それは計画的な犯行ではなく…/グルアオ長い一日が終わった。晩ご飯も食べたし、あとは自宅に帰って温かいシャワーを浴びて早く寝たいとこだけど、夕方頃から吹雪いてしまい 明日まで天候が回復する見込みもないとのことから、このままナッペ山ジムで泊まることになった。まあ場所的によくあることだし、普段使っている控室とは別でこんな日のために泊まるぼく専用の部屋があるから、特に問題はない。そのはずなんだけど…――
「グルーシャさーん、暇なんで遊びましょー」
シャワーを浴びてさっぱりしたところでノック音が聞こえたからドアを開けてみれば、みつあみをほどき パジャマ姿のアオイが立っていた。唖然としている間に彼女から出てきたのは、信じられない誘いで…。
衝撃のあまりフリーズをしている間に、アオイはぼくの部屋の中に入っていく。慌てて止めようとしたけれど時すでに遅く、ソファ前にあるローテーブルの上にトランプやらなんやらを置き始めた。
「ちょっと何勝手に入ってるの!」
「えー、ダメだなんて言ってないじゃないですか」
「言う前にあんたが先に入ったんだろ。こんな夜遅くに男の部屋にやってくるとか意味わかんない。早く部屋に戻って」
「いいじゃないですか!部屋に戻っても何もすることないですし、グルーシャさんと遊ぶ機会なんてないんですから楽しみましょうよ」
女の子が無防備に男の部屋に入るなと注意しても、彼女には何にも響かず、にこにこ笑いながら夜更かししようと提案してくる。
もう一度出て行くよう促したけど彼女は気にも留めずにくつろぎだしたから、ほくは諦めて彼女と向き合うように座った。
なんでアオイがナッペ山ジムにいるかというと、天候が荒れた直後に彼女がジム内へ避難してきたからだ。雪山は天気が変わりやすく、帰れなくなった登山客やトレーナー向けに宿泊設備を整えているから彼女の行動には何ら不思議ではない。…不審な点はないと思いたいけど、なんか怪しい。
アオイはポケモン勝負が大好きで、暇さえあればしょっちゅうここにやって来てはぼくに勝負を仕掛けてくる。それが終わるとたわいもない話をしたり、ジュースをご馳走したりするんだけど…やたらぼくに引っつこうとしてくるんだ。
ベンチに座ればぴったりくっついてくるし、なにかと抱きついてくる。最初はぼくの性別を勘違いしてるからそんな行動をしてくるのかと思っていたけど、なんか違うらしい。いくら注意してもそんなことをよく繰り返してたし、今も遊び道具をやたら持ってきてるから、もしかしてわざと吹雪いたところを見計らってナッペ山ジムに訪れてきたんじゃ…いや、そんなことをするメリットはどこにもないからありえないか?
「ぼーっとしてますけど、大丈夫ですか?」
「…なんでもないよ。で、何するわけ?」
「神経衰弱とかどうです?」
「え、二人で…?まあ、いいや。何回かしたら部屋に戻りなよ。明日には吹雪も止んで帰れるかもしれないし」
「はーい…」
了承したような返事をしたけど、口を尖らせているからこれは絶対に納得してないな。そんなことを思いながらアオイが持ってきたトランプをシャッフルし、テーブルの上に一枚一枚並べていく。万が一ごねたら強制的に部屋に戻そう。
「アオイ、アオイ。そんなに眠たいなら早く自分の部屋に戻って。ここはぼくの部屋だから、ちゃんと起きて」
トランプやらスマホロトムと協力してやるアプリゲームなどで遊んでいると、目の前に座るアオイの様子がおかしいことに気づく。頭ががくがくと不自然な動きをしているし、目はぼんやりしていて明らかに眠たそうだ。
「はぁ…」
大きくため息をつくと、部屋に送る間彼女の体が冷えないよう 薄手の毛布を取りにベッドへ行き戻ってくれば…。
「嘘だろ」
たった数分の間で彼女はソファに寝転び、完全に眠っていた。軽く揺すっても起きないし、どうなってんの?いくらなんでも無防備すぎるだろ。
