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    進明歩

    あんスタ、特にEdenが好き。基本はジュンひよ・凪茨。
    ときどきpixivに投稿しています。
    https://www.pixiv.net/users/92061459
    X→@ayumu_shin
    ポイピクはどう活用していこうか考え中。

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    進明歩

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    恋人の二人が痴話喧嘩して仲直りする話。何度も書いて、きっとこれからも書くワンパターンのやつです。かっこいい日和さんはいません。半分以上コメディ※年齢操作※星奏館はどこまで土足なんでしょうか?分からなくて捏造しています。ご存知の方教えてくださったら嬉しいです。X→@ayumu_shin
    マロ→https://marshmallow-qa.com/ayumoon
    絵文字をありがとうございました!

    #あんさん腐るスターズ!
    ansanRottenStars!
    #ジュンひよ
    juneSun

    ひよりがはしる「ハッハッ……ハッ……!」
     心臓が破けそうなくらいに苦しい。肺は酸素を取り込むのを諦めたのか、もう息が続かない。生え際から流れる玉のような汗が、ぼくの眉間から鼻の横を通って口に入る。セットする間もなかったけれど、前髪はそれはもう無惨なほどぺしゃんこになって、ぼくの額に張り付いていた。
    「あぁ、ほんっと……わるいひよ……り!」
     ぼくはもう何度目か分からない口癖を呟いた。否、呟いたつもりだった。まともな言葉は出ていない。多分ハヒューハヒューと壊れた笛みたいな音しか聞き取れないだろう。──だって、さっきから三十分も全速力で走り通しなのだから。
     なんでこのぼくが……! こんなこと後にも先にももうないんだからね!
     恨めしく思いながら、走る原因となっている相方の顔を思い浮かべた。ぼくにばっかり生意気で憎たらしいことを言って。そうかと思えば優しく、愛情に満ちた目でぼくを見つめている。
     
     誰よりも愛おしい……ジュンくん。
     
     ジュンくんのお顔を思い浮かべた途端に涙が込み上げてきて、呼吸が余計に苦しくなってしまう。ダメダメッ! 慌てて思考を怒りにシフトする。
     レッスンやライブの時には、こうして沢山の汗を流すこともあるけれど、そんな汗だってぼくをより美しく魅せる宝石みたいなものだと思っている。だけど今のぼくはちいっとも美しくないね。着ているものは衣装やレッスン着なんかじゃなくて……あろうことかパジャマ。その上にロング丈のスプリングコートを羽織って、革靴を履いている。一見パジャマとは分からないけれど、全く走るのに適した格好ではないどころか、外に出ることすら適さない。美しいぼくを愛しているファンが今のぼくを見たら、幻滅する以前に撮影中だと思うだろうね。
     こんな格好でこんな観客もいないカメラも回っていないところで、全速力で走ることになるなんてほんっとありえない!
     ──これも全部全部ジュンくんのせいなんだからね!
     

     ジュンくんとぼくはお付き合いをしている。いわゆる恋人同士というものだ。世の中の恋人同士がどのような関係性かなんて、ぼくはそんなに詳しくは知らない。多分他と違うのはぼくが圧倒的に上で、ジュンくんが下という状況からお付き合いが始まったこと。付き合ってからだってぼくは言いたいことを言うし、ジュンくんはぼくに対して生意気な態度をとることも多かったけれど、それでもいつだってぼくを優先してくれていた。ジュンくんが高校を卒業してから始まったお付き合いが一年続いて、少しずつ変わってきたことがある。それはジュンくんがぼくよりも他の人を優先することが増えてきたっていうこと。
     
    「ジュンくん、新しくできたカフェがあるんだって。今日寄って行かない?」
    「すみません。今日はあそび部の集まりがあるんで」
     せっかくこのぼくが誘ったっていうのに、すげなく断られてしまった。
    「おひいさんも来ますか?」
    「何するの?」
    「ドロケイだって言ってました。燐音先輩が泥棒で他は警察らしいです。みんな燐音先輩と同じチームは嫌だって泥棒が足りないんで、来てくれたらみんな喜びますよぉ」
    「どろ、ぼう!? ぼくがそんなのやるわけないよね!? それにレッスンやライブ以外で汗なんかかきたくないねっ!」
    「分かりましたよぉ。オレが泥棒チームに入りますかねぇ。じゃあすみませんけど先約なんで、あそび部のほうに行ってきますね」
     
