Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    lin_co10ri

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 18

    lin_co10ri

    ☆quiet follow

    12/10降志webオンリーイベント「Not First Love,2ND」お題作品展示会参加作品。
    お題『セカンド』です。
    2度目のはじめまして、をキーワードにして妄想を膨らませた話。互いに救いになり得る2人が、不器用ながらも歩み寄っていけたら…という思いだけは込めました!

    #降志
    would-be

    2度目のはじめまして 小さな窓から差し込む光に、紅がかった茶髪が透けて溶けゆく。
     抜けるように白い肌は、そのまま光に同調していきそうだ。

     表情も平坦なその少女は。その存在さえ定かではないように見えた。



    「少年探偵団だったころの君は。怖い人にも臆さないような、度胸のある子、ってイメージでしたが」
    「……よく知りもしないのに、勝手なこと言わないで」
    「……まあ、ずっと避けられていたようでしたので。最初は、いつも帽子を目深に被っているシャイな子、だと思ってました」

     にっこりと笑って言うと。かすかに眇めたような視線を寄越された。でもすぐ、何の感情も窺わせない生気のない表情になる。
     降谷はスーツを着こなしている物腰を柔らげて、さらに穏やかな口調で言った。
    「今も、もっと遠慮なく率直に意見をぶつけてくれていいんですよ」


     すると、目の前の、最近元の姿を取り戻した少女、宮野志保の。ガラス玉のような色の無い瞳が降谷を無機質に捉えた。
     小さな口が開き紡がれたのは。
    「……避けていたのは。安室さんが、苦手だったからよ」
    「………え?」
    「だから、今も嫌い。仕方なく会っているけれど、すっきりと何でも話すなんて、できないわ」

     そしてつい、と顔は逸らされる。それは何も感情を見せない返答なしの状態よりは好ましくも、見えたが。
     思いがけない言葉に、降谷は唖然としてしまった。




     ───『はじめまして。警察庁の、降谷零です』
     ようやくの初対面ができ、そう名乗れたのは、ごく最近のことだった。

     場所も庁内の一室。彼女にとっては、自分の人生を支配し、縛っていた巨悪組織の崩壊を見届け、本来の姿を取り戻したばかりで、身の振り方も何もはっきりとしていない、不安定な状態というのは分かっていたが。やっと顔を合わせられるということに、少なからず降谷は高揚していた。

     組織潜入時、彼女との接触が叶ったと思った、ミステリートレインでのはじめましては。幻であり虚構のものだった。だからこそ、この少女の命は守られた。あの時自らの過失でその命を潰えさせたと思った、ショックも失望も。まざまざと鮮やかに蘇るが。

     それが本当は生きながらえていたと、知り。
     こうして本当に出会えたことに。深い感銘と安堵と歓喜をいだいての、対面だった。

     その時彼女は。何の感情の動きも見せなかったが。
     ───『……宮野志保よ』

     降谷の心を震わせる、その名を口にしてくれた。




     …なのに。
     安室が苦手だから今も嫌い。

     軽く首をひねりながら、降谷は米花町を歩いていた。
     いや、今こそ自分は安室だった。まだ安室透という存在は利用価値があり、その身辺整理は行っていない。
     バイト先の喫茶店でのシフトを終え。帰路についている様でいて、周辺の見回りも兼ねている。

     安室が手にできた情報網は、組織撲滅にあたっても、非常に有用だった。良くも悪くも存在感があったこの潜入の顔は、うまく機能したと思う。なのに、あの子には受け入れられなかったようだ。
     …いや、安室=バーボンだったからだろ? 取り留めもなくそんな考えを繰り広げていた降谷は、目に入った光景にその動きを止めた。


     のどかな昼下がり。川辺に立つ少女。いや、ぱっと見にはいっぱしの女性に見えるが。
     彼女は落ち着いて大人びていて、その歩んできた背景からも、そこに痛ましさも感じるほどだった。だからこそ。まだ10代の少女だ、保護すべき対象だと、降谷は幾度も再認識するかのように言い聞かせていた。

     それにしても。こんなとこにぼんやり佇むなんて、彼女の方こそまだ小さな小学生の姿の時と同じ感覚でいるんじゃないか。いや、本当に子どもだったら、却って危なっかしくって止められるか。
     ここは堤無津川の支流で、少し下った所に水面はある。なだらかな斜面には色とりどりに野生の草花が群生していて、手入れも行き届いているからだろう、穏やかで気持ちのいい場所ではあった。

     降谷は志保の様子を伺いながらも、軽やかな身のこなしで近くへと向かう。
    「宮野さん」
     柔らかな呼び掛けに、志保は少し驚いたようだったが。ゆっくりと振り返った表情には、動じている様子は欠片もなかった。
     ふい…と、顔をまた川の方に戻しながら。単調な声音で答えてはくれる。
    「…あら、安室さん」


