俊國様に叱られる猗窩座が羨ましい黒死牟 日の出が数時間後に迫った頃、無惨が猗窩座に下弦の鬼の援軍に行くよう命じた。
そのことは黒死牟の脳にも届いており、柱を含めた鬼狩り数名など上弦の鬼なれば楽勝だろうと黒死牟は特段気にせず、業務連絡として聞き流していた。
実際、炎柱を葬り、日没後に無惨の元に報告に行くのだが、柱一人を殺したくらいで浮かれるなと無惨に叱責される結果となった。
「猗窩座、猗窩座」
低く静かな声からは確かな怒りが滲み出ている。その迫力たるや、視界を猗窩座と共有し、その場にはいない黒死牟ですら全身が震えるほどの凄みであった。
指一本触れることなく猗窩座の体に衝撃を与える無惨の恐ろしさ、そして必死に姿勢を保ち、込み上げる血を吐きながらも無言で耐えた猗窩座も見事である。その場を立ち去った後、黒死牟は敢えて猗窩座に声は掛けず、そっと視界を閉じた。
猗窩座は武人である。
下手な励ましや、これ以上の叱責は彼にとって何の糧にもならない、自分で乗り越えるしかないだろうと黒死牟は無惨に次ぐ鬼の立場として考えた。
だが、それ以上に思っていたことがあったのだ。
羨ましい……。
羨まし過ぎるだろ。普段、黒死牟は下の者たちの視界を覗き見る真似はしないが、無惨からお呼び出しが掛かった者に対しては嫉妬心から、つい見てしまうのだ。
ならば、今日の無惨はどうだ、子供姿ではないか!!
なんと利発そうで美しい子供か。赤い瞳を青みがかった漆黒の瞳で隠し、上品な洋装を纏った姿は、まるでお人形のようであった。
その子供が粛々と猗窩座を叱る姿……ご褒美以外、何と呼べば良いのか、あぁ、猗窩座が羨ましすぎる。自分だったら、柱や鬼狩りなど一瞬で始末出来るので叱られることがないから、あんな風に無惨に叱ってもらえるのが、まず羨ましいのに、その上、あの姿の無惨に叱ってもらえるなんて、猗窩座、ずるい! とさりげなく猗窩座を侮辱しながら、じっと目を閉じて子供姿の無惨を思い返した。
勿論、その感想は無惨の脳裏にも届いている。案外、可愛いところがあるな、と思いつつ、本を読むふりをしながら黒死牟の感想を静かに聞いていた。
子供特有の丸みを帯びた顔に大きな目、しかし、知性を感じさせる涼しげな眉と口許が品の良さを物語っている。白い絹の胴衣と綿の洋風の袴、その着こなしは、まるで生まれた時から洋装で育ったかのように自然である。
そんな落ち着いた佇まいでありながら時折見せる表情はどこか愛らしく、本当の子供のように感じさせる。そんな無惨の子供姿で怒られる猗窩座が羨ましくて堪らないのだ。
琵琶の音が響く。すると黒死牟の目の前に子供姿の無惨が現れた。
「久しいな、黒死牟」
「はっ……」
姿勢を正し、深々と頭を下げる。間近で見ると、本当にその子供が無惨か疑ってしまうほどの精度である。芸妓姿も見たことがあるが、あれほどの擬態、下弦の鬼では解らないだろう。しかし、黒死牟は長い付き合いからか、それとも隅々まで知り尽くした仲のせいか、無惨がどれだけ姿を変えようとも、その気配だけは感じ取ることが出来るのだ。
何故と問われると明確に言語として答えることはできない。こればかりは褥を共にした間柄特有の距離感とでも言うべきだろうか。
「随分と脳内が喧しいようだが、どうした」
「いえ……」
子供の姿に問い詰められている興奮で震えそうになる。現代のオタク用語で言えば「推しに認知された」レベルの感動である。
そんな黒死牟の感動は無惨の脳には駄々洩れなのだが、敢えて黒死牟の口から聞きたい無惨は指先を弾いて、黒死牟の体に軽い衝撃を与えた。
「答えよ」
「申し訳ございません……苟も、その御姿に見惚れておりました……」
無惨に逆らえず素直に答えると、子供姿に無惨はにっこりと笑った。
「よくできました。随分と素直ではありませんか」
黒死牟の全身が四散しそうなほど激しく脈打ったのは言うまでもない。叱られる破壊力も凄いが、あの姿に笑顔で褒められる。この破壊力たるや、無限城を一瞬で傾けるほどの力である。まぁ、無惨ならば指先ひとつで無限城を潰せるのだが。
満足に呼吸が出来ず、あの黒死牟が呼吸を荒げ、吐く一方で吸えずにいるので、無惨は黒死牟に近付き黒死牟の顔を小さな両手で包み、口移しで息を吸わせた。
小さな唇、柔い指の感触、そして子供ながらも色気に満ちた視線。黒死牟は意識を失いそうになるが、頬を抓られ意識を保った。
「ご無礼を……」
「良い。お前はこうなると私に対し終始無礼を働くからな」
それでも殺すことなく、黒死牟の相手をし、数百年に渡り枕を共にしている。無惨も満更ではないのである。
「どうだ、今宵はこの姿の方が良いか?」
小さな指で黒死牟の顎を掴むと、顔を真っ赤にした黒死牟は左右に顔を振る。
「いえ……出来れば、いつもの御姿で……」
「ふん、私の壱は相変わらずの淫乱よな」
「あぁ……」
子供の顔立ちのまま流し目で黒死牟を誘い、汚い言葉で罵ってくる。それだけで腰が疼いて気を遣りそうになる黒死牟を見て笑いつつ、行儀良く服を脱いだ後は、いつもの姿に戻り、部屋の灯りを消すよう鳴女に命じた。