リメンバー・ミー・ソーダライトⅣ全国大会で風舞に負けた。
結果、俺はあんなにも復讐して辞めてやろうと思っていた弓道を続けるという選択をした。
"やるよな二階堂永亮が負けっぱなしで終わるなんてありえないだろ"
"悔しいよな悔しいってことは引きたいってことだ"
不破はいつでも隣にいて俺の本心を言葉にしてくれた。意固地な自分1人だったら続けるという選択を出来ていたか正直わからない。
お前がいたから俺は今も辻峰で弓を引いている。
なのに‥
なのになんでお前弓道部のこと忘れんだよ
俺のこと、覚えてないんだよ
「‥俺を忘れたのは、俺への罰か」
不破が弓道部に戻ってきてくれたんだ。
それだけで満足だろと自分に言い聞かせる。また一緒に弓が引ける。何が不満だ
“二階堂永亮って人間に興味がある”
そう言って前と変わらない笑顔を見せた不破に俺は期待しそうになり、そんな自分の浅ましさに顔を顰めた。
記憶を失くす前の不破から向けられていた感情。あんなものは奇跡だ。積み重ねた時間が作り上げた奇跡みたいなものだからまた起こるはずもない。
不破が俺と弓道の記憶を失くした今、俺に出来ることは自分の気持ちをひた隠して不破の隣にいること。
それだけは許して欲しいと、いるかもわからない神に俺は願った。
リメンバー・ミー・ソーダライト episode二階堂
最近不破の距離が近い。前にも増して近い。
不破が弓道部に復帰してから数日経った頃、俺はそのことに気がついて動揺した。
例えば俺が部室で部誌を書いていたら後ろから腕を回され所謂バッグハグをしてきたり。その上優しい手つきで頭を撫でてくるのだ。以前だと精々肩に腕を乗せられたり頭をポンポンされる程度だったはずだ。
そういえばいきなり目元にキスされたことを思い出す。あいつは記憶と共にパーソナルスペースまで失ってしまったんだろうか、そんなことを考えて不破のことを観察してみるが大田黒に対してはそんなことはない。
俺だけに距離感が近いことに期待してしまいそうになるから本当にやめて欲しいと思う。
思っているのに、離れて欲しくないと思う自分もいた。友達以上の距離の近さに気づかないフリをして、今日も不破の体温を背中で感じていた。
「なぁ、二階堂って好きな人っていんの」
後ろから抱き締められたまま突然こんなことを聞かれた。
「突然なに‥」
「気になっちゃって」
「‥‥‥いない」
「ずっと」
「は」
「前はいた」
「前って」
「俺が記憶を失くす前」
「‥‥‥」
「俺のこと、好きだった」
「んなわけ‥‥」
立ち上がり振り向くとどこか苦しそうな顔をした不破がいた。
「俺じゃ、ダメ」
「え」
「記憶がない俺じゃ二階堂のこと笑わせる資格ない」
「んなことねぇだろ。記憶は関係ない」
「嘘だな。俺目覚ましてからお前の泣き顔か複雑そうな顔しか見てねーし。今も困った顔してる。あー俺が距離詰めだしてからはずっとだったなその困り顔は」
見透かされていた。
俺の気持ちも、記憶を失った今の不破に対するやるせない思いも。
「俺さ、二階堂が好き。全部忘れても好きになった。絶対にお前を自分のものにするんだって思った。けど勝てねぇんだと思って‥記憶を失くす前の自分に」
「不破‥」
「二階堂からの想いの強さで勝てないのはわかってた。だって、すげー大事な記憶失くした自覚はあるからさ‥許せるわけねーよな、そんなヤツ」
「違う許すも許さないもお前は悪くないだろーが」
「俺は許せねぇ。俺の1番大事で、幸せで、好きな人の記憶を失くした自分が許せねーよ。今お前をそんな顔にしか出来ない自分にしぬほどムカついてる」
煩悶する不破を見て胸が苦しくなる。
(俺は何してたんだ‥自分のことばっかりで不破の気持ちなんて全然考えてなかった。辛くないわけないだろう、それなのに俺はどこかで記憶を失くした不破を責めて態度にも出てたんだ‥)
俺は今までの不破への態度を振り返り自分の無神経さに唖然とした。記憶を失くしても変わらない不破の優しさに甘えきっていたのだ。
「積み重ねた時間がないのなら距離だけでも詰めて心の距離を錯覚させようと思ったんだけどな‥逆にお前の心が記憶を失くす前の俺にしかないこと思い知ってさ。馬鹿みてぇ俺」
「不破、それは違う‥」
「二階堂は優しいな。無理しなくていいって」
「違う‥俺だってお前のこと‥」
いつもはよく回る口が肝心な時に使いものにならず全く言葉が出て来ない。その歯痒さから言葉の代わりに俺の目から溢れたのは涙だった。
「また俺のせいで泣かせたな‥悪い」
「違うお前のせいじゃない‥」
だからお前まで泣きそうな顔すんなよ、不破
「俺、二階堂に笑って欲しかった」
「え」
「記憶を失くす前の俺といる時みたいに笑ってて欲しかった。でも今の俺じゃ泣かせて困らせて‥二階堂にそんな顔させるばっかりでさ‥だから、」
不破は全てを諦めたような顔していた。
「もうこの恋は終わらせる」
今まで悪かったな、そう言って不破は部室を出ていった。
「っふ、くっ‥」
不破を傷つけた自分に嘆く資格などない。
なのに涙は止まることなく溢れ続けた。
起きるはずのなかった奇跡を自らの手で握り潰した。あの時と一緒だ‥
「まただ‥また俺は不破を失ったんだ‥」
やはりこれはあの日犯してしまった罪に対する自分への罰だと思った。
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