口あけて!:司レオ「Knightsの『料理できない組』」とは失礼な!
ちょっとしたバラエティ番組の前振りに立腹した司と、別にウソじゃないじゃん、と飄々としているレオは、確かに他メンバーと比べると料理の経験も実績もあまりない。
片や箱入りの御曹司、片や注意力散漫の天才作曲家ともあれば、ある程度は然もありなん、とファンも世間も納得するだろうが、それでも、司はそうした許容のされ方に甘んじたくはなかった。こればかりは気質というものだから仕方がないのだろう。
司本人としては、自身は物覚えが良い方であると思うし、致命的なこだわり――つまるところ、どういうわけか毎度焦げるくらい食材を焼いてしまったりだとか――があるわけでも、まして不器用でもない。
そうなると、足りないのは経験だ。
幸い、星奏館における寮生活の中では、料理上手な先達に学ぶ機会も多い。慣れない共同生活ではあるけれど、これまでの実家暮らしの中ではなかなか実践できなかったことに触れる機会であることには間違いなかった。
そうして、サークルのお茶請けに、と泉に教わったアップルパイを作ること数回。彼に言われた通り、同じメニューを何度か試して盤石なものとしてから、簡単な教則本を買ってレパートリーを増やそうと試みている。
その矛先は主にお菓子。単純に甘いものを食べることが好きということもあり、モチベーションも維持しやすい。
その分、「かさくん?」と凄む声を脳裏に浮かべては、普段の間食は少しばかり控えるようにしている。そうして少しずつ色々な……宙が言うところの「実績を解除」してきた菓子作りには、いつの間にか、レオが参加するようになっていた。
「……何か企んでます⁇」
「うん?」
多少遅れることこそあれ、毎回この日、と決めた日にひょっこりと寮のキッチンスペースにやってくるレオに、司はどうにも「らしくなさ」を感じてしまう。何であれ、菓子作りとはまた別の目的があるように思えてならないのだ。
いつもの『霊感』だろうか。確かに、途中で興味が逸れて作曲に勤しむこともあったけれど、そのものを目的にしているかと言われれば違う気がする。
出来あがったお菓子のつまみ食いだろうか。途中で余った材料や成形が不出来なものを食べることもあるけれど、それならば完成を待てば良い話で、わざわざ作るところから居なくても良いはずだ。
そんな風に、どうしても気になって理由を考えてしまうものの、例えレオに何か目的があったとして、司は狭量になるつもりはない。レオが作った曲を聴くことは好きだし、そのきっかけとなることができるのなら尚のこと嬉しい。それに、不摂生なこの人が、何であれ目の前できちんと食べている様子を見ることは、安心できることでもある。
ただ、どれも理由としては決め手に欠けるように感じるから、それを探ってみたいと思うだけ。この人のことを知りたいという、司が常々意識している欲の一環だった。
「……湯煎の温度はちょうどいいですね、これでchocolateの方も溶けたので、butterの bowlに入れましょうか」
「わははっオッケー!」
(第一、どうにも不可思議だと感じてしまうのは……)
「ほらスオ〜、あーんして!」
(……私に食べさせてばかりなんですよね)
にこにこと笑うレオは純粋に楽しそうで、たびたび「可愛らしい」と称されるのも分かる気がする。無論、それだけではないのが厄介なところだ。
とはいえ、仮に何か企てがあったとして、一体何だと言うのだろう。太らせて食べる……なんて、童話の悪い魔法使いのようなことを思い浮かべては、少しだけ、白衣を着た夏目の姿を連想した。まあ、彼らは人を幸せにする側の魔法使いなのだけれど。
今回挑戦しているメニューはガトーショコラ。以前こはくと手土産勝負をした時のような逸品には及ばずとも、文句なく美味しいと思えるものを作りたくて意気込んでいたが、レオのそんな調子には、少しだけ気が抜けるような心地にもなる。
レオは、空のボウルに残ったわずかなチョコレートをゴムベラで器用にこそぎ、重力のまま形を変えるそれが滴らないよう、柄をくるりと回すと、そっと司の顔の前へ差し出してきた。
お行儀は良くない。けれども、これは料理の醍醐味のひとつだ。
ここ何度かの菓子作りにおいても繰り返してきたやりとりであり、司は躊躇なくレオの手首ごと引き寄せる。普段間食を控えているのは今日みたいな日のためなのだから、と我慢することなく口をつけた。
「……ふふ、美味しいですね」
ただ溶かしただけのチョコレートだと言うのに、こんなに美味しく感じるのはどうしてなのだろう。あたたかな甘さに感じ入って、思わず頬が緩むのを抑えることができない。
その時、ふとレオからの視線に気付いて、珍しく静かな様子を不思議に思う。ヘラのチョコレートを舐めとる司を、レオは上機嫌に眺めている。
「レオさんは食べないのですか?」
