チュートリアルは最後までお読み下さい「あーこれは夢だな」
俺は弓道部の部室に入るなりそう直感した。
先に来ていた荒垣さんと樋口さんの頭の上にギャルゲーなんかで良く見る好感度バロメーター的なものがくっついていたからだ。
2人の俺への好感度はともに50%。この数値なら「いい後輩」ってとこだろう。
「これ重い〜」
「いいっすよ、樋口さん。後で俺運びますから置いといてもらって」
「不破優しい〜」
樋口さんの好感度バロメーターが少しだけ上昇する。どうやら選択肢以外でも攻略対象への対応が好感度に関わってくる仕様らしい。
「遅くなりました」
そう元気よく部室に入ってきたのは大田黒だ。頭の上の好感度バロメーターは60%。同級生で絡みが多い分少し高く設定されてるのかもしれない、そんなとりとめのない事を考えていたら大田黒の後ろに隠れて見えてなかった二階堂が「ちわっす」と小さく挨拶して入ってきた。
二階堂の頭の上を見る。そこに表示されてた好感度バロメーターの数値は25%だった。
「いや、低すぎじゃねもっとあるだろ」
「なんだよ、お前人の顔見るなり大声出して‥」
心底鬱陶しいという顔して二階堂が俺を見てきた。確かにこれは好感度25%の態度だ。
(大本命の難易度高すぎだろ‥)
俺は二階堂が好きだった。
現実世界でも二階堂に好きになってもらうという高難易度クエに必死なのに夢の中でもかよと俺は肩を落とした。
「なんだこれ」
さっきまでなかったはずの冊子のようなものが鞄の中に入っていた。表紙を見ると【ちゅーとりある】の文字。夢のくせにやけに凝ってるなと思いつつ俺はそれを開くことなく鞄の中に仕舞った。
「二階堂、一緒に昼食わねぇ」
「食わねぇ」
「二階堂、帰りどっか行かねぇ」
「行かねぇ」
二階堂の頭の上の好感度バロメーターは相変わらず25%のまま。話しかけてもけんもほろろ、選択肢すら出て来ない低い好感度のままだった。どんなに優しくしても他攻略対象者のように好感度が上がることはなく、お前が俺に優しくするのは当たり前だろと言わんばかりの顔を二階堂はするだけだった。
「やべぇ‥現実よりツンしかないぞこの二階堂」
自分の見ている夢のはずなのに渋い、渋すぎる。
何か突破口はないかと仕舞い込んだままだった【ちゅーとりある】を開いた。
〜気になるあのコに振り向いてもらおう大作戦♡〜
購買で購入することが出来るドーナツ🍩をあげて気になるあのコの好感度をサクサクあげちゃおう♡
※こちらは課金サービスです。
※未成年の方は保護者の方の同意が必要となります。
「課金その手があったか」
俺はドーナツを買う為に購買へ急いだ。
高校の購買にしてはドーナツの種類が豊富でまるでミ○ドのようなそこに着くと、1人の女子から声をかけられた。
「不破くんもドーナツ買いに来たの」
「うんああ」
その女子の頭の上にも好感度バロメーターがあることから攻略対象者だということがわかる。初めましてのはずの彼女の好感度は80%と高かった。
「私イチゴ味が好きなんだ」
「へあーそうなんだ」
これは暗に買ってくれと言われてるのかと思っていたら選択肢が出た。
ドーナツを買ってあげる
▶あげる
あげない
俺は気まずいと思いながら【あげない】を選択した。このまま好感度が上がって彼女とのルートに入るのはまずいと思ったからだ。
「悪い‥」
「ううん、気にしないで」
そう言って去って行った彼女の好感度は70%に下がっていた。
購買でドーナツをいくつか購入した俺は部室に向かった。そして既に来ていた二階堂にドーナツの入った袋を渡した。
