遺される君へ 遺書を用意しろ、と言われた。
レインは簡素なその司令文をなぞる。無機質なタイプライターの文字は何の温度も宿していない。
神覚者というものは、死と隣り合わせの任務も遂行する。いつ殉職するかわからない彼らは、任命された時にまず手紙を書け、と言われるのだ。家族や恋人、友人でもいい。最期の時に言葉を残したい相手に向けて。
レインは机の上の羽ペンを手に取る。浮かぶ顔はただ一つだった。
書こうとして、わずかに文字が歪む。失敗した紙を破きゴミ箱に捨てる。何度かそれを繰り返して、やっとそれらしいものが出来上がった。
それを読み直し、レインは思考する。誰に中身を確認されてもいいよう、財産の部分にしか触れていないそれは、初めの司令文のそれを遥かに超えた冷ややかさを持っていた。
これを弟が読む。
そう考えると、とてもじゃないが読ませられないと思う。
レインはその一枚をまた破き、新しい紙を前に熟考する。突き放す言葉はたくさん出てくるのに、いざ本当のことを伝えようとするとなぜ何も出てこないのか。
迷いに迷って、一言、こう書いた。
「お前が泣くのは嫌だ」
その文を受けて、ぽつりぽつりと言葉を追加していく。全部本当は口で伝えたかった、でも決して伝えようとしなかった本音だ。
「しかし許されるのであれば、死に際にお前の顔を見たかった」
「お前が笑ってくれたら、それだけできっと安らかに逝けただろう」
「普通の人生を歩め」
「一人でも必ず幸せを掴むと、約束してくれ」
「お前の幸福を願っている」
出来上がったぐちゃぐちゃの文章を、読み直して僅かに苦笑した。こんな意味の分からない感情の塊を、遺書にする。バカのやることだな、とレインはそれを鍵付きの引き出しに仕舞い込んだ。
こんな思いを伝えずとも、弟は必ず、平凡な生活と平凡な幸福を手に入れる。レインがそう決めたのだ。たとえそこに自分がいなくても、あの小さな弟が笑っていれば、それだけで。
簡潔な遺書を提出し、レインの最初の任務は終わった。