リメンバー・ミー・ソーダライトⅢ「二階堂‥永亮?なんて読むんだ」
俺は家で二階堂のことを調べた。
辻峰に入学する前は全国的に弓道の強豪として知られている桐先中学にいたことに驚いた。しかもレギュラーメンバーって‥なんで辻峰に来たんだコイツ。あんな屋外弓道しか出来ない最悪な環境にわざわざ来るとか相当変わってる。
「は、面白いヤツ」
辻峰高校弓道部は去年まで全くの無名だったのが今年は県大会優勝、全国大会でもいいところまで進んでいる。二階堂が弓道部に入部して約1年後に頭角を現した辻峰‥このタイムラグはなんなんだろうか
「1人で考えてても仕方ねぇ‥二階堂に聞けるのが1番だけど怒らせたままだしなぁ」
あのグーパンの威力的に相当怒ってたはずだ。無理もない、いきなり男からあんなことされたのだ。下手したらもう口も聞いてもらえないかもしれない‥
「記憶どうのこうのの前に二階堂に謝んねーと。明日部活行くか」
謝罪する為とはいえ二階堂に会えると考えるだけで浮足立つ自分がいる。それを誤魔化すように俺は久しぶりに弓具の手入れを始めた。
***
「不破、何しに来た」
射場に入った俺を見るや二階堂は険しい顔で睨みつけてきた。
「何って俺弓道部だし、弓道あ、その前にすることあったわ」
俺は二階堂の前に立ち、腰からお辞儀する形で「先日はあんなことしてすみませんでした」と謝った。
「あんなこと何が」
「何がって、この前泣いてるお前の目尻にキスを‥」
「泣いてねーしキスとかじゃねーしあんなのは‥犬に舐められたのと一緒だ」
「犬って‥」
アレを犬扱いされるとは予想外だった。
「くっ、ハハ」
「何笑ってんだよ」
「いや、二階堂は面白いヤツだと思って」
そう言って笑う俺を二階堂は複雑そうな顔をして見ていた。
「不破、弓道‥続けんのか」
記憶もないのに、と声に出さずとも二階堂がそう思ってることは顔を見ればバレバレだ。
「まー今のところ他にやりたいことねーし。それに二階堂永亮って人間に興味がある」
「‥はぁ」
「うわ嫌そうな顔。俄然興味わいた」
「ふざけんな。どーせ嘘だろ」
「嘘じゃねーって。俺はいつでもマジだから。嘘なんかねーから」
まただ。二階堂の複雑そうなこの顔。
そんな顔をさせているのは間違いなく俺なんだろうけど、出来れば笑って欲しいと思う。
「お前ら〜〜良かった心配してたんだぞ一時はどうなることかと‥」
俺は二階堂しか見てなかった為気が付いてなかったが俺たちの様子を固唾を飲んで見守っていたらしい大田黒が突然突進して俺たち2人まとめて抱き締めてきた。いや、体格差的に首を締められてるが正しい。
「大田黒離せ‥」
「黒ちゃん、ギブ‥」
俺が二階堂のことを覚えてないと言った時の大田黒の悲痛な面持ちを思い出す。コイツなら教えてくれるかもしれない、二階堂が俺のこと見てあんな顔ばかりする理由を。
「おー身体は覚えてるもんだな」
久しぶりで羽分けという結果なら万々歳だろう。
「不破、残心」
「うっす」
二階堂は流石桐先中出身といったところだろうか。自身が優秀な射手というだけではなく指導も出来るなんて相当な弓バカだと思った。
でもこれで1つの謎は解けた気がした。指導者もいない、練習環境も最悪な辻峰をわずか1年で全国にまで導いたのは間違いなく二階堂だ。
そう考えると辻峰での弓道を忘れたことを惜しまざるを得ない。だってそんな熱い展開の中に自分もいて、隣には二階堂がいた。絶対にかけがえのない記憶だったに違いないのだから。
(そりゃ二階堂も怒るよな‥そんな大事なこと全部忘れるとか)
的前に立つ二階堂を眺める。
二階堂の美しい射形から放たれた矢は当たり前のように皆中だった。
***
昼休み、俺は大田黒を呼び出した。
「聞きたいことって二階堂のことか」
「よくわかったな」
「お前が俺に聞くことなんてそれくらいしかないだろう」
「記憶失くす前の俺ってそんな二階堂のこと気にしてた感じ」
「気にしてたな、ずっと。だから記憶喪失で二階堂のことを忘れたと聞いた時は本っ当に心配したんだからな」
「悪い。心配かけた」
「どっちかって言うと俺は二階堂が心配だった」
「え」
「不破には余計なこと言うなって言われてたんだがな‥」
