つよくて NEW GAME※ジュンが特待生×日和が非特待生のパラレル。捏造しかない。(ジュンの父、日和の家族、玲明のシステムなども)
※日和が痛い目にあったり、馬鹿にされる。
※名前のない、喋るモブが数人出てくる。
※現在35000文字くらいですがどうなるか分かりません。今回載せた部分やタイトルも変更あるかもしれません。
※今のところ全年齢~R15くらいの内容です。
第一章+αのお試し版です。よろしければ読んでください。自己満足でもいつかどこかに載せられたら...
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1
「漣ジュンくん、きみをぼくのユニットの相方にしてあげるね!」
光栄でしょ? と言いたげにお貴族様が微笑む。
「はぁぁぁ〜??」
ジュンの素っ頓狂な叫びが、玲明学園の廊下に響き渡った。
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はぁ……またか、ジュンは小さくため息をついた。
玲明学園の屋上扉の前の狭いスペースは、ジュンのちょっとしたオアシスだ。屋上は通常施錠されているため、ここに来る者は殆どいない。昼休み、一人で過ごしたいジュンにとっての束の間の安息地は、やましいことを行う者にとっても格好の場所であったようだ。
「おい、お前さっき俺の足踏んだよな?」
「すみません、わざとじゃなくて」
「はぁん? 非特待生のくせに特待生の足を踏んで、すみませんで済むと思ってんのか? 仕事に影響したらどうしてくれんだよ?」
「すみません、すみません」
聞こえてくる内容から非特待生一人に、特待生三人が絡んでいるようだ。こんな光景は玲明学園では日常茶飯事のこと。特待生が上、非特待生が下、完全なるヒエラルキー。先生も生徒も見て見ぬふりだ。
彼らは階段下の物置スペースに居て、ジュンに気づいていない。ジュンとて学園で穏便に過ごすには、見ないふりをするに越したことはないと分かっている。だがジュンにはそうすることができない。性格的に、それから経歴的に。
半年程前までジュンもあちら側、非特待生だったのだ。
仕方なくジュンは立ち上がる。スラックスの埃をわざと音を立てて払った。
「た、助けて」
物音に非特待生は助けを求めて、特待生三人はギクリとして振り仰いだ。ゆっくりと階段を降りて行く。姿を現したのがジュンだと分かると、どちらにも戸惑う様子が見られた。
ジュンは特待生なのだから、対非特待生であれば当然特待生側に付くはず。その上三人はジュンより先輩だった。だがジュンは非特待生を粗雑に扱わない、数少ない特待生として知られていた。ジュンは入学当時こそ非特待生であったが、試験を経て特待生となった今は一定の評価を得ていた。また彼の持つ"漣"というブランドは、注目を集めるために功を奏していたし、同時に暗いイメージも付いてくるため、この先どう転ぶか分からない。
つまりどちらの味方になるのか曖昧な上、特待生にとって敵に回るならば楯突いてもいい相手なのか測りかねるのだ。結局彼らは安全パイを選んだ。乱暴に非特待生を離すと、小さく舌打ちをして去って行った。
「あの、ありがとうございます!」
「何もしてないっすよ」
「俺、同じ二年の……」
黒髪の小柄な非特待生は、自身の名前とジュンと以前同じクラスだったこと、ジュンに憧れていることなどを興奮気味に話した。
「そんな立派なもんじゃないですよ」
ジュンはガシガシと後頭部を掻く。むず痒くて仕方ない。折よくチャイムが鳴ったため「じゃあ」と立ち去ろうとするジュンに、彼はもう一度礼を言ってから訊いた。
「あのっ、漣くんはどうしてユニットを組まないんですか?」
「……さぁ、どうしてですかね……?」
何とも答えられず、それだけ言うとジュンは階段を駆け降りた。
