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    sabasavasabasav

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    幻水総選挙応援のために書いたもの。坊ちゃん無双。

    #幻水小説

        ▽      ▽

     ぱち、と火花が散る。
     時折、火が弱くならないよう拾った枝を焼べながら、ティアはゆらゆらと揺れる焚火を見ていた。
     炎は不思議なものだ。生き物から全てを奪う存在でありながら、こうして暖め癒やしてもくれる。
     様々なことが脳裏を過るこの時間が、辛く、愛おしいものになってからどれくらいの年月が経っただろうか。どうにも時間の感覚が鈍くなってしまうのは、真の紋章を宿す弊害の一種なのかもしれない。次、誰かに出会ったら尋ねてみようかと思い立つ。
     ティアは乱雑に数本の枝を投げ入れると、両腕を上げ大きく伸びをした。
     瞬間、風が通り過ぎる木々のざわめきと、枝が折れる音。
     椅子代わりに腰掛けていた石から立ち上がり、立てかけておいた天牙棍を手に持った。
    「……やあ、こんな夜更けに随分な人たちだね」
     言いながら、開けた場所へと歩む。障害物もなく武器もたった一つの長棍しか所持していないティアを見てか、木の陰から4人の男の姿が現れた。
    「こんな雲一つなく綺麗な星空が見えてるのに、君たちは無粋だな」
     とは言ったものの、ティアにとってこんな星空は随分昔に見慣れたもので大して面白みはないのだが。それは相手も同様だったらしく、会話に乗る気は一切感じられない。
    「右手の紋章を渡してもらおうか。そうすれば命は助けてやる」
    「その理由は?」
    「ハルモニアが、お前の紋章に莫大な懸賞金をかけてるんだよ。一生苦労せず暮らしていけるほどのな」
    「……そんな……」
    「強張って声も出せないか」
     ティアは息を呑んだ。次いで男達から下品な嘲笑が上がり、思わず目を見張った。
     彼らはどうして笑っていられるのだろう。
     既に勝者であるような素振りは実に滑稽で、つい笑みが漏れる。
    「何がおかしい」
    「驚いた。たかがそんな理由でこれを欲してるのか」
    「たかがとは何だ!俺らの苦しみなんて、トランの英雄様にはわかんねぇだろうよ!」
     先程の素振りはどこへやら、声を荒げた集団にティアはひっそりとため息をつく。
     敵方との会話でいとも簡単に煽られる。明らかに戦い慣れているとは思えない所業だ。しかし、今ここで男達を殺めてしまえば、ティアはその亡骸の傍らで眠りにつかなくてはならなくなる。だが、今更焚火を潰して移動するのも面倒だ。
    「生きる上で金は必要だ。でもそれは、命より優先されるべき物じゃないだろう?」
    「は?」
    「テメェ……ふざけんじゃねぇ!!」
     男達は天に向かって雄叫びを上げながら腰にぶら下げた剣を抜いた。
     ティアは今度こそ盛大にため息をついて見せた。彼らは戦い慣れていないだけではなく、見た目で実力を判断するほど底の浅い集団なのだと情報を書き換えた。まさか、目の前の紋章持ちが、下手をすると彼らよりも長い年月を生きているなどとは想像だにしないだろう。
     裏腹に、民が大国の釣り餌に安易に食いつくほど、未だこの世界には貧困が蔓延っているのかもしれなかった。相手の言葉遣いからして、デュナンに近い地域の出身だろうか。近くに寄るついでに、嫌みの一言でもあの国王にぶつけてやろうと心に決めた。
    「ほら。これを奪うつもりなら、さっさとかかってくればいい」
     馴染んだ棍を両手に構え、ティアは膝を曲げた。
     男が草を踏み荒らしながらティアへと近寄ると同時に剣を振り下ろした。大振りな動きを止めることも考えたが、それをあっさりと躱すと、隙だらけになった右脇腹を薙ぎ払った。声を上げてニ、三度転がった男は僅かに身じろいでいるものの、立ち上がる素振りは見られなかった。
    「殺してはないよ。でもしばらく立ち上がれないかもね」
     ティアの台詞を遮るように、複数の男が叫びながら切りつけてくる。棍で刃を撥ね除けてから、武器を持つ手を棍と足蹴で跳ね上げた。星の瞬く夜空に二本の剣が舞った。
     それを拾おうと僅かに駆けた男達の意欲が足とともに止まる。それが地面に着くより先に、ティアが宙を舞ったかと思うと、天牙棍による突きがその剣身を真っ二つに折っていた。
    「まだやるの?」
     未だに剣を構えていた男に向かって腰を落としながら問う。男は不敵な笑みを浮かべていた。
     前触れもなく放たれた赤い光に、ティアは横に転がりそれを避けた。元いた場所に落ちた火球が周辺を焼いている。
    「俺らには紋章が扱えないと思ってただろう!」
    「いや。隠れてるお仲間は紋章使いだと思ってたよ」
     言うと同時に左手を掲げる。その挙動に一気に周囲の空気が張り詰めた。狙っているというのに、ソウルイーターのことを恐れているだなんて片腹痛い。
     魔力を込めて詠唱を始める。これはできれば使いたくなかったんだけど、と心の中で吐き捨てた。
     練り上げた魔力を開放すると、ティアを中心に突風に包まれた。目も開けていられないくらいの暴風が、周囲の草木をも纏めて切り刻み、舞い上がらせる。轟音の中、僅かに人の声が聞こえたような気がした。
     風が止んだ頃には、周辺の木々は葉を散らし無残な姿になっていた。敵意を向ける刺客は既に誰一人とおらず、皆地に伏せている。僅かに埋め聞こえが聞こえた。命まで奪っていなかったことに安堵した。今、水の紋章は宿していなかったからだ。
    「あーあ。だからこれを使うのは嫌だったのに」
     先程まで心地良い環境であったはずの焚き火は炎も燃料も全て風に攫われ、腰掛けていた石は飛んできた障害物にぶつかったのか見事に打ち砕かれている。周囲の草木は無残に散っている上に、先程放たれた火炎の矢のせいで焦げ臭い香りまで漂っている。
    「君たちのせいで夜通し歩く羽目になった」
     元いた場所からだいぶ離れて落ちていた鞄を手に取った。命は取らなかったのだから、ちょっとくらい嫌みを言っても怒られはしないだろう。
    (ハルモニア神聖国、ね……)
     最近は諦めたとばかり思っていたハルモニアが再び動きを見せている。今回は小手調べのような可愛らしい襲撃だったが、あの国の神官将に動かれると少々面倒なことになりそうだ。
     ティアは一度だけ、星を見上げる。歩んできた道を戻ることになるのは残念だが、こればかりは仕方が無い。グラスランドへと向かう予定を急遽塗りつぶす。
     デュナンまで一日半ほどで着くだろう。そこでここ最近の報告をした後馬を貸してもらう。駿馬を乗り潰せば数日後にはトランに到着できるかもしれない。シーナに取り次いでもらってから、その後は紋章を効果の高い物に付け替えてもらって。棍の補強もしておきたい。ならまずは屋敷に戻らないと。資金があればいいけどどうだろうか。そもそも屋敷は残っているのか。ああ、次に焚火に当たれるのはいつになることやら────

     頭の中で整理しながら、ティアは一人、満点の星空の下、暗い森林の中に消えていった。

      
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