吸血鬼の狛枝「……ねえ、大丈夫？……生きてる？」
頭上から低くて魅力的な声が響いた、重い瞼をなんとか開けると、目に映ったのは白い炎のように派手な髪と、髮の中で魅惑的に輝く赤い目だった。
「つ…！俺は……おまえは……？」
身体を起こそうとしたが全身に激痛が走り、日向は動くことを諦め、自分の前に笑顔を隠して自分を観察している人を見た。。
「今回は階段から転げ落ちたんだ、かわいそうに。それで、僕は狛枝凪斗、よろしく。」
「……俺は、日向創、よろしく……」
目覚めたばかりだから、日向は相手の言葉にぼんやりと反応し、何もおかしい感じはなかった。
「日向君、こんにちは。初めましてだけど、君と取引をしたいと思っているんだ。」
血で汚れた顔に手を伸ばし、狛枝は微笑みながら日向擦り傷だらけの顔を撫で、痛みで神経を刺激して意識をはっきりさせた。
「痛……取引？」
「これから僕が君の傷を治してあげる、こんな風に。」
日向の傷だらけの腕を視界に入れるように持ち上げ、狛枝は舌を出して、血が滲む傷口を舐めた。
「え？」
思ったほどの痛みはなく、舌の湿った触感が滑ると、ほんのり痒い麻痺感だけが残った。
「もう痛くないでしょう？ほら、傷がもう治ってるよ。」
手首を回して、日向が傷が治ったことを確認して、狛枝は治療の成果を見せながら微笑んだ。
「……本当に、治った。」
唾液の下で皮膚の元の赤い血痕が消え、傷がなかったように見えた。
「その代わりに、僕が君の同居人になりたい。」
日向が傷の治癒に驚いている間に、狛枝はまだ多くの傷が残っている腕を下ろし、微笑んで話し始めた。
「同居人？」
「そう、こうすれば傷の治療も楽だよね？」
「……うん。」
もし治療法がこのように舐めることであるなら、外では確かに不便だろう。
「これからは僕の家に住んで、どうせ君もさっき追い出されたばかりでしょ？」
「どうして……？」
今朝、借りていた部屋でガス爆発のために追い出されたばかりのことを、日向は目を大きく開け、相手がなぜこのことを知っているのか理解できなかった。
「僕は長い間観察していて、君がぴったりだと思ったからさ。」
狛枝は微笑みながら、日向の頬の血痕を舐め取った。
「おまえは、何者だ？」
麻痺感が治まるのを待ちつつ、目の前の男性を見つめながら日向は疑問を投げかけた。
「僕は吸血鬼だよ、よく怪我する日向君。」
軽く笑いながら答えた狛枝は、日向の頭を枕に置き、立ち上がった。
「ここは本科生の寮で、君が本来来ちゃダメ場所だよ。」
「……おまえは、幸運？」
狛枝が少し離れた場所に立つと、ようやくその全身が見え、制服に気づいた日向は眉をひそめて尋ねた。
「そう、君と同じ学年で、超高校級の幸運だよ、予備学科君。」
「おまえは人間じゃないのか？」
「その点は秘密にしておいてね。。」
食指を唇に当てて黙っているジェスチャーをして、狛枝の目の中の赤い光が再び輝き、すぐに消えた。
「……おまえは血が欲しいのか？」
「そう、賢いね。必要なのは多くないよ、君が怪我している時に治療する分だけでいい。」
「吸血鬼の主食って血じゃないの？」
それだけで満足するのか？
「そんなに多くは必要ないんだ。普段は牛乳を飲んでいいから。」
テーブルに置いてあった牛乳を取り上げ、日向に信頼を与えるために狛枝は残りの白い液体を全部口に含んだ。
「……」
「破滅した？印象とは違うかな？あ、十字架は怖くないけど、大蒜や玉ねぎはあまり好きじゃないよ。」
牛乳を飲んだ後の痕跡を拭き取り、牛乳缶を置きながら狛枝は軽く説明した。
「血は、飲みたいなら飲んでも構わない。」
相手に悪意がないように思えたので、日向は短い考えの後、この一見して自分にとって利益がある取引を受け入れることにした。
「いいの？」
順調に事が進むのを見て、狛枝は首をかしげながら確認した。
「とりあえず、まず試してみよう。」
反論された後に心の中に疑問が浮かんだが、すでに言ってしまったこともあり、続けるしかなかった。
「取引を終わりにしたいときは、遠慮せずに言ってね。」
相手の迷いを見透かすように、狛枝は日向に優しく退路を示した。
「分かった。」
「それじゃあ、まずは傷治すね。」
微笑みながら、狛枝はベッドに横たわって動けない日向のもとに歩み寄った。
「お手数をおかけします。」
表面的な擦り傷が多いだけでなく、日向は骨にもひびが入っているかもしれないと感じていた。体を動かすると激しい痛みが走る。
「すぐ終わるから、目を閉じてね。」
