10/19:仮装の準備「今年も竜の仮装なんですね」
どことなく心楽しそうにランスロットが声をかけると、ジークフリートは小さく笑う。
「子供達もかなり気に入ってくれたからな」
去年のハロウィンでジークフリートが作成した衣装は相当好評だった。その時の衣装である、羽が付いたマントを子供達に貸し出したはいいものの、次々と自分にも貸して欲しいと申し出る者が現れ、ジークフリートの手元に衣装が戻ってきたのは随分時間が経ってからだったそうだ。
待っている間に何の仮装をしているのかと何度も尋ねられてしまったこともあり、今年はせめて、祭の間中誰かに貸せるようにと、マントをもう一つ作ることにしたらしい。
黙々と縫合するジークフリートの指の動きを、まるで学習するかのようにランスロットは見つめていた。
深緑色の鱗を夜色の布にあて、金色の糸をつけた針がゆっくりとその中に沈んでいく。布に縫い付けられた鱗たちがずらりと羅列すると圧巻で、本物の竜の素材を使うだけでここまで出来が良くなるものなのかと感心した。
「(ジークフリートさんは凄いな……)」
見習い時代、様々な場面で役立つからと最低限の裁縫の知識を教わったランスロットだったが、衣装の作成に活かせる程の技術が今の自分に残っているのかと考えながら、繊細なジークフリートの手つきを見ていると更に尊敬の念を抱く。口元に持ってきた糸を歯で切る仕草からは少し豪快さが垣間見え、何とも言えない温かさが胸に宿った。
整った横顔から見える金色の瞳は、戦いの中で見る鋭さはなく、日常を平穏に過ごす穏やかな形だった。そして、作業の邪魔にならないようにと、ジークフリートは髪を束ねている。普段は髪に隠れる耳が今は出ていて、珍しさに釣られてまじまじと見ていると心なしかほんのりと赤く色付いているようだった。
「ランスロット」
何か手伝いが必要なのだろうかと、名前を呼ばれたランスロットは返事をすると同時に背筋を更に伸ばす。しかし、伏し目がちに続けられた言葉は頼み事でも何でもない。
「……見過ぎだ」
意味に気付くまで、随分と時間がかかった。ランスロットがはたと視線を落とすと、ジークフリートの手元にあった仮装用のマントは随分と丁寧に折りたたまれている。
一体いつ完成していたのだろうかと疑問を浮かべた瞬間、ランスロットはバツが悪そうに、すみませんと小さく謝った。