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    nyan_nyan_ma

    @nyan_nyan_ma

    4スレを書く。
    長めのやつとかR18とか尻叩きを載せるように使うかもです。

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    nyan_nyan_ma

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    以前ワンライ(お題:チョコレート)の時に書いてぷらいべったーに載せてたやつです。
    バレンタインのお話で付き合ってない4スレです。

    #4号スレ
    no.4Thread
    #エラスレ
    elasure

    ハート・ココロ・チョコレイト "それ"が聞こえてきたのは本当に偶然だった。昼休み、お弁当を買いに廊下を歩いていた道中、視界の端に映る沢山の人だかりの中に、見慣れた浅緑色の髪色が見えたから。反射的に近くの壁に隠れて、聞き耳を立ててしまった。何をしているかなんて見なくても分かる。何故なら、今日はバレンタインデーだから。ライブラリで見たアニメと同じように、この学園にも気になる異性や同性、友人にチョコレートを渡す文化は根付いているみたいで、ここに来るまでの間にもそれらしい光景は沢山見てきた。だから、彼が同じようにチョコレートを貰う光景も、当然見るものだと思っていた。それでも、反射的に隠れて聞き耳を立てるような真似をしているのは好奇心からなのか。それとも、───胸の中で渦巻いている、どうしようもないほどの不安のせいなのか。

    「エラン先輩……あの、これ……チョコレートです!」

     案の定、壁の向こうで行われてるやりとりは、私が思っていた通りのものらしい。思わず呼吸をするのも忘れて、彼の返事を聞くべく自分の耳へ全神経を集中させる。壁の向こうにいる彼女はただチョコレートを渡しているだけで、告白している訳ではない。彼が受け取っても告白が成立する、訳ではない事も分かっているけど。胸の中心に湧いたモヤモヤはどんどん量を増していって、なんだかとても気持ち悪かった。


    「ごめん。甘いもの、苦手なんだ」


     だから、その言葉が聞こえた時。一瞬何が起こったのか分からなくて、頭が真っ白になった。彼の口から出た言葉が、信じられなくて、信じたくなくて。だけど、壁の向こうから聞こえてきた女の子達のどよめきや驚く声が、今自分の聞いた言葉の信憑性を裏づけていて、息が苦しくなる。


     そして、私は、本来の目的も何もかも忘れて。───何かから逃げるように、その場を走って後にしていた。







    「─────はあ」

     気がつけば、太陽は傾き学園全体が橙色に包まれる時間になっていた。現在、私は自分以外誰もいない教室で1人、目の前に置かれた丁寧に拵えた四角い箱と睨めっこをしている。
     あの後、無我夢中で走っている内に気が付けば昼休みは終わっていて、目的だったお弁当は買えなかった。だけど、食べ物を求めて虚しく呻くお腹を必死に抑えて授業を受けていたら、見かねたミオリネさんがチョコレートをくれたのはすごく嬉しかった。ミオリネさんは何か言いたげに私を見ていたけど、結局何も言わないまま頭を撫でてくれた。そうしてもらってるうちに、お母さんに頭を撫でてもらった時を思い出して、つい「ミオリネさん、お母さんみたいですね!」って言ったら殴られてしまったけれど。
     そうこうしてる内に時間はあっという間に過ぎていって、気が付けば今日の授業は全て終わり、ミオリネさんは仕事のために地球寮に帰ってしまった。私はというと、ミオリネさんに頼んで今日は仕事をお休みにしてもらっていたから、地球寮にも帰れずこうしてため息を繰り返し吐きながら目の前の箱と対峙している。

    「このチョコ、どうしよう………」

     目の前にある、机の上に置かれた小さな箱。赤色の包装紙に少しだけ歪な形をした緑色のリボンが結ばれたそれは、本来であれば既に彼に渡してる筈のものだった。けれど、1日が終わろうとしてる今も尚こうして目の前にあるのは、昼に聞いた彼の言葉が原因だった。