俺が事故に遭い意識不明の重体になったと聞いた二階堂は会えないのを承知で病院に来ていたこと。
俺の意識が戻り命に別状がないことを知った二階堂が安心して崩れ落ちてしまったこと。
俺の見舞いに行く日は部活中もそわそわしていたらしいこと。
見舞いに行った次の日、二階堂は目を赤く腫らしていたらしいこと‥
大田黒から語られた俺の知らない二階堂。
なんて愛おしいんだろう‥今すぐこの胸に抱いてもう大丈夫だと伝えたい。そこまで考えて今の記憶を失くした俺では役不足どころかお前が言うなと言われ兼ねないことに気が付き胸に黒いものが渦巻いた。
「二階堂、昨日は皆中だっただろあれ久しぶりなんだ。この所精彩を欠いていたからな‥昨日はお前がいたから調子が良かったんだろうな」
「そーだといいな」
「不破。弓道部に戻ってくれて本当にありがとう」
「大田黒から礼言われることなんもしてねーよ俺」
「いいや。俺はお前らとする弓道が好きなんだよ」
大田黒らしい素直で開けっ広げな感謝に俺は気持が軽くなる。いい仲間を持った、本当に。
「そういえばもうスマホの中は確認したのか不破はよく二階堂の写真を撮ってたと思うんだが‥何か思い出すヒントにならないか」
予鈴が鳴り大田黒と別れ、スマホのカメラロールをチェックする。二階堂の写真は見当たらなかったが、パスワードが設定されたフォルダがあることに気が付いた。
(パスワードねぇ‥)
思い当たるパスワードを入力するも全く開かない。埒が明かないと一旦諦めて俺は教室に戻った。
***
部活後、部室に戻ると二階堂が何かを書いてる最中だった。
「お疲れ、何してんの」
「部の提出物。ほら、お前も名前と生年月日書いとけ」
「りょーかい」
受け取った書類には既に二階堂の名前と生年月日が記されていた。
「二階堂の誕生日って2月7日か。それっぽいな」
「なんだそれ。わけわかんねぇ」
「冬生まれって感じするし。あと語呂がツナってのが可愛いよなー」
「マジで意味わかんね‥」
二階堂が生まれた日なんて祝日レベルでおめでたい日だ、俺は忘れないよう頭にインプットした。
二階堂と大田黒が先に帰った部室で俺はスマホのカメラロールを開いていた。パスワードの設定されたフォルダに試しにと『0207』と打ち込む。するとロックが解除されたのである。我ながらわかりやすいなと呆れながらフォルダを開いた。
「すげーたくさんあるな」
そこには予想通り二階堂の写真や動画ばかりが保存されていた。制服姿、道着姿、ウェイター姿の二階堂まである。それも1年の時からずっとだ。ご丁寧に年月日ごとに整理された写真を順番に見た。
最初の頃はまだまだこちらを警戒していた二階堂が時を一緒に過ごしていった中で雰囲気が柔らかくなっていったことが写真を見るだけでわかる。向けられる表情に笑顔が増えた。そして1番最後に撮っていたのは動画だった。事故に遭う前日に撮られた動画だ。
その動画は二階堂がこちらを振り返って「バーカ」と言ってくるだけの短いものだった。
「んだよ、これ‥」
俺は口を抑えてその動画を凝視していた。そうでもしないと今にも心臓が口から飛び出そうな程、動悸が激しかった。息が出来ない、苦しい‥人はあまりにも美しいものを見たらこうなってしまうのか。そんなことを考えてしまうくらい動画の中の二階堂は綺麗に笑っていた。
「こんな顔、俺に向けてたのかよ‥」
目が覚めてから俺は二階堂の泣き顔か複雑そうな顔しか向けられていない。今はっきりと記憶を失くす前の自分に嫉妬していた。記憶さえ失っていなければ今も二階堂の隣で彼の笑顔を向けられていたに違いないのに
「なんで思い出せねぇんだよ、くそ‥」
自分が失ってしまったものの大きさを痛烈に理解した。こんなに大事な、幸せな、好きな人の記憶を失ってしまったのだと俺は頭を掻きむしった。
記憶を失くす前の俺は二階堂のことが好きだった、これは間違いない。そして記憶を失くした今もまた二階堂に恋をした。俺が二階堂を好きになることは遺伝子に刻まれた決定事項なのだろう。
動画を繰り返し再生しながら、なんとしてでも二階堂を手に入れる、俺はそのことしか考えられなかった。
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