懺悔せよ(仮)「ただいま‥‥中也?」
「おう、おかえり」
力なく微笑む中也に美香は近寄り、顔を覗き込む。
「どうかしたの?」
「ん?何でもねぇよ」
「何でもないって顔してない」
「‥‥ちょっと考え事してただけだ」
「本当に?」
「ああ。其れより牛乳買って来れたか?」
「買ってきたよ!って云うか初めてお使いに行った子みたいに云わないでよ!」
笑いながら話す美香。
「‥‥ははっ!そうだな、悪ぃ。本当にお前は面白ぇな。泣きそうな面してるかと思ったら直ぐ笑う」
中也の言葉に美香は目を見開く。
「‥‥気付いてたの?」
「まあな」
「其れでも訊かないでくれてたんだ。優しいね、中也」
「そンなんじゃねぇよ‥‥美香、俺の中でケリがついたから恋人のフリはもう終いでいいぜ。今まで付き合わせて悪かったな、助かった」
優しく微笑む中也に美香は首を振った。
「は?」
「まだ!‥‥まだ恋人でいて‥‥今度は私が中也にお願いする番。私が‥‥私が今の想いを吹っ切れる迄このままでいて?」
泣きそうに笑う美香に中也は困った顔で
「俺もお前も不器用でしようもねぇな」
といい笑った。
「‥‥そうだね。ねぇ中也、笑おう!笑っていれば何時か気分も晴れてしっかり現実に向き合える様になるから!」
「‥‥いや、俺は」
「中也に声をかけたのはね、中也も私と同じ目をしてるって思ったからなの。恋に傷付いた目、違う?」
何時になく真剣な顔の美香に中也は嘘をつけなかった。
「‥‥ああ」
「私もね、今現実から目を背けてる。中也もケリなんてついてない。そんな顔してるのにケリなんてついてないよ」
「美香」
「傷の慰め合いでもいいじゃない!私はあの日私と同じ目をした中也に縋った。中也も同じ理由で私に手を差し伸べてくれたんじゃない?何時かは現実に向き合わないといけない。でも、その時はね、嘘偽りのない私の気持ちを彼に伝えたいの。体裁や恥なんて捨てた私の本当の想いを。だからね!今は楽しく笑おう!笑っていれば前を向ける!一人より二人の方がより笑顔になれるよ!ね?」
必死に前を向こうとする美香に中也も心の靄が晴れていく様だった。
「‥‥熱血教師みたいだな」
中也の言葉に
「もう!ちゃかさないでよ!」
拗ねた声を出す美香。
「「‥‥‥」」
「莫迦だな、俺達」
「莫迦だね、私達」
「ははっ」
「ふふっ」
二人は顔を見合わせて笑った。
────
「うん!美味しかった!中也料理上手だね」
「否、お前あれはないわ。焼くだけしか頼んでねぇのに‥‥」
キッチンでぶつぶつ呟く中也にバツが悪そうに笑うしかない美香。そんな美香に
「もう暫く二人で住むなら買い出し行かねぇとな。丁度明日休みだし買い物でも行くか」
キッチンから珈琲の入ったカップを二つ待ってリビングに戻ってきた中也は声をかけた。
「ありがとう。中也明日休みなんだね!毎日働いてるから中也の会社はブラック企業かと思って心配してたんだよ」
カップを受け取りながら話す美香に中也は目を逸らした。
やっべ。美香に俺がマフィア幹部だと云ってなかったンだった。‥‥まぁいいか。このまま云わなくてもきっと、直ぐに美香もケリをつけるだろうし。会社員だと思ってるならそのままにしとくか。
中也は長椅子に腰を掛けると
「今は繁忙期だから仕方ねぇンだよ」
と話を合わせた。
「サラリーマンも大変だねぇ。じゃあ明日は休みを満喫しよう!中也と逢引するの初めてだよね!」
「逢引!?」
「違うの?」
「あ、いや‥‥違わねぇ」
色恋は太宰としかしたことねぇから知らなかった。そうか恋人が買い物に行くのは逢引になるのか。
衝撃を受け呆ける中也を不思議そうに見ていた美香は、
「そう、違わない。此れはれっきとした逢引だよ」と悪戯に笑った。