Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    anami_swmz

    @anami_swmz

    すわみずまとめ

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💓 👏 ✨ 💪
    POIPOI 12

    anami_swmz

    ☆quiet follow

    すわみず…水上視点

    #すわみず

    ポメガバース(あかんあかんあかん、やってもーた!)

     水上は1人、頭を抱えたい気持ちで自販機を見上げた。そう、見上げている。
     視点は低く、ボタンどころかお釣りの出口さえ届かない。頭を抱えようにも手足はちんまりとしており、体はもふもふとした毛に覆われている。
     水上は今、ポメラニアンになっている。

     多少、疲れている自覚はあった。
     テストを終えてすぐの防衛任務、任務時のトラブルとその報告書の作成をする生駒の手伝い、そこからランク戦へ向けての情報収集…。
     寮がボーダー内にあり、保護者もいない。注意されないのをいいことに遅くまで残っていた。自分の体調管理を怠った気持ちはないけれど、どうやら自分が思っていた以上に身体の方は限界であったらしい。

     ボタンを押されることのなかった自販機が硬貨を吐き出した。水上はそれを眺め、そのまま視線を下に落とす。自身の衣服がくしゃりと山になっているのを見とめ、ため息を吐いた。せめて、と慣れない前足で下着を隠す。このままでは作戦室にも自宅にも戻れない。
     水上がポメガであることを知っているのは同隊の面々と同級生数名、それから申請してあるため上層部は把握している、くらいだろうか。
     とはいえ水上は出来うる限りポメラニアンにならぬよう、日々体調管理を徹底してきた。三門市へ訪れてからなったことは一度もない。物心ついてからは数えるほどで、家族ですら半分忘れているくらいだ。

    (どないしよう。携帯は作戦室……あー、これが1番やってもうてるわ)

     飲み物を買うだけと置いてきてしまったことを後悔しても後の祭り、水上は再度ため息を吐いた。
     と、そこで鋭くなっていた水上の嗅覚が覚えのある匂いをキャッチした。少しほろ苦い、けれど優しい匂い。己の尻尾が揺れるのを確認して確信する。

    (まずい、あかんて、これはあかんって!)

     慌てて衣服をベンチ下に押し込み、自分も潜り込んだ。汚かろうが今は気づかれないことが最優先だ。
     足音が近づいてくる。おそらく1人。どうか通り過ぎてくれという水上の願い虚しく、その人物は自販機の前に来ると「んー」と悩み始めた。パタパタと振ってしまいそうになる尻尾を床に押し付けて、早よ去れ早よ去れとじっと待つ。
     札を入れる音、ボタンを押して飲み物が落ちる音、それを取り出す音、お釣りが落ちる音。
     そして頭上の人物がジャラ、とお釣りを手に取って「あ?」と驚きの声を上けた。

    「多くね?」
    (今、そういうのはいらんねんけど…!)

     水上が買いそびれ戻ってきた硬貨に気づいたらしい。大雑把でありながら細やかさもある彼は律儀にもお釣りを数えるタイプであったらしい。新たに知った彼の情報に尻尾が喜んで、水上は必死にそれを抑えた。けれど無情にも、水上の隠れているベンチがギジリとなって、目の前に彼の足が現れる。
     あっ、と思った時にはもう遅く、すりりとその足に体を寄せてしまった。ポメラニアンの体は、本能が強すぎる。好きな匂いがこんなにも近くにあるなんて、抑えられるわけがないのだ。

    「おわ!?なんだ!?」

     足の持ち主がベンチを覗き込んできて、目が合った。本能と理性の間で心が揺れている。
     会いたくなかったのに会えて嬉しい。

    「なんでこんなとこにワンコロが…って服?……おい、まさか、……アレか?」

     水上は観念してベンチ下から出て、彼ーー諏訪洸太郎の前にちょこんとお座りをして、ぺこりと頭を下げた。
     ふわりと香る匂いに飛びつきそうな身体をグッと抑える。

    (こうなったら生駒隊の誰かを呼んできてもらうしかあらへんか。あー、諏訪さんやなかったらよかったんやけどな)

     けれど、そんな内心とは裏腹に、どうしようもなく素直な尻尾はご機嫌に踊ってしまうのだった。

    ♦︎♦︎♦︎

    「オイ、マジか」

     諏訪はガリガリと頭をかいて数歩下がり、しゃがんだ。所謂ヤンキー座りをする姿は非常にガラが悪い。けれど目線が近くなる。
     小さな毛玉となっている自分に合わせたのだと思うと、これだからこの人は…!と嬉しくなって口角が上がってしまった。

    「あー。俺のことは分かるか?B級諏訪隊隊長、諏訪洸太郎だ」

     その言葉にこくりと頷く。 

    (こういうところも、えぇんよなぁ)
    「おし。そうなっちまった場合の対処は分かるが、誰でも良いわけじゃねぇだろうから家族かダチか呼んでやるよ。一先ずはうちの作戦室に来い。こんな時間だから誰も来ねぇだろうけど、隠れてたっつーことはあんまり人に見られたくねぇんだろ」

     諏訪の言葉に頷きを返していたが、「ちょうどおっさん達も帰ったしよ」と言って水上の服に手を伸ばしたところで思わず唸り声が出てしまった。諏訪の手が止まり、ハッとする。

    (運んでくれようとしとるんに俺ってやつは…!)