     ……確かに今は安室ではあった。君の苦手な安室透。でも。君、宮野志保相手には、安室で接したことはないのに。
     ……いや、でもそうか? 降谷零、と。きちんと本名でのはじめましてはしたが。その時自分が誰だったかは……はっきりとは分からない。

     不意に襲われた空虚さに。足元に力を込めながら、降谷は彼女の隣に立った。
     静かに、その様子を観察する。この子こそ。姿形は元に戻ったが、気持ちや中身はどこかに置き去りになっているんじゃないだろうか。


    「……何、しているんですか」
     気の利いたことも言えず、当たり障りのないことを口にする。いや、それが気になることでもあるが。
     彼女はしばらく黙っていたが。息をつくようにして、答えた。
    「…水…見てたの」
    「…え?」
    「…何よ、ちょっと散歩するのにも報告しないといけないの。そんなに監視が必要ならもっと自由を奪ったら。夜出るのはやめて、きちんと昼間に外出しているのに」

     抑揚がなく感情の動きは掴みにくいが、自分の思いを発してくれるのは、嬉しい。表情をかすかに緩めながら、降谷は返した。
    「いえいえ、自由に外出してください。監視なんかしてませんし。でも、確かに夜は控えてもらった方がいいな。夜こんなにぼんやりしていると、危ないですから」

     それにはかすかに眉を寄せはしたが、志保は何も反論してこなかった。
     その視線の先は、言葉の通り川の流れに注がれている。水の流れも緩やかで浅い、小川といってもいいくらいの規模のものだ。それでももし夜こうして佇んでいたら、不安を掻き立てられそうな気はする。


     だが彼女は、ひたすら無心に水面がきらめき流れる様を見ているようだった。降谷もそれに倣ってその様子をしばらくの間、眺める。すると徐々に、心が驚くほど凪いでいくのを感じた。まっさらになって、何かに優しく包まれていく感じ。…隣にいる少女の存在も。大きい気がする。

     自分でも掴めない不思議な感覚に、隣の志保へと視線を移す。彼女が変わらずそこに存在するのに安心して、無意識にその手を掴んでしまっていた。


    「………何」
     胡散臭そうに、でも何か反応するわけでもなく、ただ一言問うてくる。
     やっぱり危うい子だな、と思いつつ、それに答えることはせず降谷の方から尋ねた。
    「…何故。水を見るの?」

     志保の水面の光を映した澄んだ瞳が、かすかに揺れる。
    「……水は流されてゆくままだわ。その様は美しいけれど。切なくも、ある。でも見ていると落ち着くの……」
    「……うん、ヒーリング効果は、あるよな。せせらぎの音には1/fゆらぎというリラックス効果の波形が含まれているし。流れゆく清らかな光景にも、落ち着かせられる」
     今自分が感じた感覚もそれによるものだろう。そう納得しながら答えていると、志保の瞳がこちらへと注がれていた。目が合うと。その瞳がパチクリと瞬かれる。

    「……あな、た」
    「え?」
    「…う、ううん……」
     何だか動揺しているようなのに、あいまいに返す。と、不意に彼女はその表情をくずした。
    「ふ、ふふふ……そう。それもあなたなのね」

     ……え?
     ぽかん、としてしまうが。降谷は目の当たりにした志保の笑顔にくぎづけになった。

     花の咲くような柔らかな笑顔。クールな面影に隠されていた、息をのむほどの愛らしさ、綻ぶような、温かさ。胸に一気に染み渡っていく。
     いつの間にか掴んでいた手は力が抜けて放していて、言葉にもならず、ただただ目も心も奪われていると。志保の方が取り澄ますようにして顔を反らした。


     …灰原哀の時も。向けられなかった、笑顔。
     人に臆さない、度胸のある子、帽子やフードに隠れた、用心深い子。
     それは全部。あの子の一部だけどもちろん、本来の彼女の一部でもあって。彼女が歩んできた道であって。
     ……そして今の、彼女は。


    「……水が流れに身を任せているのは。美しい、ことだよ」
     降谷の言葉に。志保がびくりと身を揺らした。
    「…流れのままに。過酷な社会では従いたくない流れも起きる。否が応なく巻き込まれる流れもある。それでも流れに任せて生きゆくことは。なかなかできないことだ。その中で承知して生きていくこと。とても、綺麗だ」

     志保はしばらく呼吸も動きも止め、瞳を揺らしていたが。今度はどこか寂しそうなほほえみを見せた。でも軽くうなずくと、また視線を川へと向ける。
     降谷も、川の流れを見つめた。穏やかな、流れ。川は、いくつも顔を変えるけれど。
     それでも。いつも絶えず流れゆきそこにある。



