「ねぇ、にいちゃん」
「なんだい、悟天」
「おべんきょうってなんでやらないといけないの?」
ノートを広げて算数の宿題をしていた悟天は飽きてしまったのだろう、ちょっとうんざりとした表情で自分のデスクから兄である自分、悟飯のデスクへと視線を向けてくる。
「やらないといけないというか、やっておくと後々自分のためになるんだぞ、悟天」
「そうかなぁ…。字を書いたり、数を数えたりはそうかもしれないけどさ」
言いながら、悟天は目の前の算数のドリルの「文章問題」をジト目で見、頬を膨らませている。
その表情に少し苦笑し、悟飯は読んでいた本にしおりを挟んで閉じることにした。
「悟天は勉強よりも遊ぶ方がやっぱり好きかい?」
「うんっ」
「はは、即答だなぁ。まぁ遊ぶの楽しいもんな」
「おとうさんもおべんきょうは好きじゃないなーって言ってたよ。畑もやりながらちょっとさぼって修行してるのがいいって」
「あー…、お父さんらしいな。でもさ、悟天。お父さんも勉強はまぁ好きじゃないって人だけど、悟天に学校の宿題はちゃんとやるようにって言ってるよね」
「うん……」
悟飯の幼少時、いわゆる「教育ママ」という印象を強く持たれていたのは母親のチチであったが、魔人ブウの件で悟空がこの世の住人となった今現在では畑仕事をしつつも息子達に学校のことを聞いてくるようになった。ついつい遊びを優先してしまう悟天にやんわりと釘を刺すという言動も一度や二度ではない。
「お父さん、勉強について悟天になにか言ってなかったかな」
「えっと、おべんきょうは…確か、『可能性』だっておとうさん言ってた」
「それってどういう意味だと思う?」
「どういう意味って……、えー…っと。立派なオトナになる、…とか?」
腕を組んで視線を天井に下に、右左にやりながら答える様子は父親によく似てるとほほえましくなりながら、悟飯は目を細めて七歳年下の弟を見る。
「悟天はトランクスと戦いゴッコよくやってるよな。でもブルマさんの家でやらせてもらってるゲームもすごく好きだろ?」
「うん、好き!」
「テレビも漫画も面白いし、僕達は舞空術で空を飛んだりもできるけど、悟天はジェットフライヤーに乗るのも好きだよな」
「うん」
「ああいうのってさ、誰かが作ってくれてるから遊んだり乗せてもらったりしてるって分かるかい」
「うん」
「でも今の悟天にテレビゲームを作れっていっても作り方はわからないよな。もちろん、悟天がテレビゲームを作る人になりたいってわけじゃあないけど、もしかしたらそうなりたいって思うことだってあるよな?」
「もしかしたら、だけどね」
「うん。そのもしかしたら、を「できるかもしれない」に近づくためが勉強で、お父さんが言っている「可能性」ってやつだと兄ちゃんは思うよ」
「そっかぁ…。ねぇ、にいちゃん。もしぼくが飛行機作ってみたいってなったときに、できるかもって道ができるってことだよね」
「うん、そういうことだね。飛行機を作るだけじゃなくて、飛行機に乗るってことでも勉強が必要になっていくから、今やってることがあとで「こういうことだったんだ」って役に立つことはすごく多いよ。さぁ、宿題やっつけちゃおう。わかんないところは兄ちゃんが助けてやるから」
「うん!」
算数のドリルに姿勢よく挑もうとする弟のそばへと移動しながら、悟飯は少しだけ過去を思う。
悟飯自身は多少チチの影響はあったとはいえ、生来から生き物に対する好奇心は強く、図鑑を片手に家の前で延々と観察をするのが好きな子供だった。
それでも勉強をすることにやはり疑問を持つことはあったので、実は悟天と同じように悟空に問いかけたことがある。
そのときの回答はやはり「可能性」で、父はそれを母から教わったのだとどこか誇らしげに笑い、大きな手で悟飯の頭を撫でてくれたことを思い出す。
「あ、にいちゃん、飛行機雲」
ちょっとだけよそ見をしていた悟天が、窓から見える空にまっすぐに伸びる白い雲を見つけて声を上げる。
舞空術で疾く速く飛んでいくだけがすべてではない可能性と同じように、様々な路があることを刺しているかのような、真っ白な雲だった。