     衣類には下着も含まれていたため、その恥ずかしさから唸ってしまった。人であったならもっと冷静に対処できるのに、と自身に憤りと悲しみを感じて、思わずベンチの下に潜り込んだ。そして、そっと諏訪を窺う。

    (諏訪さん、怒ってへんやろか)

     水上の一連の行動を見ていた諏訪のキョトンとした顔が見えた。一瞬見つめあって、それから諏訪はクツクツと笑った。

    「あー、悪ぃ。一言必要だったよな。…服、触るけど勘弁な」

     コクコクと赤べこのように頷く。諏訪はまたクツクツと笑った。
     馬鹿にしてるようには感じない。その視線はまるで、可愛いなとでも言っているかのように暖かく愛おしげで、ドキドキが止まらない水上だ。

    (落ち着け、落ち着け。これは俺が今ポメラニアンだから犬だから動物だからや……!人間に戻ったら後悔するんやぞ!)

     水上は撫でて欲しくて近づきたくなる体をぐっと抑えた。ベンチの下から出そうになっては戻り、また出そうになっては戻り。それに必死になるあまり、他のことには意識がいかず、自身が恋しげにキュンキュンと鳴いていることも、嬉しげに尻尾を振っていることにも気づかない。
     それを見た諏訪は我慢できないとばかりに「可愛いなお前」と笑う。

    (あーもう、あかんなぁ。ポメガで良かった、なんて思ってまうわ)

     恋は盲目なんていうけれど、諏訪の行動にいちいちトキメいてしまう自分が憎たらしかった。

     水上がなんとか落ち着いた頃には諏訪も一頻り笑って満足したようで、水上の衣服を抱えると立ち上がった。

    「うし!じゃあ行くか。ついて来れるな?」
    「…わふ」

     ベンチの下から出て、歩き出した諏訪に着いて行く。静かな廊下に、人と犬の足音がキュッキュチャッチャと響いている。
     ポメラニアンになったのが久しいためか、水上は低い視点に少し恐怖を覚えた。天井は遠く、周りのものが全て大きく感じる。
     けれど諏訪が時折こちらを気にして振り返ってくれるから、水上はその顔を見るたびに安心して着いていくことができた。

    ♦︎♦︎♦︎

    「さっきまで麻雀してたからよ、散らかってて悪ぃな」

     諏訪がそう言いながら扉を開けて、水上を部屋へと促した。
     恐る恐る部屋に入り、においをクンと嗅ぐ。確かに他の人のにおいがした。ただ、ボーダーの設備は最新で換気もしっかりしているため気にならない。それよりも、他人のにおいよりもより強く、諏訪の匂いがする。水上は鼓動が早くなるのを感じた。

    「適当なとこに座って待っててくれ」

     そう言って奥の部屋へ向かう諏訪を見送り、ソファへと足を向ける。肘掛けには諏訪のものなのだろう服が無造作に掛けられており、吸い込まれるようにその側に座った。
     好きな匂いに座り心地の良いソファ。ホッと息が溢れて、やはりどこか緊張していた自分を知る。

    (ポメ化久しぶりすぎんのも考えもんやなぁ。かといって定期的になりたくはない。…それにしてもこのソファ良すぎる。……経費で落ちるもんなんやろか。それとも自分で買うたんかな)

     ふかふかのソファに身を沈め、諏訪の服の掛かった肘置きに顎を乗せる。部屋主がいないのをいいことに、部屋をぐるりと見渡した。諏訪隊に親しい友人がいるわけでもなし、訪れるのは初めてだ。
     机代わりの雀卓の上には栞の挟んである小説が一冊。

    (ミステリか。タイトルは……ほーん、なるほど)

     近くの本棚には小説から漫画までぎっしりで、近くに積み本まである。

    (そういや諏訪隊は本好きの集まりやってどっかで聞いたな)

     テレビもある。映画もミステリに時代物、ラブストーリーにアニメとなかなかに揃っているようだ。

    (荒船がたまに借りる言うてたわ)