動けない傷者に微笑みながら、狛枝は日向の瞼を優しく撫でて目を閉じさせた。その後、舌を伸ばして顔の皮膚の傷を舐め始めた。
「う……」
最初のデモンストレーションを見て、狛枝が今していることを推測し、日向は眉をひそめ、目をさらに強く閉じた。治療行為とはいえ、誰かが自分の顔を舐めるという事実はかなり不快だった。
「リラックスして、大丈夫、痛くないよ。」
眉間の皺を軽く揉みながら、狛枝は軽く笑いながら安心させた。
「うん。」
頷きながら眉の皺は解れず、狛枝はあまり気にせずに軽く笑い、舌で顔の血痕を一つ一つ消していった。順序通りに、頭から始めて、衣服の外に出ている傷がすべて消え、乾いた唾液の痕跡だけ残った。
「終わったよ。」
「ありがとう……痛い。」
狛枝が立ち上がるのを見て、日向はほっと一息ついて礼を言い、その後体を起こそうとしたが、皮膚の傷以外の状態はかわらないと気づいた。
「内部も傷ついている？」
日向が起き上がろうとするも再びベッドに倒れるのを見て、狛枝は首をかしげながら考え、すぐに答えを出した。
「ああ、多分骨がひび割れているんだろう。」
経験豊富な日向が渋々判断し、動けないわけではないが、腕を上げたり足を上げたりすると対応する痛みが走るため、行動が止まると答えた。
「どこの骨ですか？」
「たぶん……右手と両足。」
体を動かして状態を確認した日向は、痛みに耐えながら答えた。
「そうか、ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してね。」
頷くと、狛枝は慎重に日向の右手を持ち上げ、噛みついた。
「！？」
噛まれた瞬間だけは激しい痛みがあったけど、その後は他の傷の治療と同じ、すぐに麻痺感が広がった。
「手の方はこれで大丈夫だと思うけど、足の方は……」
口の中の血を飲み込んでから口を拭いた狛枝は、しっかり守られた下半身を見つめ、どこから手をつけるべきか考えた。
「……ふくらはぎ、ズボンをまくればいい。」
治療が終わった手で上半身を支え、ベッドの頭もたれかかる日向は、痛みをできるだけ避けながらゆっくりとズボンの裾をまくり上げ、筋肉の線がくっきりと見えるふくらはぎを露出させた。
「いただきます。」
口の中に溜まった唾液を飲み込みながら、狛枝はまず擦り傷による血痕を舐め取り、その後、腕の骨折を治療したときと同じように、皮膚の下に歯を食い込ませた。
「つ……」
一度経験があるとはいえ、噛みつかれた瞬間の痛みには日向も思わず息を呑んだ。
「もう大丈夫だよ。他にどこか傷ある？」
両足の骨折を治療し終えた後、狛枝は爽やかな笑顔で質問した。
「たぶん、もうないと思う。」
立ち上がって体がすっかり回復したことを確認し、日向は自分の体が傷だらけはずなのに、なんだか不思議そうに見つめた。
「他に傷があるか確認するために、服を脱いでくれる？」
自分が治療した場所を確認している日向を見ながら、狛枝は親切に提案した。どうせ自分には損がないし。
「いいえ、痛くないならそれで大丈夫。」
経験上、服の下の傷がそれほど深刻でないと感じた日向は、狛枝の親切を辞退した。
「そうか。ちなみに、傷は治せるけど、やはり血液が足りないから、栄養をしっかり補充してね。」
「……わかりました。」
「そろそろ夕食の時間だし、一緒に食べよう？」
時間を確認して微笑みながら、狛枝が提案する。
「え……」
「お金なら僕が出すから、たくさん食べてね。」
健康的に栄養を取って、失血で体調を崩さないように。
「吸血鬼も人間の食べ物を食べるのか？」
日向は心のままに疑問を投げかけた。
「今日は君のおかげで大丈夫だけど、普段は血が飲めないときに、生魚の刺身やステーキなど、血が含まれている食べ物を食べるよ。普通の食べ物は……趣味みたいなもので、まあ、食べなくでも特に問題ない。」
狛枝は正直に答えた。契約期間中ずっと一緒に住むことになるので、自分の状況をはっきり伝えておく方が便利だと思った。
「刺身……」
空腹を感じる日向の腹部が、食べ物の名前を聞いて反応した。
「あは、お腹が空いた？日向君、何か食べたいものがある？血を補うための食べ物をおすすめよ。」
「おまえに決めていい。」
何を食べれば血が補えるかわからなかった日向は、選択権を放棄することにした。狛枝も一緒に食べるのだから、選択肢を狛枝に任せても問題ないし、そもそも日向自身も食べ物にあまりこだわりはない。
「それじゃ、行こうか。食事が終わったら、ついでに荷物を運び込もう。」
