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    iduha_dkz

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    iduha_dkz

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    中一の円桃
    桃吾が恋心を認める日の話です。小学校一緒で中学が別設定。
    桃吾は想定外の相手を好きになってしまったら、その人のことが好きだと認めるのに理由が必要そうだなと思っています。

    #円桃

    そして指先は触れ合ったタブレットに表示された動画を巻き戻そうとして、同じく操作しようとした円の指に触れそうになり、桃吾は慌てて手を引っ込めた。

    二人が好きな野球選手が夜に行われるネット配信の生放送番組に出る。それを知って一緒に見るため、今日は円が桃吾の家に泊まって二人で見ることにしたのだ。
    普段の生活にフォーカスされた人となりに迫る番組は、一流の選手がどのような生活をしているか知るいい機会でもある。二人でくっついてタブレットを見ながら、これやってみんけ、チームにも伝えんとな、などと話し合うのは、とても有意義な時間だった。
    特に視聴者からのコメントを拾って答えてくれるコーナーで円の質問が拾われたのは嬉しかったことで、かの選手が中学時代にどんな風に時間を使って生活しトレーニングしていたか、中一の今聞けたのは今後参考になるだろう。
    「いい番組じゃったのー」
    「おん。質問拾われてほんによかった」
    「プロ目指しとる硬式の中学生ですって入れたら優先して拾ってもらえたわー」
    「やっぱ狙っとったん?」
    「あざといのも大事じゃー」
    「他の質問に埋もれるもんなぁ」
    「巻き戻してもっかい見てええ?」
    「おん」
    そして、その番組の質問コーナーまで巻き戻そうとして、円の指に触れそうになり桃吾は慌てて指を引っ込めることになったのだ。
    昔は指が重なるのも気にせず一緒に操作していたのに今は触れるのに躊躇するのは、円に触れる度に桃吾の心に巣くいはじめた邪念が育ってしまいそうだったからだ。中学に入ってから学校が別れて、桃吾は円と過ごす時間が一気に減ってしまった。そのせいだろうか、会っている時間はふと気がつくと目が円を追いかけているし、前はなんとも思わなかった別れ際は毎回別れがたくて次の練習日や会う約束をした日がいつだったか思い返しているし、一人でいる時はよく円のことを考えてしまっている。
    「好き」というその状態を表す端的な言葉があることは桃吾だって知っている。だが桃吾は、自分にとって円がそんな存在であるはずがないと、思い浮かぶ度に否定していた。
    桃吾にとっての円は、そういう自分本意な感情を向けていい存在ではなくて、一緒に勝利に向かう相棒なのだ。恋心のような浮わついた気持ちの存在を認めるわけにはいかなくて、今日も桃吾はこの邪念が育っていって制御不能にならないよう、せめて円に触れるのを減らそうとしている。
    だというのに。
    「あ、もうちょい後ろや。おん、そこそこ」
    「ぴったりじゃのー。じゃあ桃吾、静かに」
    「っ……」
    動画が質問コーナーに戻ったところで、円がイタズラっぽく笑いながら桃吾の唇に人差し指を当て、静かにするようにと促す。隣に座る距離感でそんなことをされて、桃吾の目は再生される動画ではなく触れるだけ触れてすぐに離れていった円の指に釘付けになってしまった。
    真剣に動画を見ている円の隣で、こんなどうしようもない感情を抱えて野球に真剣に向かえていない。そんな状態になっていることが嫌で、桃吾は一度唇を拭って触れられた感触を消し、自分も動画に集中しようとする。
    そのタイミングで、桃吾の部屋の扉がノックされた。
    「兄貴ー開けるでー」
    「おん」
    桃吾が拒否の言葉を言わなかったので、そのまま扉は開けられる。前いきなり扉を開けられた時にガッツリ絞めて以来、淳吾は開けてもいいか都度桃吾に確認をとるようになっていた。
    「生放送終わったやろ? おかんがお客さんに一番風呂入ってもらえって。円さん、いかがです?」
