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    kusare_meganeki

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    kusare_meganeki

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    花ンポ 🎇💣の小説。どちらかと言えば花火+サンポかも。
    同行クエスト前にこんなことしてたら可愛いなの捏造小説。
    ⚠️ピノコニー編ストーリーネタバレ
    ⚠️ピノコニー同行クエストネタバレ
    ⚠️全部捏造

    道化たちは夢の中で戯れるピノコニーが誇る十二の夢境、その一つ。豪華絢爛な遊園地内では、気分を高揚させる軽快な音楽が流れている。
    風景はゆっくりと回り、風がサンポの頬を撫でつけた。座っているシートは固く、お世辞にも座り心地が良いとは言えない。
    「サンポちゃん、ハンドル離してよぉ〜!」
    不貞腐れた口調で、少女は抗議の声を上げていた。黒のツインテールは風に遊ばれ、たなびいている。白い素肌を晒した腕が、真っ直ぐに中央のハンドルを掴んでいた。
    少女の正面に座るサンポの同様に、両手でハンドルを握り締めている。二人の周りには、回転と共に楽しげな悲鳴を上げているコーヒーカップが複数。
    「せっかくのコーヒーカップだよ、全力で回って楽しもうよ!」
    「最高の提案ですが、生憎僕の三半規管は花火さんの様に強くは無くてですね……っ!」
    無論、嘘である。その少女‪──‬花火の思うままにハンドルを任せたら、間違いなくロクなことにならない。乗りたいと駄々を捏ねた彼女に付き合っているサンポだが、これだけは譲らないと心に決めていた。
    男女が‪──‬それも、体格も一回り違う二人が、ハンドルの所有権を争うなどさぞ滑稽に見えることだろう。見た目だけは愛らしい花火に対して、大人気ない紺髪の男だと外野からは思われているかもしれない。第三者の評価など気にしていられないほどに、サンポは花火にハンドルの所有権が移ることを恐れていた。
    (絶対に、何か細工をしていますよねぇ……!)
    ルール、倫理、常識‪──‬凡そ人の枷と思われる枠からの脱却に力を入れている花火が、“普通”のコーヒーカップで満足するはずがない。何をしでかすか、サンポには予想もつかないのだ。少なくとも、万人受けするようなものではない確信がある。
    だから、なんとしてもこのハンドルは離してはいけない。なんとしてもだ。
    「はーなーしーてー!」
    足をバタつかせ、花火は喚く。花を模した不思議な眼光が、サンポを睨みつけた。
    彼女の正体を知らない者ならば、その姿はいじらしく年相応に見えるのだろう。人間とは、見た目で物事を判断したがるのだ。それ故に、誰も花火のうちにある危険性に気が付かない。
    一度、入り込まれたら終わり‪──‬そうだとわかっていたのに、取り込まれたと気がついたのは、視界の端に魚が泳いでいたからだ。水も無い中で、優雅に揺蕩うそれは、赤く美しい尾鰭をたなびかせている。
    ハンドルに触れていたはずの指先には、手袋越しにも関わらず生温い感触が伝う。ぬめり気がそこにあり、生理的嫌悪を本当が感じ取った。
    「‪──‬……ッ!」
    如何にこれが幻覚だと頭で理解していても、心が囚われては逃れる術はない。手袋越しに突き抜けてくる気持ち悪さに、サンポは怯んでしまった。
    「それー!楽しいティーパーティの始まり始まりー!!」
    一瞬の隙が命取り。ハンドルの所有権は、見事花火の手元に行きついてしまった。
    「花火さんちょっと待っア‪──‬‪──‬ッ!!」
    とんでもない勢いで回り出すコーヒーカップ。サンポにそれを止める方法などなく、殺人的な速度で回るカップにしがみつき、振り落とされないようにすることで精一杯だった。



    花火が、不貞腐れている。遊園地の賑わいは今や喧騒に変わり、表通りはファミリーの一家であるハウンド家の“猟犬”達が歩き回っていた。
    「なんでみんな、そーやってすぐに怒るのかなぁ……」
    あたかも、花火自身が被害者だと言わんばかりの口振りである。
    突然、コーヒーカップが法外な速度で回り始めてレーンを乗り越え、枠外へ大暴走‪──‬どう考えても被害者は遊園地の運営側であり、花火は加害者だ。
    サンポはそう思うも、口を開くことは叶わなかった。声を出せば最後、胃の中の内容物を全てぶちまけるだろう。ピノコニーが誇る夢境で、何故か吐瀉物は虹色になるのだが花火を喜ばせるだけだ。堪えなくては。
    明かりの入らない、真っ暗な路地裏は猟犬も見落とすほど死角らしい。超スピードで回るカップから、振り落とされたフリで花火を抱えて飛び出し転がり込んだ場所だったが、隠れるにはうってつけだった。
