人はそれを彼氏面と呼ぶカフェのバイトを終え店の外に出ると、よく見知った無駄に顔がいい男が「来ちゃった~」とヒラヒラと手を振ってきた。
それを無視してその男―不破の前を横切ると「ちょっと待て、待て」と慌てた様子もなく不破は後ろをついて来る。
「いい加減にしろよストーカー。最近バイトの度に外で待ってるとかまじうざい」
そう言いながら振り返ると思ったより近くにいた不破に内心びっくりする。
「二階堂、ちょっと我慢して」
耳元で囁かれた後、肩に腕を回された。
突然のことに「はぁ?」と睨みつけると、絶対面白がってニヤけた顔をしてると思ったのに不破は真剣な顔‥というより怒気を含んだ表情だったので更にわけがわからなくなる。
「お前、突然なに‥」滅多にこんな表情をみせない不破を前にして語気が弱くなってしまう。
「悪い。今は俺に合わせて、そんで俺にこのままついてきて」
いつもならこんなこと了承するはずもないのだが、いつもと様子が違い過ぎる不破に言い返すことが出来ず「わーったよ」とため息混じりに返事をした。
電車に乗りこの辺り1番の繁華街の駅で降りるとまわりを見巡した不破は「やーっと諦めたか」と腕を俺の肩から外した。
「おいコラいい加減説明しやがれ」
すでにいつもの不破に戻っていたので容赦なく悪態をつくと
「二階堂、やっぱりお前って自己評価低いのな」
斜め上の返答が返ってきて「は?」としか言えず、不破を見ると
「まーじで気が付いてなかったんかよ、店の客の男からストーカーされてること」
不破の口から出た言葉に一瞬何を言われたかわからなかった。が、理解して1番最初に感じたのはそんなわけない自分は男だ、ありえない、という思いだった。
しかしそれは不破の話の続きで完膚なきまでに一蹴された。
「窓際にいつも座ってるインテリメガネ、絶対二階堂にしか声かけねーヤツ。しかもずっと勤務中のお前のこと見てたし。様子がおかしいと思ってカマかけたら今日ずっと後ろついてきたからあれは間違いなくクロだな」
その話を聞いてそういえばそのストーカー容疑をかけられたインテリ風の男になぜかプライベートの番号が書かれた名刺を渡されたことを思い出し背中に冷たい汗をかく。
それが表情にも出てたのか「‥心当たりはあるんだな。なんで店の責任者やまわりに相談しないんだよ」と不破から当たり前のことを突っ込まれいたたまれなくなった。
「連絡先聞かれるのも渡されるのもあれが初めてじゃねーしカフェでバイトしてたらあんなのは誰でも当たり前だと思ってたんだよ‥」
流石にこれは自分が間抜け過ぎたと決まり悪い顔をする。
不破は「まじかー‥」と呆れた顔で空を見上げた。
「よく今まで無事で‥」「やっぱ俺も同じ店でバイトするしかなくね‥?」
小声でブツブツしだした不破に怪訝な顔を向けていると
「よし、」と何かを決心したように不破はこちらを向き
「二階堂は俺が今まで会った人間の中でも1番の美人で男から見ても魅力的なの。ちゃんとその辺も自己評価してこれからは出来る限りの自衛ともっと周りを頼ってくれ、な」
いつもの茶化した表現ではなくあまりにもストレートな不破の物言いに顔が一気に熱くなった。
「はぁ!?な、何言ってんの、不破キモい」
「ひっでぇな。ま、お前が認めなくても何度でも俺が言ってやるから自分の評価高めとけ~よっヤマトナデシコ令和のファム・ファタール」
「うっせぇ。まじウゼえ」
普段通りの言葉の応酬をしながら、いつもの胡散臭い笑顔の不破に安心感を覚える日が来るとはどうやら自分はこの食えない男と過ごす時間を存外悪くないと思ってるらしかった。
あれから件のストーカー男の来店はない。同じ店で働くバイト仲間曰く
「そりゃ自分より格上のイケメンにあんだけ怖い顔して牽制されりゃあね‥」「愛だね‥」
うんうんと頷くバイト仲間の言葉を聞かなかったことにしてオーダーを取りに店内に出た。
が、赤くなった耳は後ろから丸見えだったようで
「アオハルだね‥」「いいな~私もイケメン彼氏欲しい〜」
とバイト仲間達は話に花を咲かすのだった。
(彼氏じゃねーしくそ、不破ぜってー泣かす)
ー次の日ー
「不破、金輪際俺のバイト先入店禁止な」
「残念でした〜明日から俺もあの店で働きまーす」
「は?」
「欠員出たから働かないかってお姉さん達に誘われたから即OKした」
「‥もう俺があの店辞めるわ」
「はぁ?それじゃ俺行く意味ねーじゃん」
その後なんだかんだありつつも2人は同じ店でバイトをすることとなり、二階堂がその美貌で色んな人間を引っ掛ける度にとびきり顔がいいセコムが出動するのが日常茶飯事となるが、それはまた別のお話。
終