ここ玲明学園でユニットを組むことは必須ではない。ソロで活躍しているアイドルも一定数いる。だがどうしてもソロで活躍となるとかなりの実力が必要で、ユニットを組み所謂束売りをして世間に顔を売っていくのが大多数のやり方だった。ではジュンがソロで売れるほどの実力の持ち主かと言えば、控えめにいっても中の上だとジュン自身は思っている。ずっと第一線でやっていくには何かが足りない。それこそユニットを組んで、新しい魅力を開拓していかねば先細りだろう。ジュンも僅かながら焦りを感じていた。
だが生意気な言い方をすれば、ユニットを組みたいと思える相手がいないのだ。いつかこの"漣"という名前がユニットメンバーにも足枷になるかもしれない。そのデメリットを相手に呑み込んでもらってまで、組みたいと思える相手がいないのだ。
──いや、一人いた。
玲明学園の生徒ではなかった。数ヶ月前の夕方、雨の煙る海で見かけた男。
上手くいかなかった仕事帰り、電車の車窓に広がる海を見た途端、ジュンは衝動的に電車を降りていた。特待生のネクタイが、冷たい潮風に弄ばれジュンの頬を打ち付ける。ネット配信の歌番組の収録前、父親のことを引き合いに出され心を乱された。ジュンのダンスは精彩を欠き、歌声は伸びを失った。『やっぱり蛙の子は蛙』そんな視線から逃げるように帰ってきた。
「はぁ〜〜」
思い切り吐き出したため息を吸い込む前に、ポツリと雨が降りかかった。急な雨に散歩中の人も駆け足で立ち去ってゆく。ジュンは塗装の剥げた海の家の軒下に駆け込んだ。
「ツイてねぇ……」
黒い傘を差した男に気づいたのはその時だった。男の上半身のほとんどは、大き目の傘に隠されていて見えない。時折見えるブルーの上着の裾とスラックスから、近隣の高校の制服ではないかと思えた。
まさか入水自殺でもしないよな……? とジュンは男から目が離せなくなった。暗く湿った海岸に揺れる黒い雨傘の下で、男は葬式帰りのように哀しげな雰囲気を纏っていた。まだ寒い季節だというのにコートも着ていないようだし、ローファーが濡れるのも構わず、随分と海に近寄っている。高く荒れた波が引き、ひと際大きくなって押し寄せた。あっ、と思ったが男はピョンピョンと軽いステップで数歩後ろ向きに下った。ジュンはホッと息を吐く。どうやら自殺ではないらしい。
霧のように細やかな雨は、視界をグレーに染める。雨音は砂浜が呑み込んで、波音が刻む心地よいリズムがジュンの荒んだ心を宥めてくれた。ジュンと男だけが、穏やかな黒鉛筆画の世界に閉じ込められているみたいだった。
「♪〜♪〜♪」
じっと海の方を眺めていた男のほうから、風に乗って微かに歌声が聴こえてきた。それは昔、ドラマのエンディング曲としてヒットし、今では卒業式などでも歌われている名曲だった。卒業式シーズンだから、彼も学校で歌ったのだろうか。呟くような歌声は波の音に負けず、ジュンの耳に運ばれる。ポツポツと囁くように柔らかで切なくて、でも芯があって。歌詞が分からないのか、途中から鼻歌交じりになったがそれもまた味わい深い。
ジュンは目を閉じて聴き入っていた。そう、こういう声を探していた。こんな相手とならばユニットを組みたい。でもアイドルを目指すわけでもない男子高校生だったら、「いい声ですね」などど突然見ず知らずの人間に声を掛けられてビビらないはずがない。
そうこう思っているうちに、男は立ち去ってしまった。どんな顔か見てみたい、でも男は振り返らなかったし、ジュンも追いかけることができなかった。
その時のことは今でも時々思い出す、やり直したいと思う過去のひとつだ。男に声を掛けて断られれば、まだ気持ちを切り替えることも出来るかもしれないのに。
未だにジュンの心は、あの雨の煙る夕方の海に留まっている。
先日、特待生と非特待生のトラブルにくちばしを突っ込んでしまったので、あの屋上扉前の安息地からはしばし遠ざかっていた。