    「サンポちゃん、まだ動けない?」
    花火の問いに、サンポは小さく頷いた。四肢を冷たい地面に投げ出し、身体を横たえるサンポは浅い呼吸を繰り返すだけだ。耳鳴りと頭痛は思考を鈍らせ、未だ回る視界は感覚を阻害している。
    しかし、あの目まぐるしい視界の中でよく走り寄ってくるバウンド家を見つけ、花火を抱えて脱走できたものだ。しかも、受け身まで完璧と来た。今回ばかりは、掛け値無しに自分を褒めようと思う。よくやった、サンポ・コースキ。
    「冷たい飲み物でも買ってきてあげよっか?」
    花火はそう言って、サンポの頭を優しく撫でた。その言葉に、余計なノイズはない。純粋にサンポを心配し、思いやる気持ちが見えた。相手が彼女でなければ、是非ともお願いしているところだ。
    相手が望む過去を持ち、願う姿で現れ、欲した役を演じるのが花火という人物。幾千の過去を描き、幾万の顔を持つこの少女をサンポはある意味で人間だと思っていない。
    その言動の裏に何を隠しているのか、全く読み取れないのだ。そんな相手に対して、自身を預けるようなことはしたくなかった。
    「だい、じょうぶ、で……ぅっ」
    花火の気遣いを断って、サンポは腕に力を込めた。平衡感覚が未だに狂っている中、掌に触れる地面はまるでゴムのように歪んでいる。胃の底からこみ上げる吐き気を堪え、起き上がると花火がサンポの胸板に触れた。
    「まだ顔色悪いよ、サンポちゃん。横になってたら?」
    「いえ……いつまでもここにいては、そのうちハウンド家に見つかってしまいます」
    まだ舞台の幕は上がっていない。ピノコニーを巡る舞台の開演前に、ファミリーと揉めるのは避けたいところだ。正式に招待を貰っている花火はともかく、サンポは密航者の立場である。
    「別の夢境に行くの?」
    花火の言葉には『花火もついてく!』という意思が見える。正直、これ以上彼女との接触は勘弁願いたいところだが、サンポはまだ目的を果たしていない。
    「オークションを行っている夢境があると聞いています。次は、そこに行ってみようかと」
    「あ、知ってる〜!花火もね、そこ行ってみたかったんだぁ!」
    ‪──‬本当に、そう思ってます?
    サンポは本音を飲み込んで、曖昧な笑みを浮かべた。



    愉悦の星神アッハの熱狂な崇拝者‪──‬仮面の愚者は、愉悦から賜った“仮面”を持っている。弔令人の船から盗み出したそれは、所有しているだけで運命の力を行使出来る代物だ。
    サンポの手元には、その“仮面”はない。自身の求める愉悦に、そこまでの力は必要なかったし、何より大きすぎる力は手に余る。長らく手放していた“仮面”が、今誰の元で保管されているのかすら知らない。
    ただ、前とは状況が変わった。舞台裏、もしくは舞台脇で端役として立つのではない。メインキャストとして、舞台でスポットライトを浴びなければ。
    その為に“仮面”が必要になった。同じく仮面の愚者であるジョヴァンニが、その在処を知っていた‪──‬“パブ”にあり、保管庫に仕舞われている。その鍵は、花火が持っているとも。
    なるほど、鍵の番人としてはこれ以上ない人物だ。サンポは凡そ万人に等しく接する中で、数少ない苦手とする人物が花火になる。
    仮面の愚者が“仮面”を無碍にするだけではなく、“自身に縛りを設ける”という愉悦最大のタブーを犯しているサンポは、愚者の中では異端者として扱う者もいる。
    星核に侵され、何百年と宇宙との繋がりを断たれた惑星ヤリーロⅥにサンポが身を寄せていた間に、連絡が途絶えたと喜ぶ愚者も少なからずいたらしいが‪──‬。
    「花火にしてみれば三流以下!だってそうでしょ?同類が死んだかも〜って時に、ただ影でヒソヒソ笑うなんてつまんない!」
    スラーダのビンを片手に、花火は憤慨している。ヤリーロⅥにいる間、サンポが死んだかもしれないという噂話を持ちかけたのは彼女だが、自身の地雷を踏んだようだ。
    サンポの“仮面”を隠した者は、花火にならと思い保管庫の鍵を彼女に預けたのだろう。そこに誤算があるとすれば、案外花火はサンポのことを気に入っているということだ。彼女の機嫌を取り、上手いこと誘導すれば鍵を渡してくれるだろう。まぁ、未だ“仮面”の話題すら出せていないが。
    花火から保管庫の鍵を借り、“仮面”を取り戻すこと‪──‬その為に、苦手とする彼女に接触したのだ。そうしたらなんだ、遊園地に行きたいと言い出し、その挙句にコーヒーカップで生死を彷徨う羽目になるとは思わなかった。
    「でもねぇ、花火はサンポちゃんは生きてるって分かってたよ。だって、本当に自分に益のないことはしないから」
    ベンチに座り、足を揺らす花火は目を細めて笑っている。確かに、彼女の言う通りサンポは利益に通じないことはしない主義だ。
