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    sabasavasabasav

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    幻水ごはんウィークで書いたギャグ。
    シーナから見たトチ狂った解放軍の軍主様。

    #幻水小説

         ▽       ▽

     ──皆に話がある。

     ティアがそう言い出したのは、モンスターと連戦した直後のことだった。
     重要な局面でもないのに、軍主が真面目な顔をしてこういった提案をしてくるときは大抵碌なことにならないのだと、シーナは既に知っている。
    「ワイバーンを食べてみないか?」
     ほら来た。それも、特大の爆弾だ。
     シーナは大きくため息をついてみせた。
     ワイバーンというと鱗が付いた外皮、トカゲに大きな翼がついたようなモンスターだ。竜種のようにも見えなくもないが、フッチ曰く竜と比べるのも痴がましい、だそうだ。
     竜かどうかはともかく、食べようとは思わない造形をしているのは確かだ。何せ、とにかくデカい。角だの爪だのゴツゴツしていて、見た目での印象は筋肉質で固そうだ。
    「そのためにわざわざワイバーンを回りくどい方法で仕留めたのか?」
    「もちろん。こいつを使うと姿形も消え失せちゃうからね」
     右手を掲げながら胸を張って言うティアに、今度は肩を落として見せた。
     思えば、道中のモンスターに対しては抵抗なくソウルイーターを使っているティアが、先程の戦闘では一切使う素振りがなかった。天牙棍をワイバーンの首へと振り下ろし、失神したところをビクトールに命じてその喉元を掻っ切らせた。おかげでこの一帯は大惨事だ。
     だというのに、ティアは何故かこの辺で休憩にしないかと口にした。
     ここで休憩は芳しくないのでは、と一苦言漏らしたのはアレンだった。次いで、臭いに誘われてモンスターが寄ってくるやもしれません、とグレンシールも進言する。
     話し合った結果、少し離れた岩陰で休息することが決まり、今現在火を熾し木を焼べているところだった。
    「でもよぉ、そこまでしてどうしてワイバーンを食いたいんだ?」
     近くにあった川で服ごと体を洗ってきたビクトールが腕を組んだ。
    「解放軍もずいぶん大所帯になってきた。備蓄している食料が尽きぬとも言えない。帝国が利用している同様のルートでの食料確保ができない以上、他の案を出さねば先にあるのは内部崩壊だ。戦争に食事は欠かせない。むしろ、戦時下だからこそ安定した食料の確保に努めるべきだ。食事は疎かにしていると士気が落ちる。民の不満も生まれる」
    「…………ふーん」
     こういう一面で、ティアが解放軍のリーダーであり、赤月五将軍の嫡男だということを実感する。
     十二分に手腕を発揮していると周囲は評価しているが、当人はまだ学ぶべきことが沢山あるのだと言う。シーナからして見れば、目先のことではなくもっと先にある起こり得る諸問題すら見据えた言動をするティアが、たまに同世代の人間なのか分からなくなる。
    「分かってないのに相槌打っても馬鹿に見えるだけだよ」
    「ルックは本っ当に口が悪いな」
     相変わらずな毒舌にルックの手の内にあった薪を奪った。
    「んなこと言ったってさ、まともな理由とって付けてワイバーン食ってみたいだけじゃねーの?」
    「それもまあ、理由の一つではあるけど」
    「食いたいのかよ! お前、いいとこの坊ちゃんなのになんでそういうところは潔いんだか……」
    「坊ちゃんはともかく、マクドールは由緒正しき武人の家名。いついかなる時も戦えるよう環境に順応するために日頃から鍛錬してたからね。食事もその一環だよ」
    「……例えば、どんな?」
    「家から棍と一緒に放り出されて一ヶ月戻ってくるなと言われたり」
    「よくグレミオが許したな……」
     マクドール家の英才教育は一体どうなってるんだ。
     残念なことに、その質問に答えられる存在は今ここにはいない。
    「いいのか? ティアがモンスター食えって言ったらそのまま食うのかよ」
    「抵抗ないって言ったらまぁ嘘になるが……俺は体に害がなくて美味けりゃなんでもいいな」
    「ビクトールにまともな返事を期待した俺が馬鹿でした!」
     がっはっはと声を上げて笑う熊を睨みつけてから、反対側を向く。揃って岩の上に腰を落ち着けているのはティアと知古の間柄であるアレンとグレンシールだった。元々テオ・マクドールに仕えていた二人は、変わり者が多い解放軍の中で珍しい常識人である。
    「あんたらはどうなんだ」
    「それがティア様の望むことならば──」
    「我らはそれに付き従いましょう」
    「本当か? ……解放軍について来たこと後悔してるんじゃねーの?」
    「いえ、そのようなことは決してありません。テオ様への忠義もティア様への忠義も揺るがぬもの」
    「先程の兵士や民草を労るお言葉、甚く感銘を受けました」
