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    ryokuchagreeen

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    7/30に出したい新刊の冒頭
    限界アラサーおじさん降谷と哀ちゃんのハートフル(?)軟禁ストーリーです
    原稿頑張ります!

    あいを隠してここにいる最近、上司の雰囲気が柔らかくなった。
    例えば、ふとした瞬間に携帯端末の画面を眺めては、微かに表情を緩めるようになった。
    例えば、少し前までは何日でも職場に泊まり込むことを厭わなかったのに、僅かな隙を見つけては小まめに帰宅するようになった。
    隣のデスクに座る同僚の仕事内容さえ互いに分からないらしい、と巷で囁かれるほどに単独行動が多い職業柄、顔を合わせる機会はそう多くはない。それでも、きっと仲間たちの中では信頼されている方だと自負している。その自分がそう思うのだから間違いない……おそらく。

    「――じゃ、僕は用事を済ませるついでに家で仮眠をとってくるから……後は任せたぞ、風見」

    件の上司が、ワーキングチェアの背もたれに掛けていたグレーのスーツの上着を無造作に羽織り、ひらりと褐色の手を振って部屋をあとにしようとする。時刻は既に、日付が変わって幾ばくという頃。少し前までのこの人ならば、用事を済ませた後は即刻とんぼ返りを決め込み、良くて仮眠室、十中八九コーヒーの缶とともにデスクへと帰還を遂げていただろう。

    「ふ、降谷さん!」

    どこか機嫌が良さそうな背中を思わず呼び止めてしまった声に、上司が振り返る。どうした? とほんの少し小首を傾げる仕草は、そのベビーフェイスと相俟って少々……いや、かなりあざとい。潜入捜査と称し、偽名を使ってアルバイトをしているあの喫茶店では、こんな仕草や人好きのする柔らかい笑顔を武器に上手く立ち回っているのだろう。
    だが、このような挙動は彼の本来の顔である“降谷零”として振る舞う間は、そうそう飛び出すものではなかったのだ。少し前までは。

    「い、いえ、その……最近、何かあったんですか? 嬉しいことでも」

    声を掛けてしまったからには、何か言わねばなるまい。プライベートに踏み込むのは躊躇われるが、このところずっと抱いていた疑問を素直にぶつけてみることにした。
    上司は一瞬驚いたように目を丸くしたのち、ああ、と何てことないようにさらりとこう言った。

    「猫を飼い始めたんだ……かわいい子猫をね」



    自宅玄関のドアを音もなく開ける。
    時刻は草木も眠る丑三つ時。当然明かりは全て落とされ、ドアの向こうに広がる空間は静かな暗闇に満たされている。しかし、それでも確かに感じる、室内に生命を宿したものがいる気配に、この家の主――降谷零は、張り詰めていた自身の心が一気に弛緩するのを感じた。
    きっと眠りに就いているだろう”その子”を起こさぬよう、静かに靴を脱ぎ、気配を殺してリビングへと足を踏み入れた。

    必要最低限の家具だけが置かれた、まるでモデルルームのように生活感の無い部屋。その中央付近に配置されたソファーの上に、モコモコとした小さな塊がひとつ。
    またこんな所で……降谷は小さくため息をつきながら近づき、ソファーの傍らに膝をついた。
    ブランケットの塊から突き出た小さな頭をそっと撫でると、ん、と”その子”はむずがるように顔をしかめる。身じろぎした拍子に、赤みがかった茶色の毛束がひと房、はらりとその頬に落ちた。少し癖があるが、艶やかでふわふわした感触のそれを指先でそっと払い、あらわになった頬に触れる。幼子特有のふくふくとした柔らかな輪郭をなぞり、そのまま指先を顎から細い頸へと滑らせる。その指先に感じるのは、己の爪で容易に切り裂いてしまえそうな薄い皮膚の下で刻まれる、とくとくと穏やかな生命のリズム。指から伝わる触覚だけに集中するように目を閉じて、ほう、と息をついた。

    「――おかえり、なさい」

    不意に耳に届いた、小さく掠れた声。

    「駄目じゃないか、ちゃんと寝室で寝なさい」

    ごめんなさい、ともごもごと口の中で転がすような囁きに、半分も開いていない瞼。未だ意識の大部分は夢の中にあるのだろう。ゆっくりと起き上がろうとするのを制し、その小さな身体を、暖かなブランケットごと優しく抱き上げた。抵抗することもなく腕の中に収まった少女を、ゆっくりとした足取りで寝室へと連れていく。その間にも、彼女はうつらうつらと再び夢の中へと落ちていく。完全に落ちるその直前、すり、とほんの一瞬、肩口へ擦り寄せられた頬。

    「……本当に、猫みたいだな」

    ふわふわの癖っ毛に頬を寄せ、そう呟いて小さく笑った。
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    ryokuchagreeen

    SPUR ME7/30に出したい新刊の冒頭
    限界アラサーおじさん降谷と哀ちゃんのハートフル(?)軟禁ストーリーです
    原稿頑張ります!
    あいを隠してここにいる最近、上司の雰囲気が柔らかくなった。
    例えば、ふとした瞬間に携帯端末の画面を眺めては、微かに表情を緩めるようになった。
    例えば、少し前までは何日でも職場に泊まり込むことを厭わなかったのに、僅かな隙を見つけては小まめに帰宅するようになった。
    隣のデスクに座る同僚の仕事内容さえ互いに分からないらしい、と巷で囁かれるほどに単独行動が多い職業柄、顔を合わせる機会はそう多くはない。それでも、きっと仲間たちの中では信頼されている方だと自負している。その自分がそう思うのだから間違いない……おそらく。

    「――じゃ、僕は用事を済ませるついでに家で仮眠をとってくるから……後は任せたぞ、風見」

    件の上司が、ワーキングチェアの背もたれに掛けていたグレーのスーツの上着を無造作に羽織り、ひらりと褐色の手を振って部屋をあとにしようとする。時刻は既に、日付が変わって幾ばくという頃。少し前までのこの人ならば、用事を済ませた後は即刻とんぼ返りを決め込み、良くて仮眠室、十中八九コーヒーの缶とともにデスクへと帰還を遂げていただろう。
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