リメンバー・ミー・ソーダライトⅡ検査の結果俺に下された診断は「記憶喪失の疑いあり」。難しいことは右から左へ聞き流してしまったが、ようは記憶を司る部位に僅かな欠損が見つかったらしい。現状で思い当たることはないかと医者から確認され、先日訪ねて来た同じ学校に通う知り合いと思われる人物‥ソーダ色の瞳を持つ彼のことがどうしても思い出せなかったことを話す。
「失くした記憶ってすぐ戻るもんなんですか」
「すぐ戻る場合もあればずっと戻らない場合もあります。とにかく焦らず普通の生活に戻ることを1番に考えて下さいね」
記憶喪失の疑いはあるものの、普通の生活をする分には問題ないだろうということで3日後の退院が決まった。退院までにクラスのダチや女子がお見舞いとは名ばかりに遊びに来たが、全員顔も名前も覚えている。
俺の中から唯一消えてしまったソーダ色の彼はあの日以来ここに来ることはなかった。
***
退院後の登校初日。
俺はライトブルーのパーカーを着た生徒を探していた。探すと言ってもクラスもわからなければ学年もわからないので校庭を見渡せる廊下から眺めているだけなのだが。そんな無駄な時間を過ごしていたら後ろからデカい声で名前を呼ばれた。
「不破もう出てきて大丈夫なのか」
「ちょ、大田黒声でけーよ」
「すまんで、どうなんだ怪我の具合は」
「もうすっかり。入院生活で体力は落ちたけどなー」
「それではまだ弓道部に復帰するのは難しいか‥」
(弓道部‥)
「なぁ、俺って弓道部なの」
「なに言ってるんだ、1年の時から弓道部だろお前も俺も」
「いやそんなのは知らねぇ‥多分忘れてる」
「なんだって」
「俺、記憶喪失の疑いありって言われてんの。まさか部活のことまで記憶飛んでるとはなぁ」
「た、大変じゃないかそれ」
「やー忘れてること見つけたのこれで2つ目。普通に生活は出来てるからあんま自覚ない」
「そうか‥忘れたことの1つ目ってなんなんだ」
「そうそう、今それ探してたんだよなぁ、お前ライトブルーのパーカー着た生徒知らね多分知り合いだと思うんだけど思い出せねーんだよな」
「‥不破、それ本気で言ってるのか」
「あ、ああ‥」
「よりによって‥どーしてあいつを‥」
悲痛な面持ちの大田黒なんて初めてみる。その姿に声をかけれずにいたら大田黒は俺を見て
「あいつ‥二階堂は弓道部の部室にいるはずだ」
それだけ言うと背中を向け去って行った。
***
(弓道部の部室‥ここか。やっぱり記憶にない)
運動場の片隅にある弓道部の部室。世にも珍しい屋外弓道と部員募集のポスターにあった通り屋根も壁もないそこはやけに寂しく見えた。部室の中にソーダ色の彼‥二階堂がいると思うと扉を開くのにも少しばかり勇気がいった。
「よぉ、二階堂。病院ぶり」
「不破‥」
二階堂は元々デカい目をさらに大きく開いて俺を見た。
「大田黒からココにいるって聞いたから。来ちゃった」
「お前、俺が誰だかわかんのか‥思い出したのか」
(あ。またソーダが溢れそう)
ソーダ色の瞳にみるみる溜まっていくそれを眺める。やっぱり綺麗だと思った。
「や、名前だけ。さっき大田黒に聞いたからさ。俺って弓道部なんだろお前も弓道部」
「‥‥‥‥」
「二階堂」
「お前‥弓道部のことも覚えてねーのかよ‥」
「そうみたいだな」
下を向いていた二階堂が俺に掴みかかってきた。
「お前にとっては簡単に忘れられることだったんだな‥今までのこと全部‥」
二階堂は見ているこっちが辛くなるような顔をして泣いていた。可哀想で、可愛い‥これ以上その涙を溢したくない、勿体ない、舐めたい‥支離滅裂なことしか考えられなくなった俺は二階堂の目尻に口づけていた。
(あ、甘くない。しょっぱい)
当たり前だ。人の涙がソーダの味がするわけがなかった。視覚に味覚が惑わされていただけの話だ。なのに少し残念に思う自分がいる‥そんな取り留めのないことを考えていた俺は腹に強い衝撃を感じて現実に引き戻された。
「誰かもわかんねーヤツに何してんだよ、変態」
俺の腹にグーパンを決めた二階堂は部室を出て行ってしまった。
「何してんだよ、は俺が1番わかんねーよ‥」
まだ痛む腹を擦りながら先程の二階堂のことを思い出す。
「弓道部‥今までのこと全部、ねぇ‥」
正直忘れてしまったものは仕方ないくらいの思いでいた。二階堂ともまた新たな関係をこれから築ければいいくらいに思っていた。
しかし失くして二階堂にあんな顔をさせるくらいの記憶がどんなものなのか‥
ここにきて初めて失くした記憶に俺は未練を感じていた。
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