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    menhir_k

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    ヨシュアパッパお亡くなりちょっと後のエルアー
    タイトル考えるのが面倒なので同じでいいやの精神

    #エルアー
    lar

    「サヨナラ」ダケガ人生ダ 3 辺りには、清涼な朝の空気が漂っていた。何処からか、水の落ちる音が聞こえる。近くに滝がある、と教えてくれたのはエルクと歳の近い音楽に祝福された少年だ。
     申し訳程度に舗装された石と土で出来た道を歩く。頭上に広がる夜の気配を淡く残した空を、鷲に似た猛禽が旋回していった。凡そ馴染みのない、けれど何処か今はもう失われた故郷を彷彿とさせる簡素で原始的な家屋の間を通り過ぎて、やがてエルクは切り立った崖に辿り着く。そこには先客がいて、朝日に輪郭を滲ませて佇んでいた。強い風に、長い鉢巻きがたなびいている。暗い色の髪は、日の光が透けて赤みを増し光って見えた。

    「アーク」

     名前を呼ぶ。声を張り上げたわけではなかったので風に掻き消されてもおかしくなかった。それでも、エルクの呼び声を確かに拾い上げて、彼は振り返った。

    「おはよう」

     口角を持ち上げて、アークは言った。曖昧な返事をしながら、エルクは彼の立つ崖の先端に向かい歩いて行く。

    「まだ眠そうだな」
    「田舎者と違うんでね。早く起きる習慣がないんだ」
    「ハンターという仕事柄、起床時間は不規則なんじゃないのか」

     暗に田舎者だと揶揄したつもりだったが、意味が正しく伝わらなかったのか、解かっていて流されたのか、アークから返ったのは薄い反応だけだ。
     並び立ち、横目で様子を窺う。目尻に赤みが指しているような気もしたが、朝日に焼かれた周囲は辺り一面赤々と燃えているので、エルクの気のせいかも知れない。或いは願望かも知れない。

    「泣いてると思った?」

     胸を見透かしたかのように問われ、ぎくりとする。今度こそはっきりとアークの方を向くと、彼は底意地の悪さの滲む満面の笑みを浮かべて、エルクのことを見詰めていた。

    「心配して損した」
    「へぇ。心配してくれたのか」

     エルクが舌打ちして毒づいても、アークの笑みは崩れなかった。それが、エルクは少し面白くなかった。

    「……そりゃ、すんだろ」

     崩れ行く塔の頂きに取り残された男の、最期の姿を思い出す。知らない男だ。言葉を交わしたことも、恐らくは町中ですれ違ったことすらない。だが、男がアークの父親だったことは、知っている。表立って口にすることはなかったが、彼が勇者という使命に父親との繋がりのようなものを見出していたことにも気付いていた。

    「まぁ、確かに結構堪えはしたけど、いつまでもそれに囚われていられるほど、今は俺も暇じゃない」
    「今は、って……だったら、じゃあ、あんたはいつ泣くんだよ」
    「全部終わったら」

     アークの言おうとしていることは解る。彼は勇者で、世界を救う使命がある。こうしている今も、世界は確実に滅びへと向かっている。足を止めることは許されない。けれど、だからと言って、肉親の死をただ悼み悲しむという感傷すら許されないなんて、そんなことがあって良い筈はない。エルクは静かに憤っていた。人間性を殺して、勇者と言う生き物に成り下がる必要はないと伝えたかった。

    「それじゃあ遅いから言ってんだろっ」

     思わず手が伸びた。胸倉を掴む。アークの首から下げられた勇者の証が、エルクの手袋の金属部分に当たって硬質な音を立てた。

    「……そうは言っても、ここ一年怒涛だったからな」

     力を込めるあまり小刻みに震えるエルクの拳を見下ろして、アークはぼんやりとした様子で呟いた。

    「あの人を想って泣くにしたって、偲ぶ過去も遠過ぎるし。恨み言なら五万と出て来るんだけど」
    「それでも、言いたかったことはあるんじゃねぇか」
    「そうだな。本人の知らないとこで、何勝手に息子を勇者にするとか重大な口約束してくれたんだとか。お陰で俺の人生台無しだよとか。母さんどうするんだよとか」

     指折り数える代わりに、胸倉を掴むエルクの拳の指を一本一本解きながら、アークは言った。

    「ひっでぇ父親だな」
    「だろ?こっちの事情なんか全然考えてない。家族のこと、自分の所有物って勘違いしてるんじゃないか、とか」

     恨み言を連ね終わる頃には、エルクの指は全て解かれていた。未練を感じさせない潔い所作でアークはエルクを手放す。だが、逆にアークのその手を縋るように絡め取って握り締めた。彼は微かに眉根を寄せた。

    「それから?」

     先の言葉を促す。まだ、他にもある筈だ。
     エルクにはあった。父親にも母親にも、言えなかったことがあった。ミリルにもジーンにも、言いたいことがあった。アークにもある筈だ。

    「何が」
    「もっとあるだろ」
    「エルクに言ってもな」
    「言えって」

     頼むから。エルクは念を押した。
     静かな鳶色の双眸が、握り締められた手を見下ろしている。エルクの哀願にも揺れることのない、無感動で静かな視線だ。
     アークと自分との温度差に、言い知れない焦慮に駆られる。

