その11 【石箱を見つけた三人】(ヨレ&ポト&コハン)【石箱を見つけた三人】(ヨレ&ポト&コハン)
――石箱とは?
石で作られた容器
素材:石(大理石・石灰岩・花崗岩)や金属と組み合わせて作られる。
形状:蓋付きで、彫刻が施されることも多い。
理由:燃やされない・腐敗しない・水や虫にも強い。
使用目的①:聖遺物箱……聖人の骨や衣服を入れる箱。
迫害を恐れ地下や教会の壁に埋められた。
使用目的②:石棺……修道院において遺体を納める箱。
地中に埋められる。復活と永遠を表す十字が彫られる。
使用目的③:石箱…… 秘密文書・科学記録の隠蔽用
錬金術などの異端思想の記録を隠すための石製容器。
隠し場所:井戸の底、遺跡の壁裏、森の聖域など。
***
昼過ぎに三人と、荷物を乗せた馬は、視界の開けた草原に到着した。
コハンスキが口を開いた。
「ここです。ここに手がかりがある。」
その草原は高台にあり、山や森から離れていた。
丘の上からは、全方位の星空が観測できそうだった。
ポトツキが、ヒゲを撫でながら言った。
「……ここは若い頃、フベルトと二人で天体観測に来たことがある。都市から歩いて来れる距離だ。
コハンスキはどこから、此処に手がかりがあると聞いた?」
「酒場で聞き込み調査を。そこで俺は、天体観測をしている上級市民と知り合いになりました。
どうやら、半年前に知り合いの占星術師が異端で捕まったらしく、その占星術師は草原の岩に印を見つけた、と。」
***(6/10追記)
ポトツキの目が細まった。
「占星術師が……印を?」
風が強く吹き、草の揺れる音がした。
「ええ。草原の岩に、星座のような模様が刻まれていたと言っていたそうです。だが、術師が捕まる前に、それを確認した者はいないそうです……。」
コハンスキは、歯切れが悪そうに答えた。
自信がないのか、だんだん語尾が小さくなっていった。
ヨレンタは荷物から蝋板と尖筆を取り出した。
「それがこの辺りのどこかにあるなら、天体と関係があるはず。星の位置と照らし合わせれば、場所を特定できるかもしれません。」
***(6/11追記)
「なるほど! さすがだ、ヨレンタ。
コハンスキくんは上級市民から、よく聞き出してくれた。」
ポトツキは二人を褒めたたえた。
コハンスキは照れて頭を掻いた。
「は、はい。酒場を見張っていたら、天体の話題になると、誰にでも絡みにいく上級市民がいたので、もしかしたら……、と思って。実は寂しがり屋だったのか、たくさん話してくれました。」
「問題は……その“岩”がどれなのか、ですね。」
ヨレンタは地面に膝をつき、周囲を見渡した。
草原は起伏が少なく、風に揺れる草が視界を遮る。しかし、突き出した岩が無数にあり、特定に時間が掛かりそうだ。
「暗くなる前に見つけたい。三人で手分けして、岩についた印をさがそう。」
午後の陽の光が斜めに傾き始めた。
ポトツキの提案で、三人は担当エリアを決め調査した。
三人と一頭の馬の影が、草原の波に溶け込んでいった。
しばらくすると、「おーい!ちょっと来てくれ!」とコハンスキが呼ぶ声がした。
「……この岩。向こうの岩にも……何か、彫ってあるように見えないか?」
***(6/16追記)
ポトツキとヨレンタが、猛スピードで走り寄って来た。
「はぁはぁ、何だって?!」
ポトツキが、肩で息をしながら覗き込む。
――その二つの大岩には、確かに刻まれていた。
それぞれに三つ星が彫られ、中央の星に×(バツ)印が付けられていた。――
「これ、何かの星座ですか?」
コハンスキが二人に聞く。
「これ……オリオン座のベルトの三ツ星では?!」
ヨレンタが驚きの声を上げる。
ポトツキが岩に手を当てた。
彼の瞳に、かすかな恐れが走った。
「これは……この印の特徴は……フベルトのだ……。」
ポトツキは、へなへなと力が抜けて、地面に座り込んだ。
彼は膝をついたまま、岩の印を見つめた。
「間違いない……彫りの深さ、線の癖、×の刻み方。
これはフベルトが使っていたナイフの跡だ……。」
コハンスキとヨレンタは、互いに顔を見合わせた。
静かに、風が草をなでていく。
「では……フベルトさん?がここに来たのは、観測のためだけじゃなかった?」
ヨレンタが蝋板に印を写し取りながら、低く言った。
ポトツキは呟いた。
「何かを……残そうとしていた。誰かに気づかせたかったのか、あるいは……隠したのか。」
コハンスキが、ふともう一つの岩を見やった。
「印の向き、微妙にずれてませんか?真ん中の星、の角度がそれぞれで、違うような……。」
「角度……?」
ヨレンタが印と周囲の地形を交互に確認し始めた。
「星の配列……いや、違う。これ、視線の誘導だ。」
ヨレンタの目が、次第に鋭さを増していく。
「三連星の真ん中の星、アルニラムを示す“×印”の先端が、両方のとも矢印みたいになっています。それを結ぶと、ちょうど、二つの大岩の真ん中にある、山の中腹が、アルニラムの位置になります。」
三人は、一斉にその方向を見やった。
「行ってみよう。」
ポトツキがゆっくりと立ち上がった。先ほどの動揺を抑え込むように、声を落ち着かせている。
ポトツキたちは、足早に山の中腹を目指した。
***(6/17追記)
三人と馬は木々の間を抜け、山の中腹を登った。
「フベルトさんは、重い石箱を担ぎながら、こんな急斜面を登ったんですね?」
ヨレンタが思わず、ポトツキに聞く。
「いや、学生時代のフベルトはロバを飼っていた。
たぶん、ロバに運ばせたのでは?」
ポトツキが、肩で息をしながら答える。
「俺、十年前にフベルトさんを見たことがあります。
二メートルありそうな大男だったから、石箱を自分で持ち運んだかもしれません。まさに神!」
「それならフベルトは、邪教の神だな。」
「そ、そうなんですね、私もフベルトさんに会って見たかったかも!」
知らない人の話題で盛り上がる二人に、若干、居心地の悪さを感じたヨレンタだった。
――小道のように続く獣道を進む。
ときどき、黒い鳥カフカが「カァ!カァ!」と鳴き、緊張が走る。夕暮れが迫っていた。
やがて、ポトツキは立ち止まった。
地面に、人が立ち入り押し潰された草と、足跡があった。
焚き火の跡があった。
そのそばには、何かが埋められたような、大きな土の盛り上がりがあった。
***(6/19追記)
「誰かがつい最近、ここを通った形跡がある……。
それに、この盛り土。まだ新しい。
誰だろう? ラファウの仲間……な訳ないか。
盗賊か、異端審問官でしょうか?」
コハンスキが問いかける。
それに対して、ポトツキの表情が強ばった。
「いや、これは……!」
彼は急いで、盛り土に駆け寄った。手が震えていた。
ヨレンタはそっと、その手に自分の手を添えた。
「きっと、大丈夫ですよ。」
ヨレンタはしゃがみこみ、手で土を掘った。
「俺も手伝う!」
コハンスキも一緒になって、手で土を掘った。
しばらくすると、指先に固い感触が触れた。
石箱だった。 更に掘り進めると全体が現れた。
蓋がずらされ、開けられた状態で、中に土が入れられていた。