    「エランさん、甘いもの苦手だったんだ……」

     口に出して呟くと、余計に言葉が重く私の心にのしかかる。浮かれまくっていた1週間前の自分を殴りに行きたい。エランさんは甘いものが苦手かもしれない事を、少しも考慮に入れてなかった自分を。思い返せば、エランさんと一緒にご飯を食べる機会は何度もあったが、彼が甘味を食べている姿は確かに見かけた事はない。つまり、少しでも考えれば分かることだった。けれども自分はチョコを渡すことばかりを考えていて、彼の好みについて考えていなかった。ビターチョコであれば辛うじて渡せたかもしれないけれど、私が作ったのは舌が溶けるほど甘い甘いチョコレートだ。とてもじゃないが、「甘いものが苦手」である彼に渡せる代物ではない。

    「…………自分で、食べちゃおうかな」

     他の誰かに渡す事も考えたが、チョコレート作りを手伝ってくれた地球寮の皆にあげると気を使わせてしまいそうだし、そもそもこの四角い箱の中身は明らかな「本命チョコ」と言われるものだ。別の誰かにあげてしまう訳にもいかない。もちろん捨てるのは論外だ。つまり、選択肢としては一つしかないのである。

    「いただき、ます」

     しゅるりと音を立て、きっちりと結ばれたリボンが解かれる。端の方に少しだけ皺が寄った包装紙を丁寧に剥がし、蓋を外す。等間隔に分かれた6つの空間に、それぞれ形の違ったチョコレートが収まっていた。その内の1つ、四角い形をしたものを無造作に摘み、口に放り込む。噛んだ瞬間、チョコに内包された中身が口の中に溢れ、喉を焼く程の強烈な甘さが舌に広がる。

    「………………おいしいなあ」

     2粒目、3粒目、4粒目、5粒目……。私は次々と口の中にチョコレートを放り込む。その都度に口内に様々な甘味が広がり、すぐに溶けて喉の奥へと消えていく。そして最後に残ったのは、ハート型のチョコレートだった。それを私はそっと手に取ると、先程までと同じように口に運ぶ……事はせず、何となく上にかざしてみる。これで、最後。そう思うと、どうしてか口に運ぼうと動かそうとしても、私の腕は言うことを聞いてくれなかった。しょうがないので、私は暫く最後の1粒を観察することにする。艶々と光沢を持ったそれは、夕陽に照らされ宝石のように輝いていた。私は魅入られたように、ただじっと、チョコレートを見つめる。

    「スレッタ・マーキュリー?」
    「ひょわあああ!?」

     だからだろうか。突然、背後の方から聞こえた声、いや背後から近づいていた彼の気配に、私は全く気付けないでいた。振り向かなくても分かる。私の後ろにいるのは、今日一番会いたくて、今一番会いたくなかった人。思わず口から飛び出たのは、色気も何も無い素っ頓狂な声。唯一の救いは、手に持っていた最後の一粒を咄嗟に箱の中に仕舞えだ事だろうか。

    「エッエエエラン、さん!?どうして、ここに!?」
    「廊下から君の姿が見えたから、何をしてるのかと思って」

     そう言いながら彼は階段を下ると、自然な動きで私の横の席に座る。そして勿論、私の横に座れば自ずと視界に入るのは───。

    「………その箱は?」
    「あっ、え〜と……これは、その……」

     思わず彼の真っ直ぐな視線から目を逸らす。とっさに蓋も閉めたので中身は見えていない筈だが、だからと言って彼に嘘をつくのも気が引ける。そもそも、下手な嘘は彼の浅緑色の瞳の前には見透かされてしまうだろう。どうやら私は、「分かりやすすぎる」らしいから。

