素直に助言を聞いた自分が馬鹿だったなぁ、と思う。
玲王は居心地悪く、テーブルの下で足を組み替えた。カジュアルなイタリアンバルの個室で、厚く切られたローストビーフをあまり噛まずに飲み込む。
一方の凪は、珍しく小さな口を懸命にもぐもぐと動かしていた。いつもなら食べるのが面倒くさいとすぐに投げ出してしまうのに、今日の凪は面倒くさいことをひとつひとつ丁寧にこなしている。
そもそも、この店を選んだのは凪だ。予約してくれたのも凪。
数週間前、『クリスマスデートは俺がエスコートするね』と凪に言われた。てっきりそういうことはすべてこちらに一任されると思っていたから拍子抜けした。
目を丸くして驚く玲王に、凪がツンと唇を尖らせて言う。初めて恋人と過ごすクリスマスだもん、それぐらいはするよ、と。
そんなわけで、いわばこの状況こそが凪からのクリスマスプレゼントに等しかった。
面倒くさがり屋のあの凪が自分のために店を調べ、予約までしてくれたなんて! それだけですごく嬉しい。嬉しいのに、凪は徐ろにカトラリーを置くと、待ち合わせのときから手に持っていた紙袋を掲げた。
「はい、これ。プレゼント」
そう言って手渡された紙袋は、街でもよく見かけるジュエリーブランドのものだった。そうだよな、普通はそういうものをプレゼントに選ぶよなぁ……と思う。今からでもプレゼントを選び直したいと思いつつ、凪から紙袋を受け取った。
「ありがとな、凪」
「どーいたしまして」
「開けてもいい?」
「うん」
紙袋を開き、中から小さな箱を取り出す。真っ白なリボンを躊躇いがちに解いた。箱の上蓋を開くと、そこには――
「指輪……?」
「そ、実はペアリング」
シルバーの指輪が箱の中からだけではなく、凪のポケットからも出てくる。
小さな石がはめられた指輪だ。ユニセックスなデザインで、男が身に着けていても違和感がない。
凪は何食わぬ顔でその指輪を自身の左手薬指にはめた。
「たはっ! 気が早すぎ!」
「そんなことないよ。俺はずーっと玲王のことが大好きだったもん」
自信満々に言い切る凪の目は熱っぽい。
凪と付き合い始めたのは一ヶ月前だ。だけど、それよりも前から互いに想い合っていた。特に凪は出会った当初から想ってくれていたらしい。その事実を知ったのは、つい最近のことだった。
「それに、どうせ来年も一緒にいるし」
凪がジュエリーボックスから指輪を抜き取る。恭しく取られた左手薬指にそっと指輪をはめられた。石の上をつるりと撫でる凪の指先には愛しさが込められている。
「っ……!」
「で、レオは?」
「へ?」
「俺へのプレゼント、あるんでしょ?」
コートの右ポケットが膨らんでたもん、と凪が言う。
その一言で一気に頬が上気し、すぐに背筋が凍った。温度差でおかしくなりそうだ。
このまま、忘れた、と言って有耶無耶にしたかったのに。そういうわけにもいかないらしい。
凪の目は期待に満ちている。たとえどんなものでも喜んで受け取ってくれそうだ。
だけど、今日用意したプレゼントはモノではない。はしたな過ぎるモノだ。千切が変なことを言うから。男は結局、こういうのが好きだって言うから。馬鹿正直に用意してしまったのだ。欲望まみれのプレゼントを。
「レオ?」
「…………」
「れーおー」
凪に催促される。もしかしてプレゼント被っちゃった? と的外れな推測が飛んできた。凪が不安そうな目で顔を覗き込んでくる。
嫌だ、引かれたくない。だけど、凪の期待を壊すこともしたくない。
玲王はごくりと唾を飲み込むと、コートのポケットに手を突っ込んだ。
「嫌だったら、突っ返して欲しいんだけど……」
保険をかけつつ、ポケットからプレゼントを取り出す。
凪に手渡したのは小さな箱だった。自分でラッピングしたそれを受け取った凪の表情がちょっとだけ緩む。
「レオから貰うもので嫌なモノなんてないよ」
「その……、モノじゃねぇんだけど……」
「どういう意味?」
凪が首を傾げながら箱のリボンを解く。中にあるものを見た瞬間、凪の目が大きく見開かれた。
「わりぃ……。馬鹿なことした。やっぱこれナシで!!」
慌てて凪の手からプレゼントを回収しようとする。だけど、凪がサッと手を引いた。シティホテルの部屋番号が書かれたカードが目の前で揺れる。
「これ、そういうことだよね?」
「いや、その、」
「嬉しい。一番、欲しかったやつ」
今夜はレオごとくれるんでしょう? と言った凪の目がとろりと細められる。
まだキスすら満足にしたことがないのに。プレゼントは俺、なんて思い切ったことをするから。
今夜、すべてを飛び越えて、凪と同じベッドで眠ることになった。