今日は何だか駄目だそう思って自室に閉じこもったのは良いが、さて、ここからどうしようか。起きた時から違和感は感じていたのだが角を仕舞えない上四肢もいつもより二回りも太く絵に描いたような鬼の姿になってしまった。人の姿に戻ろうにも頭がぼんやりとして元の形が思い出せない。時間が経てば経つほどその症状は悪化していき、暫くすると自分の名前すらぼやけてきた。そのままぼーっと天井を見つめていると扉を叩く音が響いた。
「ヴォックスー?起きないの?」
…シュウの声だ。ああ、そろそろ不味い恋人の名前なのにすぐに思い出せない。彼の問いかけに応えようと声を上げようとした。その時に鬼としての力を抑え込めていない自分の状態を思い出し、どうにかのそのそとベットを降りメモに『体調が悪いから今日は寝ていることにするよ。移るといけないから部屋には入らないでくれ』とペンを握りつぶさないように注意しつつ書いた。ドアの隙間からメモ紙を出せば向こうからそれが引き抜かれた。
「…分かったけど、君の姿が確認できないの不安だから入れてくれない?」
それは駄目だ。だって今の私は彼が綺麗だと言ってくれた髪も瞳もないし。なにより人としての形状を保てていない。こんな所を見られたら彼だって、彼だって私から離れるんだ。この状態を見られたくない。でも、この声で彼を傷つけたくない。彼が好きだからこそ起こった反発し合う二つの感情がせめぎ合う。
「ヴォックス。入るよ」
そう宣言をして入って来た彼が私を見つけると驚いたような顔をした。それを見て彼のことを見る事すら怖くなりその場で崩れるように座り込み両目を大きく変質した手でふさぎこんだ。
「……見、ないで…見ないでくれ」
その恐怖に耐えきれず思わず声が零れ落ちた。そのままぼつぼつと繰り返すと温かみのある私の数倍も細い腕が首に回された。
「ヴォックス。大丈夫だよ。大丈夫。君が鬼ってことは元から知ってるし。僕のために喋らないでいてくれたんだよね、ありがとう」
「あ…シュウ、ごめ」
「大丈夫って言ったでしょ。なんてったって僕、呪術師なんだよ、君に傷つける気がなければ効かないよ」
シュウの優しい言葉と体温にゆっくりと落ち着きを取り戻していく。
「多分その紐の効果が弱まっちゃったんだね。とりあえず応急処置だけして新しい奴を作ろうか」
「うん。ありがとう」
「いいんだよ。ヴォックスにはいつも助けられてるから、こんな時くらいは僕にもカッコつけさせてよ」
顔を上げると彼は優しくほほ笑む彼が居た。その顔を見たとたん安心し強張っていた体の力がフッと抜けた。そのまま自分と喉元の紐に触れ効力を一時的に戻した。続けざまに姿も元に戻し彼に腕を回し力いっぱい抱きしめた。
「ふふふ、苦しいよ、ヴォックス」
そう言いながら彼もぎゅっと力を入れ返してくれた。