    「これはチョコレート、です」
    「………チョコレート」

     私がそう告げた瞬間、彼の表情が一瞬だけ、曇ったように見えた。でも、瞬きの間にまたいつものエランさんに戻っていたから、もしかしたら私の気のせいかもしれない。

    「もしかして、バレンタイン?」
    「は、はい!そうです!」

     彼の言葉に、私はつい力強く肯定を示してしまう。いや、嘘を付くつもりは無かったから、これで良いのだけれど。これでは自ら墓穴を掘りに行っているようなものだ。

    「……誰に渡すの?」
    「えっ!?」

     彼から告げられた1番切り込まれたくなかった話題に、口から飛び出てしまいそうな程心臓が大きく揺れる。「バレンタイン」のチョコレートともなれば、当然渡す相手がいる訳なので、その疑問が湧くのは当たり前なのだけれど。どうにかして誤魔化そうと、口をもごもごと動かしながら私は必死に頭を回す。

    「えーと、その。渡す、予定……だったんですけど」
    「けど?」
    「色々あって、渡せ……なくて……」
    「……そうなんだ」

     嘘は、言っていない。渡す相手の名前を言っていないだけだ。エランさんも渡す相手が誰なのかは無闇に聞き出すつもりはないようで、それ以上の追求はなかった。だけど、私の返事を聞いたエランさんは口に手を当て俯きながら、何やら考え込んでしまった。

    「エラン、さん?」

     突然黙り込んでしまったエランさんに、心配になった私はつい彼の名前を呼んでしまう。名前を呼ばれた彼が、私の声に反応して顔を上げる。動きに合わせて彼の長いまつ毛がふわりと揺れ、思わずそちらに私の視線が吸い込まれた。無意識のうちに、喉がごくりと唾を飲み込む。

    「スレッタ・マーキュリー」
    「はっ、はい!」

     彼に名前を呼ばれたことで呆けた意識が戻り、反射的に姿勢を正す。パチリと合った視線に、自分の頬に熱が集まるのを感じた。

    「そのチョコ、僕が貰っても良い?」
    「えっ!?!?」

     予想だにしない彼の言葉に、思わず今日1番の大きな声が出る。今彼が告げた言葉と、昼間に聞いた彼の言葉がぶつかり合い、頭の中でぐるぐるとかき混ぜられる。つまり、私の頭は現在パニックを起こしていた。

    「…………ごめん、図々しいよね」
    「あっ、えっと……!そう、じゃなくて!!」

     眉尻を下げ悲しげに呟くエランさんに、私は全力で首をぶんぶんと横に振り、彼の言葉を否定する。正直頭の中はぐちゃぐちゃで、考えは全くまとまっていない。けれど彼の顔を一刻も晴らしたかった私は、どうにか自分の考えを言葉にして絞り出す。

    「あの、エランさんは……甘いもの、苦手じゃないんですか?」
    「………どうして?」
    「あ、あれ?」

     彼の返答に、私の頭の上に浮かぶクエスチョンマークはどんどん数を増やしていく。まさか、昼間に聞いた彼の言葉は自分の聞き間違えだったのだろうか。いや、でも間違いなく彼は「甘いものが苦手」と言っていた……はずだ。周りにいた女の子達の反応を加味すると、そう考えるのが自然である。
     私がうんうんと思考を巡らし唸っている中、じっと此方を見ていたエランさんだったが、不意に何かに気づいたように、一瞬目を見開くのが見えた。

    「……………もしかして、僕がチョコを渡されてるところ、見てた?」
    「!」

     ドキリと、心臓が大きく跳ねる。咄嗟に彼から逸らし宙に泳がせた視線は、殆ど答えのようなものだ。私はどうにかして抵抗を試みようとしたけれど、鋭く刺さる彼の視線は逃してくれそうになかった。観念した私は、正直に見た事をありのまま話す。

    「昼間に偶然……見てしまって。その時に、エランさんが甘い物が苦手って言ってるのを……聞いてしまいました……」
    「………そうだったんだ」
    「ごめんなさい……盗み聞きするようなことをしてしまって……」

     彼に向ける顔がなく、思わず視線を下に落とす。盗み聞きをするだなんて、彼に怒られても、呆れられても仕方ない行為だ。彼に怒られることを覚悟した私は、思わずぎゅっと手に力を込める。

