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    公(ハム)

    @4su_iburigakko

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    Twitter再掲。
    「新しい枕」に出てきたマグカップのお話です。

    #エラスレ
    elasure
    #4スレ

    貧者の一灯 エランはペイル社の特別更衣室で首元のジャボを結びながら、寮の門限とレールの運行ダイヤを頭の中で確認していた。いつもは身体調整の後、自室に戻って鬱屈とした時間を消費しているのだが、今日は珍しく外出の予定を組んでいた。行き先は、学園の生徒が休日によく利用する商業地区。衣食住をペイル社に全て管理されている関係であまり利用したことがない上に、目的のものが短時間で見つかる保証もないので、今日の調整が想定時間内に終わったのは幸いだった、とエランは密かに安堵していた。

     ◇◇◇

     直通のレールを利用してたどり着いた商業地区はうんざりするほど人で溢れかえっていた。商店が集中していて、なおかつ休日となれば利用者が増えるのもやむを得ないのだが、静寂を好むエランにとって、好ましい状況ではなかった。
     想像以上の人混みに既に嫌気がさしていたが、とある人物を思い浮かべ、ため息をひとつこぼし、ショッピングモールの入り口へ足を進めた。
     目的の場所を店内のフロアマップで確認し、エレベーターを使って上階へ向かう。その間、すれ違った学園の生徒らが「えっ、氷の君?」「マジかよ」「なんか意外だな…」などとエランについて囁きあっていたが、当の本人は目当てのものが入手できるかが気がかりで、全く耳に入っていなかった。もっとも、彼が自身の風評について頓着しないのは、今に始まった事ではないのだが。
     たどり着いたフロアには、主に贈答品を扱う店舗が入っており、学生とはあまり縁がないことから客足が少なく落ち着いた雰囲気を漂わせていた。
     ようやく他人の視線や囁きから逃れたエランはほっと一息ついて、商品ディスプレイへ足を向ける。いくら風評を気にしない性格と言っても、他人にじろじろ見られながら商品を選ぶのは御免だった。
     エランがここへ来た目的は、ある人物のカップを購入するためだった。

