Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    途綺*

    @7i7_u

    🐑🔮(🐑) / 画像投稿した作品はTwitter限定公開です

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💌
    POIPOI 31

    途綺*

    ☆quiet follow

    🐑🔮//エヴァの真珠

    真珠貝の唄(https://poipiku.com/6922981/9265246.html)の続編。前作読了済を推奨します。※👟の友情出演多めです

    #PsyBorg

    「〜♪ 〜♪」

    普段は昼近くまで寝ている癖に朝から入り浸っては、興味もない本ばかりだからと今まで頼んでも手をつけなかった本棚の整頓を自ら始めた浮奇に、明日は海底火山の噴火でも起きるのかと瞠目していた。鼻歌まじりに作業するその姿にやけにご機嫌だなと思いつつ、理由は余りにもハッキリしているので問い掛けるなんて野暮だと分かっている。それでも少し突っ込んでみたくなるのは、日々魔法の技術を磨く研究者としての悪癖なのかも知れない。

    「何か良いことでもあったの?」

    小さな鍋をかき混ぜながら聞けば、手を止めた浮奇は嬉しそうに頷いた。

    「ふーふーちゃんがね、背中が随分と綺麗になってきたって」
    「薬が効いてるようで何よりだよ」
    「しかも『浮奇は元々綺麗だけどな』って!」

    やや上擦った声で告げる様子は正しく恋する乙女である。恐らく浮奇の頭の中は後半の出来事が九割で、誰がその薬とやらを作ったのだと文句の一つでも言ってやりたくなりながら溜め息を吐いた。

    浮奇がシュウの作った一時的に人間になれる薬を使って、命の恩人であるファルガーへ感謝を伝えて想いを通わせたのが数ヶ月前。見目に気を遣う浮奇が人間が絡むことだからと黙っていたせいで跡が残った背中を見たシュウが、傷口に効く薬を作って浮奇に渡したのは、それから二週間ほど後のこと。しかし目を輝かせて受け取った浮奇がそれを持って陸に上がり、自分では届かないからとファルガーに塗ってもらったと聞いてシュウは頭を抱えた。用法は間違っていないが、過程にやや問題がある気がする。それでも嬉しそうな浮奇を見ると口煩く言いたくなる気も失せて、シュウはすっかりキューピットと化していた。

    「はい、出来たよ」
    「ありがとう」
    「この瓶を使い終わる頃には周りの肌と変わらないくらいになると思うよ」

    鍋の中身を小さな小瓶に詰めて渡せば、浮奇は大切そうにそれを受け取った。

    「今日は会いに行くの?」
    「なぁに、お母さんみたいなこと言って」

    否定しきれない浮奇の言葉に思わず苦笑する。こうやって嫌味ではなくハッキリ言う所が浮奇の長所であり、数多の人魚の忠告も聞き入れず陸に上がるような恐れ知らずになる短所でもある。けれど、浮奇は好き勝手ばかりしてる訳でもない。普段はシュウの手伝いやら他の人魚たちの恋愛相談の相手やら、困っている人がいれば鰭を止めて寄り添っており、周囲からの信頼も厚い。幼い頃から他者の心に潜り込むのが上手で、それはある種の才能でもある。だがそれは善意で使えばの話であり、悪意を持って用いれば誰かを陥れるような事態に成りかねない。それに浮奇本人の問題だけでなく、この世界には色々な人魚が存在していて、そういう人当たりの良い人魚の傍には、決まって悪い奴等が現れるのだ。だからこそ、シュウは浮奇が道を踏み外さないように一番傍に居た。結果的に浮奇の会いたかった人間は『良い人間』だったが、人間になりたいと訴える浮奇を三十回以上も止めたことは今でも後悔していない。...後悔していないからこそ、疑問に思うことがあった。