ジュンは中庭の大きな木の下にいい場所を見つけて、昼休みはそこで過ごしていた。ところが当たり前のことだが雨の日は濡れる。
その日は昼休みの時間こそ陽射しが出ていたが、それまで長く降っていた雨のせいで木の下は湿っていた。仕方なく久しぶりに屋上扉前へとやってきた。昼食を食べ、午後の英単語のテストに備えて単語帳を開いて暗記をする。特待生だからある程度の成績はアイドル活動で免除されているものの、最低ラインというものもある。生真面目な質だから単語帳はそれなりにヨレヨレだが、英単語たちは頭の中に少しも留まってはくれない。寄りかかっている鉄製の屋上扉は、太陽光に温められ熱いくらいだ。満腹感と単語の羅列に唆されて、ジュンはウトウトし始めていた。そこへ耳から脳へ射抜くような、大きな声が聞こえてきた。
「汚い手でぼくに触らないで!」
凜とした通る声にジュンはパッと目を開けた。どうやら一階下の踊り場辺りで言い争っているようだった。
「はぁ? お前、非特待生だろ? 特待生に対する口の利き方が分かってないようだな」
「特待生だとか非特待生だとかぼくには関係のない話だね。とにかくその無礼な手を早く離すんだね」
話から察するにこのキンキンと喚いている男は非特待生のようだ。だがこんな風に面と向かって特待生に楯突く非特待生には、お目にかかったことがない。
「お前何様だよ。そんな理屈、この学園で通るわけねぇだろう。お前みたいな下のやつは、俺ら上の者にへつらって仕事のおこぼれもらうしか生きていく道はないんだぞ?」
「ぼくは巴日和様だね。誰がきみたちなんかにへつらうかね。そんなことするくらいなら死んだ方がマシ。大体きみたちみたいのが特待生だなんて言うんなら、選考する先生方の審美眼を疑うね」
……ともえひより。
名前は聞いたことがある、ちょっとした有名人だった。彼は今年高三になった春に、夢ノ咲学院から転入してきた。アイドル育成の学校として有名な夢ノ咲のトップが転入……そう聞いて生徒は色めき立った。ところが彼はトップはトップでもアイドル科ではなく、普通科のトップだったのだ。当然アイドルのレッスンなど未経験で、それが高三になっての転入。しかも巴財団とかいう金持ちのお坊ちゃんらしい。とにかく異例尽くしだった。アイドルとしての基礎は全く無く、持って生まれたルックスの良さは他に類を見ないほどなのに、それが逆に哀れに思えるほど歌やダンスが酷いらしい。いっそモデルや俳優を目指せばいいのに、と誰もが噂していた。
ジュンは巴日和の顔を見てみたくなって、そっと顔を覗かせた。
日和は噂通り、お目にかかったことのない程の美男子だった。小さい頭に流れる艷やかな若草色の髪、大きな菫色の瞳は怒りに震えてさえ美しかった。スラリと伸びた手足のバランスも完璧で特待生である彼らと並んでも、遜色ないどころかずっと勝っていた。
「はぁ?」
相対する特待生の三人はなんとも間の悪いことに、前回と同じ先輩三人だった。
「アイドルはファンの子たちに夢を与えるお仕事でしょ? そんなきみたちが真っ黒で、みみっちくこんなくだらないことをやってるんじゃあ、すぐに飽きられるに決まっているね」
言い方はあれだが、彼の言うことはいちいち尤もだとジュンも思う。
「こんの野郎……」
あっ! と思ったときにはドスッと人を殴る音がして、日和が腹を押さえて呻いていた。
「……暴力なんてっ……最も野蛮で下賤な行為、だね」
それでも日和は怯むどころか、花が開くように凛と笑ってみせた。
「ぼくは近い将来必ずデビューする。そしてきみたちに本物はどういうものか教えてあげるね」
「ルックスだけでやっていけるような甘い世界じゃねぇぞ」
特待生は笑みを浮かべる日和の顎を掴みあげた。
「ぼくを美しいって褒めてくれているのかね?」
「……お前」