    広場中央の時計が時報を鳴らす。オークションが始まるまで後、十分。多くの人がオークション会場へ足早に向かって行く中、二人はベンチから動かない。
    「サンポちゃんは、ヤリーロⅥでどんな利益を得たのかなぁ?」
    「その話はまた後で……ほら、オークションが始まりますよ。これを逃したら次は2システム時間後ですよ?行きましょう、花火さん」
    花火の質問には答えずに、サンポはベンチから立ち上がる。彼女を置いていくように、人々に混じり歩き出した。きっと、彼女は待ってと言いながら追いかけてくるだろう。
    そう思っていた。だが、サンポの耳に届いたのはガラスが割れる鋭い音。
    「花火さん?」
    振り向いたサンポの視界に映ったのは、砕け散ったスラーダのビンの破片だ。その前に立ち尽くす花火は、唇を尖らせている。道行く人が、不思議そうに彼女を見ていた。
    これは、怒っているのだろうか。しかし、一体何に。
    「花火さん、どうしました?」
    花火の機嫌を損ねては、保管庫の鍵の入手が遠のく。それは避けたいサンポは、笑みを携えたまま彼女に声をかける。
    「……メモキーパー、覗き見るのも大概にしてよね」
    その呟きに、サンポは僅かに目を見開く。メモキーパー、ガーデン・オブ・リコレクション。その存在が、花火の前にいたのだろうか。
    彼らは実体を持たないミームだ。そこにあってないようなものである。ともすれば、花火が持っていたビンに映り込んでいたのかもしれない。地面に散らばる破片を見ながら、サンポはそう推察した。
    (ピノコニーの招待は、その一派も受けていたはずなので……いてもおかしくはないですが……)
    それより、気になるのは花火の反応だ。彼女が怒りの感情を露わにするのは珍しい。役ではなく、花火としての感情の発露。それすらも演技として捉えることは出来るが‪──‬サンポはなんとなく、目の前にいる少女の感情を演技だとは思えなかった。
    じっと地面を睨みつけていた花火が、サンポの手を取る。大きな歩幅で歩き出した彼女は、サンポの手を強く引いた。それに逆らわず、引っ張られる形でサンポはその後ろをついていく。
    歩く度、花火のツインテールが左右に揺れている。
    「メモキーパーがいたんですか?そこに?」
    「ビンからじっと花火を見てたの。もう、愉しい時間なのに〜!覗き見なんて最低だと思わない?サンポちゃん!」
    「あ〜はは……まぁ、そうですねぇ」
    曖昧に同調し、お茶を濁す。
    オークション会場はすぐそこだ。しかし、開演が近いこともあってか人通りは絶えない。少女に手を引かれる成人男性の図は、人の目を引くものだ。数多の視線に刺されながら、サンポと花火は歩く。
    「……あ」
    一瞬、花火の足が止まった。彼女の微かな声を、サンポは聞き漏らさない。
    サンポの背筋を、悪寒が走り抜けた。嫌な予感、虫の知らせ、本能的な感覚が警報を鳴らしている。
    サンポの前を歩く花火の表情は窺い知れない。しかし、再び歩き出した彼女の足取りは、心無しか軽いものだった。



    得てして、その予感は大的中。一緒にオークション会場に入ったはずだったが、瞬きの間に花火は忽然と姿を消していた。豪華絢爛な調度品、光に輝くシャンデリアで飾り立てられたフロアの中、残されたサンポは慌てて周囲を見回している。しかし、何処にも花火の姿はない。
    こうなれば、オークションどころの話じゃなくなった。急いで花火を見つけて回収しなくてはならない。彼女をこのまま放っておけば、どう足掻いても最悪な未来が見える。
    人々がオークションが行われるフロアへと移動する中、サンポはその流れに逆らって走っていた。この状態では変装もままならない。だが、どうにかして裏に潜り込む必要がある。
    「おっと、すいません」
    「気をつけたまえ」
    高慢ちきな男性と肩がぶつかり合い、サンポは謝罪の言葉を送る。男は舌打ちを一つ鳴らすと、さっさと歩いて行った。どうやら彼は、自身の懐を気にしないようだ。
    サンポは手元に収めた財布を開く。通路の端に移動して、金よりも中にある身分証明書を確認した。
    「カンパニー……よし、これなら」
    狙い通りの身分であったことに、サンポの口元は緩む。

    このオークションに出費される商品は、全てファミリーの監査にかけられている。安心安全、品質も一級品。勿論、買ったものは有料オプションをつければ夢境から現実世界に持ち帰ることも出来る。
    カンパニーの末端幹部だった男の身分を使い、なんとか裏手口に潜り込んだサンポは服を着替えていた。足元には気絶しているハウンド家の猟犬。下着一枚の姿の男は、手足を縛られ隅に放置されていた。
    「全く……こうも容易く侵入されてはお里も知れるってものですよ」