    「今日は波が荒いから行かない。...何か言いたいの?」

    考え事をしていたのに気付いたのか、浮奇が首を傾げる。少しだけ躊躇って、シュウは口を開いた。

    「浮奇は人間になりたいなって思わないの?」
    「なってるじゃん、シュウのおかげで」

    あれから浮奇は堂々と人魚としてファルガーと交流しているだけでなく、何度か薬を使い人間としても陸に上がっている。それはシュウ自身がその度に薬を調合しているのだから分かっていた。つまり聞きたいのはそういう意味ではない。

    「人間の世界に住みたいなって思わない?」
    「...」

    片手では到底足りない数の逢瀬を繰り返す割に、浮奇は今まで一度も『完全に人間になりたい』とは言ってこないのだった。俯いて黙り込む浮奇に何かあったことを感じ取って、嫌なことをされたのか問い掛ければ、それには緩く首を横に振られる。

    「...俺ね、」

    浮奇から伝えられた思ってもいなかった言葉に、シュウは瞠目した。



    窓の外は快晴で、吹き抜ける潮風も穏やかなある日。ファルガーは海辺で本を読もうと出掛ける準備をしていた。よく晴れて波が穏やかな日は浮奇が岩場に来ることが多いためだ。人魚の世界において好きな者同士が逢う時にどうしているのかは知らないが、ファルガーと浮奇は次に逢う日を決めない。それは浮奇が海に住む故に天候によってはファルガーが海辺に行けないからでもあり、晴れた日に今日は逢えるか心待ちにする時間が好きだからでもある。

    浮奇が来るのは決まって初めて出逢った岩場で、ファルガーが行くと姿を現す。数度目の逢瀬の時に岩場に腰掛けていた浮奇に驚いて、人魚に理解がある人間ばかりではないのだからファルガーであると確信が持てるまでは姿を見せないように伝えたからだ。どうやら今までも見ず知らずの人間に姿を見られたことはあるらしく、けろっとした表情で語る浮奇に絶句しながら今日までの無事に感謝するしかできなかった。普段はファルガーが海辺で本を読んでる所に浮奇がふらっと人魚のままでやってきて、互いに言葉が通じないままのやり取りを楽しむことが多く、たまに人間になる薬を持って来る日はファルガーの家へ連れて帰ったりすることもある。

    人魚の時はファルガーの身振り手振りを柔らかな瞳でくるくると表情を変えながら楽しそうに聞いていることが多いせいで大人しい性格だと思ってしまいがちだが、人間同士として話すと芯が強く行動的な側面が見えると同時にしっかりしているようで抜けているところがあるのも可愛くて、ファルガーはすっかり浮奇と過ごすのが楽しみになっていた。いつまでもどの穴にどこを通すのか分からない浮奇に洋服の着方を教えたり、ファルガーや浮奇の名前や人間の言葉を教えたり、穏やかに過ごす時間はどの思い出をとってもファルガーにとって大切な時間だ。しかしファルガーには思いも付かないような突拍子もないことをすることもあって、人間は火を扱うから熱いものがあることを教えたものの、どれが熱いものか分からない浮奇のために調理器具を赤く揃えて『赤いものは怪我をする可能性があるから触らない』と教えたら、大真面目な顔で恐々と赤い金属でできた腕を指先でつつかれた時には腹を抱えて笑った。

    そうして穏やかで楽しいひと時を過ごして思いが募って行く度に、浮奇から一緒に住みたいと言われたことはないことがファルガーの心に引っ掛かっていた。ファルガーは人魚の世界がどんなものか知らないが、空想と現実では異なるところも大きいだろうし、人魚の世界を捨てきれない可能性だってある。このまま想いを募らせて離したくなくなってしまうくらいならば、もう逢うべきではない気もした。それでも、ファルガーは海辺に行くことをやめられない。陽に当たりきらきらと輝く美しい人魚に、ずっと前から心を奪われているのだ。



    ──コンコンコン

    積み上げられた山から適当な読みかけの本を引っ掴み、家の鍵を手に取った瞬間にドアをノックする音が聞こえてファルガーの動きが止まる。人口の少ないこの町で、約束も無しに訪問者が来るのは珍しい。出掛ける予定があるだけに無視するわけにもいかず、ファルガーは手に持ったものを一旦置いて玄関に向かいドアを開けた。