     そんなふうにやれ真くんと新しいゲームを買いに行くだとか、漫画会のみんなと漫画原作アニメの上映会をするだとか、ジュンくんはぼく以外の人とのプライベートもどんどん充実していく。もちろんぼくだって先約のお友達を優先するのはマナーだと思っているし、実際そうしている。でも優しいぼくはジュンくんのお誘いを断って他の人と遊びに行く時には、ジュンくんが寂しくないように呼び出して荷物持ちをさせてあげることだってある。まあジュンくんがそんなことでぼくを呼び出したりなんかしたら、一生口きいてあげないけどね。だからってジュンくんがぼくのお誘いをこんなに何度も断るなんて、そんなことあっていいはずがないよね!
     まだジュンくんが、本当はおひいさんといたいんすけどねって、そんな様子を見せてくれたら許せたのに。……本当にジュンくんも楽しそうなんだよね。
     それであの日はなんだったっけ。巽くんと一緒に以前に慰問に行った病院にお見舞いに行くんだったかな。殊更巽くんのこととなるとジュンくんは嬉しそうに見える。ブンブン振り回す尻尾さえ見える。それでぼくは思わず嫌なことを言ってしまった。
    「優しくしてくれる飼い主がいたら、ホイホイそっちに行っちゃって尻尾振ってるんだもん。楽しそうでいいね」
     さすがのジュンくんもカチンときたんだろう。動きが止まって、ぼくを睨むみたいに目が細められた。でもそれだけ。それからフッと小さなため息を零す。そんなため息ひとつでぼくの嫌味をいなそうなんてね。ぼくをぞんざいに扱う態度がまた面白くないね。ぼくの中には次々とジュンくんを傷つける言葉が用意されて、喉の奥に溜まってくる。それを頑張ってお腹の中に戻した。
     
    「……ジュンくんぼくたち少し離れようね」
    「……どういう意味っすか?」
     ジュンくんは眉根を寄せて、訳が分からないというように首を傾げている。それはそうだよね。ぼくだって訳が分からない。思わず言ってしまっただけ。これ以上ジュンくんに酷いことを言わないように、そういうつもりもあった。それからジュンくんのことばかり考えて、ジュンくんの全てをぼくのものにしたくてぐるぐると考えてしまう。そんな鬱陶しい自分のことが嫌いになりそうだったのもある。でもそんなことジュンくんに言えるはずもない。ジュンくんは「なんで」とか「待って」とか言っていたと思う。
    「寂しいならジュンくんは他の飼い主に遊んでもらえばいいね」
     結局そんな酷い捨て台詞を残して、ぼくはジュンくんから距離をおくことにした。
     

     それが一週間前の事だった。タイミングがいいんだか悪いんだか、ぼくとジュンくんが一緒のお仕事もなくて、寮でもあんまり顔を合わせることもなく時が過ぎた。
     自分からジュンくんを遠ざけたくせに、常にスマホを近くに置いて何か連絡がきているんじゃないかと気にしてしまう。
     今日は寮の同室人たちは朝からお仕事。ぼくのお仕事は夕方からだから、目覚めたあともベッドに横になったままスマホを見たり、また画面を伏せて目を閉じたりを繰り返していた。スマホの着信音が鳴って、ぼくは飛びつくようにスマホを持ち上げた。
    「……なんだ茨かね。……もしもし? 何か用!?」
     不機嫌さを丸出しに茨からの電話に応答すれば、スマホの向こうでスゥッと深く息を吸い込むような音がする。
    『落ち着いて聞いてください。……ジュンが倒れました』
    「え……?」
     じゅんくんがたおれた……?
    『……ジュンのやつ、ずっと体調悪いことを隠して無理して……!』
    「今どこにいるの!?」
    『〇〇病院に入院しています。殿下も来ていただけませんか?』
    「容態はどうなの!? ジュンくんは大丈夫なの!?」
    『まだ処置中なのでなんとも。……あっ! すみません、ちょっとドクターが呼んでいるので失礼します!』
     冷静を装っていた声が取り繕えず慌てた様子に変わり、茨からの電話は緊迫感だけを残して切れてしまった。その後何度かけ直しても繋がらない。よっぽど悪い状況なんだろうか。ぼくの鼓動はドクドクと速くなる。立ち上がろうとした足からは力が抜け、またボスンとベッドにお尻を沈ませた。
     
     ちょっと待ってちょっと待って。
     ジュンくんが倒れた? どういうこと?

