《トマ蛍》早起きはずいぶんお得 雑に閉めたカーテンは、どうやら朝日が漏れる隙間を残していたらしい。蛍だけに差し込んだ光のせいで、いつもよりずっと早く目が覚めてしまった。
突き刺さる眩しさにしょぼしょぼと瞬きを繰り返す。どうしてきちんと閉めなかったんだろう。朝日から逃げるように転がりながら、昨晩の自分へのどうしようもないもやもやをため息と一緒に吐き出す。時間はわからないけれど、もう少し眠れたはずなのに。だって、まだトーマが寝ている。
いくら寝返りを打っても、布団を被り直してみても、目覚めるタイミングが良かったのか悪かったのか、眠気はもう戻ってこなかった。
仕方なく目の前にあったトーマの背中を眺める。穏やかな寝息と共に上下する肩。すっかり草臥れたお揃いの部屋着。一房の長い髪はその体に巻き込まれてくしゃりと潰れていた。覗く項は、トーマよりもずっと背の低い蛍にはなかなか見られるものではなくて。
珍しいそれをつついてみた。しっとり汗ばんだ肌に指先がひっかかる。ざりざりとなぞった生え際の、硬い髪の質感が好きだ。やられる方はどうもくすぐったいらしく、いつもならやんわり断られてしまうけど。いくら触っても、ずいぶん深く眠っているトーマはぴくりとも動かなかった。
ここぞとばかりに首筋にちう、と吸い付いてみたり、耳たぶに空いた穴を撫でてみたり。触り放題だ。腕に浮いた筋を辿ったって背中に文字を書いたってばれない。
しばし眠る恋人の体を堪能したところで、そろそろ優しく叱ってくれるあの声が恋しくなってきた。
「……まだ寝てる」
覗き込んだ肩の向こう。蛍を見つけてゆるりと柔らかくなる新緑の瞳は、落ちた瞼にすっかり隠されてしまっていた。うーん、やっぱり、寂しいよ。
起こしては悪いかなと思う気持ちもあれど、トーマならきっと笑って許してくれるから。すぴすぴ鳴る鼻をつまむ。少しだけ口が開いた。
「ねえ、トーマ」
その脇腹に乗り上げて、全力でぎゅうぎゅう体重をかける。何度か名前を呼んだところで、ゆったりと、待ちわびたその瞳が現れた。重たい瞼を必死に持ち上げて、その視界に蛍を捕まえようとふらふら彷徨っている。
「ん……どうしたの」
「おはよう」
こて、と天を仰いだトーマにつられて転がり落ちる。きゅっと眉間にしわを寄せながらも漏れなく蛍を抱えたトーマは、まるごと包まろうと掛け布団を引きずり上げた。
「……おはよ」
「起きて起きて」
「ぅ……ずいぶん早起きだね」
寝起きで力の入らないらしい腕はすぐに抜け出せる。しぱしぱと瞬きするたびに揺れるまつ毛に吸い寄せられて、トーマの上に乗り上げた。
「何かあった?」
「ううん、なんにも。トーマに会いたかっただけ」
「そう、会えてどうだった」
「へへ……うれしい」
「オレも」
ぽやんと緩んだ表情が、ますます柔らかくなる。頬を引っ張ればどこまでも伸びていきそうだと思ったのに、実際にはどれだけ押しても引いてもちっとも伸びない。いたい、と文句を垂れる声があまりにも間抜けで、ついつい笑い声が漏れてしまった。
仕返しのようにつままれた頰がぐにぐに引っ張られる。離してなんて要求は当然突っぱねられて。ぱちんと頬を挟んで咎めれば、同じく挟まれる。ぎゅっと潰す。やっぱり潰される。
「トーマ」
「蛍」
「ちがう、真似しないで」
「だめ?」
「だめだよ」
左右から寄せられて尖った唇に口づけた。ほんのちょっと、くっつくくらい。額を重ねて見つめ合ったあとで、口づけが返される。真似しないでって言ったのに。
それでも続けてちゅっと触れ合ってしまえば、そんなことはもうどうでもよくなってしまう。単純すぎるな、と自覚しつつ、だって目の前の幸せに流される心地よさには勝てないから。
呼吸のたびに動く胸板に揺らされながら、支えてくれる腕に身を預ける。トーマと共にくふくふと笑いながら、頬やら鼻やら、あちこちに唇を這わせた。