    「待たせても悪いし先に入らせてもらうわ。生放送はアーカイブ残るし」
    「おん」
    持ってきた着替えやタオルを持って、円は部屋を出ていく。桃吾は目が離せなくなっていた円が一時的に側にいなくなったことで、大きく息をついた。
    円が戻ってくるまでに気持ちを切り替えてしまおう。そう思ってタブレットに向かった桃吾の目に、お勧め動画の一覧の中の動画の一つが飛び込んできた。
    『共に柔道金メダリストの夫婦の生活に迫る』そんなサブタイトルの動画が気になるなんて、前までの桃吾なら絶対にあり得なかった。なのに、個人競技とはいえ同じ競技のトップアスリート同士で恋をして一緒に暮らしている。それがどんなものなのか好奇心に負けて、桃吾はその動画の再生ボタンを押した。
    番組は先ほどまで行なわれていた野球選手のものと同様、普段の生活にフォーカスしていた。紹介された二人の食事にコメントが沸き上がっている。『体重そんな大事なのか』『メニュー管理ヤバい』『階級一つ下げると怪物いるから必死だよな』などなど一斉にその食生活へのツッコミが流れていた。一つ下の階級は誰だろうと桃吾が考える間もなく、コメントで怪物と形容された選手の名前が流れていく。それは普段柔道に興味がない桃吾でも聞いたことのある最強と名高い選手で、番組に出ていないにも関わらずコメントで名前が出されるほど、柔道の世界はその怪物選手を中心に回っているようだった。詳しくない桃吾でも名前を知っている選手とそこまで知名度がない選手。どちらも金メダリストでも、その差はおそらくかなりある。
    どのスポーツでも才能の差はあるんやなと思いながら、桃吾は番組を眺め続ける。選手二人は「好きな人に見守られてるから大変でも苦にならないんですよ」と惚気ていたが、流れるコメントは幸せそうな二人を祝福するものに混じって、階級を変えた裏にはこんな苦労があったのかという驚きへのコメントも流れていた。そんな流れで番組はコメントに答える質問コーナーに入る。夫婦宛の質問もあるものの、けっこうな割合で混じる怪物選手とのエピソードについての質問が多い。三人とも同い年で、関り合いが多いのも質問が止まらない理由なのだろう。
    それらのコメントを見て、桃吾はU12で綾瀬川の球を捕った後、球を受けた感想や、キャッチャーから見た綾瀬川はどんな存在か、綾瀬川をリードする時何を考えているかなど、桃吾本人を見ていない質問の山だったことを思い出していた。このまま番組を見ていてもおもしろくなさそうで、桃吾は停止ボタンを押そうとする。
    だが、止める前に一つの質問コメントが、桃吾の目に飛び込んできた。
    『もし二人がお互いのことを忘れたら、元の階級であの怪物に勝てる力を得られるなら、忘れることを選びますか?』
    その質問を桃吾自身に当てはめて考えてしまったのは、画面の中の二人の選手と桃吾の状況が似通っていたせいだ。
    円に綾瀬川を超える才能が与えられることと引き換えに、円から忘れられることや自分自身が円を忘れてしまうこと。それを選べるか考えに考えて、――桃吾は選べない、と諦めた。もしそんな選択肢が実際にあるなら桃吾さえ選べば円の夢は叶うのに、夢を叶えた円の隣に自分がいないのは、どうしても桃吾には受け入れがたかったのだ。
    ただそれも、天秤に乗っているのが才能ではなく円の命だったなら、記憶を失ってでも円に生きていてもらうことを選ぶだろう。そんなことも同時に考えてしまい、桃吾は自分自身に幻滅する。こんな気持ちは、まず円と一緒にいることが第一でその次に野球と叶えたい夢が続くと示していると同義だった。自分は何よりも円の夢を応援しているのだとずっと思っていたのに実はそうではなかった。その事実は、桃吾の心をぎゅっと掴んでくる。
    選手二人が幸せそうに質問に答えている動画を止めて、円と見ていた動画に戻す。そこにちょうど廊下から足音が聞こえてきた。どうやら円が風呂から上がって戻ってきたらしい。
    「桃吾、上がったで。次桃吾の番やて」
    「おん、今行く」
    円がノック無しで部屋に入ってきて、次に風呂に入るようにという親からの伝言を伝えてくる。それを理由に桃吾は自分の部屋からすぐに出ることにした。今、円と二人っきりでいるのは怖かったのだ。