     エランはある人物――スレッタ・マーキュリーと予定を合わせて共に過ごす仲に、最近は自室へ招くまでになっていた。本来は、決闘の勝者である彼女の『エランのことを教える』という願いを遂行するためなのだが、正直なところ、その願いはただの建前と化していた。
     スレッタと会う回数が増え、落ち合う場所が広場のベンチや学園のカフェテリアなどパブリックな場所から、プライベートエリアであるエランの自室へ変わり、今現在はいつまでもペイル寮共有の来客用カップを使い続けるのも不都合だから、などと理由をつけて慣れない商業地区へと足を運んでいる始末だ。
     大して大きくもない備え付けのコンテナに収まってしまうほどしか私物を持たない人間が、未だ数回しか訪れていない来客のために専用のものを準備する理由が不都合とはおかしな話だが、本人は至極当然だと思っている。
     ――つまり、無自覚なのだ。
     今まで意志を持たず、外界に対して無関心を貫くことで自身を守ってきたエランに、多感な年頃の機微をすぐに自覚しろ、というのは極めて困難なことだった。
     であるからこそ、無自覚ながらもスレッタとの今後を考えるようになっただけ、大躍進なのだ。すれ違った生徒らが、商業地区に現れた彼を思わず話題にするくらいには。
     エランは素早くディスプレイの森を掻き分け、目的のものが陳列されている一画で足を止めた。止めて、その数に途方に暮れた。カップと一言で言っても形状、素材、絵柄がいくつも存在していることを失念していた。無数にあるものの中から一つを選ぶ、それも自分とは何もかもが違う人に似合うものを。
     ――出来そうにない。
     エランは無性に泣き出したくなった。膨大な商品の数に圧倒されたからではない。
     今までエランは「自分で選択する」ことをした記憶がない、そのことに気がついてしまったからだ。選択肢を与えられず、ただ大人に消費されてきた人生だった。そしてそれは、きっと今後も変わらない。
     だというのに、多少時間を共にしただけの、特に名前のつく関係でもない彼女に、――彼女にとって何者でもない自分が、何を選ぼうというのか……。
     陰鬱とした思考に囚われ、棒立ちしていたエランはこのまま何も買わずに帰寮しようと思った。
    「お決まりですか?」
     ディスプレイの一点をぼんやりと見つめてしまっていたエランを購入希望者だと思ったのか、胸元にショッピングモールの社章をつけた男性が声をかけてきた。
    「っいえ、まだ……」
     物思いに耽っていたため、咄嗟にそう口にしていた。しまった、これでは購入意欲があると思われてしまう、とエランは自分の判断に毒吐いた。
    「贈り物ですか?」
     危惧した通り、男性店員は接客トークを始めてしまった。
     これはエランにとって歓迎できないことなのだが、未成年が大半を占める学園フロントでは珍しく、高価な贈答品をメインに扱うこのフロアの店員は、中でも優秀な人材を揃えていた。つまり、事前に顧客になりそうな生徒はリストアップされ、顔や所属を頭に叩き込まれているのだ。その顧客になりそうな生徒の一人である、ベネリットグループ御三家の一角に所属するエランも当然ながらリストに含まれていた。
     滅多に訪れない上客候補が現れたのだから、男性店員の接客に熱が入るのも致しかたない。「宜しければ手に取ってみて下さい。通販ではわからない細部や色というのもありますから」とエランが見つめていた辺りに陳列されていたカップを取り出した。
     そこでようやく、通販という手段を最初から除外していた自分に呆れ、もうどうにでもなれ、と投げやりな気分で、促されるままに目の前のティーカップを手に取った。
     エランにつままれたティーカップは照明の光を反射して白く輝いていた。華奢なハンドルを三本の指でつまむように持つのがマナーだ、と躾けられた通りに実践して、ふと、彼女には似合わないなと思った。白い磁器は悪くないが、華奢すぎる形状が逆に堅苦しいように感じる――などと、考え始めた自分に再度呆れ、ここまで来たのだから、来週の彼女との予定に間に合わないからと、またも、あれこれと理由をつけて、結局は真剣に選び始めた。
     エランの顔つきはほぼ変わっていないにも関わらず、男性店員は何かを嗅ぎ取ったのか、「こちらはいかがですか?」と次々と提案していく。優秀な店員にされるがままに贈る相手が女の子であること、普段使いであることを喋ってしまったエランは、すっかり気になる異性に贈り物をするただの男の子になってしまった。実際、男性店員は立ち尽くしていた彼をそのように当たりをつけて声をかけたのだが。それはエランには一生知り得ないことだ。
     店員の尽力のおかげで、持ち手がしっかりしたマグカップタイプのものが良いだろうと決まり、次は絵柄を、となった段階でまたもやエランは挫折しそうになる。
     当たり前だが、エランはスレッタの全てを知っている訳ではない。それどころか、知らないことの方が圧倒的に多い間柄だ。その上、贈り物など今まで経験がないので、無難で一般的なものを選び出す知識もない。
     ここまでないない尽くしだと逆に清々しい気分だった。気に入ってもらえなかったら捨てればいい、と予防線をしっかりと張って、独断と偏見で彼女に似合うものをイメージする。
     小麦色の肌に白い磁器は映えるだろうから、白地のものがいいだろう。絵柄は植物、名前も知らない幾何学模様、シンプルなラインだけのもの……。
     情報の奔流にエランは眩暈がしそうだった。人生は選択の繰り返しだ、と誰かが宣っていたが、カップひとつでこうもエネルギーを消費するのかと、ため息が出る。
    「お相手のイメージカラーなどはございますか?」
     エランのうんざりした様子に、またしても絶妙なタイミングで店員は合いの手を入れる。
     使えるものはなんでも使ってしまえと、開き直っていたエランは、ブルー、と言いかけて止める。イメージしたそばから、違う気がする、と曖昧に否定していた。ブルーはスレッタの瞳の色にも近いし、彼女の機体――エアリアルは白地にブルーのカラーリングが施されているから悪くないはずなのに、思い描くスレッタの印象とは合わないのだ。
     エランの頭の中のスレッタは、喋っている時のイメージが強い。エランに質問したり、逆に彼女の近況を話してみたり……よくここまで話すことが尽きないな、と感心するほどだ。スレッタ曰く、水星では見ることができなかったものに溢れているらしい。その辺に生えている植木にも感動していたくらいなので、水星はよっぽど植物と縁がない土地なのだろう、と考えて、ふと彼女の言葉を思い出す。学園に来て、初めて感動した時のこと――ミオリネ・レンブランに貰ったトマトの話。
    「白地にあかい植物が描かれているものを」
    「かしこまりました」
     先ほどとは打って変わって、はっきりとした要望を伝えたエランに、店員は素早く対応する。ものの数秒で取り出されたそれらに視線を流し、ひとつを見つめる。
     白地に蔓草とあかい小ぶりな苺が描かれていた。
     エランは手に取り、形状を確認する。持ち手はしっかりしているし、飲み口に華美な装飾はない。
     精密機械を検分する技師のような目つきのエランは異性へのプレゼント選びにしては異様に見えただろう。そうでなくても、ただ立っているだけで雰囲気で圧倒する人間だ。けれど男性店員は声をかけることなく、ただ黙って見守っていた。そして――
    「これを」
    「ありがとうございます」
     男性店員のそのひと声で、フロア全体を包んでいた異様な空気が一気に弛緩した。フロアに詰めていた優秀な店員ら全員に奇妙な一体感が生まれていたが、エランは空気を読める人間ではないので、それに気がつくはずもなかった。