    呆れたように呟いて、サンポはハウンド家の制服のボタンを締める。ひとまず、裏手を歩くには問題ない格好にはなっただろう。あとは、人目を避けながら移動するだけだ。
    全く、シルバーメインに扮するのなら簡単だったというのに‪──‬それも頭部を隠す鎧のおかげだが。
    「寒く……はないか、夢の中ですものね。縄も少し暴れれば解けるように結んでありますから」
    気絶している男に声をかけ、サンポはその場から歩き出す。向かう先は、オークション出品物が保管されている部屋だ。恐らくそこには、厳重なロックに警備が敷かれていることだろう。
    狙うのは、それらが運び込まれる一瞬だ。
    ──恐らく、花火は自身をオークション品として出品するつもりだろう。サンポはそう目星をつけていた。なんにしても演じてしまうのが、花火の特長であり特技だ。精巧な等身大ドールとして在るのも、お手の物だろう。
    今やるべきはその荷物の目星をつけ、隙をついて奪取し、そのままこの夢境から逃げ出すこ

    ⌘§⌘

    舌先に触れるざらりとした感触は一体なんだ。腕は動かず、足は折り畳まれている挙句に両足首をキツく縛られている。サンポはその中で、沈んでいた意識を覚醒させた。
    ガタゴトと鈍い音が鳴る度に、身体が細かく跳ねる。折り畳まれた足、その膝を伸ばそうとすれば爪先に硬い何かがぶつかった。
    詳しい状況は分からない。ただ、ロクでもないことに巻き込まれているのは明らかだ。
    音を立て揺れる中、誰かの話し声のようなものが聞こえてくる。それはくぐもっており、内容までは聞き取れない。
    (……落ち着いて、まずは自分の状況の理解から)
    早鐘の様に打ち鳴る心臓と、漠然とした不安感から目を逸らしてサンポは考える。
    手足は動かせない。足は折り畳まれたように、膝から曲げられている。恐らく、縄か何かで拘束されているのだろう。そうだとすれば、舌に触れるこの感触は布の猿轡か。思っていた通り、ロクでもない状況だ。
    最後に思い出せるのは、花火を探してオークション会場の裏を走り回っていたことだ。忽然と消えた彼女が、ともすれば自身を商品にするかもしれないと考えたところで途切れている。そして、次に意識を取り戻したら、この有様だ。
    (ファミリーに見つかった?そうだとすれば……いや、それにしては状況がおかしいな)
    ファミリーが不審者を見つけた場合、即刻夢境からの退去が常だ。その後、現実世界のホテルで目覚めた者の末路は語るまでもない。
    今のサンポの状況は、何かに囚われている。時折聞こえてくるこえは、相変わらずくぐもっていた。
    これがファミリーのよる拘束だと推察するには、苦しいところがある。サンポが密航者だと分かっている上での行動ならば‪──‬いや、花火と夢境を巡っている間に怪しまれているような素振りはなかった。
    (恐らく……ここはまだ夢境のはず)
    そうなれば、サンポをこの状況に陥れたのは一体誰なのか。
    それについては一旦置くとして、サンポは再度足を伸ばしてみる。膝は少し伸びるものの、すぐに爪先は固いものに当たる。背筋も同様だ。頭を固いものに押し当てながら、サンポは自身の状況を把握した。
    (箱の中に詰められていると……この揺れは、台車か何かに乗せられて移動中といったところか)
    ロクでもないどころか、最悪である。
    密航者であるサンポの実体は、常人が見つけられない場所に保管している。そのため、夢境から弾き出され目が覚めた状況がこれだったとは考え辛い。
    そうなれば、サンポの意識を奪った誰かがこの箱の中に閉じ込めたのだ。
    (そしてどこかに運ばれている、と……)
    未だ揺れている。運搬途中、聞き取れない声たちはサンポを気絶させた張本人だろう。声が聞き取れないほどに、この箱の壁は厚いのか。
    さて、大まかな状況についてはある程度理解した。分からないのは、その目的だ。夢境、つまりは夢の中で拉致をしたところで夢から覚めて仕舞えば問題はない。中には、記憶を憶泡に変えて裏に流す‪──‬そんな商売があるらしいが。
    とにかく、この場を脱しなくては。その為に、まずは腕の拘束を。
    『皆様、お待たせ致しました!』
    「‪──‬……!?」
    急に聞こえてきた明朗な声と共に、大きな発破音がこだまする。それが拍手だとサンポが理解できたのは、そこに大衆の歓声がついてきたからだ。
    (いや、待て。まさか……!!)
    目から逸らしていたはずの不安感が、輪郭を持ってサンポの脳裏を埋め尽くす。聞こえてくる声は男のものだろうか、明朗なのはマイクを通しているからだろう。
    拍手の音は次第に止んでいく。静まり返る中、サンポの中では心臓の音だけが煩く響いていた。
    『本日三件目の出品となります。皆様の目の前にあります、箱の中には‪──‬』
    ‪ああ、やっぱりか!!
