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    洋三 お題「カレンダー」
    徳+三の洋三の話
    価値観が15年で平成→令和となっている、徳男が結婚している等ご注意ください。

    #洋三
    theOcean

    一生を祝わせて一生を祝わせて 結局、会うことができたのは12月の末だった。
     高校時代は毎日の事のように会っていて、グレていたときなんて親の顔より見たと思ったのに、まったく社会人というのは多忙な生き物だ。その多忙な合間を縫って、三井の応援に駆けつけ、変わらずあの旗を持ち上げているのだから嬉しいやら心配やら、気恥ずかしいやらである。

    「よ、徳男」
    「三ッちゃん!」

     だから会うのは決して久しぶりというわけではない。けれど、こうしてサシで飲むのはしばらく振りだった。
     先についていた堀田に習って座敷に乗り上げると、目の前の親友がわかりやすくソワソワとしだしたのがわかる。まあまあ、落ち着けよ徳男。今日はお前にとっても特別な日にしてやるからさ。
    心の内でゆるりと笑って、三井は機嫌よく店員を呼んだ。

    「とりあえず、生で」



    一生を祝わせて


    「結婚、ってどんな感じだった?」

     問われたときの衝撃は今でも鮮明に覚えている。
     堀田の薬指に嵌った銀のリングを見つめて、三井が言い出したのだ。他の友人から言われたのならば大して気にもとめない、ただの雑談の一つとして受け取った言葉。だけど、相手は三井だった。あの、三ッちゃんだった。
     思わず前にのめって、真剣な顔を返してしまう。すると気まずそうにモゴモゴと唸ったあと、ちょっと、とこぼした。

    「ちょっと考えてみない?って、いわれて……」

     赤い顔だった。堀田は心がいっぱいになるのを感じた。涙が頬を伝って、うおおん、と男泣きをしてしまう。バカ、早えよ、と三井。その言葉だけで、もう答えが出ているようなもんだった。



     高校時代から、三井は女関係になると途端に口数が減る男だった。
    不良時代は仲間にそれを随分とからかわれていたが、鉄男はそういう奴らをおいと黙らせ、うるせえと追っ払った。そのときの三井の顔が、かすかに嬉しそうにほころんでいるのを見た時。それが正解なのだと知って。同時に自力でたどり着けなかった自分が嫌になり、そしてバスケ部復帰後は堀田がかわりにその役目を担った。

     三井が無事に推薦を獲得して大学生になると、堀田は社会人として世に出ていた。わからないことだらけで私生活も忙しく、電話はしていたものの直接会えたのは数ヶ月の間隔を開けてで。
     三井が大学2年生ほどになった頃からだったか。気心の知れた仲間内で飲んでいる時でさえ、何か言いたげにしていることが増えた。口を開いては閉じ、解散が近くなるとソワソワとし、結局何も言わずに肩を落として帰っていく。その背中を見て、俺たちはこっそりと誓いあったのだ。
    三ッちゃんが自分で伝えると覚悟を決めるまで、じっと見守ろうと。


     機会が訪れたのは、それから2年後。三ッちゃんが24歳となる日の、一日前。五月二十一日のことだった。
     大学二年生の頃から、三ッちゃんは誕生日に俺たちと集まらなくなった。バスケ部に復帰したときでさえ、部の誘いを断って俺たちといてくれたのに。代わりに前日に個室を取って、いつもわりいな、と変わらない笑みで笑う。その笑みには、言葉以上の『いつもわりいな』が含まれていることくらい、みんな気づいていた。

     いつもどおり盛大に祝って、いつもどおり三ッちゃんがソワソワとし始めて。違うのはここからだった。
     三ッちゃんは、去年は身につけていなかった銀のネックレスを、お守りのように握りしめた。ぁ、と小さな声が出て、苦しいのを耐えるようにうつむく。

    「……あのさ、お前らに、はなしたいことが、あって」

     俺らはシンと静まり返った。ドクドクと心臓が脈打って、喉がカラカラに乾く。個室故の静寂が耳に痛い。うん、と促した声は、きっと震えていた。
    三井は重いまぶたを上げてそれぞれの顔を見遣ったあと、空になった皿に目を落とす。時間稼ぎのようにえーと、と何度か繰り返して。