「おれは完成したやつ食べるから!」
「私も食べますからね⁇」
司を満腹にさせて完成品を独り占めする気だろうか、などと我ながら少しばかりさもしいことを考えて釘を刺せば、「うん? 当たり前だろ?」と何ということのない返答があった。より分からなくなってしまい首を捻る。
「ほらほらっ残りも! 垂れちゃう!」
「わわっ、分かりました! 食べますけど、せめて何でそんなに人に食べさせたがるのか、せめて理由を教えてくださいね⁈」
ヘラを伝うチョコを綺麗に口に収めると、レオがぱちくりと目を見開いているのが分かる。
「えっ、そんなこと気にしてたのか⁇」
「気になりますよ。だって、ここのところずっとそんな感じじゃないですか」
「……ほんとに大したことじゃないんだけどな? そんなことより、早くしないとチョコとバター固まっちゃうぞっ?」
♪
生地を流し込んだ型をオーブンに入れてから、そうして焼きあがるまでの時間を、レオはたっぷり作曲に費やした。鼻の頭にチョコレートがついてしまった司の姿から『霊感』を得たらしい。レオが口ずさむ鼻歌に耳を傾けながら、いくつかの業務メールを返していた司は、焼き上がりを示すベルの音にはたと顔を上げる。
その後、ある程度粗熱が取れてきた頃合いに、レオもがさがさと紙を集め始めていたので、司はテーブルセッティングの支度を始めた。
上部を覆う雪のような粉砂糖は美しく、切り口は鮮やかに艶めくチョコレートブラウン、そして、その傍らには絞ったホイップクリームとちょこんと載ったミント。
カフェで出されても遜色ないくらいの出来栄え、とは流石に言い過ぎかもしれないが、かなり上出来な部類に入ることは間違いないだろう。
二切れだけ切り出して残りを冷蔵庫へとしまい込み、残りは後でルームメイトにも食べてもらおうと思う。
「それで? レオさんの目的は何なんです⁇」
「なんか刑事さんみたいだなっ、カツ丼じゃなくてガトーショコラだけど!」
レオはテーブル向かいに腰かけ、司が自前のティーカップにポットからお茶を注ぐところを楽しそうに眺めている。
「っていうかそれこそ妄想しろ妄想っ、いつも言ってるだろっ?」
「しましたよ。でも、調理技術の上達、つまみ食いにinspiration、どれを取っても今ひとつピンと来ないんですよね……」
レオの思考を辿るように、ひとつひとつ妄想……もとい推理のようなものを論ってみても、結局口に出した傍からどれも異なっているように思えてしまう。
「……あっ、妹さんへのプレゼントのため、とかですか?」
「えっっ何それちょっといいかもっ⁈ いやでもルカたんの手作りお菓子の方が百倍おいしいし仮に食べてもらえるとしてもせめて一流シェフ並みに上達してからじゃなきゃダメだっ」
「そうですか……」
思いつきにしては良い線を行っているように思えたが、これもまた違うらしい。
「じゃあお手上げです。また何かに巻き込まれたとか、もしくは何かを企んでるとか、そういう方向を疑いだす前に教えてください」
「わはは、信用ないなっ」
「心配してるんです」
司がレオへと向ける心配りは、割合繊細であり、そして頑固だ。レオもそのことを身をもって知っているだろうし、無碍にしたくはないと思ってくれていることも伝わってくる。だから、こうした言い回しで腹を決めてもらうことを待った。
「んーーだってさぁ」
意を決したように話し始めるレオに対して、先を促すように静かに視線を合わせる。
「だって、おまえにお菓子をあげるの好きだったのに、最近つれないから……」
「はぁ……、はい⁇」
「カフェ誘っても『今回はちょっと……』とか言うし。……お土産あげても最近は『後で部屋で食べます』とかばっかりだし……! おれは美味しそうににこにこ食べてるスオ〜が見たかったのにっ!」
テーブル下でパタパタと地団駄を踏むような音が聞こえて、二人分のささやかなお茶会の席が小刻みに揺れた。
「……そんなこと、だったんですか」
目を瞬かせて問えば、ばつが悪そうな表情のまま、こちらに視線を向けられる。
「……おまえ、最近はお菓子作りのためにちょっとおやつ我慢してるみたいだし、それなのに食べさせたらセナに怒られそうだしっ! じゃあおれがそのお菓子作りに参加してめいっぱい食べさせればいいじゃん⁈ って思って……?」
そのまま捲し立てられた内容に、司は面食らってしまった。
「……あなたって本当によく分からないところで気を回しますよね? 普段もっと別のことに気を遣ってほしいんですけど」
「うるさいっ、おれのガトーショコラが食えんのかぁ⁈ ほらっ口あけろ〜!」
「いや、それ私も一緒に作ったんですからね?」
そう言われてみれば、学院時代は飴やらチョコをよく強請られ、そして割合多い頻度でお返しを貰っていたことを思い出す。その場で食べては「おいしい」と笑い合う、そんなことは確かに最近めっきり減ってしまっていたように思う。