    男はつらつらと商品の説明をしている。箱の中にある像がなんちゃら、作られた時代は、惑星は‪──‬いやそんなことはどうでもいい。
    このまま蓋を開けられたら、大衆にサンポの存在が晒されることになる。商品がないどころか、謎の男が中に入っていたなど大問題だ。そうなれば、密航者の立場であることも白日の元に晒されてしまう。
    手首を縛る縄を一刻も早く解かなければならない。いや、解いたところでここからどう逃げるべきだ。目眩しの爆弾もない、武器も無い。
    凡そ、思いつく逃げ道が存在しない。流石に、サンポの腹の底もスーッと冷えていく。
    流石に、これはまずい。
    「サンポちゃん、ハラハラした?ドキドキした?」
    耳元で聞こえてきた声は、とても愉しそうだった。男の説明が止まる。会場全体も静まり返り、何かが起こったのは理解出来た。
    「花火ちゃんからのサプラーイズ!サンポちゃんへ、ハラハラドキドキオークションタイム!……の体験版」
    混乱にざわめき始める中、再び箱が動き始める。誰かが怒鳴るように指示を飛ばしている中で、その喧騒は徐々に遠ざかる。未だ早鐘の如くなる心臓を落ち着かせようと、サンポはキツく目を瞑っていた。
    やがて、揺れが止まる。軋む音がして、光が箱の中に差し込んだ。恐る恐る目を開くサンポの視界はぼやけている。
    「サンポちゃん、どうだった?」
    少女の声と共に、黒いツインテールが見える。その正体など、考えるまでもなく分かることだった。口枷が無ければ、思わず罵倒の言葉を投げかけていたかもしれない。
    全ては花火の掌の上だったというわけだ。
    「ふふふ、サンポちゃんイイ顔してる」
    明瞭になり始める視界の中、花火は箱の縁に肘をついて笑っている。彼女の手が伸びて、サンポの口枷を剥ぎ取った。
    「……これ、何の真似ですか花火さん」
    「あれ、怒ってる?」
    さも不思議だと言わんばかりに目を丸くして、花火は小首を傾げている。彼女はこれをサプライズだと言っていた。サンポを気絶させ、商品が入った箱に詰め、そしてそのままオークション会場にまで送り出した。その後、どんな手を使ったか知らないが窮地のサンポを救出して終了‪──‬これが体験版ならば、本編は一体どうなったのだろうかなど考えてしまう。
    「一体、どういう意図の演出なのかと聞いているだけですよ」
    首を振り、サンポは自身の感情を取り繕った。無論怒りは感じたが、それを花火にぶつけてはダメだ。
    「うーん、花火なりに愉しめる範囲のスリルって考えんだけど……ダメだった?つまらなかった?それとも……サンポちゃんには、刺激が強すぎた?」
    その問いを聞きながら、サンポは身体を起こす。ここはオークション会場裏手口のようだ。あの騒動で警備員は皆メインフロアへと移動したようで、ここには花火とサンポ以外誰もいない。
    手首を縛る縄を簡単に解いて、サンポは苦笑いを浮かべた。
    「そうですね、ちょっと刺激が強かったかもしれません。僕はあまり心臓が強く無いのでぇ……」
    「嘘つき」
    サンポの言葉を、花火は言葉強く遮った。彼女の手は、自身の仮面にかかる。
    「サンポちゃんはこの程度で音を上げないって、花火は知ってるよ?」
    「……買い被りすぎですね」
    花火の瞳孔は、真っ直ぐにサンポを捉えている。



    やはり、花火と関わって良い事は何一つとしてない。これはサンポ個人の所感だが、百害あって一利なしだ。余程人生に飽きていて、心臓も止まるようなサプライズを求めているのなら話は別だが。
    ピノコニー十二の夢境、その中でも一番絢爛と言われる黄金の刻。そのショッピングセンター下層エリアに存在する、ドリーマーズ商店街に建てられているパブに花火とサンポはいた。バーカウンターに肩を並べて座り、酒の到着を待ち侘びている。
    ここは所謂“愚者”が集まるパブ。二人が訪れるのも必然というものだった。
    オークション会場で花火の罠にかかり箱に詰められたせいか、肩が痛む。サンポが自身で左肩を揉んでいると、あれぇ?と花火が声を上げた。
    「サンポちゃん、肩痛いの?揉んであげようか?」
    「お気持ちだけ頂いておきますね」
    その提案をやんわりと断り、サンポはため息を飲み込んだ。一体誰のせいだと思っているのか。
    オークション会場から逃げ出した後、他の夢境を渡り歩いて黄金の刻へと辿り着いた。その間も、サンポは花火にちょっかいを出し続けている。どうにも、サンポの笑みを剥がすことが彼女にとっての楽しみなようだった。
    「お待たせ致しました」
    バーテンダーがグラスを二人の前に置く。
    花火の前にはモスピンク色の液体の上に、チェリーが揺蕩うカクテルグラス。
    サンポの前にはウィスキーの入ったロックグラス。
    「やっと来た〜!ね、サンポちゃん乾杯しよ!」