    「もう、知ってると思うけど、やっぱりちゃんと自分の口で伝えたほうがいいなって、伝えたいって、ずっと思ってて」

     うん。頷く。ネックレスを強く握る三ッちゃんの手は、見たことがないほど震えていた。

    「俺さ、実は……お、れ、あのさ、お……れ、」

     大丈夫だよ、わかってるから、何も変わらないから、と。言ってしまいたくて仕方がなかった。顔が真っ青になっていて、口を『お』の形にしては、ごまかすように『れ』を付け足している。でも俺たちは、三ッちゃんの決心がつくのを黙って待つと決めている。今ここで俺達が言葉を掛けても、三ッちゃんはちっとも嬉しくないだろうから。
     声は次第に小さくなっていき、三井は震える息を吐いた。吸って、吐いて、深呼吸。目をつぶった彼は、きっと誰かの言葉を思い出している。数秒、数分、体感では数時間。そうして、炎が揺らめくようなヘーゼルの瞳を、ひたと向ける。


    「──俺、男が好きなんだ」


     堀田達は、黙って聞いた。その言葉が終わっても、未だ黙っていた。三井は泣きそうになって、そんで、と口を開いた。ダムが決壊したような感覚。

    「ッおとこの、恋人が居る。ソイツの名前は、わりいけど言えねえ。お前らに言いたい気持ちももちろんあるし、アイツも言ってもいいっていってくれたんだけど、やっぱり男同士なわけで。アイツに迷惑かかるといけねえし。もちろんお前らが誰かに言いふらすとか考えたこともねえんだけど、でも、わぶッ!?」
    「三ッちゃん!!!!」

     俺たちは三ッちゃんに飛びかかった。ぎゅうぎゅうと抱きついて、ぐひんぐひんと泣く。
     三ッちゃん。みッちゃん、みっちゃん。伝えてくれてありがとう。それが本当に嬉しい。勇気のいることを、諦めずに何度でも伝えようとしてくれて、そうしてふるふると震えながらしっかり目を見て教えてくれて。
     言いたいことはいっぱいあるのに、くぐもった嗚咽にしかならない。ありがとうと伝えたいのに。おめでとうと祝いたいのに。幸せかと問いたいのに。
     三井ははじめこそ抵抗していたものの、うぁ、という呻き声のあと、あたたかい涙を頬に伝わらせた。ううう、と喉を鳴らして、ギュウギュウにされながらズビズビと鼻をすする。

    「ありがとうな、おめえら、俺、ありえねえとは思ってても、怖くて、……あぁ、よかった……よかった……!」

     何も言えない。よかった、ありがとうはこっちのセリフだよ、と言いたくても。喉の奥が詰まったように、なにも。
    ただ力いっぱい抱きしめることしかできない己を情けなく思う。同時に、恋人が居ると友に明かすのにこんなにも、勇気のいる世界を恨めしく思ってしまう。そういう、時代だった。



     招待状を出すのには、かなり迷った。結婚のできない三井にとって、それは気分を害するものではないかと。三ッちゃんはそんなちっちゃい男じゃないのはわかっているけれど、それでも傷ついてしまうかもと。
    『ありえないと思ってても怖い』あの日の三井の言葉を実感していた。実感するとともに、思い出すのは三井の行動。言いづらいことを目を見て直接言ってくれた、彼の勇気ある、行動。
     ハッとして、堀田は急いで三井に連絡を取った。『三ッちゃん、今度話したいことがあるんだけど、いつ開いてるかな』『今日でもいいか?』『え?』『今からおまえんち行っていい?』そんなやり取りを経て、三井は本当にその日の内に堀田の家に来た。バイクの音を引き連れて。
     ヘルメットを被った男は、三井を下ろすと二人で何事か喋って、すぐに闇へと消えていく。

