見習い騎士と見習い魔道士が出会う話未だ幼い見習い魔道士であるその少年には、小さな体には似合わぬ、壮大な夢があった。
“魔法を世界にとって良い事、人々を楽しませることだけに使えるようにして、世界中を笑顔で溢れさせたい”
世は国土問題、人種差別、資源不足、文化相違等の理由により、常に戦が耐えない。今も国同士が争って、人々の血は流れ続け、尊き命が奪われている。
魔法が発展しつつある時下。銃器、大砲、剣、弓等の古代から生まれし軍器に頼るだけではなく、新たに優秀な魔道士の養成に力を注いでいる。遠方から隙を見せずに、その魔法の完成度が高ければ高いほど、確実に、敵国兵を“滅ぼすことが出来る”からだ。
ルイは、幼いながらもそれを知っていた。魔法の習得は決して容易ではないが、その分強力で、手軽で、どんな用途にも扱える。
そう、どんな用途にも。
だからこそ、戦争に使用するのではなく、人々を笑顔にするために使いたい。
かつてルイが街の歌姫を目指す幼馴染の少女と仲良くなるため、何時間も、何日も、何ヶ月も練習して、初めて魔法が使えるようになった時のように。
古びたランプに、電気を使わず小さな光を灯す。という単純で基礎的な魔法だったが、ルイ自身、こんな綺麗な光は見た事がないと思ったし、隣で静かに魔法が宿る様を見ていた歳下の幼馴染は、初めてルイの顔を見て、大きな瞳を輝かせながら笑ったものだ。
ルイの夢が形になったのはその体験からだが、理解者は彼の父、母。幼馴染の少女と、存外少なく。
魔法学校に通う類は、見習い魔道士である同年代の少年少女に夢を聞かせた。
「魔法で人を笑わせる?なんでそんなことする必要があるの?」
「お国のためにつかわないといけないって、おとうさんもおかあさんもいってたよ!」
「魔法で悪いやつやっつける方がかっこいいよ」
「わたし、魔法は自分のために使いたい」
彼らの反応は、ルイの想像してたものとは違っていた。
しかし、きっと、自分と同じ考えの子供が1人はいるだろうと魔法を扱って友達を作ろうとしてみた。しかし、ルイは自分でも知らない内に上級魔法を使えるようになっていて、怪我は一切させていないが刺激が強いであろう強大な魔法を見て、子供達は、驚いたり泣いたり。ルイの周りから子供達は離れ、大人からも「魔道士としては期待できるが、子供らしくはない。」「いっそ戦に参加させるべきではないか」と揶揄されるようになった。
人には人の、ルイにはルイの考えがあって、それが噛み合わないこともある。それでも私達は貴方の考えを尊重する。だって、こんなにも素敵な夢を持っているのだから。
これから何があっても、誰に何を言われようと、自分の夢を大切にするようにと。
父と母はそう言っていた。人は人、自分は自分。この世の全ての人間がルイと同じ意見を持っているはずがない。自分でもわかってはいたのだ。それでも同年代の理解者が少ないことはまだ身も心も成熟しきっていない子供のルイには至極寂しいもので。魔法で人形を沢山作ってみて、一緒に遊んだりすることが増えた。しかし、どこか虚しくて、侘しくて、人形を胸に抱きながら「君もどこか寂しそうだ。こんな気持ちで君を生み出してしまってごめんね」と、双眸からこぼれ落ちる宝石のような雫で度々人形の頭を濡らしていた。
そんな日々を繰り返していると、ルイの国に隣国の遣い達が赴き、自国と取引をするという話が耳に入ってきた。取引と言ってもやはり戦関係になってしまうだろうから、ルイが関心を抱くことは無い。実際自国と隣国も過去に何度か戦争を起こしているのだ。もう少し友好的に、対話で解決出来ないものかと、城に向かう隣国の兵達を横目に見ていた。
すると、兵の列が途切れかけた瞬間、眩いばかりの光が、ルイの目を彩った。
そう、それはまるで、ルイの初めて覚えた光魔法のように、いやそれ以上に美しく、眩しく、あたたかい。
その持ち主は___。
『お前のような見習いに命は下されていない筈だ。勝手に着いて来おって!今すぐ自国に帰るのだ!』
『な、なぜです!オレは将来、未来永劫我が国をまもる騎士団長になる男!!つねに王の傍に仕えていなければ___』