    そう言って、満面の笑みでグラスを持つ花火はサンポにその手を差し出す。こればかりは断る理由もないと、サンポはロックグラスを持って彼女のグラスに軽くぶつけた。
    チン、と音が鳴り互いに酒を煽る。二口ほどのサンポに対し、花火は一気にその中身を飲み干した。
    「ちょっと、花火さん一気飲みは危ないですよ」
    「大丈夫だよ、これぐらい〜。毒薬飲み干すのに比べたら平気〜」
    酒と毒を飲み干すのは違うと思うが‪──‬それを言い出したらキリがないと、サンポは苦笑いでそれ以上何も言わなかった。
    「どう、サンポちゃん。ピノコニーの夢境は気に入った?」
    チェリーをつまみ、口に運びながら花火が問いかけてくる。小さな口はそれを啄むように唇で挟み、やがて口内へと誘い込んだ。
    「そうですねぇ……まぁ、退屈はしないかと。多種多様な人種、様々な世界、実に夢のような話です!」
    サンポは声高らかに言ってから、酒を再度煽った。まぁ、その煌びやかな世界も見掛けだけだ。今立っている地面の下で、本当の“夢”は深淵と共に眠っている。
    「でも、サンポちゃんはこういうところ好きじゃないんでしょ?イプシロンにも全然顔出さないから」
    「贅沢三昧は人を腐らせますからね。僕の好みではない、というだけです」
    サンポはそう言って、ロックグラスを再度手に取ろうとする。それを横から掠め取った花火は、ニヤリと笑って残りのウィスキーをそのまま飲み干した。溶け出した氷すらも食べ、彼女はそうだよねぇと言葉を漏らす。
    「何でも揃う、何でも出来る……ここでは死ぬこともないし、お金さえあれば思いのまま。辛い現実もない、苦しい不安もない、ここにあるのは楽しい夢と停滞した未来だけ。……サンポちゃんの愉悦には、合わない」
    人間性を尊ぶ快楽を体現することこそ、最高の快楽である‪──‬これこそ、サンポの求める愉悦だ。花火の言う通り、それは夢の世界に存在するものではない。
    停滞した未来‪──‬言い得て妙だった。
    ロックグラスをカウンターに置いて、花火の補足白い指が飲み口をゆっくりとなぞる。
    「つらぁい現実、こわぁい未来……みーんな、それから目を背けて楽しい夢に逃げちゃう。どうしてみんな、笑っていられないのかなぁ。考え方次第だって花火は思うの、一つの側面しか見ないから辛いのに」
    「皆、貴女のような多面的な考え方の人間はそうそういないかと。極限に近づけば近づくほど、大抵の人間は自分の利益のみを追求します。つまり、自分自身しかみられないということ……事実、僕はそういった生態を見てきました」
    「ヤリーロⅥの話?」
    花火の瞳が、興味に輝く。
    「聞きたい、聞きたい!サンポちゃん、あの星に行ってから数年以上連絡も出来なかったし〜!」
    「ええ、勿論。ですが花火さん、その前に貴女に一つお願いが」
    「サンポちゃんの“仮面”の話?」
    その言葉に、サンポの表情から笑みが消えた。それとは対照的に、花火はずっとニコニコと笑っている。彼女はサンポの真顔も気に留めず、バーテンダーに追加の酒を注文した。
    このピノコニーで花火と接触してから、“仮面”について一切触れていないはずだ。それをどこで察したというのか。
    いや、そもそも接触した時点でその可能性を掴んでいたとでも‪──‬それか、でっちあげたか。どちらにしても、思わず笑みを崩してしまったサンポの負けだ。
    「ええ、その話です」
    サンポは潔く認め、頷いた。やっぱりと愉しそうに足を揺らして、花火はケタケタと笑っている。彼女とサンポの前に、再びグラスが置かれた。今度はカクテルグラスに、サンポの髪色のような紺の酒が揺れている。
    「はい乾杯」
    グラスを傾けてくる花火は、サンポの答えを聞く前に無理やりそれをぶつけてきた。少し大きい音、溢れる酒が互いの手を濡らしていく。
    「ん〜……どうしよっかなぁ。サンポちゃんは今日一日、花火に付き合ってくれたしなぁ」
    「振り回されただけですけどね」
    「愉しくなかった?」
    「刺激的ではありました」
    愉しかったかどうかには触れず、サンポは一気に酒を飲み干した。ねっとりと舌に絡みつくような後味と、それに反比例する爽やかな鼻通りに眉を顰める。度数が強いのか、喉を焼くような感覚が食道を通り胃に落ちていった。
    “仮面”のことを見抜かれているのならば、取り繕う必要もない。先ほどに比べ、冷たい対応のサンポはカウンターに肘をついた。
    「まずは結論から聞かせてください。貴女は僕の“仮面”の在処を、ご存知なんですか?」
    ジョヴァンニから得た情報が、真実なのかを確かめる。彼の情報筋に疑いはない。だが、確証が欲しかった。
    「うん、知ってるよ。その為の鍵も、ほら〜!」
    懐から一本の鍵を取り出して、花火はサンポの目の前で揺らす。このまま奪い取れそうなものだが、サンポはその衝動を抑え込んだ。いっときであればその行動でいいが、彼女とはこのピノコニーでの付き合いは続く。出来ることなら、ことは荒立てたくはない。