「ドーナツ。二階堂何好きかわかんなかったから色々買ってきた」
「って、こんなたくさん一気に食えねーよ」
素っ気ない返事をしながらもドーナツの入った袋を覗いてる二階堂の顔は嬉しそうで、なんならキラキラしたエフェクトまで見える。そして頭の上を見ると好感度は50%まで上がっていた。
(課金の力すげぇ‥)
俺はその日から課金の鬼と化した。
来る日も来る日も二階堂にドーナツを貢ぎ続けた。どうやら二階堂はチョコレートのかかったオールドファッションが1番好きなようで、これを食べてる時の顔がなんとも幸せそうで可愛い。指についたチョコレートを舐め取る仕草なんかはクるものがある‥
「不破、ドーナツありがと」
ドーナツの穴からこちらを覗いた二階堂にキラキラエフェクトのかかった可愛い顔でそう言われ、この世のドーナツ全てを捧げてもいいとすら考えて俺は天を仰いだ。
二階堂の頭の上の好感度バロメーターは85%になっていた。
「不破くん、今いいかな」
存在をすっかり忘れていた攻略対象の女子から声をかけられた。
「ああ、何」
「放課後って時間ある図書室で一緒に勉強したいと思って」
図書室で一緒に勉強する
▶する
しない
俺は【しない】を選択した。
「悪い、今日部活あるからさ」
「そっか。部活なら仕方ないよね‥」
彼女は残念そうな顔をして帰っていった。好感度はおそらく下がっただろうがそれも仕方ないことだと俺は気にしなかった。
その日部室に行くと二階堂しか居なかった。
「先輩方は進路相談、黒ちゃんは店の手伝いで今日部活休むって」
「まじかー。2人だけで準備すんのだりぃ‥さっさと始めよーぜ」
俺は畳を運び出す為に二階堂に背中を向けた。その時背中にトス、と何か当たる感触がして後ろを振り返ると二階堂が俺の背中に抱きついていた。
「二階堂」
「2人だけしかいねーのに‥お前なんもしねぇの」
「いや、だから今畳を」
「ちげぇ。‥俺に手出さねぇのかって意味」
手を出す‥テヲダス‥はて‥俺が宇宙ネコ顔していたら選択肢が現れた。
二階堂にキスをする
▶する
しない
俺は光の速さで【する】を選択した。
これがドーナツ(と書いて金と読む)の力とか関係ない。どんな形であれ二階堂とキス出来るのならそんなの些末事だ。
「二階堂‥」
「んっ、ふゎ‥」
ちゅ、ちゅっと触れるだけのキスをする。それじゃ物足りなくなった俺は開いてと言うように舌先で二階堂の閉じられた下唇を突いた。そして控えめに開けられたそこに舌を入れ口内をなぞり、上顎を擽る。
「ふっ、ん‥ぁ」
「口ん中あったかくて気持ちいいな‥」
「ん‥もっとしたい‥」
「わかった」
俺は二階堂を壁に抑えつける形でキスを深くした。
「んぅ‥も、キス、いいから‥」
「もう終わり」
「キスだけじゃなくて‥」
「だけじゃなくて」
「こっちも、して欲しい‥」
キスでトロトロになった顔をした二階堂が上目遣いで俺を見てきた。俺の手は二階堂の胸へと導かれていた。
(このゲーム18禁だったのかよいや嬉しいけど)
ハートエフェクトが二階堂の周りを舞う中、また選択肢が現れた。
二階堂の服を脱がせる
▶脱がせる
脱がせない
そんなもん脱がせるに決まってるだろとカーソルを【脱がせる】に持っていき決定ボタンを押そうとした瞬間、
『ドッッッカーーーーーン』
と外で何かが爆発する音が聞こえた。
「はなになに何事」
俺が二階堂の服を脱がせようとしてる状態のまま状況がわからず焦っていると腹に強い衝撃を感じてそのまま後ろに尻もちをついた。
「いってぇ‥」
