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    幻水1の1年くらい前のマクドール家+テッドの話

    #幻水小説

        ▽      ▽

    「──いい加減にしろ、グレミオ!」

     朝食後の一服とばかりにコーヒーを飲んでいた家人達は、異様な雰囲気に思わず目を見合わせた。
     この屋敷は主の威厳と似付かわしく、常に整然とした空気を纏っている。家主が不在であっても、その嫡男であるティアもまた利口な子供で、たとえ我が家であっても一定の節度は保つように努めている。時折、団欒しては話に花を咲かせることはあれども、こんな早朝から、ティアの声が屋敷中に響き渡ることなど到底あることではなかった。
     軽く頷いた後、クレオとパーンは揃って立ち上がると、そのまま階段を登った。
    「テッドと狩りに行くだけだと言ってるだろ!」
    「でも、街から出るんでしょう?」
    「出るよ。街中で狩りなんて出来やしない」
    「なら、グレミオも付いていきます」
    「それ、十四才の男に対しての言葉か? 貴方の身が心配だからついていく、だなんて言われるほうの身を考えろ。情けないにも程がある」
     先程の怒声は鳴りを潜めていたものの、ティルの声色には十分なほど怒りが込められている。それを察しているのだろう、グレミオの表情も強張っている。
     赤月帝国では、齢十五を迎えると晴れて成人として認められる。季節が一巡すれば、ティアも何らかの職務に就くようになるだろう。
     幼子だと思っていたティアも背が伸び、武術を学び、知見を得た。歓談する内容が子供を相手にしたものではなくなっていたのはいつのことだっただろう。こちらの胸を打つことを宣うこともあるのだから、知識とは恐ろしいとクレオは思う。顔付きは幾分か幼く見えても、時折見せる表情はテオに似てきていた。
     クレオだけではなく、パーンもまた、ティアを子供扱いしようなどとは最早考えてもいないだろう。手合わせしてほしいと乞われて、ティアと共に汗をかいていることもあるくらいだ。
    「グレミオは坊ちゃんのことが心配で──」
     ただそれは、あくまでもテオ・マクドールの部下としての印象だ。
     グレミオは部下ではなく、ティアの従者としてこの家に入った。親がいつまでも親であるように、グレミオもどれだけ成長しても“坊ちゃん”は“坊ちゃん”であり、不変的なものなのだろう。
    「そんなに僕が信用ならないのか?」
     クレオ達は想いを察することができたが、当の本人には微塵も伝わらない。
     ため息混じりに吐いたティルの言葉は、グレミオを震え上がらせるには十分な響きを持っていた。
    「い、いいいえ、滅相もない!」
    「……もういい。とにかく、ついてくるなよ」
     使い慣れた棍を手に取ると、ティアは廊下から覗き込んでいた部下達を気にする素振りすら見せず、自室からするりと抜け出していった。
     屋敷からティアの気配が去ってから、クレオはため息をついた。
    「グレミオ。坊ちゃんはああ見えてかなりの武人だってことは、あんたが一番知ってるだろう? 坊ちゃんだって、自分の身くらい一人でちゃんと守れるんじゃないかい?」
    「それは、分かってるんですけど、う、うう……っ」
     力が抜け落ちたかのように膝から頽れると、噎び泣き始めたグレミオに、クレオはぎょっとした。まさか、大の大人が恥ずかしげも無く涙を見せると思わなかったからだ。
    「そ、そりゃあ、坊ちゃんは私より遥かに腕が立ちます。悪漢に襲われても、簡単に追い払えるどころか熨してしまうでしょうね。でも、いくつになっても心配してしまうものじゃないんですか?」
    「俺は坊ちゃんの言い分のが納得できるからなぁ」
     頭を搔きながら呟いたパーンの言葉に、グレミオが肩を落とす。
    「夢を見るんです。あのときの夢を、未だに。近くにおりながら、坊ちゃんを奪われるあの瞬間を幾度となく。あの絶望が頭に焼き付いて離れないんです」
     バルバロッサを皇帝の座から引き摺り下ろそうと幾重にも錬られた謀略のうちの一つが、五将軍の中で兵の統率力が随一であるテオ・マクドールの軍隊を潰すことだった。とはいえ、真正面からぶつかっても勝ち目はない。そこで狙われたのが嫡男──ティアを拉致し、人質にすることだった。
    「傍にいても奪われたあの頃とは違います。坊ちゃんも私も……でも、なるべく私が駆け付けられるようお側にいるべきじゃないんでしょうか?」
     クレオはその事実をグレミオの口からしか聞いておらず、その場面に出会してはいない。みすみす敵の手にティアを渡してしまったことに対して思わず胸倉を掴んでしまったが、それに抵抗する素振りすらしないほど憔悴しきった従者の姿は痛々しいほどだった。
     そう、今のような表情で。
    「……グレミオ。坊ちゃんが武術を習いたいと言い出したのは、あの事件以降だったろう?」
    「ええ。坊ちゃんも怖い思いをされましたから、対抗する術を持ちたいのかと思って──」
    「それは違うんじゃないかい? 坊ちゃんは、お前に心配かけたくないから己の身くらい守れるくらいに強くなろうと思ったんだよ」
     グレミオがティアを無事保護し、テオと共に屋敷へと戻ってきた後のことを思い起こす。
     ティアは珍しく、クレオの部屋を訪れたかと思うと、剣を教えてほしいと口にした。その目は射抜くように真っ直ぐで力強かった。ただの、子供の好奇心ではない、意志の込められた瞳。
     馴染む武器が見つかるまで、クレオはティアの基礎訓練に付き添っていた。
    「そう、でしょうか」
    「ああ、そうさ。それに、坊ちゃんは私たちの後ろで震えているようなタマとは思えないね」
    「なんですか、その言い方は」
     呆れ声を出しながらも、グレミオの口角は上がっている。
    「そうだぞ。坊ちゃんがああやって努力しているから、俺らもこの家にいようと思えるんだ」
     パーンとクレオは元々、マクドール邸に滞在することを良しとしていなかった。テオの元、戦いの中で切磋琢磨していくものと思っていた。それでも今、不満もなくここにいるのは、武人然としてきたティアの成長を心待ちにしているのが大きい。
    「それにさ、今は一人じゃない。何かあれば私達も手助けできる。心配することなんてないだろう?」
    「そうだ。坊ちゃんが攫われても、俺ら三人で助けに行けばいい。そんなことは起きないと思うがな」
    「……そう、そうですよね! 今は皆さんいらっしゃるんですもんね。百人力です!」
     鼻を啜りながらも、乱雑に袖で涙を拭ったグレミオは満足げに胸を張っていた。



     グレミオの不安を払拭するかのように、ティアとテッドは予想に反して太陽が僅かに傾いてきただろう早い時間に帰路についた。
     獣が抱えられていたはずの手にはバケツの柄が握られている。その中には川魚がそこそこ入っていた。
    「だって、あんなこと言われちゃあ山超えて狩りいこうぜ! なんて言い出せなくなっちゃってさあ」
    「……テッドに今朝の話をしたら、されるうちが花だから今のうちに沢山心配されとけ、って言われちゃって」
     口を尖らせたティアに吹き出したのは、果たしてグレミオが先か、クレオが先立っただろうか。
     頬を染めて慌てふためくティアを横目に、テッドはニヤニヤと笑みを浮かべながら肘で小突いていた。

      
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