『なにをくだらんことを……。早くこの子供をつまみ出すのだ!』
隣国の騎士と思われる少年は、兵に両腕を掴まれながらも必死に抵抗している。ルイは、彼をぼんやり見つめながら、両手いっぱいに抱えた魔道書を抱きしめる。
別に、助ける道理なんてない。友達でも、ましてや知り合ったわけでもない。隣国の子供。基他人だ。本来の自分ならば、自分には関係ないと素通りして行くはずだ。
なのに、彼から目が離せない。彼から放たれる輝きが、どこまでもルイを照らして、眩しくて。目を瞑りたいけれど、それでも、ずっと見ていたくて。
まだ未熟さはあるものの、誰かを圧倒するためではなく、騎士として護るために、誰よりも強くなろうとなろうとしている、そんな確固たる意志が、彼から伝わる。
『さぁ、さっさと国へ帰……な、なんだ!?』
『この煙はどこから!?何も見えん!』
気づけばルイは煙幕魔法を彼を取り囲む兵士に発動させる。突然のことに兵士達は混乱し、その隙にルイは見習い騎士だという少年の元へ駆け寄り、手を取った。
「こっちだよ」
初めて握った同年代くらいの少年は、自分とは違ってすこし分厚い。きっと、何度も何度も剣を振って、努力して作り上げてきたのだろう。彼は驚いていたが、困惑しながらも頷いて、ルイに続くように走り出した。
これが、果てしなく大きな夢を追いかける少年達の、最初の出会いだった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「ここまで来たら大丈夫だよ。ここはぼくの秘密基地だからね」
城下町から少し離れた森の奥深く。
ルイが魔法の練習をする時によく使う場所である。騎士の少年は秘密基地の小さな小屋の中にゴロゴロと置いてある薬剤やら機械やらが物珍しいようで、やたらにきょろきょろと部屋を見渡していた。
「凄いな……これ全部お前が作ったのか!?」
「うん。考え事をしていると、自然と出来てしまうんだ」
「じゃあ、さっきの煙は……」
「ああ、あれはぼくの魔法だよ」
「ま、魔法が使えるのか!?」
「うん。代々そういう家系なんだ。生まれつき持っている魔力が高くて……たとえば……」
ルイの小さな掌から、ぽん、ぽんと水の玉が現れる。それは数を増やし、やがて大きな水滴となって、空中でぴちょん、とダンスをするような動きで飛び跳ねる。大きな水滴は片手で数えられるくらいの数に増えてルイの周りに集まる。すると、たちまち大きな風船となり、空に浮かび上がると、綺麗な虹を作って弾けた。騎士の少年は、瞳を輝かせながら、ぱくぱくと口を開け閉めしている。
「綺麗だ……」
「え?」
「なんてきれいな魔法なんだ!こんな美しい魔法、みたことないぞ!ただの水なのに、まるで童話の妖精みたいにジャンプして、太陽に反射してキラキラしてた!それに、色もたくさんあったぞ!それが瞬きしてたらいつの間にか風船になって、われて、にじになった!!すごいぞ!水風船をなげて遊んだときみたいだ!」
ルイが思っていた反応とは、全く違うものだった。
こんなにも自分の魔法を褒めてくれる人は今までいなかった。
魔法学校の同級生は、ルイが上級魔法を扱えると知ると、皆疎んだり、恐れたり。先生にすら、こんなに興奮気味に褒められることはなかった。
しかし、目の前にいるこの騎士の少年は、今まで見たどの魔法よりも美しいと言い切った。
彼の言葉が、ルイの心にじわっと染み込んでいく。
まるで、冷たく凍っていた心が溶けていくような感覚。
胸が熱い。頬が、熱い。なんだか気恥ずかしくて、瞑ってしまった瞼の奥が、あつい。
もっと。もっとこの人のことが知りたい。そう思った時、ルイの口は勝手に動いていた。
「君と、ともだちになりたい」
口にした瞬間、言われた彼より自分の方が驚いていた。思っても、言わないようにしていた。というか、そう思っていることにも自覚はなくて。そうだ、結局離れられるくらいなら、見捨てられるくらいなら。友達なんてもの、望まない。そう思っていたはずなのに。
でも、どうしても。
