【空蝉日記 短編】意気地無し同士「はぁ……地上波だなんて緊張する……。」
誰に言うでもなく、一人小さく呟く。
私──鈴晴 澪は、今日、自身が所属する音楽バンド『Usher of Trip』の一人としてテレビ番組のインタビューに出演することになっていた。
出演コーナー自体は短いけれど、地上波の仕事なんて滅多に受けないもので緊張の糸がほぐれない。
気を紛らわす為に一人お手洗いへと席を立ち、楽屋へ戻ろうと廊下を歩いている途中……私は一人の男性に声をかけられた。
「こんにちは〜、Usher of Tripの澪ちゃんだよね?」
「えっ?あ、はい、そうですけれど……。」
「俺、今日同じ収録なのよ。まぁADの端くれなんだけどね。」
「あっ、そうなんですね!本日はよろしくお願いします!」
相手の男性の正体を知り、思わず頭を下げる。そんな私を見て、彼は『そんな改まらなくていいよ〜』と軽く私の肩を撫でた。
その触れ方に少し……違和感を覚えつつ。
「いや〜若いとは聞いてたけど、やっぱネットで見るより可愛いね〜。」
私が彼の褒め言葉に礼を言うより先に、彼は唐突にこちらとの距離を狭め、互いの服が接触するほどに近付いてきた。本能的に『まずい』と悟る。
「よければ今度一緒に飲みとかどう?テレビ業界のこと教えてあげるよ。地上波の仕事まだ少ないんでしょ?」
「あ、あはは……ありがたいことにお仕事自体は割と頂くんですけど、冬斗さんがあまりテレビに出たがらなくて。」
「へぇ〜プライド高そうだもんねあのリーダー。んで飲みには?お酒強いんだよね?前にインスタでそんなこと書いてなかったっけ。」
「えっと……。」
ただでさえ緊張で震えていた身体が更に凍りつく。どうしよう……こういう時、どう断れば……動揺して何も返せずに居た所へ聞き覚えのある声が届いた。
「……うちのメンバーになんか用っすか?」
「ん?あぁ……Usher of Tripのギター君ね!確か──」
「……柊 陽太です。澪になんか用でした?」
「いやぁ、澪ちゃんと今度飲みにでもって話してて。」
「……この子酒無理っすよ。普段のはキャラ。」
「あっ、そうなの?」
陽太さんが現れてもなお、彼は私との距離を変えぬまま。
「……女の子の名前は覚えててインスタまで見てんのに、俺の事は名前すら知らないんすね。」
「えっ。」
「……いや、あの……ほら、業界の人といえどプライベートで男性と居る所とか見られたら、それでなんか広まったらアレなんで……。」
「あぁ……あ〜、それはそうだね!ゴメンゴメン!んじゃ僕は現場で待ってるからまた本番で!」
そう言い残すと、彼はようやく私から離れその場から立ち去った。去り際、陽太さんを睨みつけているようにも見えたが……。
「はぁ……あの、ありが───」
「あぁぁマジで心臓止まるかと思った……帰り遅いなと思って見に来たらコレだよ……。」
私が礼を言うより先に、どう見ても私より疲れ果てた顔でそう口にすると、陽太さんはぐったりと壁に背を任せた。
「柄にもなくこんな漫画の主人公みたいなことすんの初めてだわ……マジで逆ギレされるかと思った……。」
「あ、あの!本当にありがとうございました……!」
「いいって、100%アイツが悪ぃし。てか立場利用してナンパしてくんなよな。こっちはただでさえ出演間近で緊張してるっつーのに。」
一先ず危機的状況を乗り越え、お互いに大きな溜息を吐き合うと、今度は二人一緒に楽屋へ戻った。
道中、私が「この事、配信で話したら陽太さんの好感度上がりますね!」と冗談めかして言うと、彼は「それよりも先に澪ちゃんのファンがブチギレるんじゃね?」と笑いながら返した。