初恋【前編】全国大会が終わった。
今まで自分の心の大半を占領していた仄暗い感情が霧散して憑き物がごっそり落ちた気分だった。そして代わりに自分の心の中いっぱいに満ちたのは「不破が好きだ」という感情だった。
俺の“初恋”だった
そうと決まれば即実行、昔から変わらない猪突猛進な性格も相まって俺は今日の部活帰りに不破に告白すると決めた。
「不破、つき合ってくれ」
「お、いいぜ。どこ行く」
「‥‥‥」
「どうした」
お互いに首を傾げた。
「そうじゃねぇ‥そうじゃねぇよ」
「じゃあなんだよ」
本当にわけがわからないという顔でこっちを見てくる不破に俺はあれと思う。
「不破、お前俺のことどう思ってる」
「んなこと聞いてどーすんの。まぁいーけど。えーと、嘘つきで、不器用なヤツ。あと弓バカ‥でも、すげーヤツだとも思ってるよ。お前がいなかったら全国なんて到底無理な話だったからな」
「はそんだけ」
「そんだけって‥他に何があんだよ」
「‥‥‥」
「マジでどうしたんだんで、どこ行くの」
「やっぱいい、帰る‥」
「気分屋かよ‥へいへい、わかった。じゃあな」
不破と別れた後、さっきの一連の会話で俺は自分が多大な勘違いをしていたことに気がついた。
“まさか不破が俺のことを好きじゃなかったなんて思わなかった‥”
不破も俺のことが好きだろうしこの恋はすぐ成就するとばかり思っていたのでその分衝撃は大きかった。
(あの野郎は好きでもない相手にあそこまで彼氏面が出来んのかよ‥なんだったんだあの距離のバグり方はあのさりげない献身ぶりは構い倒すくせにズケズケ入り込まないあの気遣いは)
そんなだから不破の隣は居心地が良かった。それに慣れてしまった俺は気が付いた時には不破という男の深みにハマってしまって抜け出せなくなっていた。
そういえば学校の女子達から「歩くリアコ製造機」と陰で呼ばれていたことを思い出した。そうだ、そんな異名を持つ男だったあいつは。
「上等だ。不破晃士郎‥お前は必ず俺が落とす」
俺は目的の為なら手段を選ばないし努力も惜しまない。明日から覚悟しておけよ
もうお前なしじゃ息も出来ない、俺の人生の責任を取らせてやる
***
次の日の朝、校門で女子達に囲まれた不破を見つけた。辻峰では見慣れた日常の風景だ。今までの俺だったらスルーしてさっさと1人で教室に向かっていたが昨日不破への恋心に気が付いた俺には見過ごせるものではない。不破の隣は誰にも渡さねぇから。
「不破、おはよ」
「おー二階堂、はよ‥ん」
不破の腕に自分の腕を絡ませ、昨日練習した「オトコを落とす表情」というのを不破に向ける。
上気した頬と潤んだ目で見つめられると男はイチコロらしい(某サイト調べ)。
「二階堂‥」
「‥んなに」
甘えた声音で返事をする。もちろんあの表情も継続中だ。まわりの女子は背景と化し、二人だけの世界を作り出していた。瞬きの間見つめ合っていると不破の顔が近づいてきた。
(‥キス、される)
そんなことを思いながら目を瞑った。だが期待していた唇へではなく額に硬いものが当たる感触がして目を開けた。
「顔も赤いし涙目だし熱でもあんのかと思ったけど熱くはねーな。でも寄っかかってくるぐらいしんどいのか保健室行く」
不破は自分の額で俺の熱を測った後、こう気遣ってきた。優しい‥でも違う。そうじゃない。
「二階堂くん大丈夫ー」
「不破ー保健室連れてってあげなよー」
今の今まで存在を忘れていたまわりにいた女子達が声をかけてきて現実に戻された俺はこの作戦の失敗を悟った。くそ不破め、手強い。
俺はそれからも男を落とすテクというテクを研究しては不破にアピールするも全部スルリと躱されてのれんに腕押し状態は続いた。そしてなぜか全然関係のないモブ野郎どもから話しかけられては適当に蹴散らす鬱陶しい毎日を送っていた。
そんなある日、委員会の予定がキャンセルになった俺はいつも通り不破の教室まで迎えに行くと、不破が誰かと話してる声が聞こえた。この声は大田黒だ。
「はぁ‥‥‥」
「すごいため息だな」
「大田黒も気が付いてんだろ‥」
「二階堂か」
「そーだよ」
「そういや二階堂、大会終わりあたりから不破への態度だいぶ変わったな」
「それなー‥」
「嫌なのか」
「嫌、つーか。‥正直参ってる。あーめんどくせぇ」
頭を抱えてそう零す不破をみて心臓がグシャリ、と音をたてて潰れた。
不破に引かれた。
不破に面倒くさがられた。
不破に‥嫌われた。
なんて滑稽なんだ。不破を落とすと息巻いておいて自分で自分のクビをずっと締めていたのだから笑ってしまう。何が落としてやるだ。アイツは男で、しかも女からよくモテる‥最初から勝ち目などなかった。よく考えればわかったことすら判断を誤ってしまうなんて、恋は人をバカにするとはよく言ったものだ。
「くそダセぇ‥ダサ過ぎて涙も出ねぇ」
自らの手で息の根を止めた俺の“初恋”は、ため息を吐く間もなくあっけなく終わりを告げた。
***
あの日から俺は不破への感情を捨てた。不破に対する態度も以前のように振る舞うようにした。そんな俺にあからさまにホッとしてる不破をみてこれで良かったんだと胸の辺りが痛むのを無視して自分に言い聞かせる。
不破は優しいヤツだから何もなかったように接してきてくれているが、その優しさは今の俺にとっては毒でしかなかった。
俺は次第に不破から距離を取るようになった。
笑顔の仮面を張り付けてないとお前の隣に立つのももう、苦しいんだ。
後編に続く