自分の魔法で笑顔になってくれた、この騎士の子供と一緒に居たいと、心の底から思ってしまったのだ。
「ともだちとは、言われてなるものではないだろう」
「あ……っ、そう、だよね。急にごめん。こんなこと言われてもこまる、よね」
「なにを落ち込んでいる!おまえはオレを助けてくれた。先程、美しい魔法をみせてくれた。秘密基地も。オレはもうとっくにおまえのことをともだちだと思っているのだぞ!」
そう言って騎士の少年は笑った。太陽の光を浴びて、キラキラ輝く笑顔。
眩しくて、思わず目を細める。
友達。友達か。
嬉しくて、頬が緩む。ルイは、思い切って、ぎゅうと騎士の少年の手を握ってみた。少し恥ずかしくて顔が熱くなったけれど。
騎士の少年は一瞬驚いたが、すぐに手を握り返し、2人で笑い合った。
「オレはツカサだ!おまえは!」
「ぼくは、ルイだよ。よろしくねツカサくん」
自国を守り抜くと誓った見習い騎士と、人々を笑顔にしたい魔法使いの少年は、お互いの夢を語り合い、応援しあい、笑いあって生きていく。
その、筈だった。
けど、出会ったことが過ちだったのかもしれない。と思うことになるなど、身も心も未熟なルイにはわかる筈もない。
これから先に起こる悲劇を、後悔を。無垢で小さな少年たちには苦しすぎる現実を。
あの日からルイとツカサは一週間に一回、秘密基地で会うようになった。
友達だからという理由だけではなく、ツカサの『オレも魔法が使えるようになりたい』という言葉がきっかけだった。
「魔法、というのもさまざまでね。具体的にどういったものを使えるようになりたいんだい?ぼくの信念に従って攻撃的な魔法は教えられないけれど」
「それについては心配するな!オレも誰かを傷つけたいなど思ったことはない。オレはたいせつなひとを守れる力があるなら、どんなものでも手にいれたいんだ。」
物珍しい人間もいたものだ、とルイは感心していた。
この国では魔法といえば自分本位なものばかり。けれど、ツカサは違った。
誰かを、何かを、護るために使いたいという。それは、魔法を用いて誰かに笑顔を与えようとしているルイと、どこか似ている。
「……おしえてあげてもいいけれど。ぼくにもぼくの魔法を磨く時間が必要なものでね。君がそのおてつだいをしてくれるのなら、その後におしえるよ」
「いいのか!?何でもするぞ!おまえの要求に12000%で応えてみせる!」
「……へぇ〜?いったね」
この時、悪魔のような顔をしてニヤリと笑っていたことに、本人は気づいてはいなかった。ツカサはぞく、と背筋が慄いたが、「き、騎士に二言はないぞ!」と意気込んでみせた。
「さぁ、ツカサくん!君に飛行魔法をかけておいたから、登場の合図と共に高くジャンプだ!」
「よ、よくわからんが、とべばいいんだな!?しかし飛行魔法ってどれぐらいのたかさ……って、おい、ルイ!?きいているのか!?」
「フフフフ……さぁ、イッツショータイムだ!」
「ルイぃぃぃ!?」
魔法でショーをしたいというルイの手伝いをすることになったツカサは、手伝いというよりは実験台になっていた。ルイの合図で思い切りジャンプをしたツカサはルイが放った魔法によって、さらに高く、ふわりと宙に浮かんだ。
最初は浮いているだけ。と思っている間に徐々にスピードをつけて、高さを上げていく。
「さ、さ……流石にたかすぎるだろうーーーー!!!」
「わぁ〜っ、すごい!すばらしいよツカサくん!このたかさに順応して飛べたのは君が初めてだ!あははっ!」
ぐんぐんと上昇する体。
地上が遠くなっていく。秘密基地の小屋の屋根なぞとうに超えて、森全体が見える程の高さまで来てしまった。
こんな高さに上がったことなど、当然生まれて初めてだ。恐怖心が湧かないわけがない。
しかし、それよりも。
ルイがこんなにも楽しそうなのが、嬉しい。
同い年の割に大人びた印象だったものだから、こんなにも活き活きとした、楽しそうな顔をするだなんて、意外ではあったが。
年相応な、幸せそうな彼を見られただけで、この命を賭けたような行為にも意味があったと思える。
(って、これ、どうやって降りるんだ?)
