全寮制箱庭学パロいおそう「世界をリードする人材を育てる学院と聞いてきましたが、幼稚な人達ばかりですね」
紛うことなき本音だけれど、1人で呟いているから負け惜しみのような言葉になってしまった。
雨上がりの花壇に投げ込まれたジャケットは見るも無惨な姿だ。泥がこびり付き、洗ったら落ちるだろうけれど明日の授業までには乾かないだろう。
新しいものを購買で買うこともできるけれど、一般の学生が買える値段ではない。両親に振り込んでもらうにも気が引ける金額だ。
「どうしたものですかね」
「どうしたの?」
ジャケットを拾い上げて思案していると、背後から声をかけられた。
「……逢坂先輩」
「僕のこと知ってるんだ。1年生だよね」
白い髪、紫の瞳、この学校で彼のことを知らない人などいないだろう。
この学校で誰も逆らえない、日本を代表する財閥、FSCの御曹司。
「はい」
「えっと、確か和泉くん」
「えっ」
彼の口から私の名前が出てきて驚いた。”部外者”であるから覚えられているのだろうか。
「すごい優秀だって聞いてるよ。特待生なんだよね」
彼はニコリと笑う。その表情に敵意はない。こんなに真っ直ぐに好意的な表情を向けられたのは久しぶりだった。
今年から始まった特待生制度、試験に受かると大学卒業まで学費免除になる。
幼稚舎から大学までエスカレーター式の学院。とんでもない学費が必要だが、その分最先端の教育を受けられる。
高校1年生から入学した私は、中学から全寮制になるこの箱庭の中では”異物”だった。
「それ、どうしたの?」
「窓から投げ捨てられてしまって」
私の持っていたジャケットをみて、逢坂先輩は眉をひそめた。先程までの柔らかな雰囲気から一変してその鋭い視線が少し怖いと思ってしまった。
「……ひどいな」
彼はそれだけで、私に起こったことを理解したらしい。すぐ横の校舎の窓を見上げた。
彼が見ているその窓は、私の所属するクラスの横の窓だ。そこからこのジャケットは花壇に放り投げられた。
「皆さん私に勝てなくて悔しいみたいです」
「……ふっ、和泉くんは強いね」
同情されたくはなかったのも本当だけれど、決して強がりでもなかった。
”異物”が学年のトップをあっという間にかっさらっていった。それに憤る暇があるならもう少し努力をすべきだ。
「少なくとも泣くタイプではありませんね。でも、困りました」
「どうしたの」
「ジャケットの換えを持っていなくて」
そんなことよりも、目下の問題は明日の制服だ。この箱庭は服装に厳しい。
「ひぁっ、なんですか!?」
突然腰周りを触られて、間抜けな声を出してしまった。そんな私に構わず、逢坂先輩は私の身体を確かめるようにバジバジと触れる。
「うん。これ、着てみて」
そう言って、自らが着ていたジャケットを脱いだ。受け取って、言われた通りに袖を通す。ウエストのあたりは少しきついけれど、問題はない。
「着れそうでよかった。僕のをあげるよ」
「いいんですか」
「うん。高等部に上がる時に5着くらい仕立ててもらったから」
自らのジャケットと重さが違うなと思ったのは気のせいではなかったらしい。見た目は変わらないのに、柔らかく軽い着心地のジャケットの内側にはOsakaの刺繍が施されている。
「……ありがとうございます」
「困ったことがあったらいつでも言ってね。僕、この時間はだいたいここに居るから」
「はい」