     パジャマの上にスプリングコートを羽織り靴下を履いて、転がるように部屋を出た。一階まで降りてから何も持っていないことに気づく。チッとお行儀悪く舌打ちをして階段を一段飛ばしに駆け戻る。スマホとお財布を持って玄関まで降り、下駄箱にあった革靴を引っ掛けて、今度こそ星奏館を飛び出した。
     近くの通りに出てタクシーを拾おうとしたけれど、こんな時に限って一台も通らない。タクシーを呼ぶアプリも、指先が震えて上手く操作できなかった。巴家の車を呼ぶ? それとも事務所の車? ダメ、時間がかかる。

     もういい、走っていこう。        

     固い靴で地面を蹴って蹴って。もうこれ以上ないってくらい走って走って。多分人生で一番長い時間、全力で走って病院に飛び込んだ。
     靴底に擦れたリノリウムの床が、ギュギュッと大袈裟な音をたてた。優雅さの欠片もない荒い呼吸のまま、待合ロビーの座席にヨロヨロと掴まったから、近くを通りかかった看護師さんが、ぼくを病人だと思って慌てて駆け寄ってきた。

    「じゅ、く、の」
     胸に手をあてて息を整えようと試みる。唾を飲み込んでカラカラの喉を湿らせて、なんとか言葉を絞り出した。
    「さざ……なみ、ジュンの病室……は」
     辛うじてそれだけ言う。質問の意図を察して看護師さんが病室を調べに行ってくれた。座り込んだら立てなくなりそうで、合皮の背もたれを掴む手に力を込める。
     圧倒的に酸素が足りない。目の前がチカチカとしている。胃はからっぽのはずなのに嘔吐感が込み上げて、何度も唾を飲み込んでそれをやり過ごした。本当にこのままでは、ぼくまでがお医者様に見てもらわないといけなくなるね。
     ストレッチャーに乗せられた患者さんが通り過ぎれば、ジュンくんのはずはないのに目で追いかけてしまう。悪い想像ばかりが押し寄せてきて、不安に胸が潰れそうだった。
     
     ジュンくん、ジュンくん、ジュンくん……!
     
     すでに人生最大だと思われた心拍数がさらに上昇していく。気を抜けば顔が汗よりも涙でベショベショになってしまいそうだ。
     何とか立っているうちに看護師さんが戻ってきて、ジュンくんの病室を教えてくれた。エレベーターで病室階まで上がる間も、嫌な想像がぼくの中を好き勝手に暴れている。エレベーターの扉をこじ開けるみたいに廊下へ出て、教えられた病室まで駆ける。
     ぼくはノックもせずにジュンくんの病室を開けた。
    「ジュン……くん……」
     ジュンくんはまるで眠っているように目をつぶって、ベッドに横たわっていた。
    「ジュンくんジュンくん!!」
     震える声で叫び、ジュンくんの身体に縋った。
    「……ジュンくんっ!!」
    「……うるせぇ、何なんすかせっかく寝てたのに」
     目を開けたジュンくんはうるさそうに耳を押さえた。
    「……はあぁっっ!?」
    「あんたここがどこだか分かってます? 病院ですよ?」
    「分かってるね! ジュンくんが倒れたって聞いたから、ぼくは駆けつけてきたのに、ジュンくんは呑気に寝てたっていうの!?」
    「あーー……はい。ここのところちょっと眠れなくて。今日は朝からだいぶ暑かったでしょう。日差しの下にいたら少し気分が悪くなっちまって。入院って言っても念のため半日寝ていけってだけなんで。おひいさんには連絡しなくていいって、茨に言ったんすけどね」
    「茨はそんなこと言ってなかったね。ジュンくんがさも重症なみたいな言い方してたね。電話だって途中で繋がらなくなっちゃって」
    「えっ? 茨さっきまで居たんすけど、普通に電話してましたよ。……ああ、きっとわざとっすね」
     ジュンくんは苦笑いして自分の頬をかいた。
    「茨のやつ、オレとおひいさんが喧嘩してるの知ってるんで」
    「……じゃあ何!? 茨の策略にまんまと嵌ったっていうこと? ぼくを騙すなんて許せないね! もう凪砂くん連れて海外旅行に行ってくるね!」
    「ちょっと、ナギ先輩巻き込まないでくださいよぉ〜。茨泣きますよぉ」
     慌ててとりなすジュンくん。顔色はそんなに悪くはないけれど、確かに寝不足を思わせるように目の下に薄っすらとクマができている。