    「三ッちゃん、さっきのは」
    「ああ、彼氏」
    「!」
    「んなことよりお前の話聞かせろよ」

     三井はからりと笑った。堀田が何を話すつもりか、とうに知っているように。首元には赤い跡があって、二人の時間を中断してまで来てくれたのかもしれない。
     慌てて招待状を差し出して、結婚するんだ、と伝える。と、途端に三井の顔が太陽がごとく輝いて、本当に嬉しそうにほころんだ。

    「うわあマジかお前一番に俺に報告しろよ!!良かったなぁ徳男!!あー、最高の日だぜ!なあな、俺友人代表やっていい?やりたいやらせろよ、もう俺お前に彼女できたときからずっっと温めてんのがあるんだよ!!」

     キラキラとはしゃいで、ブンブンと堀田の手を取って喜びを表現する。やべえ嬉しい人生最高の日かも、なんて大げさなことを言って。

    「で、でも三ッちゃん」
    「!徳男!テメエ変な気ぃ回してんじゃねーよ。俺、お前の結婚式祝えなかったら一生お前のこと恨むからな。最高の結婚式演出してやっから、お前は黙って楽しみにしてろよ!」
    「ッうんっ!」


     結婚式は最高だった。花嫁側と、あと少人数の友人だけで終えるつもりだった結婚式は、三井の提案で高校時代の奴らも何人か呼ぶことになったのだ。花嫁もそれにたいそう喜んでくれて、三井さまさまというよりほかない。
     友人代表のスピーチでは、三ッちゃんが出てきただけで泣いて、そんでスピーチでも泣いて、三ッちゃんもエグエグ泣きながら締めくくった。一生忘れない言葉。『徳男、お前はすげえいい男で、俺の親友だ。幸せになれよ!』
     ともかく最高の出来で、最高なのは他にもあって。ブーケトスで、花束が三ッちゃんの手に吸い込まれるように落ちていったのだ。
    三井はまじかよ、と笑って、近場にいた女性に渡そうとした。それを引き止めたのが、水戸だった。驚いた三井に、ヘラリとしたまま『持っときなよ』と。俺はそれで察してしまえた。三ッちゃんが目を丸くして、かすかに頬を緩めてブーケを胸に抱いたものだから。




     高校時代から、約15年。
     短いようで長いその期間は、世間の風潮を変えた。同性愛が、嫌煙されるものから受け入れられるものへと変容したのだ。ニュースで連日『日本でも同性婚が可能に』という文字が踊った日々から、3年後。
     三ッちゃんは結婚した。
     二人だけの式だったという。式の様子は、三ッちゃんも話してくれない。二人だけの秘密だそうだ。
     何で呼んでくれなかったんだよ、と詰め寄ると、三ッちゃんはへによりと眉を下げて、『俺たちどっちも臆病だからさ』と言った。そうして輝く銀のリングを愛おしそうにいじりながら、元気な笑みを浮かべる。
    『いつか、でっけえやつをもう一回開くつもりだぜ、俺は!』


    ******


    「徳男、じゃじゃーん!」

     ペカペカの笑顔で三井が取り出したのは、カレンダー。三井とそのチームメイト、湘北バスケ部、堀田達、そして水戸。月ごとに違う写真が印刷されているそれは、三井が毎年年の瀬になると持ってくる、定番のお歳暮だった。スポンサーが無料で作ってくれるというので、せっかくだからと毎年写真を厳選して配り回っているのだそうだ。

    「徳男徳男、見ろよこれ。これ、洋平と熱海行ったときの写真。すげえ雨降ってよ、アイツの髪せっかくセットしたのにびしょびしょになってて。こんな写真使わないでってアイツ言うんだけど、こっそり入れてやったぜ!あ、これはさ……」

     毎年の、堀田の楽しみだ。なによりも三井がこうして楽しそうに思い出を語ってくれるものだから。
     犬に吠えられる水戸、水戸とのツーショット、知らない内に入れられていた三井の試合姿。
    ニコニコと聞いていると、三井はもっと嬉しそうにして、ニヤリと笑う。
     カバンをガサゴソと漁り、弾んだ声で。指輪をつけた手を差し出してくる。変わらない、太陽の笑みで。


    「そんでこれ!お前に、サプライズプレゼント!」


     手渡されたのは──結婚式の、招待状だった。

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