    円が先に入った湯だということに少しだけ躊躇して、それから覚悟を決めて湯に浸かる。暖かいお湯は気づいてしまった事実で張りつめていた桃吾の心を、ゆっくりほぐしてくれるようだった。
    とはいえ、少し落ち着いたところでさっきの問いへの答えは変わらない。桃吾は円のことを忘れるのも忘れられるのもイヤだし、それでも命となら釣り合う対価だが、才能とは釣り合わないと思っている。あんなに円が綾瀬川を越えようと頑張っているのに、だ。
    円の一番の相棒として、ずっとその夢を助けることを第一にできると思ってたのに。無欲な友情で隣にいることはもうとっくにできなくなっていたのだと、桃吾は認めざるを得なくなっていた。
    「俺は、円のことが、好き」
    今まで一度も口に出せなかった言葉をあえて言ってみて、それがとてもしっくりくる。否定していた感情も受け入れてしまえば、上手く取り扱える気がしてきた。桃吾がどんな気持ちを円に抱いていようが、隠しておいてバレなければこれまでと変わらず過ごせるのだから。
    それでも、どうしても、やっぱりどこか円を裏切ってしまったような気持ちは桃吾から消えることはなく。頬から流れ落ちる透明な水滴は、一粒ずつ湯船に落ちて波紋を作っていく。泣いてしまったことごと無かったことにならないか。桃吾はそんなことを思って湯船に潜ってみたが、水面の波紋は消えても円の努力を裏切ってしまった罪悪感とそれでも円が好きという恋心は、変わることなく桃吾の心に残り続けていた。


    涙の痕が残っていないことをしっかり確認して、桃吾は風呂場を後にした。円が泊まる時はいつも早く上がるのに、今日は髪までしっかり乾かしてから戻ったのは、おかんに濡れた髪のままで家の中歩くなと怒られたと言い訳すると決めてある。それでも、覚悟は決めたとはいえ隠せるかどうかは不安だった。
    桃吾は部屋に入る前に足を止めて、一回だけ深呼吸をする。
    「円、戻ったで!」
    そして、ひときわ元気に聞こえるように声を出して扉を開けた。
    「おかえり。桃吾、こっちこっち」
    「おん?」
    桃吾の気持ちに一切影響されることなく、円は穏やかに笑っていて桃吾を傍に呼ぶ。それに緊張を全部ほどかれて、桃吾は円の隣に戻った。
    「この動画見てみ?」
    「なん……? なんでオウムがツッコミやっとんねん」
    「上手いじゃろー」
    円が再生した動画はいつもピンの芸人が、オウムとコンビを組んでコントをやるというもので、オウムとの軽妙なやり取りがただ単純に面白い。
    「上手いけどこれ絶対裏で編集して繋ぎ合わせとるやん」
    「編集されとっても、こんだけ面白いなら十分やろー」
    「せやな」
    流れている動画が笑わせようとしてくるという影響はある。だが、何も意識しなくても、これまで通り円と普通に話せているのに桃吾は内心驚いて、そしてほっとした。
    恋だと認めてしまったら何かが変わってしまうかもしれないと恐れていたが、こうして円と話していても今までと変化は一切ない。恋心を抱えたままでも、そんなに悪くはない気がしてくるほどだ。叶わない片思いなのは寂しくもあるが、それは桃吾が勝手に恋しただけなので仕方がない。一生秘密にして墓まで持っていく気持ちであることは変わらないものの、一人で考えていた時よりずっとこれからへの見通しは楽だった。
    「桃吾、これ次もあるで。一緒に見ぃひん?」
    「円もまだ見とらんのけ?」
    「おん。一緒に見よ思て」
    「待っとらんくてもええのに」
    そう言いながら、勧められた動画を見ようと桃吾は再生ボタンに指を伸ばす。同じく再生しようとしてくれた円の指と触れ合いながら、再生ボタンは二人の指で押されることになった。
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    iduha_dkz