    「ジュンくんが眠れなかったのって……もしかしてぼくのせい?」
    「まぁ……違うって言ったら嘘になりますね」
    「そっか、ごめんね……。ふふふっ……」
     具合が悪くなるほどジュンくんを追い詰めてしまった事は申し訳ないと思うけれど、ぼくがジュンくんのことで頭がいっぱいなように、ジュンくんもぼくのことで頭をいっぱいにしてくれたのなら、少し嬉しいと思ってしまう。
    「ふふ、ふふふっ……」
    「何笑ってるんすかぁ〜。あんたがもう別れるみたいな、そういうこと言うからでしょうが」
     口を尖らせて言うジュンくんに、ごめんねと形ばかり謝りながらぼくは顔が緩んでしまうのを止められなかった。
    「まぁいいや、こうして病院に来てくれただけでも嬉しいんで。それにしてもすごい汗ですね。そのコート脱いだらどうですか?」
    「いや……その、いいの。ぼくはこのコート気に入ってるからね!」
    「そういうもんでもないでしょうよ。本当に脱がないとあんたも倒れますよ」
     ジュンくんがぼくの手を引く。足に力が入らなくて、簡単にジュンくんの腕の中に倒れ込んでしまった。
    「……あれ、あんたこのコートの下パジャマ!? パジャマに革靴って……あんたなんでこんな格好して……?」
     もうバレてしまったなら仕方ないと、ジュンくんにボタンを外されるままコートを脱いだ。病室のベッドの前で、光沢のあるシルクのパジャマを着て革靴を履いているぼく。間違った方向にめかしこんだ入院患者みたいだ。実際のところは見舞客なのだから、なおのこと笑えない。
    「ふはっ、ほんとにパジャマ……。普段人前であれだけ見た目を完璧にしてるくせに、パジャマとか……」
    「うるっさいね!」
     ジュンくんは涙さえ滲ませて、笑いながらベッドから下りた。ぼくをベッドの端に座らせ、机にあった新しいタオルで身体を拭いてくれる。額を押さえて、首を撫でて、優しく優しくぼくの汗を拭き取る。
    「馬鹿ですね……」
    「馬鹿ってぼくのことっ!?」
    「いやオレのことです。あんたが身なりも整えず飛び出してくるくらい、オレを思ってくれているなんて……」
     そうやって言葉にされると、すっごく恥ずかしいね! 拭かれたそばから汗が滲んでくる。
    「……そんなことも知らねぇで、言葉ひとつで焦って不安になって、仕事中にぶっ倒れるくらい寝不足になるなんてオレは馬鹿だなって」
    「その言い方、ぼくがジュンくんに夢中みたいだね!? お、思い上がりも甚だしいね!」
    「すみませんねぇ。……じゃあ馬鹿で思い上がりなオレに、どうしてあんなこと言ったのか教えてくれません?」
     ジュンくんはぼくの隣へ座った。ぼくの手を握ったその手で、優しく腿をポンポンと叩いて返答を待っている。
    「……ジュンくんにはもっとぼくのこと考えて欲しかったんだね」
    「あんたのことばっかりでしょうよ?」
    「ううん、お友達と遊ぶほうが楽しそうだったね」
    「……だってあんたが言ったんすよ? お互いばっかりになってしまうと視野が狭くなる。交友関係は大切に、お互い過干渉しないようにしようって」
    「……そう、だったっけ?」
     あれ、言われてみたらそんなことも言ったような。
    「オレだっておひいさんといたいとは思いますよ。でも交友関係を大切にっていうのも尤もだと思いますし。……あと……あんまり二人きりでいるとその……色々したくなるっていうか」
     ジュンくんはごにょごにょと語尾をぼかす。赤く染まった顔を横へ向けて、目だけをこちらへ寄こした。
    「キス、とか、それ以上とかも。そんな毎日迫ってたら嫌われちまうと思って、余計に予定を入れてたというか……」
     何それ、すっごく可愛いね! そりゃ毎日ジュンくんの欲にお付き合いはできないけれど、ぼくだってジュンくんと同じ年頃の男の子だよ? 同じように触れ合いたいって思ってるとは思わないのかな?

