「じゃあ俺はこれで」
水上はそう言って片手を上げると、早足で作戦室を出ていく。
「お疲れさん」
「お疲れさんです」
「お疲れさまでーす!」
「気ぃつけや」
皆の返事を受けた背中はどこかウキウキと楽しげに見える。そんな水上を見送ったあと、隠岐は生駒を振り返って首を傾げた。
「水上先輩、最近帰るの早ないですか?」
「実は俺もそー思っててん」
生駒も同様に首を傾げる。2人してハテナを頭に浮かべたとき、南沢が元気よく手を上げた。
「はいはいはーい!おれ知ってます!すわさんと将棋してるらしいです!」
「え、ホンマに?」
「あ、これ言っちゃダメなんだっけ?」
南沢はハッと口に手を当てる。けれどすぐに「まぁもう言っちゃったものは仕方がないですよね!」と舌を出して笑った。「いやアカンやろ」と細井が呆れた視線を向けた。
「将棋なら俺と指してくれてもえぇんに」
「イコさん、この前水上先輩にボロ負けしてませんでした?」
「それでもえぇやん、なんか寂しいわ。俺も水上と遊びたい…」
その言葉にしょんぼりと項垂れた生駒の肩を、隠岐がポンポンと優しく叩く。
「イコさんは素直すぎるって水上先輩言うてましたもんね」
「ちょ、隠岐、それは追い討ちや!」
「隠岐くんのいけず……」
生駒はさらに肩を落としてしまった。
「んん、…それにしても水上先輩と諏訪さんて、不思議な組み合わせですねぇ」
隠岐が誤魔化すように話題を振ると、細井は少しだけじとりと視線を向けた後、ため息を吐いて返事を返した。
「はぁ……せやな。ウチは諏訪さんのことあんま知らんけど、隠岐はこの前一緒やったやん?どうなんよ」
「えぇ人ですよ。オモロイし」
隠岐がにっこりと笑う。どこでも誰といてもニコニコと笑みを絶やさない柔和な彼ではあるが、その実、気遣い屋でもある。対外部と対生駒隊への表情は微妙に違っている。けれど今浮かべた彼の笑みは、普段生駒隊で見るように柔らかくて。
細井は内心、そんな懐いたん、と驚いた。
「海、水上先輩はなんか言うてなかった?諏訪さんのこと」
「えーっと、確か“諏訪さんは手がおもろい”って言ってた気がします!諏訪さんの手ってそんなに変わってました?」
キョトンとした海を見て、隠岐がクスリと笑った。
「ちゃうちゃう、それは将棋の指手の事やろ」
「さして?ですか」
「将棋の駒の動かし方がオモロイって事やろなぁ。確かに諏訪さんとことのランク戦もそんな感じで、水上先輩は苦手や言いながらオモロそうに指示出してたやんな」
「それはわかります!」
勢いよく頷いた南沢に、うんうんと頷き返して、隠岐は未だ落ち込んだままの生駒に声をかける。
「イコさん、せやったら俺らも指し方勉強しません?水上先輩を驚かせたりましょうよ」
「それは…ナイスアイデアやん隠岐。さっそく持ってくるわ!」
生駒はパァッと表情を明るくさせると、いそいそと将棋盤を取りに棚へ向かった。
作戦室の片隅には立派な将棋盤がある。
けれどそれは水上個人の所持品のため、それとは別に遊びで使用するための卓上将棋盤を置いているのだ。水上は自由に使っていいと言っていたが、それでも水上がいないときは使わないのが暗黙の了解になっていた。
棚を漁る生駒の背中をぼんやりと眺めながら、隠岐は先ほどの水上を思い返す。
なんとなく、将棋だけが楽しみとは違うような気がして、けれどそう思った瞬間生駒が「あったで!」と叫んで振り向いたので、その気持ちはどこかへ消えてしまった。
隠岐は将棋盤を机に置いた生駒の側に近づく。細井も南沢も集まった。
寂しいような気持ちになったのは、生駒だけではないのだ。