    DONE綾と桃吾の高校での卒業式の話です。
    前半は1年時、後半は3年時。
    3年一緒に過ごすうちに色々理解して仲良くなり情も湧いたけど、それでも桃吾の一番は円なので綾の一番にはなれないことを最後に突きつける、一番のために他の大事なもの切る痛みを伴う別れが100通り見たくて書きました。
    最後の日を迎えて卒業式で久しぶりに会った二つ上の先輩は、綾瀬川と桃吾が二人で花束を持ってきたのを見て、はじめは落第点しか取れていなかった学生が百点満点を取った時の教師のような顔で微笑んだ。
    「二人一緒に来るとは思ってなかった」
    「元主将を心配させるなって、二年の先輩たちが二人で行けゆうてくれはったんです」
    「桃吾、それ言っちゃったら不安にさせるやつじゃない?」
    「大丈夫だよ綾瀬川。雛がどうしても俺に渡したかったって言えない照れ隠しなのはわかってるから」
    「主将ぉ!」
    「あ、ならよかったです」
    抗議の声を出した桃吾を綾瀬川はまったく気遣わず「ほら渡すんでしょ」と花束を差し出すように促す。長持ちすることを考慮してドライフラワーで作られた花束を二人から受け取り、鮮やかな花束に一度視線を落とした後、彼は自分より身長の高い後輩二人を見上げた。
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    iduha_dkz

    MAIKINGぜんぜんまったく書いてる途中だけれどもこの会話出すなら今じゃない?となったのでワンシーンだけ抜き出したもの
    大学から一緒の学校になった花瀬花の、4年クリスマスの日に瀬田ちゃんが花房に告白してOKもらえたその少し後のワンシーンです

    こちらのその後的なものになります
    https://poipiku.com/7684227/9696680.html
    「花房さ、オレのせいでカノジョと別れたって前言ってたじゃん。確か一年のバレンタインデー前」
    「……よく覚えてるね」
    「その後からオレに付き合っちゃわないって言うようになったら、そら覚えてるだろ」
    「そっか」
    「やっぱオレのこと好きになったからってのが、カノジョと別れた理由なん?」
    「……そう。カノジョより瀬田ちゃんと一緒にいたいって思っちゃったのに、隠して付き合えるわけないじゃん。俺から別れ切り出した」
    「え、態度に出て振られたとかじゃなく?」
    「別の人の方が大事になっときながら、振られるくらい態度に出すなんてサイアクじゃん」
    「あーまぁ、確かに?」
    「ほんとにいい子だったんだよ……俺が野球最優先でもそれが晴くんだからって受け入れてくれててさ……でもだから、カノジョより優先したい人ができたのに、前と変わらずバレンタインのチョコもらうなんてできないじゃん」
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    MOURNING話が進んで解釈変わる度に書き直される円桃。
    枚方シニア戦が終わったら完成します。たぶん。

    5/13追記
    13話で解釈が変わったので、この流れのままで書き換えるのはここで終了です
    今後はこちらで→https://poipiku.com/7684227/8748586.html
    枚方シニア戦の夜の円桃構えたところでピタリと静止し、そこに吸い込まれるかのように、豪速球が投げ込まれる。ミットにボールが納まる音だけが繰り返されて、U12と枚方ベアーズの試合は終了した。
    格上相手を当然のことのように抑えたエースピッチャーに対し、ある人は球威の凄さに圧倒され、ある人は球種の豊富さに目を奪われ、またある人はそのコントロールの正確さに魅了されていた。
    とにかく鮮烈だったのだ。綾瀬川次郎という才能は。
    だから、綾瀬川の活躍の裏で当然のことのように行われていた異常なことに気づいたのは一握りのよく見ていた人だけで、円が気づいたのも桃吾と常日頃から組んでいて、彼のことをよく知っていたからだ。
    枚方ベアーズ戦の桃吾のリードは、これまで円に対して行われたものより、ずっと厳しい要求がなされていた。ストライクギリギリの下半分に集められる投球は、打者にも打ちづらいが投手にだって投げにくい厳しいリードだ。
    1982