     ぼくはジュンくんの目をじっと見つめ、自分の唇をトントンと人差し指で叩いて合図を送った。
    「……ジュンくん、もっとぼくを欲しがって……ね?」
     ゆっくり目を閉じると間髪入れずに重ねられた唇。ぼくの背中に這わされた指先に力が込められていく。
    「ああ、くそっ病院ですよここ。なのにこんな薄いパジャマ着てくっついて……!」
    「ふふっジュンくん、すっかり元気そうだね!」
    「はい、死ぬほど元気なんで……えっとその、どっかでデートしていきます?」
     ジュンくんのお顔には分かりやすく、もっとぼくに触れたいって書いてあるね。
    「元気なら……」
    「はいっ……!」
    「ここから星奏館まで走って帰るといいね」
    「はぁっ!?」
    「ぼくがジュンくんを心配して必死に走った分、きみもぼくを思って走るといいね!」
    「……えっあんた、まさか星奏館から走ってきたんすか!?」
    「あ……」
     ジュンくんを揶揄うつもりが、ぼくはまた言わなくてもいいことを言ってしまったみたいだ。ジュンくんのお顔が更にふにゃふにゃと崩れていく。
    「そういうわけでぼくは汗だくなんだから、もう離れたほうがいいと思うね」
     今のぼくはこんなに汗だくで多分汗くさくて、ちっとも美しくない。けれどジュンくんはまた嬉しそうにぼくを抱きしめて、くちゃくちゃの髪に鼻をうずめた。
    「一緒にいる時もいない時も、オレはあんたのことばっかりですよぉ〜」
    「や、やだねっ! 離して!」
     抱きしめる力は強くなるし、なんか匂い嗅いでない!? 胸板を押し返すけれど、ちっとも離れてくれないね。
     ブルルとジュンくんのスマホが振動して、やっと力が緩んだ。

    「あ、茨からホールハンズが。退院手続き終わったから荷物持って外に来るようにって」
    「仕方ないから今日はぼくが荷物を持ってあげようね!」
     再びコートを羽織ってからジュンくんの僅かばかりの荷物に手を伸ばす。
    「マジっすか。おひいさんが走ったり、荷物持ってくれたり信じられないすね」
    「……このぼくにこんなことさせるのはジュンくんだけなんだからね。ジュンくんだけが……ぼくの特別だね」
     言ってからじわじわと顔が火照ってくる。
    「ふんっ、ありがたく思うといいね! 『おひいさんが走る』なんて、『空前絶後』の類義語として辞書に載ってもおかしくないくらいのことなんだからね!」
     誤魔化すように言いながら立ち上がった。……はずだったけれど、またボスンとベッドにお尻が沈んだ。
    「じゅ、ジュンくん〜〜」
    「どうしたんすか? 泣きそうな顔して」
    「立てないね」
    「え……」
     革靴の中の足は痛いし、いつもと違う負荷を急激に受けた脚の筋肉は、もう働くことを放棄していた。


     病院正面の自動ドアから外へ出た。お日様が一番高いところへ辿り着くまであともう少し。初夏の訪れを感じる太陽光に一瞬目が眩んだ。迎車の表示灯をつけたタクシーが停車している前で、茨がスマホを操作している。ふと顔をあげてぼくたちのほうを見た。
     そして、呆れ顔というか、信じられないという表情をしてから、いつもの敬礼ポーズに腹の立つ作り笑いを見せた。
    「これはこれは……」
     いつもならそんな茨に文句のひとつでも言ってやるところだけれど、今は圧倒的にぼくに非がある。だって……ぼくはジュンくんにお姫様抱っこされて運ばれているんだから。
    「ありえませんな! 入院していたのはどちらでしたっけ?」
    「……うるさいねっ! 茨が悪いんだね!」
    「茨、聞いてくださいよ。おひいさん、パジャマに革靴で星奏館からここまで走ってきたらしいんすよぉ〜。……困った人ですよねぇ?」
     全然困っているようには聞こえない。パステルの風船がふわふわと浮かんでいるような声でジュンくんは言う。茨は一瞬、口端をひくりと震わせた。
    「……へぇ、ジュンは随分と愛されていますな♪ 」
    「ははっ、そうみたいっすねぇ。やっと実感できました」
    「あっはっはっ〜☆一芝居打ったかいがあったというものです!」
    「ふんっ、茨には助演男優賞をあげようね! 主演はこのぼくだけどね」
     腹立たしいのは変わらないけれど、茨なりにぼくたちを心配してくれたのは分かる。だから凪砂くんを連れた旅行は、国内までにしてあげようね。


