10/25:お菓子作り ある日。グラングランサイファーの厨房ではハロウィン用のお菓子作りが行われ、艇内がたくさんの甘い香りに包まれていた。
かなりの量を作るため、この日手が空いていた、ある程度料理のできる団員が多く呼ばれ、他の団員同様に声をかけられたランスロットとジークフリートは、クッキー作りを担当していた。
「っ……!」
焼き上がったクッキーが乗った鉄板を持っていたジークフリートが少し困惑した表情を見せたので、ランスロットは追加分の生地の材料を混ぜていた手を止めるとすぐに声をかけた。
「どうかしましたか?」
もしも火傷を負っていたらすぐに治療を、とあらゆる心配事への対処法が思い浮かぶ中、ジークフリートは困ったように唸る。
「十分に冷ませていなかったようだ。皿に移そうとした分をいくつか崩してしまった」
ジークフリートの手元を見ると、オーブンから取り出されたばかりの時はカボチャやコウモリの形を保っていた物が、確かに皿の上でぐにゃりと曲がっていたり、ほろほろと部分的に崩れた物もあった。
「これ、俺もやったことあります」
ランスロットは心の中でひとつ安堵した後、不恰好なクッキーを見ながら懐かしむ様に微笑んだ。
「母親の手伝いをしていた時、同じように……いや、冷まさずすぐに皿の上に大雑把に置いた俺の方が酷かったかもしれません」
話に対して、ほうと興味深そうに相槌を打つジークフリートを照れくさそうに見ながらランスロットは話を続ける。
「冷ます発想がなかったというより、恥ずかしい話ですが、早く焼き立てが食べたいと思ってたんでしょうね」
すると突然、ジークフリートが堪えられずといった様子でふふっと笑みを溢したので、ランスロットは目を丸くした。
「すまない。焼きたての菓子は堪らなく美味いと、お前が昔言ってたのをつい思い出してな」
本当に好きなんだな、と納得するように噛み締めているジークフリートとは対照的にランスロットは覚えがないといった様子だった。
「お、俺、ジークフリートさんにそんなこと話してたんですか…?」
「あぁ。黒竜騎士団でやったハロウィンパーティーの時に聞いた」
ランスロットはその時の記憶を必死で遡った。
後輩の騎士達がジークフリートに悪戯しようとしたのを阻止して笑われた時のこと、新米騎士になって初めてのハロウィンパーティーの日に声をかけてもらった時のこと。ジークフリートと話した時の記憶は次々と取り出すことができるが、自分が何を言ったのかは全く思い出すことが出来ない。
ひとつだけ覚えている、というよりも確信していることは、パーティーの時にジークフリートと話した自分は、ひたすらに舞い上がっていたということだ。自分の発言を忘れてでも記憶に残したかったものの存在に気づき、居た堪れなくなる。
「そういえば、味見は許可されていたな」
崩れたクッキーが乗っている皿をランスロットの前に持ってくると、ジークフリートはまた何かを思い出したように小さく笑った。
「料理の醍醐味は味見だ、とも言っていたな」
自分が忘れてしまったことをジークフリートが覚えていてくれているという事実を手放しで喜べたらどれほど良かったか。
いただきます、と言って壊れたクッキーをひとつ手に取り、口に運んだ。
軽い歯触りが心地よく、ほんのり暖かさが残っている。崩れていても焼き立てでしか楽しめない風味は健在だが、この瞬間だけは少し小憎たらしい味だった。