    「君に耐えられて、俺に耐えられない道理はないだろ」
    「は?」

    アークの肩が微かに震えた。笑っている。

    「両親を殺され、故郷を焼かれ、実験台として体中弄り回されて心を許した友にも先立たれた――そんな君に、たかだか父親一人死んだだけの俺が、これ以上何を言える?」

     くつくつと喉を鳴らしてアークは言った。

    「そこまで厚かましくはないよ、俺も」
    「……そうじゃないだろ。俺が耐えられたからって何だよ、比べるようなことじゃないだろ」

     エルクの震える声に、アークは浅く口角を上げて応えた。

    「エルクは優しいな」
    「そういう適当なこと言って煙に巻くなって!」
    「いや、優しいんだよ」

     アークはそっと手元から視線を外す。彼の視線を追うと、夜の名残の薄れた空が視界に飛び込んできた。薄く、星の瞬く気配がする。

    「他人の不幸を自分の不幸にすり替えて語る人間は少なくない。自分の方がもっとつらかった。自分の方が悲しかった。それに比べたら、ってさ」

     でも、とそこでアークは言葉を切った。金色に輝く雲を、眩しそうに眺めている。

    「でも、エルクはそうじゃないだろ。俺の悲しみに寄り添おうとしてくれたし、自分の不幸を持ち出すこともしなかった」

     だから、俺は君は優しくて誠実な男だと思う。アークは言った。
     握り締めた手から力が抜ける。殆んど指先が引っかかるだけのような頼りない力でも、彼がエルクの手を振り解くことはなかった。
     アークが、父親と再会出来れば良いと思っていた。元の暮らしに戻れたら良いと願っていた。エルクからは既に喪われてしまった全てを、せめて彼が取り戻すことが出来れば良いと夢見ていた。
     そうすれば、エルクの喪われた全てが報われるような気がしていたからだ。

    「違う」

     アークが、エルクの方を見る気配がした。けれど、顔を上げられない。

    「ただ、身勝手な願望をあんたに押し付けて、でも、それが叶わなかったから……だから、失望してる。それだけなんだ」

     少しの沈黙を経て、ふぅん、と気の抜けた声が返された。
     手持無沙汰なのか、アークはエルクの手指を無造作に絡め取って弄び、それから何を思ったのか突然その指先に唇を落とした。驚いたエルクが反射的に顔を上げると、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべるアークの視線と克ち合った。だが、それも一瞬だった。悪童はすぐに鳴りを潜めてしまう。代わりに現れたのは、迷いのない勇者の顔だ。

    「俺の父が、スメリア王家に名を連ねてる話はしたことあったっけ」

     問いに答えようと記憶の底を浚おうとして、しくじる。思考の焦点が定まらない。剝き出しの手指に、アークの吐息がかかったからだ。

    「これは俺の想像なんだけど、あの人はそういう教育を受けてたんだろうな」

     動揺するエルクを置き去りに、アークは淡々と言葉を連ねる。

    「ノブレスオブリージュ、ってやつ?王様になる筈の人だったからさ。守るべき弱い者の為に命をかけることは、当然で普通のことだったんだ」

     するりと滑り落ちて離れるアークの手を、今度は捕まえることが叶わない。金縛りのように、エルクの身体も思考も身動きが取れない。

    「笑えるだろ。もう王族ですらないのに、いつまでも王様気分で、それに家族を巻き込んで」

     穏やかにアークは言った。

    「だから、息子である俺が王族として世界を守ることも、あの人にとっては当然で普通のことなんだろ」
    「でも、あんたは」

     絞り出した声はか細い。言葉が途切れる。続かない。

    「そうだよ。俺の故郷はここだし、王族としての教育なんて受けてない。心構えもない――何もない」

     動かない身体を叱咤してアークへと腕を伸ばす。抱き寄せようとした身体が微動だにしなかった為、仕方なくエルクが近付いて抱き締めた。しがみ付いているようにも見えるかも知れない。
     何でエルクが泣くかな。笑う声が降って来る。表情は伺い知れない。エルクの鼻面は、今はアークの赤いマフラーに埋もれている。

    「……あの人は、俺の父親である前にスメリアの王だった」

     ケープ越しの背中に、ぬくもりが触れた。なだめるような、あやすような手付きで優しく撫でられる。

    「そうだとしても、やっぱり、俺の父親はあの人だけだった」

     愛してた――とアークは言った。顔が上げられないエルクに、その表情は伺い知れない。けれど彼からその言葉が引き出せただけでも良しとしよう。エルクは思った。
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    menhir_k

    TRAININGア一クにとって工ノレクが世界の縮図なら、工ノレクからの誤解が解けるということは世界からの誤解が(何れ)解けることを示唆していて、それはア一クにとって数少ない報いだったのかなと書き終わってから思ったし、だとしたら工ノレクからア一クへの誤解は報いに至るために必要なものだったのだなぁという謎の気付き(全て仮定と言う名の妄言)
    「サヨナラ」ダケガ人生ダ 2 微かな呻き声が聞こえて、足を止める。不規則な明滅を繰り返す蛍光灯に照らされた廊下には、アークしかいない。それでも、物々しいシルバーノアの駆動音にかき消されてもおかしくないほどのか細く小さなその声を、確かにアークの耳は拾った。拾ってしまった。タイミングの悪さにうんざりする。
     アークは、あまり意識しないようにしていた傍らの扉へと視線を遣った。鉄製の自動扉だ。ロックのかかった扉の向こうの部屋は、最近行動を共にするようになったハンターの少年に与えたものだ。呻き声はこの中から聞こえた。間違いない。
     少年の——エルクの境遇は、大まかにだが知っている。彼から直接聞いたわけではない。だからと言ってアークから積極的に訊ねるわけにもいかない。エルクの過去はそれほどまでにデリケートで過酷だった。そんな彼が、扉一枚隔てたその向こう側で悪夢にうなされている様子は想像に難くない。だからと言って、そう多くの言葉を交わしたことのないアークが、容易に踏み込んで良い領域でもないように思えた。だから、うんざりしたし面倒だった。
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