    「こいつらは駄目だ! マクドール家に洗脳されてる!」
     シーナはひっそりとアレンとグレンシールの評価を『マクドール家が絡まない場合のみ』常識人と脳内で書き換えた。
     折角整えた髪型が崩れるのも構わずにシーナは指先で頭を掻きむしった。誰か、他に助け舟を出してくれそうな奴は──打ち拉がれた気分のまま目の前を火を見つめると、その先には魔術師然とした緑色の衣装が映る。
    「そうだ、ルック! お前は嫌だろ」
    「別に、どうでもいいけど」
    「……お前も、ワイバーン食いたいのか?」
    「はぁ? 馬鹿じゃないの。本気で言ってる?」
    「じゃあなんで反対しねぇんだよ」
    「そんなの今ここで食べなければいいだけでしょ」
    「じゃあ食べてみて、美味しかったから今後食料として使う、とか言い出したらどーすんだよ」
    「拠点では今後果物と野菜だけ食べることにする」
     日頃は些細なことでもやいのやいの言ってくる、面倒くさいとすら思うほど生真面目な副リーダー・フリックに今日ほど傍にいてほしいと思ったことはない。
    「……あの状態では肉にありつけないんじゃねぇの?」
     やると言ったことは必ずやり遂げる妙な信頼感のあるティルに、シーナは未だ地面に転がっているワイバーンを指差した。
     動物相手に狩りをするときも、仕留めた後の下処理は重要である。迅速に血抜きし適切な処理をしないと肉に臭みが残る。兎程度ならそこまで難しくない行為も、ワイバーンで行うとなると話は別だ。そもそも、その巨体を吊るす場所がない。
    「僕に任せてくれ。やってみたいことがある」
     ティアはそう言うと、ワイバーンへ駆け寄ってから右手を掲げた。神々しくもある不詳な紋章が浮かび上がると、見覚えのある死神達がワイバーンを囲う。
    「────さばき!」
     ティアの詠唱とともに死神の鎌が振り下ろされ、視界を難なく遮る漆黒に思わず目を瞑る。この紋章を見るのは初めてではないが、己の存在が消え失せたような黒には一生慣れそうにない。
     そして、漆黒が霧散した後に残されていたものは──
    「……なんでワイバーンが骨と肉だけになってんの?」
     少し離れた距離とはいえ、あの大きさの肉塊ならここからでもその異様さが分かる。先程まで討伐したての無残な姿だったワイバーンが、辺りの惨事すら抹消されて巨大な食肉が草原に鎮座していた。
     この状態だと、まさか元がモンスターだと誰も思うまい。きれいな桃色が、美味そうにつやつやと輝いている。
    「この技名、さばきって名前だからさ。裁くだけじゃなくて捌くこともできないかなって思って」
    「……一応聞くけど、ソウルイーターはこんなことに紋章使って怒ったりしないのか?」
    「お前の血肉になるならいいって言ってる」
    「分かるのかよ!」
    「まあまあ。とりあえずメシの準備しようぜ」
     戦闘時には決して見せない俊敏さでワイバーン肉に近寄ったビクトールの手にはナイフが握られている。おそらく軍主を抜いた中で一番ワイバーンを食うことに積極的なのがこの男だ。まるで英雄でも見ているように目を輝かせたティアが横から覗いている。
     後にあるだろう調理の準備を始めた面々を尻目に、シーナは二人の様子を見ているのだが、解体を始める様子はない。おもむろに鞘からこうてんの剣を取り出したビクトールが食肉を滅多切りにし始めた異様な光景に、シーナは思わずティア達のもとへと駆け出していた。
    「おい! 何やってんだ!」
    「おお、こりゃ凄いな……シーナも見てみろ。肉切りナイフの刃が入らねぇ」
    「ナイフが入らない肉? ワイバーン自体はそこまで固いモンスターじゃないよな?」
     ビクトールが足で肉を蹴り上げてようやっと剣を引き抜いた。切創を捲り、肉の繊維を見せてくる。
    「こいつ、生きてる間は柔軟性があるんだが、死んだ後の硬直が異様に早い。ほら、肉に細かく繊維が走ってるだろ? 心臓が止まるとこいつが縮んで堅い木の根みたいに絡むってわけだ。生半可な刃物じゃ貫通すらしない」
    「あー……こうも調理に向かないと食材としては不適合だ!残念だなティア!」
     つい声が上ずってしまったのを、ティアに恨めしい目で睨まれた。
     ワイバーンは食材じゃない、モンスターだ。それが今日証明されて本当に良かった。食堂の平和は守られた。
     いい案だと思ったんだけどな、などとぼやきながら歩くティアは未だに納得していないようだったが。
    「ティア、今日のパーティが男だけだったからいいけど、クレオさんとかカスミちゃんとかいたらどうしたんだよ」
    「やらないに決まってるだろう。女性や子供にワイバーンの毒味なんてさせられないよ」
     そのために連れてきたと言わんばかりの台詞なのに、頼りにされる嬉しさもあり──そういうところがこの軍主を嫌いになれない要素なのだと、当の本人は知る由もない。

      
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