甘さを控えた爽やかな味を舌で味わって、鼻に抜ける香りを堪能しながらゆっくりと飲み下す。もう何度も味わって覚えているのに、今夜も格段に美味しかった。
「浮奇、なんて言った?」
うっとりと酔いしれる浮奇を現実に戻すように、隣に座ったショウトが肩を掴んで揺らしてくる。行き慣れたバーであり一緒にいるのが昔馴染みとあって、やや飲みすぎている自覚のある頭がつられて揺れて浮奇は眉を顰めた。
「揺らさないで、吐く。」
「飲みすぎなんだよ!」
相変わらず良くも悪くも騒がしい友人は、なぜだか複雑な顔をしている。これ以上揺らされる前にと、浮奇はグラスを置いて向き直った。
「ふーふーちゃんを好きすぎて喧嘩にならないんだよね、って言ったの。」
「はぁ?」
心底意味が分からないと言いたげなショウトの顔が面白くて肩を揺らせば、不満げに睨みつけられる。そんな可愛い瞳で睨まれてもひとつも怖くないけれど。
「惚気話なら聞くの辞める。」
「ふーふーちゃんの好きなところはいっぱいあるんだけど、」
「聞いてた!」
よく吠える犬ほどなんとやら…と失礼なことを考えながら、ショウトの声は無視して話を続ける。結局、文句を言いながら最後まで聞いてくれるのは分かっているから。
「例えばさ、」
例えば、俺の言葉を上手く交わすところ。最近、少し太ったって話をしたら「運動しなきゃな」なんて少し意味ありげな声音で言うから、俺はてっきりそういうことだと思い込んで。珍しく積極的な彼にドキドキしてたのに、ドッゴのリードを手渡されて散歩に連れ出されたこととか。
あとは、彼の深い声。俺がしょうもないことで怒って「ふーふーちゃんの声なんて聞きたくない」って言った日の夜に、アルバーンとコラボした配信での罰ゲームでLegatusのボイスを披露させられててComfydantsに混じって俺も被弾したこととか。笑わないでよ、だってふーふーちゃんの声は響くんだもの。
ベッドで抱きしめられる時も好き。ふーふーちゃんの手足って金属だから冷たいのに、後ろから抱きしめられると背中があったかくて安心するんだよ。ちょっと不器用な義肢で壊れものを触るみたいに俺の髪を撫でてくるから、何に怒ってたか忘れちゃうんだよね。
でも、俺だってちゃんと喧嘩しようとしたことはあるよ。お出かけ中に怒ったことがあるんだけど…だってふーふーちゃんってばその日に3回も女性に声掛けられてたんだよ!カフェで押し問答してたらあまりにもムカついて「もう帰る」って立ち上がったんだけどね。ふーふーちゃんが俺のコートの裾を手のひらで抑えてて。危うくコケるところだった。余計にイライラして振り返ったら「お前の帰る場所は二人の家だし、鍵を持ってるのは俺だろ。どこに帰るつもりだったんだ?」ってふーふーちゃんも怒ってて。あまりにもセクシー過ぎない?かっこよすぎて死んじゃうかと思った。
あとね、これはショウトだから言うけど、ふーふーちゃんと喧嘩して「1週間セックスしない」って言ったことがあって。…黙って聞きな、ビッチ。それを言った日に洗面所で偶然にお風呂から上がったふーふーちゃんに鉢合わせちゃって。あとはわかるでしょ?あんな良い体してるふーふーちゃんが悪いよ。そもそも1週間も俺が耐えられるはずがない?…うるさいな。
「こんな素敵な人を相手に喧嘩するなんて無理な話でしょ?ふーふーちゃんほど魅力的な人なんて、他にいないよ。」
「それは大袈裟じゃないか?」
聞き馴染んだ声が後ろから聞こえて、俺は目を丸くしながら振り返った。そこにいたのは、つい今まで話題に出していた愛しい人。
「ふーふーちゃん!?」
「迎えが必要らしいから来たんだが、要らなかったか?」
ふーふーちゃんが反対側にいるショウトへ視線を向けたのでつられて振り返ると、ショウトも驚いた顔をしていて、俺は首を傾げた。
「浮奇の惚気話を聞かされてるって連絡しただけなんだけど?」
「それは浮奇が酔ってるって合図だろ。」
「そうなの?」
「酔ってる浮奇は俺の話ばっかりになるから。」
俺の話を素直に聞いてるフリをしてふーふーちゃんに連絡していたショウトに思うことがない訳ではないけれど、そんなことはどうでもよかった。何か熱いものが込み上げて、だけど上手く表現する言葉が見つからなくて。
ーーーだって、それって、そんなの、
頭上にハテナを浮かべるショウトを尻目に、俺は人目も憚らず高く脚の浮くスツールから滑り落ちるように降りてふーふーちゃんの首元へ腕を絡めながら抱きついた。「おっと、」なんて声を上げるのにしっかりと抱き留められることにすら熱が上がる。
「どうして俺はこんなにも君が好きなの?」
「さぁな。」
「ちゃんと責任取って。」
「そのつもりだから俺から離れるなよ。」
今日のふーふーちゃんはなんだか積極的で、また好きなところが増えていく。胸元に額を擦り付ければそっと頭を撫でられた。きっと普段より飲み過ぎたお酒で蕩けているだろう瞳へ愛を乗せて見上げれば、こちらを見つめ返す愛おしげな視線と交わる。その唇へ触れたくて背伸びした俺を遮るように悲鳴が響き渡った。
「Get me out!」
すっかり忘れてた。ショウト、ごめんって。