日和は人を苛立たせることが異常に上手い。こんな孤立無援の状況なのだから、少しは下手に出てやり過ごすという術を知らないのだろうか。
「こいつ、剥いちまおうぜ」
別の特待生が言い出した。
「そうだな、綺麗な顔してるしイケるんじゃね? 遊んでやろうぜ。そんで写真でも撮ればさすがに黙るっしょ」
違うほうに風向きが変わり始めた。凄んでも殴ってもへこたれ無い生意気な非特待生を前に、別の屈伏させる方法を思いついたようだ。
一人が日和を後ろから羽交い締めにして、別の一人が日和のスラックスのベルトを外しにかかる。
「はぁ!? ぼくに触らないで!!」
「ちょっと!!」
ジュンは慌てて階段を数段飛び降りた。
「何やってるんです?」
前回とは違い、明確に彼らに敵対するように睨みつける。
「またお前かよ」
日和に頭にきている彼らも前回とは違い、ジュンに怒りを向けてきた。
「もしかしてお前もまざりてーの?」
別の特待生がニヤニヤと言う。
「オレはそんな趣味ないんで結構っすよ。それより先輩、CM決まりそうなんですよね? 爽やかさがイメージに合うって。こんなことバレたらマズくないっすかね」
相手はグッと黙って、他の仲間に目配せをした。
「……チッ、ここは見逃してやるから、誰にも言うんじゃねぇぞ。そっちのお前も」
「お前じゃないね! ぼくはともえ……んぐっ」
尚も大声で喚く日和の口をジュンは手で押さえる。三人がこちらを睨みつけながら去っていくまで、ずっと口を塞いでおいた。
「んぐぐっ……!」
「あ、すみません」
ジュンが手を離すと、日和は涙目になりながらハァハァと肩で息をする。
「きみに殺されるかと思ったね」
日和は息が整うと身体を起こして、正面からジュンを見た。本当に綺麗な顔をしている。この綺麗な顔をふにゃりと綻ばせて『ありがとう♡』などと言われれば、たとえ男だろうと悪い気はしないだろう。ところが日和は笑顔を見せるどころか、鋭い目でジュンを睨みつけている。
「あのぉ〜?」
「遅いね!」
「は?」
「助けるのが遅いって言ってるんだね!」
「はぁっ?」
「きみずっと上で見てたんでしょ? ぼくが殴られる前に助けに来ても良かったんじゃないのかね?」
「あのですね、あんたが相手を煽るようなことばっかり言うから殴られたんでしょ。もっと悪いことになる前に助けたんだから、そこはお礼言ったっていいんじゃないすか?」
「ぼくは本当のことしか言ってないね。もっと悪いことって、ぼくは裸を撮られたってそんなくだらない嫌がらせには屈しないからね」
「……それで済まなかったと思いますけど」
日和は首を傾げてジュンを見る。彼らの言っていた意味が分かっていなかったのだ。
「あいつら、あんたのことその、無理矢理ヤってやろうとしてたんすよ」
「無理矢理やる? ……ふぇ!? ぼく男の子だよ? 綺麗な顔してるから間違えちゃったの?!」
「んなわけねぇでしょうが。そういう趣味のヤツもいるし、まあ男ばっかの環境で溜まってるとか、相手を屈伏させる手段にするとかあるみたいですよ」
「ええーっ!? ぼく危なかったね!」
日和はぎゅっと自分の腕を抱きしめた。
「そういうことなら、ありがとうね! えっときみ、お名前は?」
「……いや、名乗るほどのもんじゃないんで、もういいっすよ」
日和はムッと口を尖らせた。
「貴族がお名前を尋ねたら、下々の者は名乗る栄誉を与えられたことに感謝するものだね」
「誰が下々の者ですか」
「で、お名前は?」
話ながらジュンはヤバイ奴に関わってしまったと思い始めていた。壊滅的に変わっている。見た目の美しさを裏切って、性格が面倒くさ過ぎる。名前なんて教えて関わりを深くしたくない。
「そろそろ行きますね」
日和はジュンが階段を飛び降りた時に落とした単語帳を拾い上げた。
「『漣ジュン』くん」
真面目なオレの馬鹿野郎!