    花火の標的にされるのは、ごめんだ。
    「とりあえず、聞いておきますね。……その鍵、そのまま渡して頂くことは?」
    「どーしよっかな……」
    わざとらしく悩む花火の視線が、一瞬カクテルグラスに向く。その眉に僅かに皺が寄ったのをサンポは見逃さなかった。
    「もしかして、またメモキーパーに見られていました?」
    「よく分かったねぇ。サンポちゃん、花火のことをよく見てくれるから嬉しい。……うん、このピノコニーでずっとメモキーパーが花火のことを見てるの。なんでそんなに見てくるのかなぁ、そろそろ本当に……目障りなんだけど」
    カクテルグラスを掴む花火の手に、サンポは手を重ねる。このままでは、床にグラスを叩きつけかねん勢いだったからだ。彼女の手はすっぽりと収まる小ささで、優しく握り込めば隠れてしまう。
    「人生は舞台、身体は役者……僕達愚者は、他人から見られることに喜びは覚えど、怒りの感情は抱かないものです。花火さん、メモキーパーに対して何をそこまで……」
    諭すようにサンポが言うと、花火は唇を尖らせた。その表情は、親か兄姉に怒られ拗ねている少女のように見えるだろう。
    彼女はグラスを掴んでいた手を離して、サンポの手を握り締めた。
    「知ってるよ。でも、今はまだ幕の上がった舞台の上じゃない。どんな役者にもプライベートは必要でしょ?」
    花火がそう言うのは珍しい事だった。人生は舞台を何より体現しているのは、彼女だとサンポは考えていたからだ。
    それに、その言い方では───。
    「僕と遊んでいたのは、舞台上の演出ではなく……花火という役者個人のプライベートだったと?」
    「……ずっと、ヤリーロⅥに閉じこもって連絡も取れなかったサンポちゃんが、花火に会いに来てくれたんだもん」
    これが、花火の仮面上の演技なのか、それとも素顔なのか判別は出来ない。これを鵜呑みにするのは危険だと分かっていても、サンポはその言葉に納得せざるを得なかった。
    オークション会場、商品とすり替えられて出品されかけた時に彼女が言った「体験版」の言葉の意味を、ようやく理解する。あれは花火なりに、サンポに愉悦の何たるかを思い出させようとしたのではないか───何年と、閉ざされた雪と氷の世界にいた男へ、それこそ打ち上がる美しい花火を見せるように。
    サンポは花火のことを友人だとは思っていない。だが、彼女からしてみればサンポはお気に入りなのだ。向けられた感情が友愛かどうかは、さておいて。
    「分かりました。そこまで貴女に思われていたこと、このサンポは忘れませんよ。……メモキーパーのことは、置いておきましょう。ピノコニーの調和セレモニーに、ガーデン・オブ・リコレクションも招待されている以上、それが終わるまでは付きまとわれるの決まっていることですし……」
    調和セレモニーの開催にあたり、招待状が各派閥に送られたことは大層世間を賑わせた。そのような試みは、ピノコニーが確立してから初めての事だったからだ。
    その中で、誰が花火へ招待状を───言い換えれば花火を“雇った”のかは気になるところだ。仮面の愚者と括られはするが、組織として成り立っている訳では無い。ガーデン・オブ・リコレクションやスターピースカンパニー、開拓者のように組織に招待状を送る先はない。
    明確に、仮面の愚者の枠で花火を指名した人物がいる。なんとも、命知らずな。
    (まぁ、それを明らかにするのは僕の役目では無いですが……)
    サンポの脳裏に過ったのは、芦毛の主人公だった。開拓者の名に恥じず、今回も事件に首を突っ込み、そして夢の真実を開拓し暴くのだろう。
    しかし、話がだいぶ逸れてしまった。いい加減“仮面”の話に戻さなくては。
    さてどう切り出したものかと、サンポが頭を悩ませる。その中で、花火は何かを思いついたように声を上げた。
    「サンポちゃん、手伝って!」
    「何を?」
    「花火の舞台!」
    とんだ申し出だった。苦笑いを浮かべるサンポは、話の続きを促す。
    「メモキーパーちゃんと遊んでみたいの〜。まだ舞台の幕は上がらないし、セレモニーに出るには花火は相棒がいないし〜……サンポちゃんが、花火と一緒に招待されてたら良かったんだけどねぇ?」
    「その言い方ですと、既に目をつけていらっしゃる方がいる……そうですよね?」
    サンポの問いに、花火はいたずらっ子のように笑うだけだ。強く握っていた手を離した彼女は、頭に着いている仮面に触れる。
    「サンポちゃんには、このお手紙をメモキーパーちゃんに届けて欲しいんだ」
    僅かに桃色に光り、仮面がふたつに増える。狐を模したそれは、彼女の言う手紙なのだろう。
    差し出された仮面を受け取り、サンポはしげしげとそれを眺める。どこからどう見ても仮面だ。
    「これ本当に手紙なんですか?」
    「メモキーパーちゃんが持ったら読めるようになるよ〜。大丈夫〜」