「てめぇ‥何してんだこの変態」
「へ‥」
さっきまでハートエフェクト飛ばしながらトロトロ顔して俺を誘ってきていた好感度100%の二階堂はそこにおらず、好感度15%の二階堂が俺の腹にグーパンを決めて睨んでいた。
「まじキモい。もう二度と俺に近づくんじゃねーぞ」
そう言い捨てて二階堂は部室を出て行った。
「ちょっ、二階堂」
俺は慌てて二階堂を追うため部室を出た。するとそこにさっき図書室デートを断った攻略対象の彼女が佇んでいた。
「なんでここに‥」
「不破くん部活って言ってたから差し入れ持って来たのに‥そしたら二階堂くんと、あんな‥」
泣き出した彼女の頭の上には好感度0のバロメーターと共に爆弾が爆発したアイコンも表示されていた。
「不破くんなんかもう知らない」
もう顔すらよく思い出せない攻略対象は走って行ってしまった。
「は‥‥‥」
状況がわからず立ち竦む俺の前にでかでかと【GAMEOVER】の文字が現れる。
その瞬間世界はRELOADし、新たな選択肢が示された。
NEW GAMEを始めますか
▶はい
いいえ
俺はこのわけわからない状況の把握の為【はい】を選び、すぐにチュートリアルを確認することにした。
〜恋は正射必中♡BS♡ちゅーとりある〜
‥
‥
‥
‥
♡あてんしょん♡
爆弾アイコンに注意●~*
爆弾アイコンがついてる攻略対象の好感度バロメーターが0になった瞬間に爆弾が爆発し、同時に攻略対象者全員の好感度が大幅に下がります♡
全員の好感度バロメーターの数値や爆弾アイコンが付いていないか確認しながらプレイしてね♡
「1番最後にこんな大事なこと書くなよな‥」
つまり、あの彼女は俺を図書室デートに誘った時点で爆弾アイコンが付いていて、俺と二階堂がイチャイチャしてる所を見て好感度が0になり爆発した、と。そしてそのせいで二階堂の好感度まで一気に下がり俺は据え膳をくらったと‥
「うわー‥ギャルゲーめんどくせぇ‥」
現実世界であれば好きなコに一途ないい彼氏だったじゃん俺。なのにこのゲームの中では爆弾を爆発させる最低男の烙印を押されるらしい。
とにかくなぜこうなってしまったかの理由がわかればこっちのものだ。今度は他対象者のバロメーターと爆弾アイコンを気にしつつまたドーナツを二階堂に課金すればいいだけのこと。今度こそは、と所持金を確認するとそこには0円の文字。
「前回ドーナツ買いすぎたんだった‥」
ドーナツが買えないことに絶望した俺は夢なら醒めてくれ‥と願った所であれこれそもそも夢じゃんということに気がつく。
その瞬間世界は暗転した。
「おら、不破起きろ部室の鍵閉めれねーだろ」
パイプ椅子をドカッと蹴られた衝撃で俺は目を覚ました。
「二階堂‥俺寝てた」
「おー。なんかドーナツとかなんとか寝言言ってたぞお前」
「まじでヤバい」
「そんな夢に見る程ドーナツ食いたかったのかよお前」
ケタケタと二階堂が笑う。この人をちょっとバカにしたような笑い方をする二階堂がやっぱり俺の好きな二階堂だよなぁとしみじみと眺めた。
「食いに行く」
「何」
「ドーナツ」
「今から」
「お前の奢りな」
「しょうがねぇなぁ」
チョコレートのかかったオールドファッションを食べる可愛い二階堂が見れるのであれば165円の課金など安いものだ。そこにお代わりし放題のカフェオレも追加で頼んで二階堂といる時間を伸ばせれば御の字だ。
「現実でもドーナツ課金で好感度上がりゃいーのに」
「はドーナツかきん」
「なんでもねーから。はやく行こうぜ」
俺は二階堂と過ごす甘い時間に思いを馳せながら部室を後にした。