    「……ううん、こっちこそごめんね」
    「………え?」

     しかし、彼から出た言葉は私の予想とは違い、怒りの言葉でも呆れの言葉でもなく、──私への謝罪の言葉だった。私は下げていた視線を上げると、悲しげに霞む浅緑色の瞳と目が合う。

    「あれは嘘なんだ」
    「う、嘘!?」
    「うん、断るための嘘」

     再度脳みそに大きな衝撃が与えられ、くらくらと揺れる。どうにか話そうと口を動かすけど、上手く口が回ってくれない。そんな私を見ながら、エランさんは話を続ける。

    「……去年も同じようにチョコを渡されてたんだけど、かなり数が多くて。一応受け取りはしたんだけど、全部消費するのは難しいし、食べれないものもあったから、今年は全部断る事にしたんだ」
    「そう、だったんですね」

     学校に通うのが初めての私にとって、バレンタインというイベントも初めての体験だ。エアリアルのライブラリで見た漫画やアニメで漠然とした知識はあったものの、実際に体験するのはまた違うものなのだなと実感する。片手で数えられる程度であれば消費するのも容易いだろうが、恐らく彼が貰う量は片手どころか両手、いや両足を加えても足りないのだろう。沢山貰えるなら貰えるだけ嬉しいものかと思っていたが、消費できない程の量を貰ってしまっては、確かにいくら甘い物が好きな人でも困ってしまうかもしれない。

    「でも、毎回理由をつけて断るのも大変だったから、甘いものが苦手って事にしておけば断る前に渡すのをやめてくれるかと思って。……だから、本当に甘いものが苦手というわけではないよ」
    「…………」
    「………スレッタ・マーキュリー?」

     エランさんの言葉に安心したのと同時に、私の胸から湧き上がったのは、どうしようもないほどの虚しさだった。返事ができないままの私に、エランさんは少し前屈みになって私の顔を覗き込む。エランさんの優しさはいつだって嬉しくて有り難かったけど、今はそれ以上に悲しい気持ちの方が強かった。
     
    「あの、エランさん。このチョコ、貰わなくて大丈夫です」
    「……どうして?」
    「エランさん。チョコ、全部断るつもりだったんですよね」
    「………」
    「エランさんは、優しいから。私のチョコ、貰おうとしてくれてたんですよね……」

     彼は先程チョコは全て断る、と言っていた。にも関わらず私のチョコを貰おうとしてくれたのは、恐らく私が落ち込んでいる姿を見たからだろう。彼は優しいから、私のために気を遣ってくれたのだ。けれど、今は。その優しさが、とても苦しい。

    「違う」
    「えっ?」

     鼻がツンと痛み目頭に熱が集まるのを感じていた私の中に、いつになく真剣なエランさんの声が響く。顔を上げた先にいるエランさんの顔は、悲しそうで、それでいて怒っているようにも見えた。

    「……君が思ってるほど、僕は優しくなんかないよ」
    「そ、そんなこと、ない、です!エランさんはいつも優しくて……親切にしてくれて……!」

     いつぞやにミオリネさんへ言った言葉を反芻するように、私はエランさんに訴えかける。彼が否定しても、間違いなく私にとっての彼は、いつだって優しい人だった。けれど、私が言葉を尽くしても、エランさんの表情が晴れることはない。むしろ、私が言えば言うほどエランさんの表情は曇っていくように見えた。

    「……僕がそのチョコを欲しいと言ったのは、君のためじゃない」
    「えっ?」

     そこまで言うと、エランさんは浅緑色の瞳を逸らし、言い淀んでしまった。その仕草は困っているように見えたけど、少し違うようにも見えた。彼は、まるで───

    「……………僕が、」
    「?」
    「………僕が君から、貰いたかっただけなんだ」
    「…………………………………………………え」

     思考が停止する。彼の言葉にも、彼の表情にも、全てによって文字通り、頭の中が白いペンキで塗りつぶされてしまったかのように、真っ白になる。どうにかして漸く絞り出した声は、何とも間の抜けたものだった。