    歌うように言って、花火は椅子から降りた。彼女の首についている鈴が鳴る。
    「お手伝いしてくれたら、“仮面”を返してあげてもいいよぉ?」
    「……約束ですよ」
    「ふふふっ」
    約束という単語に、花火は笑う。仮面の愚者が約束を守るだなんて、サンポ自身思っていない。ただ、念押しのように言ってしまっただけだ。
    「サンポちゃん、頭を貸して」
    花火はそう言って、自身の足元を指差す。頭を貸せということは、触らせろということか。差された場所に跪け──意図を理解して、サンポは大人しく従う。
    「メモキーパーちゃんは、どこまでも、どこまでもしつこく記憶を見通すけど……一回きりなら、騙せると思うから」
    仮面を被り、花火はサンポの頭に触れる。
    「目を閉じて、花火と遊んだ時の記憶を思い出して──その記憶、別の記憶で蓋をするね」
    言われるまま、サンポは記憶に思考を巡らせる。彼女と出会い、遊園地に行き──。
    まるでフィルムのコマ刻みのような記憶、その一つ一つに仮面が乗せられていく。万華鏡の如く、それらは形を歪ませ別のものへと。
    「もういいよ」
    花火の言葉でサンポは瞼を開く。一瞬、網膜の上を金魚が泳いで消えて行った。
    「じゃあサンポちゃん、メッセンジャーよろしく〜!」
    「……肝心の、誰に渡せばいいのかをお聞きしていませんよ、花火さん」
    本来の記憶の上に、別の記憶で蓋をされたからか──脳の奥が、気持ち悪さで呻いている。気にするほどでは無いが、じっとりと絡みつくようなそれにサンポは無意識に後頭部を搔いた。
    メモキーパーは、一部人間体を摸している者もいるが、基本はミーム体だ。だからこそ、ビンやガラスに映り込み、こちらを見つめていることがある。
    指定される相手によっては、接触は難しそうだ。手を考えなくてはならない。
    そんなサンポの思考を見透かすように、花火は大丈夫と抱きついてきた。
    「ちゃーんと、見つけやすい相手だよ。……紫色の長髪に、ベールをまとったミステリアスで綺麗なお姉さん!その人に、手紙を渡して欲しいんだ」
    「その方のお名前は?」
    「え?」
    「え?」
    名前を聞けば、聞き返された。思わずサンポも聞き返してしまう。
    いや、これから手紙を渡す──もとい、遊ぶ相手だ。流石に名前ぐらいは知っているだろう。そういう期待を込めて、抱きつく花火を見るも彼女は首を傾げるばかりだった。
    「メモキーパーちゃんは、メモキーパーちゃんだよね?」
    「いえ、ですから名前を……」
    「名前〜……名前〜……」
    曖昧な見た目だけの情報だけで、この広い夢境の中をどう探せと。
    考えていた花火は、結局分からないと笑った。呆れにため息を吐くサンポに対して、彼女は常楽しそうにしている。
    「サンポちゃんなら見つけられるよ〜期待してるね〜」
    「あっははぁ……」
    これも“仮面”を取り戻す為だと、サンポは自分に言い聞かせる。やはり、多他人に交渉の優位性を取られるとロクな事にならない。相手が花火ならば、尚更だ。
    (紫の長髪、ベール、綺麗目でミステリアスな女性ねぇ……)
    そこまでキャラ立ちしているのなら、まだ見つけられる希望はあるか。花火から受け取った仮面型の手紙を手に、サンポは立ち上がろうとする。
    「待ってよサンポちゃん、どこに行くの〜!」
    「どこって、貴女がこの手紙をどこぞのメモキーパーさんに渡せと頼んだんでしょうが」
    「まだいいよ、花火も色々サプライズを考えなくちゃだから……。そうだ!サンポちゃん、ヤリーロⅥの話、聞かせてくれるって言ったよね?」
    いや、そんなことは言っていないが。
    サンポが首を横に振るより、花火の動きの方が早かった。彼女はサンポの手を引いて、椅子に座らせてくる。バーテンダーに再度酒を注文する姿に、サンポは諦めと共にカウンターに肘を着く。
    こうなってしまえば、花火に是を正す方が難しい。彼女の中で、それが是ならそうなのだ。
    「ほらほらサンポちゃん!花火の奢りだよ〜」
    三杯目の酒は、透き通った水のようだった。その中にひとつ、青い氷が浮いている。
    「分かりました、分かりました。話しますよ……」
    三度目の乾杯、口内を満たす酒はスッキリとして飲みやすい。
    さて、どこから語ろうか。舞台の下積み時代はすっ飛ばして構わないだろう。ストーリーとして始まったのは、やはり開拓者と巡り会ったところからだろうか。
    こうなれば、盛りに盛って語ってやるとサンポは決めた。
    「僕が彼らと出会ったのは、何も無い雪原のど真ん中で──……」
    咳払いをひとつ、サンポはヤリーロⅥでの舞台を語り始める。それを聞く花火はずっと興味津々で、目を輝かせていた。
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