     記憶に刻むように一通り部屋を見終えたくらいで、諏訪が奥の部屋から1枚の用紙を手に戻ってきた。
     首を傾げる水上の目の前にそれを広げる。
     あいうえお表だ。

    「これを指差してお前の名前教えてくれよ」

     なるほど確かにこれならと納得する気持ちと、何故作戦室にあるのかという疑問が浮かぶ。水上の頭がこてりと傾いた。それに応えたかのように諏訪が苦笑して理由を話してくれた。曰く、たまにポメ化した隊員の世話をすることがあるのだという。

    「訓練室の監督官、たまにやってんだよ。そん時に持ち込んでんだ。携帯の画面だとどうしても小せぇからな」

     結局アナログがいいんだよこういうのは、と諏訪が頷く。
     水上は諏訪に撫でられる名も知れぬ隊員を思って羨ましく思った。
     それを振り切るように頭を振って、前足をあいうえお表に伸ばす。少しだけ、躊躇ったのは内緒の話だ。自分のことを知らないからこそ、こうやって良くしてくれてるのではないかと、そう思ったから。ただ、ほんの一瞬の迷いには諏訪も気づくことはなかった。
     水上の前足が『み』の上にぺたりと乗って『ず』を探す。この表はしっかりと濁点や小文字もあるタイプのようだ。
     『ず』の後『か』に足を乗せた時、諏訪が「あ?」と声を上げた。『か』に前足を置いたまま顔をあげる。

    「お前、生駒隊の水上か?」

     眼前にある驚いた顔に、せやろなぁ可愛いワンコロがオレなんて、と内心でため息を吐きながら頷く。瞬間、諏訪が破顔した。

    「っんだよ!水上か!」

     その笑顔に気押されてビクリとする。瞳がパチクリと瞬いた。

    「言われたら確かに水上ぽいわ」

     このもふもふ具合、と笑う。
     人だったならばどういう意味なのかと問い詰めてやりたいところだが、生憎ポメラニアンなのでぐるるという不満な声しか出てこない。諏訪はそれすらも何やらおかしいようで、「悪い悪い」とさらに笑う。

    (絶対悪いて思ってへんやろ)

     カラカラと笑う諏訪にちょっぴり不満を覚えて、水上は不貞腐れたように丸くなった。

    「おい?いや、いいじゃねぇか毛が多いのは。絶対触り心地いいだろ、な?」

     若干、慌てたような声が近づいてくる。小さな耳がピクピクと動いた。

    「許されるなら撫でてぇくらいだって。なー、水上ぃ?」

     頭を埋めていた毛から目だけ出して窺うと、ソファの側にしゃがみ焦った表情でこちらを覗き込む諏訪がいて、少しおかしくなってしまった。

    「…いやマジで撫でさせてくれるなら撫でてぇなぁ。ポメ化したやつの世話するっつっても撫でるわけにゃいかねぇし。ワンコロに会う機会もねぇ。っつーかそれ以前にビビられんだよな」
    (なんや、しゃーないな)

     寂しそうな諏訪の声色に絆されて、“毛量に絡めてからかってきたこと”を許す気持ちで立ち上がり一言、鳴いた。
     もしも水上が人の状態であったのならば、この手は悪手だと打つことはなかったのかもしれないが、現在ポメラニアン状態の水上、少々思考が足りていない。
     当然ながら諏訪は“撫でても良い”と解釈をして喜んだ。「マジか!」と叫ぶと両手でぐわっと水上を包み込み、わしゃわしゃと撫で回す。

    (な、なんっ、え!?は!?)

     暖かく大きな手のひらがわしわしと首元掻く。耳元をくすぐる。背中を撫でる。水上は混乱で動けない。

    (わっ、あっ、…そこ、なんで…こんな……。あー……。気持ちえぇ…ん……)

     為されるがままに、とろとろに溶けていく。

    「廊下ですれ違ってもツレねぇなと思ってたけど、撫でてもいいくらいには俺のこと慕ってくれてたんだな、お前」
    「きゅぅん…」

     反論したかったが、口から出るのは蕩けた声ばかり。

     ここからはもう、水上に抗う術はなく。
     頭の片隅で理性の自分が忠告を叫んでいるけれど、ポメラニアンの水上は本能のまま、腹を晒してしまった。

     撫でスキルの高かった諏訪の手腕に情けない顔を見せてしまったり、蕩けてぼんやりとした思考の中で初めてみる諏訪の表情にときめいてしまったり、調子に乗った諏訪が水上を抱き上げて膝に乗せたり、……そして最後は己の裸を見せてしまうことになるが。

     これを機に仲が深まったかどうかは……未来の2人だけが知っている。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖🎋🅰🐍🅰ℹℹ😍🐶💖💖💖💯👏😭🍼🍼🍼💒💒
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works