    「………ごめんね。落ち込んでる君の心につけ込むようなことをして」

     私の間の抜けた声を否定的なものだと解釈したらしいエランさんは、とても悲しそうな声で謝罪の言葉を告げる。……ここで私は彼の言葉に少し引っ掛かりを覚える。多分これは、見逃してはいけないものだと私の脳が警鐘を鳴らす、違和感。正直これを彼に聞くのはとても、いやかなり恥ずかしいけれど。だけど私は、色んな恥を捨てて、彼にとある質問をすることにした。

    「あの、エランさん」
    「………うん」
    「このチョコレートって、その……私が誰に渡そうとしていたのか、分かって……いますか?」

     我ながら恥ずかしい質問をしていると思っている。けれど彼の言葉を考えると、恐らく私の認識と彼の認識は少し、ズレているのではないだろうか。ほんの少しだけど、致命的になる、ズレが。

    「……分からないけれど、君にとって大切な人だろうから。ミオリネ・レンブランか……地球寮の誰かかだと思っていたけど……」
    「!」

     やはり、そうだった。私の中の疑惑は彼の言葉で確信に変わる。私はさっきの会話で、このチョコレートはエランさんに渡すつもりだった事が彼にバレてしまっていると思っていた。だから本当は受け取るつもりは無かったけど、私を気遣って私のチョコレートだけは受け取ってくれようとしていたのではないかと。
     でも、エランさんが。エランさんじゃない他の人に渡すためのチョコレートを、欲しいと言ったとするならば。それは、もしかして、もしかすると────。

    「ち、違います!!!!!!」

     だから、つい。教室全体に響き渡るような声を出してしまったのは、しょうがなかったのだ。思わず立ち上がって声を張り上げてしまった私を、エランさんは目を丸くしながら見ている事に気がついて、全身の血が沸騰してしまいそうな程熱くなる。けれど、そんな事に構ってる暇も必要も、今の私にはなかった。

    「こ、これは!エランさんへの!!チョコ!!なんです!!」

     もう中身が殆ど無くなってしまった小さな箱から、カラリと小さなな音が鳴る。エランさんが何かを言いたげに口を開こうとしていたのが見えていたけど、勢いのままに動く口を止めることは出来なかった。

    「エランさんにチョコ、用意してたんです!だけど甘い物が苦手だって聞いて、勝手に渡すのを、諦めてたんです!」
    「…………」
    「だから、その!わ、私がなんと!言いたいのかと、言いますと!」
    「……うん」
    「わ、私からのチョコ!!受け取って、くれますか!!」

     そう言って、私は勢いよくエランさんの目の前にチョコレートの入った箱を差し出す。心臓がこれ以上ないほどバクバクと大きく鼓動していて、その振動は全身を大きく揺らしていた。自身の体温だけで箱の中にあるチョコが溶けてしまうのではないかと思うほど、手も顔もとても熱い。彼からの視線に耐えられなくて、思わずぎゅっと目を瞑り彼が箱を受け取ってくれる瞬間を今か今かと待つ。───1秒1秒が、永遠のように永い。


    「………ありがとう、すごく嬉しい」


     ………手の先に微かな振動が伝わる。彼が、箱を受け取ってくれたのだ。恐る恐る手の力を抜いて箱を離し、瞼を開いた私の視界に映ったエランさんは、とても優しくて、今まで見たことがないような笑顔を浮かべていて。私はそれがすごくすごく嬉しくって、少しだけくすぐったくて。身体の奥の方から急激に迫り上がる感情で、心がいっぱいになる。顔がにやけてふにゃふにゃになっている事は、鏡を見なくても分かった。

    「……開けてもいい?」
    「は、はい!もちろ──」

     優しく微笑みながら、珍しく少しだけそわそわした様子のエランさんに、勿論!と答えようと口を開いて。

     ここでようやく、私は気がついた。

    「エ、エランさん、まっ………!」
    「?」

     1秒、遅かった。制止の声も虚しく、エランさんは小さな箱の蓋を開けてしまっていた。分かっていた事なのに、覚えていたのに。彼は渡す事だけを考えていたせいで、すっかり私の中から抜け落ちていた事があった。