     ――――――――――


    「おひいさーん、用意できましたか〜?」
    「んーー」
     星奏館のぼくのお部屋にジュンくんが迎えに来た。午後からだけだけど、あの日から初めての二人揃ってのオフだ。ソファでスマホを見ながら気のない返事をするぼく。ジュンくんはソファ前に立ってぼくを見下ろした。
    「何見てるんすか?」
     SNSを開いたままのスマホ画面をジュンくんへ向けた。そこには病院前でお姫様抱っこをするぼくたちの写真が映し出されている。誰かが撮ってSNSにあげた写真は、あの日からすごい勢いで拡散されていた。
    「うっ、わ。なんてもん見てるんすか!」
    「コメント見た?」

     “ジュンくん、リアル王子さま!”
     “かっこよすぎ”
     “日和さまを支える姿、尊い”

    「なんだかジュンくんを讃えるコメントが多いんだよね」
     ジュンくんを心配して、歩けなくなるくらい力を出し切って走ったのはぼくだよ?
    「それより、これからデートできるんすよね?」
     ジュンくんの目は期待に満ちてキラキラとしている。お気に入りのボールが投げられるのを待つ子犬みたいだ。なんならピコンとした耳とフサフサの尻尾まで見える。もちろんイエスなんだけれど、SNSが面白くないからちょっぴりの意地悪を言う。
    「お姫様抱っこで移動してもらおうかね」
    「はあっ!? ありえないでしょう! 勘弁してくださいよぉ。もう揶揄われて大変なんすから!」
     よっぽど恥ずかしい思いをしたのか、ジュンくんは必死に拒絶する。眉間に皺を寄せてため息をついた。
     
    「あんたを人前でお姫様抱っこするのは、結婚式のときだけにしたいもんすよぉ」
     
    「えっ?」
     なんてことをサラッと言うんだろうね。ぼくは目を見開いて、まじまじとジュンくんのお顔を見つめる。ぼくの視線にジュンくんは失言に気づいたようだ。「えっ!?」とか「あう〜」とか言いながら、お顔が徐々に赤くなっていく。
    「いやいや、そんな結婚とか無理でしょうけど……! 法律とか……?」
    「プロポーズ……?」
    「んなわけねぇでしょうが!」
     そんなにピシリと否定されると、ちょっと気分悪いよね。むうっと膨れていく頬をジュンくんの温かい両手が包み込んだ。
    「いずれもっとちゃんとしますから、プロポーズは! ずっと先になっちまうと思いますけど……。制度上無理だとしても、それくらい真剣な気持ちであんたと付き合ってるっていうか……」
     ジュンくんは考え考え言葉を繋いでいく。ぼくは熟慮もせずにきみを傷つける言葉を放ってしまったけれど、きみは丁寧にぼくを幸せで満たす言葉を探してくれている。
     本当に素敵な子だよね。きみがとても愛おしいよ、ジュンくん。
    「ちゃんとあんたの隣に並んで、それから引っ張っていけるくらいのオレになったら……」
    「ね……ジュンくん、」
     ジュンくんの言葉を遮って、抱っこをせがむように両腕を上げた。
     もういいから、早く早く抱きしめて。
    「え、マジでお姫様抱っこで出かけるんすか……?」
    「ううん、ぼくも二人きりの時だけにしたいね。今夜は燐音先輩も奏汰くんも帰らないし、外出は止めてお部屋で過ごそうかと思うんだけど、いいかな?」
    「うっす……」
     ジュンくんは跪いてぼくの膝裏と脇の下に腕を回した。ジュンくんの首にギュッとしがみついて、耳元に顔を寄せる。そして特別に甘い声を注ぎ込んだ。
    「……また寝不足になっちゃうかもね?」
    「の、望むところですよぉ。あんたこそどうなっても知りませんよ?」
    「望むところだね♪」
     ジュンくんはぼくを抱え、王子さまよろしく立ち上がった。
    「よっっっ……しょっ……!」
     なんて苦しげな掛け声を漏らしていたのも、一瞬よろけたのにも、気づかなかったフリをしてあげる。ジュンくんがあんまりに嬉しいことを言ってくれたからね。
    「ジュンくん……大好きだね♪」