    「どちら様...」

    目線の先に立っていたのは見知らぬ人物だった。鎖骨を越えるほどまで伸ばされた艶やかな黒髪には特徴的な色合いが混じり、くっきりとした瞳には薄く紅を差している。人当たりが良さそうでもあり張り付けたようでもある笑みからは感情が読み取れず、ファルガーは困惑した。

    「あなたは?」
    「こんにちは、ふーふーさん」

    彼の言葉を聞いた瞬間に、背筋を嫌な感覚が走った。

    「...浮奇に何かしたのか」

    浮奇にしか呼ばれたことのない呼び名を他人が、それも人間が知っていることに警戒心を剥き出しにして言うと、目の前の人間は笑みを深める。

    「初めまして、僕はシュウ。もしかしたら、浮奇から名前を聞いたことがあるかも」

    ──『シュウ』?

    どこかで聞いた覚えのある名前に、浮奇が二度目に此処にきた時のことを思い出した。あの時は薬を飲んだ直後から言葉が通じていて、ファルガーが理由を尋ねたのだ。あの時、浮奇は顔を赤くしながら、前回は水中で飲むはずの薬を陸に上がってから飲んだから上手く効かなかったのだと『シュウ』に説明された、と話していたはずだ。

    「いつも薬を作ってくれてるのは貴方か!」
    「うん、その通りだよ」

    ようやく記憶の中の名前と目の前の人物が繋がり、ファルガーは快く迎え入れた。



    初めて見るものにいつも瞳をきらきらと輝かせる浮奇とは違って、家の中に上がっても落ち着いているシュウは、人間の世界に慣れているようだった。浮奇が来る時の癖で冷たいお茶を差し出せば「お気遣いありがとう」と丁寧に返されてむず痒い気持ちになる。反対側の椅子に腰掛ければ、シュウが口を開いた。

    「今日は大事な話をしに来たんだ、浮奇には秘密でね。僕がこっちに来る時間が欲しくて、遠くにある海藻をお遣いに行ってもらってる。...あ、危険はない場所だから大丈夫。安心していいよ」

    目の前の人間...人魚は大事な話という割には随分と冷静なようで、シュウの言葉に一瞬眉を動かしたファルガーを見逃さず、言葉を付け加えた。ふっと小さく息を吐いて、ファルガーは頷くことで先を促す。

    「単刀直入に言うと、浮奇を人間の世界に行かせてあげたいなと思って」

    思ってもみないあまりに唐突な申し出に、ファルガーはカップを持ったままで固まった。

    「...それは浮奇自身が望んだことなのか?」
    「あれ、喜んでくれるかと思ったんだけど」

    シュウの言葉にファルガーは力なく首を横に振る。

    「もう何度か逢っているのに人間の世界に住みたいとは一度も言わなかったから、俺をそこまでは気に入らなかったか、生きるなら人魚の世界の方が良いのかと思ってた」

    音もなくカップを置いたシュウは苦笑を漏らす。

    「なるほどね。浮奇は小さい頃から好奇心旺盛で時々突拍子もないことをする子だけど、こんなに何かに熱中してるのを見たのは初めてだよ。浮奇から勉強したいだなんて言葉を聞く日が来るとは思わなかった」
    「...勉強?」
    「そう、人間の世界の勉強。人魚の世界には人間の情報がそう多いわけじゃない。昔から物珍しがって生け取りにされたり殺されたりした歴史があるからね。だから人魚の世界に伝わる人間の情報は、僕のように薬を作って人間の世界に忍び込める魔法使いしか持ってない。一度貴方に逢いに行ってから、浮奇はそれはもう熱心に勉強してたよ」

    ファルガーの知らない人魚としての浮奇の話に、思わず視線を上げる。

    「ちなみにどんなことを?」
    「洋服だとか道具だとか色々と図鑑も見せたけど、一番気に入ってたのは料理かな。火を使って食べ物を加工する考えは人魚にないから。あぁ、一応言っておくけど、浮奇が普段何をどう食べてるかはあまり聞かない方がいいよ。人間には刺激が強いから」