ジュンは心の中で自分を罵った。ご丁寧に単語帳には名前が書いてあった。
「漣、さざなみ、さざなみじゅん」
日和はうーん、と記憶を辿るように首を傾ける。
「あっ! きみ知ってるね!」
ジュンはげんなりした気持ちになった。漣を知ってる、と言ってからの反応は『あの落ちぶれた漣』という苦笑いか気遣いが多い。その反応を予測して心にシールドを張る。
「あのいい歌声の『さざなみじゅん』くんだね!」
予測はどちらも裏切られた。
「この前授業できみの歌を聴いたね!沢山の特待生の歌を聴かされて、正直みんな大したことなくて眠くなっちゃったんだけど、きみの歌だけはぼくの中に響いたんだよね」
お世辞も、ゴマすりも微塵も感じられない。心からの賛辞に聞こえた。
「歌っているのは、『さざなみじゅん』って特待生だって聞いて、歌声とお名前がピッタリだなって思ったんだね」
「……うっす」
真っ直ぐに褒められて悪い気はしなかった。
「そうかぁ、きみが『さざなみじゅん』くんかぁ。こんなところで会うなんて運命だね」
「うんめい?」
「漣ジュンくん、きみをぼくのユニットの相方にしてあげるね!」
「はぁぁぁ〜??」
日和に負けないくらいの大きな声が出た。
……何を言ってるんだ? 相方? そもそも非特待生が特待生に対して『相方にしてあげる』って言うのも有り得ない。ジュンも特待生だから偉い、みたいな風習には辟易しているが、日和は歌もダンスも非特待生の中でも最低ランクだという。それをなんの恥ずかしげもなく言ってくる辺り、まともな神経とは思えない。
「どうしたの?」
呆然としているジュンの顔を、日和は少し身を屈めて下から覗き込んだ。キスするかと思うくらいの超近距離に迫ってくる。陶磁器のような滑らかな肌も、シャンプーかと思われるいい香りも、上目遣いに瞬く菫色の瞳も、とんでもなく魅惑的だ。
「あまりに嬉しくて言葉も出なくなっちゃったのかな?」
……そう、口さえ開かなければ。
「きみのことは、そうだね、ジュンくんって呼ぶね。ジュンくんはぼくのこと何て呼ぶかね?」
関わるな。ジュンの野生の勘が告げている。逃げろ。深みに嵌るときっと面倒なことになる。見た目に惑わされるな。これは見た目は美しいお姫様、中身はとんでもなく厄介なお姫様。あれ、見た目も中身もお姫様ならいいのか? いやいや既に頭が混乱している。よし、逃げよう。
「丁重にお断りします!」
ジュンは日和に背を向けて一目散に駆け出した。
翌日の昼休みトイレで手を洗いながら、また外へ行くかぁとぼんやり考える。あの屋上扉は鬼門のようだ。余計なことに巻き込まれないよう、近づくのはやめよう。
ハンカチで手を拭きつつ一度教室に戻ろうとすると、なんとなく廊下がざわめいている。教室前の廊下に見覚えのある、若草色の髪の毛が見えた。ジュンは反射的に隠れた。
たまに使い走りにされた非特待生が特待生の教室へ来ることもあるが、自分から好んでやって来る者などいない。しかもそれが有名な巴日和となればざわつくのも当然だった。日和は特待生たちの集まる廊下でさえ、ひと際目立っていた。
スタイルが抜群にいい、姿勢がいい、立っているだけで華がある。そんな彼はジュンの教室までやってくるとクラスメイトの一人に話しかけた。
「ねぇそこのきみ、漣ジュンくんってこのクラスだよね? 彼いる?」
ざわめきを一蹴するように、良く通る大きな声で言った。
「GODDAMN……」
ジュンは思わず呟き、目を閉じた。
「いえ、居ません……」
応じたクラスメイトは先輩とはいえ、相手は非特待生だというのに腰が引けている。
「そう、ありがとう」
日和はどことなく憂いを帯びた表情で、廊下に面した窓から外へ視線を向けた。差し込む陽の光が、スポットライトのように日和を照らしている。特待生たちの視線を集めながら、五分程その場で佇んでから日和は去っていった。ジュンはホッと胸を撫で下ろした。