     今、箱の中身のチョコレートは────。

    「1つ、だね」
    「すみません!すみません!!」

     最後の1粒。ハート型以外のチョコレートは、既に自分の胃袋に吸収されてしまっていたのだ。幸福に満たされていた心の中が、一気に申し訳なさと恥ずかしさに入れ替わる。私はその恥ずかしさから逃げるように全力で何度も頭を下げ、恥を忍びつつも訳を彼に伝える。

    「じ、実は、エランさんに渡せないと思って!勿体無いから、自分で食べてしまっていたんです……!」

     チョコレートを渡すまでの間も猛烈に恥ずかしかったが、今は違った意味でとても恥ずかしかった。あんなに勢いよく言っておいて、まさか渡されたのが食べかけのチョコだなんて、エランさんも思いもしなかっただろう。エアリアルがそこにいてくれたら、間違いなく私はコックピットの中に逃げ込んでいた。

    「本当に……すみません……。またちゃんと、作り直してきますので……一旦それは、返して頂いて……」

     おずおずと両手を差し出し、チョコレートの箱の返却を彼に求める。流石に今の状態のチョコレートを、バレンタインのチョコレートとして彼に渡すのは彼が許しても自分が許せない。エランさんもきっと、この気持ちは分かってくれるだろう。

    「………嫌」
    「え」

     だから、予想だにしない彼の返答と行動に、またしても私の口からは間の抜けた声が溢れる。エランさんは拗ねた子どものようにほんの少しだけ口を尖らせながら、チョコレートの箱を私の手から離すように持っていた。

    「な、なんでですか!?」
    「………もう君から僕が貰ったものだから」
    「でもそれ、食べかけですよ!また、ちゃんとしたものを新しく作りますから……!」

     まるで幼い子どものような仕草をするエランさんに、大きな動揺と少しだけ可愛いかもなんて感情が私の中に生まれる。私はなんとかその感情を振り払って説得を試みたけれど、エランさんの意思は変わらないようで、ふるふると首を横に振りながら箱を私の手が届かない位置まで上げてしまう。エランさんの身長と私の身長はそこまで大きくは変わらないけれど、彼の方が大きいのは間違いないので、上にあげてしまえば私の手はどう頑張っても届かない。けれどあんな中途半端なものを渡したくない私は、必死に手を伸ばし続ける。

    「…………で」
    「え?」

     小さな声で、エランさんがぽつりと何かを呟く。
     無我夢中で手を伸ばしていた私には、彼が何と言ったのかはちゃんと聞こえなくて、反射的に聞き返す。そんな私に、エランさんは穏やかな声で


    「この1つで、良いんだ」


     なんて、優しい顔で、言うものだから。

    「……………………」

     私はそれ以上、何も言えなくて。
     箱に伸ばした手を、静かに下ろす事しか出来なくなってしまった。

     観念して腕を下ろし箱を回収するのを諦めた私を確認すると、エランさんは天井に向けて上げていた箱を漸く下ろすと、箱の中身をじっと見つめる。

    「スレッタ・マーキュリー」
    「は、はい」
    「今、ここで食べてもいい?」
    「うえっ!?」
    「嫌?」

     次々と起こる展開に私の脳みそはとっくにパンクしているのに、どうやら彼はまだ終わらせてくれないらしい。首を傾げながら問いかけてくるエランさんを見ると、つい反射的にYESと答えてしまいそうになる。

    「い、いや、じゃないです、けど」
    「けど?」
    「は、恥ずかしいです……!」
    「そう」

     しかし、今は自身の羞恥の方が勝った。今日1日、いやこの短時間で感じた羞恥心は私の1日の許容量をとっくに超えている。むしろ、1週間か1ヶ月分の許容量すら超えているかもしれないりつまりは、自身が作ったチョコを目の前で食べられる、なんて言われたら。これ以上、私の心臓は耐えられる気がしなかった。