    後半は大袈裟な口調で語るシュウの、冗談なのか本気なのか分からない忠告にそっと苦笑する。満足そうに笑ったシュウは、けれどと続けて手元のカップへ視線を落とした。

    「そんな風に熱心に勉強してるし、帰ってくる度に貴方との思い出話を僕にしてくる割に、人間の世界に住むとは言わないから理由を聞いたんだよね」
    「...浮奇はなんて?」

    聞きたいような聞きたくないような、複雑な気持ちのまま問い掛ける。もしも自分の恋心と浮奇の気持ちとの差を聞かされたら冷静でいられる自信は無かったが、それが浮奇の本心だと言うのなら受け入れざるを得ないと思った。そもそも住む世界の違う種族で、価値観だってきっと違うことは初めから分かっていたのだから。そんな風に何度も自分に言い聞かせて、募らせた不安は今でもファルガーを苛んでいる。目の前のシュウはファルガーの不安を汲み取ったようで、少し黙り込んでから意を決したようにようやく口を開いた。

    「歩けないから行けない、だって」

    ファルガーの予想とは随分と異なった言葉に瞠目する。確かに海辺で人間になった浮奇を連れて帰る時はお姫様抱っこしていたし、移動する時は浮奇が両腕を伸ばしてくるから思わず抱き上げるのが常だった。というか、初めて人間になった時の浮奇が歩けないばかりか、碌にベッドから立ち上がることすらできなかったのだから、すっかり歩けないものだと思っていた。

    「もしかして、俺が席を外した隙に椅子から転がり落ちてたり、床に座らせたのに違う場所に寝そべったりしてたのは立ち上がって歩こうとしてたのか」
    「ッふふ、浮奇ってばそんなことしてたんだ」
    「人魚は随分バランス感覚が悪いもんだとばかり思ってたが...」
    「人のこと言えないけど、貴方も相当変わってるね」

    小さな謎が解けたファルガーはようやく息を吐いた。

    「僕に言わせれば、歩けないなんて些細な問題だ。それに浮奇はきちんと努力ができる子だから、何も問題ないと思うんだけどね」
    「...今度、浮奇が来た時に一緒に練習するよ」

    ファルガーの言葉が浮奇の想いとシュウの伝えたいことを受け取ったことを意味することに気付いたシュウは、今度こそ心から嬉しそうに笑った。

    「きっと浮奇も喜ぶよ。覚悟を決めてくれた貴方には、僕の計画を伝えておくね」
    「計画?」

    ひとつ頷いて改まるシュウに倣って、ファルガーも座り直す。

    「浮奇は幼い頃に両親と別れてるから、ほとんど僕が面倒を見てたようなもんで...弟みたいに思ってるんだけど、彼の両親は僕と同じ魔法使いなんだ。だから、実は彼にも魔法が使える」
    「浮奇はそれを知ってるのか?」
    「知らないよ。浮奇は...んー、魔法を扱うには余りにも不安定だったからね」

    シュウが濁した言葉には浮奇の過去にまつわる仄暗さが伺えて、けれど言い方から想像するに過去の話であるようだし、住む世界も違う自分が首を突っ込むべきではないと言葉を飲みこむ。

    「でも、最近の浮奇なら魔法を使えるんじゃないかと思って。今日、僕は浮奇にとある材料を探してくるように頼んだ。とても珍しい材料が必要なその薬は、浮奇の鰭を足に変えてくれる。...永遠にね」

    思わず息を呑むのと同時に、ファルガーの胸に不安がよぎる。

    「浮奇が永遠に人間でいるための対価なんて、大きすぎるんじゃないのか」
    「何かを手に入れるには対価が必要、魔法の基本的な掟だ。その通りだけど、物は考えようだよ。それが対価として見合うものなのかは、薬を作った本人が判断することだ。けれど浮奇は初めて薬を作る。薬の知識も対価の基準も浮奇の中にないのであれば、それを逆に利用すればいい」
    「...?」