月永レオという人は「他者に与えること」が好きな人だ。作曲によって為されることが多いそれが、自分には少しだけ違う方法でも向けられることは、正直とても気分良く感じられた。
ただ、それでも、与えられっぱなしでいることは司の性に合わない。
「レオさん」
「む」
突き出す唇にそっと触れるように、ホイップクリームをまとったチョコレートのスポンジを差し出せば、抵抗なくレオは口を開けてフォークの先端ごと口に含む。はみ出たクリームをペロリと器用に舌ですくって、それでも唇の端に残ったそれを指で拭ってあげた。
くすぐったそうに笑いながら「うん! うまい!」と高揚した声を聞いて、確かにこれは癖になってしまいそうだな、と司は思う。
「次はなに作るの?」
「たまにはあなたが決めてくださいよ」
「え〜〜、じゃあ、オランジェットは? ショコラフェスの時は戦力外ってことにされたから、そのリベンジみたいなっ」
「良いですね、先輩たちにもお裾分けしましょうか」
「うんうん、『Knightsの料理できない組』の面目躍如だなっ!」
「その不名誉なpair名はやめてください!」
♪
「つまり」
眉間に青筋を立てながら器用に微笑んだ泉が言う。
「言い訳はそれだけ⁇」
仁王立ちをする彼は、顔の作りの鋭利な美しさも相まって、かなりの迫力であることを司はよく知っている。
「癖になっていたことは否めず……」
「たまたまワイプで何回か抜かれちゃっただけだろ〜」
きっちりと正座する司の隣のレオは、重なった五線譜の山の上で胡座をかいている。それでも、隣に収まっているということは、一先ずはこの説教を享受しているということになるのだろう。
自分が叱る側に居る際は、暖簾に腕押しといったかわし方にやきもきさせられたものだけれど、同じ叱られる側にいる際は、こうした態度を少しだけ心強く思ってしまう。
「SNSのコメントがひと昔前のコントみたいになっててウケたよね〜」
「『後ろ後ろ!』って?」
くすくすと会話に混ざる凛月と嵐は明確に面白がっていて、茶々を入れる以上のことはしてくれなさそうだ。
「公開収録でユニットイメージを損ねるようなことをするな‼」
「まあまあセッちゃん。今更だよ、俺らが個人主義ぶったただの仲良しだって言うのは〜」
「くまくんが言うな‼」
「泉ちゃん、何だかんだでステージ上での騎士たる振る舞いには一家言あるものねぇ」
泉に叱られているのは、日中にゲスト出演したバラエティ番組における司とレオの行動だ。スタジオに持ち込まれたご当地アイスのレポート中、何気なく差し出された、自身のものとは異なるフレイバーのアイスが載ったレオの匙を、司はやはり何気なく口にした。そして、そのまま同様に、レオに一口を差し出したのだった。
泉が言うように反省するべきは、この瞬間に関して言えば、完全に無意識の行動だったことだろう。そういうことをするとして、ある程度、アイドルとしての見られ方……ひいては見せ方というものを考えなければならなかった。SNS等で拡散された映像の切り抜き画像――かなり緩んだ部類の表情をしている――を横目に、司は内省を深める。
「こいつのパフォーマンス中以外の言動は言わずもがな、かさくんも食べ物系のガードが甘過ぎ!」
「ライブ中じゃなかったんだしいいだろ〜っ! ほんのちょっぴり気を抜いたって!」
ぶうぶうと野次を飛ばすレオを、音がしそうなほどに鋭く泉は睨みつけた。
「ふふ、今回みたいなことをライブでやるとしたら補給の水だねぇ」
「それってアレだな! 『よちよちママでちゅよ〜』みたいな絵面だな!」
「絶っ対しませんからね、それは」
レオから度々向けられる冗談じみた子供扱いは司が苦々しく思うものでもあり、きっぱりと否定の意思を示す。
「え〜、あーんするのとさして変わらなくないか?」
「『絶対しない』なんて一種のフリだよねぇ〜」
「ウフフ、こんなんじゃ済まないくらい泉ちゃんがおかんむりな様が目に浮かぶわァ」
「わははっそんな冠はずせはずせ! 今王冠が載っかってるのはスオ〜の頭なんだしさっ」
「……なんっでこんなアホみたいに話が脱線するかなァ⁈」
激昂する泉とキャーと逃げ回る振りをする先輩たちを横目に、司は少しだけ泉に同情した。その立ち位置には司が居ることも多いからだ。
「もーーほんとにちゃんとわかったってばセナ! だからお説教はおしまいっ!」
キュッと終止符を引き終えたレオは、いつものごとく楽譜を花びらのようにばら撒く。
そうして、隣で律儀に正座を崩さないままの司に向かって、スオ〜、と元気よく呼びかけた。
「今度はこっそりやろうな!」
「そういう所も含めてこっそりやってくれる⁈」
【終】
最後の節は蛇足かもだけど会話を書くのが楽しくなってしまいつい……
Knights、何であれ割とメディア出演時はキリッとしてるといいな……どうかな……