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    くるしま

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    くるしま

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    K富。
    K先生のおかしな癖に付き合う富永の話。

    #K富

     Kは時折、妙な事を言い出す。
     服を着させてくれないか、と最初に言われた時は、思わず聞き返してしまった。
    「服を……え? 着せるんですか? オレに?」
     脱がすのではなく??
     と言いたかったが、それを言われた状況は、ホテルの同じ部屋で一夜を過ごした後の朝。部屋を出る前に着替えよう、というタイミングだ。
     文字通り、富永に服を着せる役目をやりたいという希望だった。
     理由はわからないが意味は理解して、気楽な気持ちで「いいですよ」と答えたあの朝の自分に、抗議したい。もっと考えてから返事をしろと。
     ある程度成長すると、日常で他人に服を着せてもらう機会なんて、ほとんどない。よほどの体調不良や怪我で動けない時くらいだろうか。
     簡単に言えば、着替えを手伝われるのは、非常に気恥ずかしかった。
     脱がされる時は、状況的に理性が飛んでいる場合が多いので、恥ずかしさなど感じている余裕がない。
     だがKが服を着せたいと求めるのは、共に夜を過ごして朝になった別れ際。
     ばっちり理性がある。
     承諾したからには仕方ないし、Kが我儘を言うのは珍しい。恋人として、叶えられる事は叶えたい。
     とはいえ、全裸から始めたいと言われたのは、さすがに抵抗した。
     肌着は勘弁して欲しいと説得して、少し不満げながら、それは受け入れられた。
     だから、毎回の行為は、シャツに袖を通すところから始まる。
     今朝も同じだった。
     Kがおかしな事を言って、もう何年か経っている。毎回ではないが、時折求められる不思議な要求に、富永は不本意ながら慣れつつあった。
    「どうした?」
     富永のシャツを持ったKが、ぼんやりしていた富永に声をかける。
    「あ、いえ。何でも」
     Kの着せる手順は、いつも同じだった。
     だから、Kが特に何も言わなくても、富永はまず右腕を上げる。
     腕がゆっくりと、布に包まれていく。もう片腕も軽く掴まれて、袖を通される。
     富永がするのは身体の角度の調節くらいで、力は入れていない。
     毎回思い出すのは、ボタンも自分で留められない子供の頃、母親に着替えさせてもらった記憶だ。
     恋人との逢瀬の後で反芻したいものではない。
     気恥ずかしくて、途中で自分で着たいと言った事もある。が、Kの明らかにがっかりというかしょんぼりした顔を見てしまったら、富永は抵抗できない。
     富永は恋人に弱かった。
     シャツのボタンを留める大きな手を見る。脱がす時にはあれだけ素早いのに、着せる時はのんびりしたものだ。
     しかし、何が楽しいのか。以前に「楽しいですか?」と聞いた時には、
    「ああ。楽しい」
     と断言されてしまった。富永としては、脱がすと着せるならば、脱がす方が断然楽しいように思う。
     着せるにしても、好みの格好をさせるのならばわかる。しかし、そんな様子もない。
     そういえば、Kが服を着せたがるのは、いつも仕事がある日の朝だった。
     今日にしても、このままホテルを出たら解散だ。富永はそのまま病院に出勤する。
     もしかしたら、彼なりにこの時間を惜しんでくれているのだろうか。
    「どうした」
     シャツを着せ終えたKが、スラックスを片手に声をかけた。
    「あ、すみません。ぼんやりしちゃって」
    「まだ眠いか?」
    「大丈夫ですよ」
     答えながら、しゃがんだKの肩に手を乗せる。
     上半身はともかく、下半身の着替えは本格的に介助のように思えてしまう。脱がされている時には思わないというのに。
    「何度やっても、慣れないんですよねぇ」
    「嫌か?」
    「それはないんで、大丈夫ですよ」
     実のところ、富永は嫌いではなかった。
     着替えの最中は気恥ずかしさが先に立ってしまうが、別れた後は別だ。
     いつも着ている服なのに、少し違う。まるでKの体温が移って来たかのように、暖かく感じる。
     布と肌の間に、Kのぬくもりがあるような。そんな錯覚を覚えて、帰宅後に着替えるのを残念に思ってしまう程だ。
     ベルトに、ネクタイまですべてを整えて、満足そうなKを見るのも、悪くない。ちょっと可愛い。
     身支度が終わって、各々の荷物を整理する。
     バッグのファスナーを閉めながら、富永はふと思いついた。
    「あのォ、K。次の時は、俺にやらせてもらえませんか?」
    「何をだ」
    「これ」
     スーツの襟を引っ張って、
    「あなたの着替え」
     と返すとKは小さく笑った。
    「おまえも、やってみたくなったか?」
    「一度くらいは」
     何が楽しいのか、試してみたい。単純な好奇心だ。
     とはいえ、楽しいと思える自信はない。
     体格差を考えたら、Kのようにスムーズに着せられるとは思えないし、苦労しそうな気がする。
     それでも。
    「たまにはいいでしょう?」
    「ああ」
     重ねて問えば、Kは頷く。
     この人のこんなに楽しそうな目を見たら、やってみたくなっても仕方ないだろう。
    「そろそろ行くか」
    「はァい」
     もうチェックアウトの時間ギリギリだ。
     忘れ物がないか室内をチェックするKを見ながら、富永は心の中で「やっばり」と呟いた。
    「やっぱり、脱がせる方が楽しいと思うなァ」
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