    混乱してきたファルガーは助けを求めるように眉根を寄せてシュウを見た。

    「いつもの人間になる薬を作るふりをして、永遠に人間になれる薬を作る」

    ファルガーの思考の何倍も先をいく考えに目を回しそうになった。確かに薬の知識もない浮奇自身に作らせるのなら、自分の使っている材料の異変にも、その薬に見合う対価なのかも分からないまま完成させることはできるだろう。あまりにも綱渡りな計画ではあるが、目の前の魔法使いならやってのけてしまいそうな感覚がした。

    「それって、後で罰が当たったりしないのか?」
    「ちゃんとそれに見合うだけの対価は払ってるんだから問題ないよ」
    「そういうもんなのか...?」
    「御伽話の読みすぎなんじゃないの、世界ってもっと単純だよ」

    バッサリと斬られては、ぐうの音も出ない。文字の練習をするのに、浮奇に読み聞かせをしなくて良かったと思った。ファルガー自身がバッドエンドを楽しめるタイプなだけに、おそらく碌な本は無かったと思うから。



    それからファルガーの家での出来事と小さい頃の浮奇の話でしばし盛り上がり、シュウが帰ろうとするのを送るよ、と引き留めて二人は歩いて海辺に向かった。

    「浮奇は貴方に真珠を贈ったって聞いたよ」

    シュウの言葉にファルガーは自分の首にかかった細いチェーンを引っ張り出して、丸く綺麗な輝きを放つ真珠を見せた。初めて浮奇が人間になった時の真珠は、加工してファルガーの首元にいつも掛かっている。

    「──人魚の涙は真珠になる、愛する人を想う時だけ。浮奇が教えてくれた。今度は、俺が浮奇に愛を返す番だ」

    ファルガーの言葉にシュウが足を止める。穏やかな波のように落ち着いた視線がファルガーの灰色の瞳を捕らえた。

    「貴方は、浮奇がどんな対価を払っても浮奇を愛してくれる?」
    「勿論。歩けなくたって、言葉を交わせなくたって、人間と人魚だろうと心を繋げてきたから」
    「それが聞けたら充分だよ」

    微笑むシュウに頷けば、二人の間を吹き抜けていく海風が聞き慣れた鳴き声を連れてきた。すっかりと耳に馴染んだ、愛しい人魚の声。

    「浮奇!」

    いつもの岩場まで駆け寄ると、頬を膨らませた浮奇が岩場に座ってこちらを見ていた。濡れるのも構わず膝をついて強く抱き締める。

    「また逢いにきてくれてたのか?待たせて悪かった」

    耳に届く鳴き声は嬉しそうで、くしゃりと頭を撫でてやればファルガーの金属のついた首元を甘噛みされる。擽ったさに笑っていれば、不意に抱き締めた腕の中の浮奇が硬直した。

    「浮奇?」

    一点を見詰める浮奇の視線の先を追うと、シュウがゆっくりと歩いてくるのが見える。

    「やっぱり浮奇だ、また来てたの?」

    近づいてきたシュウへあからさまに威嚇した浮奇は、海水に浸ったままだった尾鰭を持ち上げてシュウに海水をかけた。

    「浮奇、怒るな。大事な話をしに来てくれたんだよ」

    あまりに容赦のない攻撃に気の置けない関係であることを感じて、そっと頭を撫でて宥めれば浮奇はぎゅうぎゅうと抱き着いてくる。落ち着いたかと顔を覗き込んだ瞬間にシュウに向けて舌を出す浮奇に二人で笑った。

    「ほら、今日は帰るよ」

    一頻り笑ったシュウは浮奇へ声を掛けつつ、躊躇いもなく海へと飛び込む。ファルガーが瞬きひとつする間にすっかり人魚の姿になったシュウに、内心で本当に人魚で魔法使いなのだと感心した。自宅で話していた時のシュウは、話の内容はともかく姿形は本当に人間のようにしか感じられなかったのだ。視界の端で波間に揺れる浮奇の尾鰭にふと視線を向けて、これが見られなくなるのも惜しいなと思った。