気持ちよく眠りこけている姿を見れば叩き起こすことなんてできないから、仕方なくアオイの体を抱き上げると、ぼくが今日使おうとしていたベッドの上にゆっくり降ろした。
緩く開いた口から覗く小さな舌を、思わず凝視してしまう。何やってんだと頭を振ったけど、そこから視線を外すことができない。
…なんでぼくばっかり、こんなにも心をかき乱されなきゃならないんだ。男として見られてないのに、だんだんムカついてきたな。
呑気にぐーすか眠りこけるアオイにゆっくり顔を近づけると、額へ軽くキスをする。音は立てずに、ただ触れるだけ。それだけなのに、体の内側から聞こえる心音が喧しい。でも…――
「なんの警戒もしないから、こんなことされるんだよ」
そんなサムいセリフを吐いたけど、理解してほしい相手は夢の中。いくら言っても意味はない。
もう一度ため息をつきながら近くの収納スペースより毛布を引っ張り出すと、さっきまで座っていたソファに横たわる。
好きな子が自分の部屋で寝ている状況で、果たして眠れるのか。それでも明日吹雪が止めば普通に挑戦者の相手をしないといけないから、無理矢理目を閉じた。
…途中からアオイに振り回されっぱなしだったな。
*****
ふわふわした感覚から一転、意識が急浮上して目が覚めた。程よく反発するマットレスと、大好きな人の匂いが微かにするそこは、ベッドの上。あれ、さっきまでグルーシャさんとソファで遊んでたはずなのに…。
上半身だけ起き上がって辺りを見渡せば、彼がソファの上で毛布に包まりながら眠っている。その光景を見て、私は作戦が失敗したことを理解した。
グルーシャさんの部屋に押しかけては夜更かしして、ちょっとずつお色気ムードを出した後 ドキドキな展開になるはずが…!なんで普通に寝ちゃったのかな、私!?
あちゃーと額に手を当てながら、せっかく意識してもらい あわよくばな展開に入るチャンスをものにできなかったことに、肩を落とした。まあ、終わったことは仕方ないし、次は気をつけよう。
早々に脳内反省会を済ませると、ゆっくり立ち上がってソファまで歩み寄る。あの美しいアイスブルーの瞳は閉じられているせいで、いつもとは違って雰囲気が少し幼い気がするな。ふふ、最初の予定にはなかったけれど知れてよかった。
「…どうやったら、私を見てくれるんだろう」
ぽつりと呟いた言葉が、私の心に響く。
この人のことが好きってわかってから、今までできる限りのアプローチをしてきた。時間があればグルーシャさんに会いに行き、お喋りしては抱きついてみたりいろいろと。…どれもこうかはいまひとつだったけど。
だからこそ、一か八かの賭けで強めの寒波がやってくる今日にあえて登山してきたんだ。吹雪で帰れなくなったらジムで泊まるって言ってたし、一般人も避難先としてジムでの宿泊が可能だと聞いている。そしてジムスタッフの人に、グルーシャさんが泊まる部屋の位置を聞いて押しかけてみたけれど結果は…。
「でも諦めちゃダメだから」
そう。ちょっと上手くいかなかったからって見切りをつけちゃうのは良くない。また作戦を立て直そう。次こそは!と心の中で闘志を燃やしていると、ふと彼の腕の中に収まるチルットモチーフのクッションが目に入った。
恐る恐るそれを腕の中から出すと、すかさずグルーシャさんの腕の中に潜り込んだ。流石に起きちゃうかなって思ったけど、ちょっと身じろぎをしただけでまた寝てしまった。
思わぬ成果にドキドキしながら、グルーシャさんの胸元に片耳を近づける。すると優しい心音が聞こえてきて…あまりの心地よさにまた眠気がやってきた。今日はこれでよしとしようと呟くと、ゆっくり目を閉じた。これでちょっとは異性として意識してもらえたらいいなー。
次の日の朝、今まで聞いたこともない叫び声と揺れに驚いて目を覚ますと、目の前でグルーシャさんが顔を真っ赤にしながら固まっていた。
…この人って、こんなにも大きな声を出せたんだ。意外だなぁ。
終わり