【よだつか】リペア・後日談の書きかけ全日本ノービスの大会が終わったため、鴗鳥慎一郎はようやく少し時間が取れるようになっていた。しかし、一ヶ月もしない内に全日本ジュニアの大会が控えている。
僕は、珍しく朝にやってきた友人から、光の腰の不調について聞かされて驚き、すぐに病院の手配をした。まだ症状が酷くはないようだけれど、大事な成長期なのだから、放ってはおけない。
僕や純くんを含め、クラブの誰も気付かなかった光の不調に気付いたのは、純くんがスケーティングコーチとして呼んだ明浦路先生だと聞いて、更に驚く。
理鳳から、とても素晴らしい先生だとは聞かされていたが、一度で不調を見抜くほどの観察眼をお持ちだとは、ますます尊敬に値する。
「純くんが、明浦路先生と個人的な交流があるとは知らなかったよ」
その点についても驚いたのだ。
純くんが光のコーチをするようになって六年。彼が外部のコーチを呼んだのは明浦路先生が初めてだ。
夜のスケートリンクに明浦路先生を呼んだ時はどうやら二人は初対面ではなかったようだけど、それでもさして親しげな様子ではなかった。
どちらかと言えば、最後は全日本ノービス大会の勝敗を巡って対立していたような。
当初、純くんは会場には行かないと言っていた八戸の全日本ノービス大会だが、光の演技だけは現地に見に来ていたようだった。客席でとても目立つ派手なスーツの振付師、レオニード氏の隣に真っ黒な彼がいれば嫌でも目に留まる。
普段はあまり自身の言葉や予定を覆すことはない彼だけど、何か心境の変化があったのだろうか。
大会の一週間前に光のジャンプの構成の難易度を大幅に引き上げたのは、僕の胃が痛くなるほどだったけれど、元の構成のままではルクス東山の結束いのり選手には勝てなかったはずだ。それほど、明浦路先生が指導した結束選手の成長ぶりは目覚ましかった。
あの大会の結果を受けて、明浦路先生と健闘を称え合い交流を深めたのかもしれない。しかし、純くんが他人の健闘を称えたり自分から交流しに行くのはさっぱり想像が付かなかった。
「……それと」
純くんが話を切り出す。
「光の移籍を検討している。交渉は全日本ジュニアが終わってからだけど……東京の、スターフォックスに」
「そうか……、先に話してくれてありがとう」
どうして移籍するのか、とは訊かなかった。本当のコーチの純くんが必要だと判断したのなら僕が口を差し挟むことではないし、光の腰の不調のことも一因かもしれない。
「純くんも、一緒に行くの?」
「……うん」
「寂しくなるね。……でも、何だろう、今の純くんなら、ここを離れても大丈夫そうな気がするよ」
上手く言えないけれど、目を離したらふっと消えてしまいそうな危うい雰囲気が、さっぱりと無くなっている。もう僕が、十二年前のように必死に彼を引き止めなくてもいいんだ。
「明日の夜、零時からキャンセルが出て貸切枠が取れたから、一緒に滑りに行かないかって誘おうと思っていたんだ。……東京に行ったら、純くんと滑る機会も無くなってしまうね」
僕は純くんのスケートが好きだった。見る機会が無くなってしまうと思うとしんみりする。
「わかった。……恋人を連れていくから、慎一郎くんもエイヴァを連れてきたらいい」
「…………、……えっ?」
言われた言葉が予想外過ぎて、呆然とする。僕が正気に返る前に、彼はもう帰ってしまっていた。
僕が知る限り、純くんの初めての恋人。スケート以外何にも心を向けることができなかった彼に愛する人ができたのは、とてもいいことだと思う。
エイヴァを連れてくるよう言ったのは、スケートリンクでダブルデートしよう、ってことなのだろうか。あの純くんが。これは、エイヴァも喜びそうだ。