     ◇◇◇

     高速レールに揺られながら、視界を横切る景色をエランは見るともなく眺め、今日の出来事を反芻していた。
     慣れない出来事の連続だった。状況も場所も、自分の精神状態でさえ。
     あまりの疲労に、少ないながらも人目のある場所にも関わらず、珍しく大きなため息をつく。だが、この疲労を煩わしくは思えなかった。
     漠然とした要望から、いちばん適合するものを選び出す。時には助言をもらいながら。まるで普通の人間のようだ。
     ――選択の連続だったな……。
     エランは妙に生温い余韻に浸る。それは充実した時間を過ごした達成感とでも呼べるものだったが、彼の記憶にそんなことを教えてくれた者はいなかったので、名前をつけることもなく、ありのままに受け入れていた。
     ふと、向かい側に座る生徒の手にある飲料ボトルが目に入った。そして、思わず声がこぼれそうになり、慌てて口元を引き締めた。
     今日、慣れないながらもスレッタのためのカップを買ったのは、いつまでも来客用カップを使うのは不都合だからだった。いちいち共有物の貸出し申請をする手間を惜しんだのが発端だった。だが、そもそもカップを使わずとも、元から使い捨て容器に入った飲料など無限にある。だったら自分は何を思ってカップを購入したのか――
     《――ステーション、――ステーションに到着いたします。お忘れ物が無いようにご注意下さい》
     レール内の無機質なアナウンスが、渦巻く思考とエランを唐突に切り離した。
     ペイル寮の最寄り駅に到着していた。手に持っていた紙袋をなるべく揺らさないように気をつけながら、ホームに降り立つ。しかし、エランは足を動かせないでいた。降りる直前にエランの脳内を渦巻いていたものを呼び戻そうとして、――肌が粟立った。
     ――やめておこう。
     無理やり視線を上げ、改札へと足を向ける。無心で懸命に足を動かす。そうしないと、欲深い自分に相対してしまいそうで、とてもおそろしかった。
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