ウワサの真相「もうほんと、びっくりしたんだから!」
さっちゃんもとい勇者御一行の一人である向田紗栄子による証言はこうだ。アジトとして二階を間借りしている、サバイバーのマスターがメガネを外したらなかなかの、という話らしい。
顔を横断するように大きな傷があるマスターはメガネこそかけているがどうみても「カタギ」には見えない風貌だ。当然カタギの世界にだって、強面な人はいるし、マスターもそのうちの一人だろう。ただ時折見せる、修羅場をくぐり抜けただろう雰囲気はそんじょそこらの人間には出せない凄みというものがあった。今のところ、春日たちはマスターに本気で怒られるということはなかったが。
紗栄子の話に善は急げとサバイバーに向かったのは、春日を筆頭にナンバと足立。残りはいつものように遊びには行くとのことだったが、メガネを外したマスターを目的にというよりはふらっと飲みに行けたらいくくらいの温度感である。
慣れた足取りでサバイバーの扉を開ければカウンターにはマスターだけ。珍しくいろはの姿はなかった。
「よぉ、マスター」
元々この店が行きつけだった足立はごく自然な流れて手を上げた。かくいうマスターは歓迎の意を示すより先に財布の心配をした。それはそうだ。最近は比較的財布が潤うようになったとはいえ、散々「ツケで」なんて言っていたのだから挨拶代わりのジャブとしては軽い方である。
「今日は三人だけか」
「後から趙たちも来るさ。とりあえずは俺たちだけってことで」
「それは構わないが、ほどほどにしておけよ」
マスターは淡々とグラスを拭きながら視線を手元に移す。そんなマスターに三人の視線が集まれば、視線に気づきこそ無視を決め込んだマスターもさすがに根負けしたというよりは鬱陶しかったようで、不機嫌な声をあげた。
「なんだお前ら、揃いも揃って」
「い、いやぁ別に~」
「用件を言うか、注文するかしろ。男どもに視線送られたって嬉しくないんでな」
三人はマスターに聞こえないようにこそこそと話し込んでいる。誰が最初に口火を切るか。具体的な言葉こそ聞き取れなかったが、マスターはおおよそのところを想像していた。
「酒はいつもので、そのマスターに聞きたいことがあって……」
「おい、一番! そんな直球で聞くなよ」
「なんだ?」
「マスター、その、メガネ外してみて欲しいんだよ」
ナンバは春日の顔をみてあんぐりと口を開け、バカだのそのまますぎるだろとツッコミを入れ、足立は足立でため息をつきながらやっぱりこうなったかとぼやいた。用件は大したことはなく、ただメガネを外すだけであるが、こそこそと話をされた上でという前提であればあまり良い気はしない。
「なんでだ。おっさんがおっさんの顔見たって仕方ないだろう」
「え、いや、その……」
「一杯、飲んだらさっさと帰れ」
いつも口にしている酒をグラスに注ぐと三人の前に音を立てて並べる。やっちまっただの、ほらみろダメだったじゃねーかなどとマスターを目の前にしてやいのやいのと言い合っている。仲が良いのはいいとして、事故に巻き込まれたようなマスターは呆れた目で三人を見た。
結局、マスターには一杯だけと言われて居ながらダラダラと三人はカウンターで飲み続けた。いい大人だ、ガブガブ飲むわけではなくちびちびとではあったが、いわゆるいい感じには酔いも回っていた。来るはずだと言っていた残りの仲間はまだ来る気配もない。
マスターは空いたグラスをシンクに入れて水を出す。しかし、蛇口をひねると空気が漏れ出るような聞き慣れない音を出したのち、勢いよく水が噴射した。たまにあるのか、マスターは動揺こそしなかったものの、勢い余った水は四方に飛び散り、そのうちの数滴がメガネに吹き飛んだ。
やれやれと言いたげにメガネを外して、柔らかな布でレンズを拭く。当然音がしたわけだからカウンターにいた三人もマスターの方を向いていたわけだから、偶然起きた事故を目撃したのだが、そこで当初の目的を思い出した。
三人の様子に気づいたのはマスターがメガネを拭き終えて、いつものスタイルに戻ったときだった。
「い、いやぁ、なんでもないっす」
「お、おう気にすんな、マスター」
三人の反応に首をかしげつつ、酔っぱらいの行動なんてものはよくわからないものだと妙に納得して、グラスを洗い始めた。
「で、マスター。これどうしたの?」
「知らん。気づいたらこうなってた」
カウンターには三人の酔っ払いが積み重なっていた。カウンターなんて場所でよくその体勢が維持できるものだと、ハン・ジュンギと紗栄子は感心していた。
「何かここに向かう前、マスターのメガネ外した姿見るぞって意気込んでたけど?」
「断ったぞ。……あぁ、一瞬メガネが汚れて外したが見てないだろう」
「ふーん。なるほどね」
もたらされた情報は本当だった、と把握しながら趙は密かに笑った。肝心のマスターは全く気づいていないようだったが。