そう思った瞬間、体が急降下を始めた。
ジェットコースターのように、風を切り、重力に逆らえず下に落ちていく。
あ、まずい、地面に叩きつけられる。死ぬ。と思った瞬間だった。
「うわぁぁッ……!!…ぁ、あ?……やわら、かい、それに、甘い匂いがする……」
地面すれすれのところで、落下が止まった。
ツカサは目を見開く。
これは、ルイの魔法のおかげなのか? そう思った瞬間、ツカサの体を柔らかい衝撃が包んだ。ぽよんぽよんと、特大のプリンが、トランポリンの役割を果たし、彼を受け止めているようだった。思いきりカラメルソースの上に飛び込んだのに、服も髪もベタついていなかった。何が起きたのか少しも理解ができないツカサは半分目を回しながら、ゆっくり地面に足をつける。
目を擦って前を見ると、満面の笑みのルイがいた。
「る、ルイ……これは……」
「ふふっ、死ぬかと思った、という顔だね。心配しなくても君には傷一つつけないよ。」
ついでと言っちゃあなんだけどおやつに特大プリンなんてどうかと、いつの間に用意していたスプーンで一口掬ったプリンをツカサに差し出した。反射的にそれを口に含むと、生クリームを多く使っているのだろうか、とろけるようなミルクの味。口の中に広がっていく卵のまろやかな風味はツカサが今より小さい時に食べたことのある高級プリンそのものだ。上品で、それといって甘すぎない味わいに頰が緩みそうになっていると、ルイの視線がこちらに向いていることに気づいた。
「ふふ、どうやらプリンのおかげで君にきらわれずにすみそうだね」
「きらいになんてなるわけないだろ。でも、急に落とすなんておどろいたぞ!」
「ごめんね。けれど、スリルがあってたのしかっただろう?」
そう言ってルイは悪戯っぽく笑った。
確かに、びっくりはしたけれど、怖かったけれど。
でも、楽しかった。楽しかったのだ。だってその証拠にツカサも、出会った時の少し寂しそうな顔をしていたルイも自然と笑っているのだから。
その後、何度も実験に付き合わされたツカサは、ようやく満足したルイに魔法を教えて貰えることになった。
「民達をまもるための魔法……。治癒魔法やバリアを張るような魔法がいいだろうね。君のもっている剣を強化して、防御に使用してもいいかも」
「たのんでおいてなんだが……オレに魔法を扱えるのだろうか」
「君の潜在的魔力によるね。魔力の量を調べるから、少し目を閉じてくれる?力をぬいて」
ツカサは目を閉じた。
すると、額に冷たい指先が触れる感覚が伝わってくる。
暫くの間、沈黙の時間が続いた。
その間ずっと、触れたままの指先の感触だけがツカサを支配する。
「……なるほど。これはこれは……。目を開けていいよ、ツカサくん」
「どうだ?」
「うーーーーん君はとことん物理特化に向いているようだね!魔力はこれぽっちしかないよ」
人差し指と親指がどんぐり1つつまむ程度の距離しかないことに、ツカサは思わずガクッと肩を落とした。
いや、まぁ、わかっていたことだ。騎士を目指した時からどうにか魔法が使えないかツカサなりに試行錯誤して様々なことに挑戦したが、少しも扱えた試しがない。期待はしていなかった。たぶん。本当に自分の力がどの程度のものなのか知りたかっただけだ。
「ツカサくん。ツカサくんってば。そんな顔しないで。家系や遺伝なんかも魔力の強さに関係するんだ。それに、ゼロとはいっていないよ」
「だが、これきしの魔力で民達を、国をまもれる力が手にはいるのか?」
「……ぼくは聖人ではないからね。魔法のことでうそはつけない。今の君には限りなく難しい道になるだろうね」
その言葉に、ツカサは顔をしかめた。
ルイもそれを察したように、眉を下げて微笑む。
けれど、と彼は続けた。
悔しげに握り締められた彼の拳を両の手のひらで覆って、安心させるように声をかける。
「言ったろう?ゼロじゃないって」
「……」
「常人の魔法の使い手よりも苦労はするだろうけれど、たくさん努力をかさねれば、ツカサくんでも魔法をつかいこなせるようになるよ」
「……ほんとか!?」
ぱっと明るくなったツカサの顔を見て、ルイははにかんで頷いてみせた。
「魔道士に二言はないさ。」
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「お、おおっ!?る、ルイ!今の見たか!?」
「うん、だいぶ魔力を引き出せるようになってきたね。この短期間でここまで成長するなんて、さすがだよ」
ツカサは、ルイと出会ってから1年。
厳しい修行と、ルイの好奇心に満ち満ちた、危険で愉快な実験によって、ツカサは多少なりとも魔法を扱えるようになっていた。
まだまだ荒削りだけれども、ルイ曰く、魔力の少ない人間にしては成長速度は早い方らしい。
ツカサは嬉しくなって、頬を緩ませた。幸い、努力というものはツカサにとって苦でもなんでもないのだ。寧ろ、特技と言ってもいいだろう。