    「ねぇ、ふーふーさん。いいこと教えてあげる」

    人魚姿のシュウは浮奇とはまた違った方向に美しく、魅入られてしまいそうな魅力があった。人魚の姿に戻っているにも関わらず、シュウの言葉はファルガーにも理解できる言葉で耳に届く。

    「シュウのばーか、ばか」

    相変わらずファルガーへ抱き着いたまま尾鰭でばしゃばしゃと海水をかけてくる浮奇をいなしながら、シュウはにっこりと笑った。

    「人魚が真珠を贈るのは、プロポーズなんだよ」

    驚きに固まるファルガーは何も言えず、そんな様子を見たシュウはくすくすと笑う。二人の様子を見て人魚姿のシュウの言葉が、なぜかきちんとファルガーに伝わっているらしいと気付いた浮奇が、秘密をばらされたことをようやく理解して顔を真っ赤にしながらシュウをぽこぽこと殴った。

    「シュウのばか!ほんとにばか!」
    「あはは、もう分かったってば。ちゃんと挨拶してきな、浮奇。僕は先に帰るから」

    まだ怒り足りないらしい浮奇を軽く宥めてから、シュウはファルガーに手を振ると深く潜っていった。しばらく海面を睨んでいた浮奇の名前を呼ぶと、ようやく視線がこちらに向けられる。頬を染めた浮奇にファルガーまで釣られそうになりながら、近くに呼び寄せた。岩場に上がった浮奇の柔らかな髪を撫でて、しっかりと視線を合わせる。

    「いつでも待ってるから、また逢いにおいで。...それと今度は、俺と歩く練習をしよう」

    ファルガーの言葉に弾かれたように視線を上げた浮奇の瞳がきらきらと揺れる。晴れた日の海のような、どこまでも深い星空のような、いつまでも絶えない輝きを秘めたファルガーの大好きな瞳だ。

    「ふーふーちゃん、だいすき」

    ぎゅっと強く抱き締められて、また首元を甘噛みされた。大好きを込められたような甘さが身体を巡って、強く抱き返す。絶対にすぐ来るから、と興奮冷めやらぬ様子の浮奇を見えなくなるまで見送って、不意に濡れた首筋を指先で辿った。もしかしたら浮奇が首を噛んでくるのにも、何か意味があるのかもしれない。シュウがこれからどうやって浮奇に説明をするのか、浮奇が何を対価にするのか分からないけれど、自分の持てる限りの表現で浮奇を愛そうと誓った。



    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖👏👏❤💯💯🙏💯👏❤❤👏❤💒💒💒💒💴💒💒💒💴💘💖💖🙏💖💖☺☺😭😭🙏🙏💒💒✨💍✨❤💜👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    途綺*

    DONE🔮🐑//貴方を護る星空の祈り

    少し疲れて夢見が悪くなった🐑の話。「君の知らない真夜中の攻防(https://poipiku.com/6922981/8317869.html)」の対になるイメージで書きましたが、未読でも単体で読めます。
    人間にはそれぞれ活動するのに適した時間帯があるのだと、ファルガーが教えてくれたのはいつのことだっただろう。朝が得意な人もいれば、夜の方が頭が働きやすい人もいる。だからそんなに気にすることはないと、頭を撫でてくれたのを覚えている。あぁそうだ、あれは二人で暮らし始めて一ヶ月が経った頃だった。お互いに二人で暮らすことには慣れてきたのに、全くもって彼と同じ生活リズムを送れないことを悩んでいた。今になって考えれば些細なことだと笑えるけれど、当時は酷く思い悩んで色んな人に相談して、見兼ねたファルガーが声を掛けて「心地よくいられること」をお互いに最優先に生活しようと決めたのだった。




    そんなやり取りから数ヶ月。いつも通り深夜に寝室へ向かった浮奇は、すっかり寝入っている愛おしいひとの隣へ潜り込もうとベッドへ近づいた。静かにマットレスへ膝を付いて起こしていないことを確認しようと向けた視線の先で、眉を顰めて時折呼吸を詰めるファルガーを捉える。
    2893

    related works