統ばる「なあエース、おれら兄弟だって」
「うん」
「みんな顔似てるって言ってた。当たり前だけどな兄弟だし。やっぱそんなもんなんだ。誰も疑わなかった」
「ああ」
「ほんとに血なんて大したこたねえんだ。だから、合ってた」
「なにが」
「エースが。エースが全部正解だった。あんな変な酒飲んだときはほんとかようさんくせえってどっかで思っちまったんだ。でも間違ってなかった。ほんとにおれら、兄弟なんだ」
背中の岩の上からスナネズミの足音が聞こえる。
ひやーっと漂う冷気も、ゆったりさざめく砂の波も遠くで歩くサソリも何もかもが星の明かりに貫かれていて、ルフィに手も足も絡ませて抱きしめて眺めていた。
光にぶん殴られてる、グレイターミナルが火にのみこまれた時よりずっと明るい、昼より眩しいじゃねえか、久々のふたりの夜がこんなにきれいだなんてもう明日死ぬかもしれねえ。
「聞いてんのかよ~星なんか毎日見れんだろ」
ルフィにはいつも通りに見えてんのか?
おれにはこんなただきれいでやさしくて、曇りのない夜が訪れたことなんて一度もなかったのに。
こんなにきれいなら悪魔に何命令されてもやっちまう気がする、今日がもう一回訪れるなら、ものは食べものに変わるし、飛び降りて奇跡を見せてやるし、嫌なやつに何回だって土下座しちまう。
それくらい、かみさまの奇跡みたいな夜。
「なあ刺青って痛えのかって」
「んん?ああ…寝ちまってたから痛くねえけど、変な感じがした」
「どんな変だ」
「血をとりかえる感じ。いれたとこの皮と骨と血だけがほんとのおれって感じがした。ここを通じて誰かとちゃんと繋がってる気が。でも」
「うん?」
「血なんか、全然」
「にししっそうだろ?せっかく彫ったのにな。全然大したこたねえな♡」
ルフィがおれの中から抜け出して正面から抱きしめてくれた、背中に寄っかかって座ってる岩ごと。
はじめてゴム跳びした日も岩ごと抱きしめてくれた。
あの日も盃を疑ったわけじゃねえけど信じきれなかったのはおれだ。
だから金払って皮の色を変えた。
血が出て腫れて何日も痛みが続いて、母ちゃんの腹でできあがる繋がりってこんくらい痛くて強くて消えねえもんなんだ、この痛がゆいのが誰とも繋がらないおれの血をとりかえた証拠なんだって思うとすごく立派に誇らしく見えたのに。
「あ、青いチョコ」
「ん?」
「とか、さるの歌とか」
「おお」
「ルフィばっかずるいって思ってた」
「ひとりじめしてねえぞ、もらったもんも教えられたこともおれちゃんとエースにもあげてた」
「うん。ルフィから、全部。だから」
「やめろよぐずりながら感謝とか。明日死ぬみてえじゃねえか」
「ぐずってねえ」
血をとりかえる必要なんて全然なかった。
墨がなくてもルフィの家族でそれを誰も疑わない、盃は生きていた。
嬉しいのか虚しいのか、星の瞬きのひとつぶひとつぶが肌に墨入れしてるみたいに砂の大地に突き刺さってるのをみると合ってたのか間違ってたのかもわからなくなりそうで、でもとにかく、降り注ぐなんてもんじゃない月明かりの洪水に飲まれておれはただ口開けて見惚れるしかなかった。
この景色が奇跡じゃなかったらなんだろう。
「またエースが泣きそうだったら迎えに行く。約束」
「いつ泣きそうな顔したってんだ」
「今も昔も!だからどこ行ったって大丈夫だからな」
「どこにでも行っちまえってことかよ」
「どこにでも助けに行くっつってんだよ、隠れたって走ってったって見つけるから大丈夫ってことだ、家族を見失ったりしねえ」
おいしくてあったかいうーろん麺を思い出した。
いつかのティーチと似たようなこと喋ってやがる、あったかいこと思い出しちまったどうしよう。
ずっとぐるぐる考えていつの間にかふせてた顔に鼻をこすりつけてむりやりちゅーされた。
ルフィは岩とおれから腕を解いて、リンゴ食って死んだ女を棺に寝せるみたいにやさしく押し倒してきた。
「どっかに捕まっちまっても、どんなに遠いとこ行ってもだぞ。もし違う世界にいっちまったってエースが泣きそうだったら絶対行く。おれら兄弟だからな!約束」
「約束…、はいいけど、ルフィ。寝るならテントに」
「テントはダメだろぉ」
「なんだおまえの仲間はそんな寝相悪りぃのか」
「エース♡わかってんだろ?大好きなやつとすること♡」
「そうだな…次いつ会えっかわかんねえし、久しぶりにやるか。オヤジともやってみたんだがなんか地面が揺れちまってよ…用意してくれたゴムも太すぎてあんまり。へ、下手かもしれねえ、でもおれやっぱルフィの指じゃねえとうまく跳…」
ルフィはなぜかめんどくさそうな顔で岩に向かって唾を吐いた。
昔ルフィにぶっかけちまったの思い出した、なんでおれのマネ。
「サボも白ひげも、全然大したことねえんだからな」
濡れた唇でおれを見下ろし、ちょっと不機嫌なルフィはサボのタトゥーをつまみながら背中の麦わら帽子を乱暴に砂の上に置き、おれの帽子をとってそこに重ねた。