    「……もう一度、はじめましてを、しよう」
    「……え…?」
     降谷の言葉に。志保がまた目を瞬かせながら視線を向けた。降谷はくしゃっ、と笑う。

     確かに。あのようやくできたと思った、本来の名でのはじめましては。本当の意味での自分ではなかった。安室だから嫌い。そんなことを言われる、はずだ。
     彼女に対して。まだ向き合える自分を持っていなかった。分かっていなかった。
     でも、今は分かる。彼女には。本来のありのままの自分で、接したい。ただその純粋な思いが、湧水のように溢れ出ている。本当の自分というのが何かも、はっきりとは見えてないけれど。ただ、そうしたいという気持ちだけは確実に、ある。


     今こそ。はじめましてを。これからは、一緒に。そのものの、自分で。

     今までの流れゆく道のりを、苦難と救いとともに生き抜いて、今ここに確かにいる、大切で可憐な少女に。願いを込めて手を差し出す。
    「2度目の、はじめましてだ」
     握手のそれを。志保がじっ、と見た。

    「降谷零だ。よろしく」
     屈託なくそう言った降谷に。志保は見つめていた瞳を…、ふわっ、とやわらげて、笑った。
     小さな手が。遠慮がちに力強いその手に重ねられる。
     そして。しっかりと名を紡いでくれた。

    「よろしく。私は…宮野志保」
     柔らかな手をそっと、握りしめたら。志保の瞳に、ぶわっ、と涙が浮かんだ。
     堰を切ったように。言葉も溢れ出る。


    「で、でもっ…、分からないの。ただの宮野志保でいたことが、あまりにも少ないんだもの。そして。宮野志保を知っている人は、もう誰もいないの」

     降谷の胸が強い痛みと共に衝かれた。彼女の苦しみと悲しみが繋いだ手から直に流れ込むようだった。降谷の。胸の奥底へと。
    「…分かる。分かるよ。僕もそうだ。もう、ただの降谷零を知るものは、誰もいない」


     低く震える声に、涙を湛えた志保の目が見開かれた。
     降谷は柔らかく笑った。志保が自分の気持ちを吐露してくれたこともとても、嬉しかったけれど。
     まさか自分がこんなことを誰かに伝える日がくるなんて、思ってもいなかった。心が驚くほどほぐれていく。

     心の奥の大事な思い出を、他ならぬ忘れ形見である彼女に伝えられる、なんて。
     …こんな未来が。待っていた、なんて。


    「…君を心待ちにしていた、僕を救ってくれた君の家族のことは。……伝えさせて、くれ」
     志保の涙で煌めく瞳からその粒が止めどなく落ちていく。繋いだ手を軽く引いて、彼女の頭を柔らかく包み込んだ。
     驚くほどの、愛しさがこみ上げる。
     流れの先に。あった、出会い。



     ゆるやかに流れる川面が。2人の改めてのはじめましてを、優しく見守る。
     自分に訪れると思わなかった、こんな穏やかな気持ちを。ぬくもりに包まれて享受しながら、降谷は身に染み入るように、思っていた。
     ……水の流れのセラピー効果だけでは、ない。
     ここに、彼女がいるからだ。


     2人のこの先に何があるのかなんて、まだ何も分からないけれど。
     この穏やかな安らぎは、忘れ得ない気がする。

     今、互いに本当の自分に会えた。こうして、はじめましてができた奇跡を。
     ずっと手放したくないなんて、思ってしまった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭😭👏👏👏👏👏👏👏👏👏😭😭😭😭💖🙏💛💜🙏😭😭👏💴💴💴💘😭😭👏👏💜💛😭😭😭😭👏👏👏😭👏😭👏👏👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works

    lin_co10ri

    DOODLE12/10降志webオンリーイベント「Not First Love,2ND」展示作品です。ほぼポエム。
    来年の映画のタイトル穴あきヒントが出た時に、一番に思い浮かんだのがこのタイトルでした。
    これは降志…!と思っていて、今回のティザー、特報に情緒揺さぶられているうちに、つい書いてしまったものです。
    いずれひとつの話にしたい、とは思っています。
    そうなると、きっと黒塗りにされる部分ですね、これ。
    黒塗りのラブレター拝啓


    君があんな風に泣くなんて、知らなかった。

    いや、僕は君のことなんて、何も知らないんだ。
    どんな風に笑うのかも。何を思っているのかも。どうやって生きてきたのかさえ。
    ずっと僕の心の中に君という存在が、何かしらの形で居たということは。紛れもない事実だと言い切りたいが、これまで君のために何もできなかったことを思えば、近づくことさえできない。

    何故そんな風に泣いているのか、胸が引きちぎられるほど苦しくて、気になって目に焼き付いて離れないけれど。
    泣いている姿に、生きているという鼓動と躍動を感じて、崩れ落ちそうなほど安堵している自分もいる。
    君がそんなに素顔を晒せているのが。誰がいるからなのか、誰の前なのか、誰のためなのか。そんなことさえ気になってしまうけれど。
    555