    「なので、寮とかで食べ───エエエ、エランさん!?」

     私の言葉を聞きながら、エランさんは最後の一粒、ハート型の小さなチョコレートを手に取り眺めていた。絶句してしまった私は口をパクパクと動かすしかなくて、言葉と呼べる音は出なかった。

    「ハート型、可愛いね」
    「あ、ありがとう、ございます?」
    「他の人にも作ったの?」
    「えっ!?」

     ハート型のチョコレートに向けていた浅緑色の視線が、ついと流れるようにこちらへ向けられる。エランさんの優しい顔とは裏腹に、私の気分としては尋問を受けているようなものだった。とはいえ、ハート型のチョコレートを入れたのは自分の意思なので、自身が蒔いた種と言われればその通りなのである。

    「チョ、チョコレートは、地球寮の皆さんや、ミオリネさんにも作りました、けど」
    「うん」
    「ハ、ハート型の、やつは、その」
    「うん」
    「……………エランさんに、しか。あげてま……せ……ん……」

     一刻も早くエアリアルの中に逃げ込みたかった。熱を持ちすぎた顔は既に熱いなんて次元をとうに超えている。嬉しいけど恥ずかしくて、恥ずかしいけど嬉しい。何とも奇妙な感覚で、頭が宙に浮いたようにふわふわと揺れていた。

    「………そうなんだ」

     エランさんはそう言うと、摘み上げていたチョコレートを口に運ぶ───ことはせず、元の箱に戻して、そのまま蓋を閉めてしまった。このまま目の前で食べられてしまうと思っていた私は、彼の行動に思わず「は」と呆けた声を出してしまう。

    「た、食べないんですか!?」
    「?目の前で食べられたら、恥ずかしいんじゃなかったっけ」
    「そ、それは、そうなんです、けど!」

     我ながら面倒臭いとは思うが、ここまできて食べないとなると、それはそれで少し複雑な気持ちにもなってしまう。

    「大丈夫だよ、ちゃんと部屋で食べるから」

     そうじゃない、そうじゃないんです……!と口にしようとしても、今私の口から出るのは空虚な音ばかり。安心させるようにエランさんは言うけど、安心できる要素は一つもない。こんな事なら今目の前で食べてもらった方が、幾分かマシだったかもしれない。けれど目の前で食べられるのは恥ずかしいと言ったのも自分なので、今更撤回するわけにもいかなかった。

    「スレッタ・マーキュリー」
    「ひょえっ!?」

     不意に名前を呼ばれ、返事をしようと思った私の口から甲高い声が出る。エランさんが、私の両手を包み込むように握ってきたからだ。バクバクと心臓が脈打ち、緊張と恥ずかしさからかエランさんと触れている場所から熱が生まれ、全身に伝播する。……いや、違う。エランさんの熱が、肌伝いに私へ伝わり、広がっている。普段の彼の手の冷たさを知る私にはそれだけで、心の底から湧き上がる感情があった。

    「エラン、さん?」
    「熱い、ね」


     どちらが、とは言わなかった。だって、どちらも、が正しいのだから。


    「……お返し」
    「え?」
    「お返しは、同じ形にするから」
    「おなじ、かたち……」


     思わず私の口はエランさんの言葉を反復していた。「同じ形で返す」、その意味に気づいた私の心臓は今日1番の高鳴りを見せる。きっと彼にもこの大きな振動は伝わっているのだろうけど、気にする余裕なんて今の私にある訳がない。

    「……貰ってくれる?」

     返事なんて、聞かなくても分かっているだろうに。これが彼の意地悪なのか、素直な質問なのかは分からない。もはやこれは拷問なのではないかと思うほど、私の中身は今日1日でめちゃくちゃになっていた。

     だけど今日は、今日という日は。自分の想いを言葉にして、形にして、伝える日なのだから。


     だから私は、貴方に伝える。
     恥ずかしくても、むず痒くても、苦しくても。
     胸いっぱいの、貴方への気持ちを、言葉にして。
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