このまま続けていけば、少しでも自国の役に立てるかもしれない。平和になれば、民達が笑顔になれる。目を閉じて人々の笑顔を思い浮かべた時、ツカサはまだまだ頑張れると、強く思うことが出来た。
「そういえば、ツカサくんはどうして騎士になろうとおもったんだい?」
「ああ、オレは元々街で生まれたわけではないんだ。人の少ない、ここみたいな森で育った。けっして裕福ではなかったが、家族みんなで平和に……しあわせに、くらしてた。だが、妹が病弱でな……。盗賊に襲われた際に、妹だけ逃げおくれてしまった。オレはすぐにでもたすけたかったが……あの時のオレには、そんな力はなくて。結局妹は連れ去られてしまった」
「……妹さんは……どうなったんだい?」
「大丈夫、無事だ!国から派遣された騎士さまに助けてもらえた。駆けつけてくれた騎士さまたちは、みんな本当に強くて、かっこよくてな!!妹も、ケガひとつない状態で帰してくれた。オレが騎士に憧れ、騎士団長になろうとおもったのは、それがきっかけなんだ!」
ツカサ達を救った騎士団長が、妹の病の件を王に掛け合ったおかげで、ツカサ達は街へ移住することが許可されたらしい。妹は街の優秀な医師に診てもらったことで、回復に向かっているのだと。彼の妹に会ったことは無いが、兄妹共に幸せでいて欲しいと願うのは、友人として当たり前なもので、ルイはほっと胸を撫で下ろした。
「……オレは、もっともっと強くなりたいんだ。今のままでは、妹ひとりまもれない。オレは、オレの力で大切なものを守りたい」
ツカサは、そう言って空を見上げた。橙の瞳が太陽の光に負けじときらりと輝く。
その表情は小さな身体に似合わず、どこか大人びていて、決意の固さが伺えた。
そんなツカサの横顔を見て、ルイは自分の胸にチクリとした痛みを感じた。
(ツカサくんなら、立派な騎士になれるかもしれない)
その時、自分は一体何をしているだろう。
一人前になって、部下を従え、あまつさえ騎士の頂点に立つ騎士団長に選ばれた彼は、王には信頼され、民達には慕われる。対して、未だ孤独な魔道士のままの自分。
自分とツカサは釣り合っているのだろうか。いつか彼は、ルイを置いて行ってしまうのではないか。
そう考えると、どうしようもなく生き苦しくなる。
ルイはツカサに気づかれないように息をつくと、静かに拳を握りしめた。
「ルイ?ぼーっとしてるが、大丈夫か?」
「……あ、ごめんね、なんでもないよ」
(いけない。今はぼくが、ツカサくんに魔法を教えなきゃいけないんだから)
ルイは頭を横に振って、余計なことで曇る思考回路も振り払った。
「……くらくなってきたね。そろそろツカサくんは自分の国にかえらないと」
「む……。まだ練習したかったのだが……」
「またここにくればいいじゃないか。ぼくはずっと、この秘密基地でまってるから」
ツカサは渋々、といった様子だったが、わかった、と言って立ち上がった。
いつも別れる時は、寂しい気持ちになる。ルイにとって、ツカサと会う時間は、唯一、孤独で無い時間で、確かな幸せがルイを包んで、あたたかく、かけがえのないものだから。
(……あぁ、もっと、君と話していたいな)
ルイは、心の中で小さく呟いた。
心臓の鼓動が速くなっていくのを感じる。ツカサにだけしか抱いたことは無い、不思議で、不安定で、熱っぽい、この感情は。
(あ……そっか、ぼく)
ツカサくんのこと、好きなんだ。自覚するともう、止まらなかった。
ツカサのことが好きだ。友達というだけではなく、もっと特別な意味で。
ツカサのことを知る度、目が合う度に。笑顔を見る度に胸の奥が疼くようだ。一度認めてしまうと、その想いはどんどん膨らんでいく。
「っ……ツカサくん……!」
「?なんだー?ルイー?」
「……また……!あそぼうね……!」
絞り出すように出した声は震えていて、自分でも情けないと思った。
けれど、どうしても伝えなければと、思ったのだ。ツカサは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに、満面の笑みを浮かべた。
「もちろんだ!また来る!」
太陽のように眩しいと日々感じるけれど、それだけでは無い。日暮れが近い今この瞬間では、満天の星空の中、一際煌めく一番星みたいだった。
ツカサが去った後、ルイはその場に座り込んだ。
火照った頬に冷たい風を感じながら、膝を抱えて顔を伏せる。
叶わない恋だとわかっている。
しかし、それでもいいと思えるほど、ルイは確かに幸福を噛み締めている。今みたいに、友人として自分の隣で笑う彼が、これからもずっと続いているのならば、それで良いと、ルイは目を閉じた。
「……すきになって、ごめんね。ツカサくん。君の前ではちゃんと友達でいるから……」
誰にも聞こえないように囁いて、小さな魔法使いは静かに涙を流した。