     ――――――――――


     *おまけ*

    『ひよりく〜ん!!』
    『ジュンく〜ん!!』

     ファンたちの熱い歓声がライブ会場にこだましている。
    「ハッハッ……ハッ……!」
     ぼくもジュンくんも同じように息が上がって、肩が上下している。頭がクラクラして、汗があご先まで流れた。でも身体の疲労に反して頭の中は隅々まで冴え渡っている。いつまででもこうしていたいと思うくらい、気分は高揚していた。

     近づいてきたジュンくんが、マイクに声が入らないようにしてぼくに話しかける。
    「おひいさん、あのうちわ……」
    「うん、あっちもだね……」
    「どうします、やりますか……?」
    「うんうん、ファンの期待に応えてこそのトップアイドルだね!」

     観客席を見ればあっちを見てもこっちを見ても、『お姫様抱っこして♡』と書かれたうちわが揺れている。
     
    「うしっ!!」
     ジュンくんの気合いの入った掛け声とともに、ふわりと地面から身体が浮き上がった。
    『きゃあああーーっ!』
     ファンたちの天井をも突き抜けるような悲鳴があがった。ぼくを抱えて一回転してから降ろし、ジュンくんがまたトークを続ける。
    「あれは事情があって、おひいさんがですね──」

     “お姫様抱っこは二人きりの時だけ”

     そんな約束は早々に破られることになってしまった。激しいダンスに加えて、お姫様抱っこを要求されたジュンくんはかなりヘロヘロになっている。今後も続くのでは腰にも良くない。代わりになるファンサービスを考えないといけないね。たとえば──
     ジュンくんの衣装の下衿を掴んで引き寄せる。唇の近くギリギリの頬に口づけた。
     
    『ぎゃ゙あ゙あああああーー!!』
     砲撃のような凄まじい悲鳴が轟いた。
    「あんた……」
     いつまでも尾を引く悲鳴の中、真っ赤になって口元を押さえるジュンくん。そんな可愛い恋人に向けて、ぼくは自分の頬をトントンと人差し指で叩いて合図を送った。
    「あ、りえねぇだろ……」
     ほら早く♪ どうすればいいのか、きみなら分かっているよね?
     ジュンくんは一度天を仰いで肩からフッと力を抜く。諦めた表情で近づいてくる彼のお口が「どうなっても知りませんよ?」と動いたように見えた。

     数秒後、ファンたちの悲鳴は止むどころか、更に大きくなったことは言うまでもないね!
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    進明歩

    PAST『世界が滅びるとき、最後のふたりになるとしたら相手は誰がいいですか?』
    ※相手が死んでしまったらとの想像、夢などがあり。
    ※二人ともかなり泣く。
    ※ジュンひよですが、逆にも見える。
    ※凪砂、茨もちょっと登場。凪砂→茨。
    この中のワンシーンを書いたのが二次創作を書いた最初。恥ずかしくて投稿できず、ずっと支部の下書きにありました。公式ストが出てくるとどんどん解釈がずれそうなのでここで…
    最後のふたり『世界が滅びるとき、最後のふたりになるとしたら相手は誰がいいですか?』

     
     

    「みなさん、おはようございます! Eveの巴日和です!」
    「漣ジュンです! よろしくお願いします!」
     
     生放送の朝の情報番組にEveで出演していた。今日は日和が主演するドラマの初回放送日。主題歌はEveが務めるとあって、ジュンも日和と共にドラマと曲のプロモーションで出演していた。
     
    「それでは視聴者からの質問コーナー! 時間の許す限り訊いていきますね!」
     アナウンサーの女性が明るくハキハキとした声で進行していく。出演時間は十分程、順調にドラマの映像を見てのコメント、曲の紹介などを終え質問コーナーとなった。

    「次が最後の質問になりますね。『世界が滅びるとき、最後のふたりになるとしたら相手は誰がいいですか?』……巴さんから!」
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