ところがその翌日も、そのまた翌日も日和は昼休みにジュンの教室へやって来た。ジュンは運良くかちあわずに済んでいたが、日和が自分のいないところで何を言い出すのかと、ヒヤヒヤして様子を窺っていた。日和の来訪は特待生の中で注目の的だった。面白がったクラスメイトが日和に尋ねた。
「あの、漣とどういう関係ですか?」
「ぼく? ぼくとジュンくんはユニットの仲間だね!」
耳をそばだてていた他のクラスメイトたちも、ザワっと騒がしくなった。
「マジかよ」
「非特待生と」
「非特待生あがりは違うな」
「巴日和って」
日和は動じた様子もなくニッコリとしてクラスを見回す。
「そう、これからぼくとジュンくんのユニットはトップアイドルになるんだから、みんな良く覚えておくといいね!」
クラス中に笑いが弾けた。日和はなんで笑われているのか分からないというように首を傾げる。もうジュンは隠れていられなかった。
「ちょっと! あんた!」
「あれ、ジュンくん!」
ジュンを見つけると、日和はぱっと表情を明るくした。ジュンは日和の腕を掴むと有無を言わせず、例の屋上扉まで引っ張って行った。
「勝手なこと言うのやめてくれねぇっすかね」
「何が? ユニットのこと?」
「ちゃんと断ったはずでしょう?」
「おかしなこと言うね? ぼくがジュンくんが良いって言うんだから、きみに断る権利はないよね?」
……金持ちだからか? 金持ちは人の話を無視して自分の理論をぶち撒けても、下々の者とやらが推し量って会話が成立するんだろうか。
「オレはあんたと組みたくないんです」
「どうして?」
「……あんたが……歌もダンスも下手くそだから。オレとは釣り合わないからです」
こんなこと本音ではないし、断る口実にしたって言いたくは無かった。流石に傷ついただろうか、怒っただろうかと日和を窺う。思ったより静かな目をしていた。でもその奥には負けん気の炎がちらちらと揺れているように見えた。
「分かったね。じゃあテストしてよ」
「テスト?」
「そう、ぼくときみが最高のユニットになれるかどうか、試してもみないんじゃ勿体ないよね?」
「どうやって?」
「ぼくはまだ基礎も何もない。ジュンくんがぼくを指導してみて。ぼくに才能があるかどうかその目で確かめて」
日和の挑むような目がジュンを見据えていた。人を従わせることに慣れた目だ。ジュンはコクリと唾を飲み込む。ビリビリと項がひりつき、逆らう気持ちを失っていく。
「……分かりました。猶予は二ヶ月、毎日放課後一時間特訓しましょう。それで全然ダメなら諦めてください」
「ジュンくん!!」
日和は両腕を広げてジュンに飛び付いた。ジュンは両手で押し返す。
「離れて……! それから、もう教室には来ないでくださいっ!!」
2
『あの漣ジュンとあの巴日和がユニットを組むらしい』
玲明学園であまり良い意味でなく、有名な二人がユニットを組むという噂は、あっという間に学園中の知るところとなった。
……二ヶ月、二ヶ月の辛抱だ。ジュンは自分に言い聞かせた。二ヶ月、日和を特訓してみて、ダメなままだろうと少しはものになりそうだろうと結論は同じ。『残念ですがご縁がなかったということで』とお断りするのだ。安穏とした学園生活に戻るため、二ヶ月堪えるしかない。
放課後、ジュンが確保したレッスンルームに日和はワクワクとした表情で現れた。
「よろしくね、ジュンくん!」
「よろしくお願いします」
ジュンはもちろん指導経験などない。かといって、体よく日和を追い払うために適当にやるつもりはなかった。
ジュンとユニットを組む相手としてふさわしいかのテスト、というのも漠然としていてやり辛い。特待生になるための審査に通ることを目的として練習してはどうかと提案した。タイミング良く三週間後に一次審査、さらに一ヶ月後に本審査がある。もし特待生への道が拓かれるならば、ジュンとしてもユニットを断る罪悪感も少なくなる。
つづく……