和製ホラーが苦手なリッパー 長身の紳士然とした男がフードを被った小柄な男の腕に抱きついて、幼子の如く後をついて回る。傍から見れば、異様な光景だろう。
しかし、抱きつかれている方の男は慣れているようだった。
しばらくの間は好きなようにさせていたが、流石にいつまで続くのか、とひとつため息を落としてから呟く。
「……ロンドンを震撼させた殺人鬼が聞いて呆れるな」
「日本のホラーはまた別物でしょう!? むしろ、どうしてナワーブくんは平気なんですか……?」
二人は様々なホラー映画を観る、共通の趣味があった。見終わるとお茶会を開き、感想を語り合うのがいつもの常である。
だが、今回は違った。なんと、リッパーは殺人鬼なのに和製ホラーがてんでダメであった。
途中から妙に静かだな、と思ってみれば固まっていた。そして、段々と平静を取り繕えなくなったのか手をガシリと強く握られる。
甘いそれではなく、恐怖故ガチの方であった。
「……リッパー」
「なんです。逃げるなんて許しませんよ」
「握る力が強いから弱めてくれ。握ってて良いから」
指摘すれば、バツが悪そうにゆるゆると力が抜ける。離れない手にそっと握り返せば、安心したように震えがおさまる。
しばらくすると手だけでは落ち着かないのか、ついにはナワーブを膝に置き始めた。ぬいぐるみじゃない、と言いたいところだが、見上げればそれどころでない様子。
いつもであれば悲鳴あげさせる側だというのに、味わったことのない戦慄のあまりにリッパーは情けない声をあげて顔を隠してしまう。
「……なぁ、当たってる」
「こんな映画選ぶんじゃなかったです……」
「聞いてるか? おい……ンっ……息が」
首に息が当たり、くすぐったさについ映画から気が逸れそうになる。だが、中途半端にやめるのはもっと落ち着かない。
そんなナワーブを利用して、時に映画鑑賞中リッパーが行き過ぎたちょっかいをかけることがある。
「がんばれ、リッパー。残り半分だぞ」
「へアァァ……」
今回ばかりは仕返しを兼ねて、このまま和製ホラー映画を見ることにした。
「もう……もう無理です、やめましょうこんな趣味の悪い映画……」
「意外とストーリー面白いぞ、これ」
その日弄ぶ標的を品定めしては、嗜虐的な笑みを浮かべているか、鼻歌を奏でている殺人鬼も今ではこの様である。
しかし、映画はいい所まで進んでいる。ナワーブは益々続きが気になり、片手間にリッパーを宥めながら見続けた。
「一体何がそんなに、こんな薄気味悪いのを楽しめるんですか……」
「面白いだろ、リアルで」
「そこがイヤなんですよ!」
リッパーは今にもこの場を立ち去って、正直もう見るのをやめたかった。
だが、ひとり部屋に戻るのも嫌で、リッパーは再びテディベアのようにナワーブを抱きしめて目を瞑る。
「あ、あぁ……この嫌な音は……アレが来る……来てしまう……っ、な、ナワーブくんっ少し音を小さくしてくれませんかっ」
「わかったよ。これで大丈夫か?」
「うぅぅ……見るんじゃなかったです……マシにはなりま……ヒッ」
霊の登場する演出の音が聞こえる度にビクリッと震え、映画が終わるまで一切顔を上げなかった。
「終わったぞ」
「…………はい」
放心したような状態でまだ顔を埋めている。ナワーブはそっとしておいてやることにした。自分でコントロール出来ない恐怖は存在するからだ。
幸い、ポップコーンはまだ残ってるので口に放り込む。無心でサクサクと咀嚼していく。
「……おーい、リッパー」
「…………責任とってください……」
「何言ってるんだ」
流石にそろそろ落ち着いたか、と声をかけてみたが意味不明の答えが返ってきた。
どうやら、あまりにも怖かったので側にいて欲しいようだ。
「まさか、私を一人置いていく気ではないでしょうね? そのまま居てくださいよ。どうしても、と言うなら着いていきますからね」
それからはトイレに行こうと、どこにでも一緒に居たがった。ホラーを見た子ども同然に。
「もう、まともに後ろを振り向くことができません……後ろに誰か居そうで。心音がずっとバクバク言ってるんですよ」
「お前はサバイバーじゃないから、それはただの気のせいだな」
リッパーは恐怖を誤魔化す為ナワーブの頭に顔を埋め、すりすりと擦りつけて現実逃避をした。ほんのりと彼の匂いがして、少しだけ落ち着く。
ナワーブは呆れながらも、そっと抱きしめ返して撫でてやる。小さな頃、怖い時はよく母親にしてもらっていたからだ。
「あれは、非現実的だろう」
「それを言ったら、荘園自体が非現実的なのですが……」
それもそうだな、と納得する。実際、呪いやら魂が宿った傘やら。それに数多の手が伸びる襖すらあった。
次からあの場所でリッパーは大丈夫なのだろうか、と考える。自己陶酔な紳士の事だから、人前で弱味は見せられまい。
「惨殺シーンなら興奮できたのに……怨念ってなんですか」
「……お前集めてそうだもんな」
「な、なんてこと言うんですか……!!!!!!!!」
悲痛に叫ぶリッパーは新鮮だが、それを見て喜ぶ趣味はないのでどうしたものかと考える。
「悪い。……何かしら対策があるんじゃないか?」
「それが……除霊効果があると言われているのに、塩を持っていても効果ないんですよ……」
「……物理的に対処出来ないのは確かに困るな」
二人で眉間に皺を寄せ、ひっつきながら唸る。
「……ひとつ、名案が思いつきました」
「ろくな内容じゃない気がするが、なんだ」
「日本の霊は価値観が日本な訳ですから、あの国では恥じらう行為をすれば……」
日本出身のハンターである美智子を思い浮かべる。彼女は慎ましい淑女で、同性同士でも触れ合うのに抵抗がある様子だった。
「つまり……イチャつきましょう!! ハレンチに!」
「…………床で寝てろ」
リッパーの言うハレンチは本当に変態なのだ。なんせ、英国紳士。それはもう、破廉恥だ。
そこまで趣味に付き合う義理はない。ナワーブは、振りほどいてさっさと去る。
しかし、ハンターはそう簡単には逃がさない。そこから本気の鬼ごっこが始まった。
「ここに居てください、永遠に」
「なんで引き留める発動してるんだ……っ」