晴れ男/雨男 その日、黒死牟は有給休暇を取得していたので、無惨の送迎は轆轤が担当していた。
バケツをひっくり返したような土砂降りの悪天候で、湿気で髪型が上手く決まらない上に、スーツが濡れたと無惨の機嫌はめちゃくちゃ悪いのだ。
「珍しいですね、こんな大雨」
車内の沈黙が気まずいので轆轤が話し始めると、無惨は小さく舌打ちする。
「雨男だからな」
「え? そうなんですか?」
意外である。いつも街頭演説、応援演説、地方遊説、カンカン照りのイメージしかない。天気が良ければ良いで「紫外線と産屋敷が憎い!」と車に戻る度に日焼け止めを塗りなおしているイメージしかないのに、まさかの雨男だったとは。
「でも、滅多に雨降らないじゃないですか? 晴れ男の勘違いじゃないですか?」
「なんだ、私が間違っていると言いたいのか?」
「いえ! 滅相もない」
何故に世間話で、こんな胃の痛い想いをしなくてはいけないのか。轆轤は自分の出した話題がそもそも間違いだったと後悔したが、無惨は窓の外を眺めながら大きな溜息を吐く。
「黒死牟が晴れ男なのだ」
「黒死牟様が……」
言われてみれば……と思い当たるふしはある。無惨が単独行動すると大抵雨だが、黒死牟と一緒の時は必ず晴天なのだ。しかし、何とも皮肉な話である。日輪に対する憧憬と嫉妬は皆がうっすらと気付いている。「月の呼吸」を名乗る時点で、そうなのだろうと思っていたが、絶対に口に出してはいけない。それは無惨の地雷を踏むより恐ろしいことだろうと、それも皆、薄々気付いている。
「しかし無惨様は黒死牟様が晴れ男だと、いつ気付かれたのですか?」
日光は美容の大敵かもしれないが、政治家として雨より晴れの方が良いに決まっている。秘書がそんな縁起の良い男なんて、ついていると一般的には思われるだろう。
「出会った時から晴れ男だと解っていた。あの夜は月の綺麗な夜だったからな」
共に過ごすようになってから雨の日が減ったので外出の時間が減った気がした。しかし、外で無意味な時間を過ごすより、暗闇の中で黒死牟と二人過ごす方がずっと満たされた気持ちになった。そんな遠い昔の記憶を思い返して、無惨はふっと笑う。
その表情を見て、取り敢えず機嫌が直ったかと轆轤は安心するが、自宅に着くまでの道中、何故私が晴れ男だとお前の感想を押し付けられなくてはいけないのかと延々言われ続けたので二度と運転手役を買って出ることはなかった。