みっともない姿を凪の前で晒したくない。だけど、そのことを知ってか知らずか、また凪が顔を覗かせた。
「一緒に入った方が待たなくて済むじゃん」
「それはお互い様だろ。俺だって、お前がシャワー浴びてる間は待つわけだし……」
「それに俺、レオに頭洗ってもらいたい。体も洗ってもらいたい」
「それぐらい自分でしろ!」
「やだよ、面倒くさーい」
いつもみたいにお風呂入れてよ、と凪が言う。凪と一緒に風呂に入り、頭や体を洗ってやるときがあるから、今日もそうして欲しいのだろう。こちらが承諾する前に、凪が服を脱ぎ始めた。
「あ、こら、凪!」
「お願い、レオ」
口では懇願しつつも、一切遠慮することなく凪が服を脱いでいく。しまいには、それすらも面倒くさくなったのか、中途半端にインナーのシャツを腕に引っ掛けたままこちらに腕を伸ばしてきた。引っ張って脱がせろということらしい。
「……ったく、」
赤ちゃんか、とツッコミを入れる。心の中でツッコんだはずが、口に出ていたようだ。不服なのか、凪がツンと唇を突き出すが、相変わらず動こうとしない。脱がされるのを待っている。
「ほら、バンザイしろ」
「ん」
「足も上げて」
結局、凪のお願いに負けてしまった。だけど、こうして甘えられるのは嬉しい。
凪はよく面倒くさいと言うが、100%そう思って言っているわけではないと付き合い始めてから気付いた。要は甘えているのだ。そして、その甘える行為そのものが愛情なのだとも知った。だから、つい、甘やかしてしまう。このでっかい赤ちゃんを。
ご飯を食べさせたり、お風呂に入れたり、着替えさせたり。求められるがまま、甘やかしてしまう。
「凪くん、ちゃんと脱げましたねー。えらい、えらい!」
「俺、赤ちゃんじゃないよ」
「赤ちゃんだろ」
ケラケラと笑いながら自分の服も脱ぎ捨て、凪と共に浴室に入る。
それから暫くして、本当の意味で何もできない赤ちゃんにされたのは俺の方だった。
※凪視点
玲王はよく、俺のことを赤ちゃんだって言うけれど、本当の意味で赤ちゃんになるのは玲王の方だ。
「レオ、大丈夫?」
「大丈夫に見えるかよ……」
こんもりと膨らむ布団の上から玲王の背中を撫でさする。
玲王の声はガラガラに枯れていた。すべての言葉に濁点が付いているように聞こえる。俗に言うダミ声。玲王の溌剌とした綺麗な声をこうなるまで枯らせてしまったのは俺が無理をさせたせいだ。
昨日の夜から今日の朝にかけて玲王のことを抱いた。もっと言えば、ベッドに入る前から抱いた。お風呂の中で玲王とイチャイチャしてそのまま。お湯でのぼせた玲王が可愛くて、気付いたらキスしていた。
それから何回、玲王のことを抱いたか分からない。それぐらい、夢中になって玲王のことを愛したし、いっぱい甘やかした。
そのせいで今、玲王は動けなくなっているけれど。
「お水、いる?」
「いる……」
布団の中からくぐもった声が聞こえてくる。
俺は急いで寝室を飛び出すと、キッチンからミネラルウォーターを持ってきた。布団の山から玲王をすくい出して背中に腕を回す。自力で起き上がれない玲王の体を支えながら、ペットボトルを差し出した。
「…………」
「あ、ごめん。キャップも開けるね」
玲王の背中に枕を二つ挟んで、簡易的な背もたれを作る。それからペットボトルのキャップを開けた。乾燥してカサつく唇にボトルの口を押し当てる。
「飲める?」
「ん……」
ゆっくりとペットボトルを傾ける。だけど、飲み込むことすら億劫なのか、口の端からだらだらと水が溢れた。
「レオ、こっち向いて」
言われた通りにこっちを向くレオの口をティッシュで拭う。いつもは俺が口を拭われる側だけど、ベッドの上では逆だった。食事も風呂も着替えもすべて俺の仕事。甲斐甲斐しく世話をして回るのは俺の方だった。
「凪……シャワー浴びたい」
玲王が抱き起こせ、と言わんばかりに腕を伸ばす。俺はそっと玲王の腰に手を回すと、体を支えながらベッドから下ろした。
「歩ける?」
「……微妙」
下半身が怠いのだろう。玲王がよたよたと歩いていく。
だけど、本当はそこまでヤワじゃないことを知っている。これは甘えベタな玲王なりの甘え方だった。
「おんぶする?」
「それはいい。けど……」
体、洗って欲しい……と小さく呟く玲王に、俺の心臓がきゅうっと音を立てて鳴る。
可愛い。赤ちゃんみたい。
玲王のこと、ぜーんぶ綺麗に洗ってあげるね、と言ったら、玲王がふいっとそっぽを向いた。
「そこまでは、いい……」
赤ちゃんじゃねーし、と不貞腐れる玲王のこめかみにキスをする。俺が心の中で、赤ちゃんみたい、って思ったことを何となく察したのだろう。玲王はツンとしながらも、俺の腕を引っ張った。
「分かってるよ。でも、今だけはいっぱい俺に甘えてね」
「……ん」
どうせ、一眠りしたらまた俺が玲王に甘える番になるから。