未練 諏訪さんと別れた。
見えないふりをしていた小さな綻びが、無視できないくらいになって。このままじゃあかんと、俺から切り出した。決して嫌いになったわけやない。諏訪さんもそれに気づいてたから引き下がってきたけれど、俺はガンとして譲らんかった。
このままやとダメんなる、そう思ったから。
振り返ればそれなりに長いこと付き合うてて、俺の部屋には諏訪さんの私物が増えていた。逆もまた然り、諏訪さんの家には俺の私物があって、先週はそれを引き取りに行った。合鍵はまだ持ってたから家主が居ないうちに片付けた。
今日は諏訪さんが俺の部屋に来た。俺が居らん時に勝手に持って帰ってもらいたかったのが本音やけど、諏訪さんは最後だからと言った。
それを言われると俺も弱くて、仕方なしに了承するしかない。
引くて数多で忙しい諏訪さんは、夜遅くに訪ねてきた。
気まずい気持ちで、袋に服やら物やらを詰めていくのを布団の上から眺める。手伝うのも違うし、かと言って話しかけることもできんかった。尻の座りが悪い。
少しずつ、諏訪さんの気配が減っていくのを寂しく思って、そんな資格ないんにな、と内心苦笑した。全く、往生際の悪い奴や。
粗方詰め終わった諏訪さんは、あとは捨ててくれと言った。俺も分かったと頷く。
見送ろうと膝に手を当てた時、諏訪さんがぽつり、泊まっていいか、と溢した。
は、と息が漏れる。
何もしねぇよ、最後だからだよ。
すぐに返事が出来なかった事を後悔しても遅い。俺は、そう言われたら反論できへんのに。
締め切ったはずのカーテンの隙間から漏れた朝日が瞳を刺す。
昨日は背中合わせで、諏訪さんの体温を感じながら眠った。緊張して眠れないかと思えばそんなことはなく、すぐに寝てしまった自分に笑うしかない。諏訪さんをすっかり安心する人として認識してしもうてる事に、ため息が溢れた。
まぁ、それもいずれ忘れて慣れるやろ。
そう思いながらふと、机の上に視線を向けた時、見覚えのある“それ”に息を呑んだ。
諏訪さんの、煙草。
そして、俺が昔、諏訪さんにあげた、灰皿。
煙草を震える指で、そっと、手に取る。本数の減った、少し潰れた箱から1本咥えた。
ライターはおあつらえ向きに、灰皿に入っていた。
ジリ…と葉の焼ける音がして、恋しい香りが部屋を満たす。
諏訪さん。
言葉だったのか、涙だったのか。
ぽつり、部屋に零れ落ちた。