狛枝は選択権を放棄する日向に対して、金額を確認した後、財布をポケットに入れた。
「はい、ありがとうございます……」
自分を気遣ってくれる狛枝に対し、日向は感謝の気持ちを込めて頭を下げた。
「気にしないでもいいよ、これ契約だから。」
「狛枝、おまえは血以外に何も得られないんじゃないか？」
最も緊急だった宿泊問題を解決してくれただけでなく、長い時間かかるはずの傷も治療してくれ、さらに食事までご馳走になり、日向は自分が受け取っているものが多すぎると感じた。契約関係とはいえ、不平等に感じられた。
「日向君の血はとても美味しいから、それだけで十分だよ。」
自責の念に駆られている日向に対し、狛枝は微笑みながら答えた。

「日向君、食べられないものある？」
相手が顔を洗って準備が整ったのを確認してから、狛枝はドアを開けた。
「特にないけど、強いて言うなら……桜餅かな。」
外に出る日向はまずは否定けど、その後ちょっと恥ずかしそうに答えた。
「ふふ、それは珍しいね。じゃあ好きな食べ物ある？」
ドアを閉め、先に歩きながら狛枝は気にする様子もなく続けて尋ねた。
「……草餅。」
狛枝の後ろについて歩く日向は、からかわれている気がして少し不満そうに答えた。
「へえ～面白いね。」
同じく和菓子であるにもかかわらず、食べ物の味にはあまりこだわらない狛枝は驚いた様子を見せた。
「狛枝さんは？」
反撃しようとする日向は負けず嫌いに質問した。
「『さん』付けは必要ないよ、対等な契約の相手だからね。僕の場合……特に食べられないものはないよ。一番好きなのは、もちろん血だね。」
狛枝は相手の言葉が終わる前に、エレベーターのボタンを押しながら微笑んで答えた。
「なるほど。そういえば、狛枝はいろんな人の血を飲んだことがありますか？」
閉じられた空間の中で、エレベーターがゆっくりと降りる間、日向はフロアのボタンの前に立っている全体的に青白い狛枝を見ながら慎重に質問した。
「うーん、どうかな？以前飲んでいた血の大部分は血袋からのもので、直接飲んだ血は少ないよ。」
狛枝はあまり気にせずに過去の生活を振り返りながら簡単に答えた。
「そうなんだ……」
「学校の食堂は夜も開いているけど、明日でみんなに紹介するね。」
「ディン」という音と共にエレベーターの扉がゆっくりと開き、二人の会話が途切れた。エレベーターを出て、近くの明るく灯ったレストランを見ながら、狛枝は校門の方へ向かい、外食に行くつもりだんだ。
「みんな？」
「うん、超高校級の同級生たちだよ。日向君はこれからここに住むことになるからね。」
学校にはすでに報告済みだが、面倒を避けるためにも同級生たちにも挨拶しておいた方が良いと思った。
「それは大丈夫かな？俺は予備学科のに……」
本科生だけが住める寮に住むことになり、彼らと同じものを食べるということに対して、日向は少し不安を感じていた。
「本科生だから、寮内ではどうしようと自由だよ。ただ、食事代は自分で払わないといけないけど。もし気にするなら、たとえば……そうだ、カップルの同居っていう口実がいいかも。」
指を顎に当てて考える仕草をしながら、狛枝はすぐにすべての理由を説明するための万能な言い訳を思いついた。
「カ、カップル！？」
自分に振り向いた狛枝の美しい顔を見て、日向は不意に顔を赤らめ、過剰に驚いて叫んだ。
「ふふ、ただ寮に住むための便利な口実に過ぎないから、心配しないで。血を吸うこと以外はしないから。」
狛枝はいたずらに成功した子どものように愉快な笑顔を浮かべ、スピードを落として日向の側に移動し、丁寧に説明した。
「血以外には……？」
一体何をするというのか？
「血以外は、君から何も奪わないよ。」
しかもそれはただの傷の治療のための報酬に過ぎない。狛枝は微笑みながら、獲物ができるだけ安心して自分の側にいられるように努めた。
「はぁ……」
「もちろん、もし君が自分から差し出してくれるのなら、話は別だけどね。」
相手が突然ため息をついた理由がわからないが、狛枝はにこやかな笑顔でさらに説明した。
「わかった。」
「……？反応が平淡だね。」
先ほどの「カップル」の反応とは大きく異なり、狛枝は不思議そうに首をかしげた。
「対等な関係が好きだから、機会があれば何かでお返ししたいと思っているんだ。」
相手から住まいと現代の技術を超えた治療を受けたが、自分が提供できるのはわずかな血液だけであることに、少し心苦しさを感じていた。しかし、何か他にお返しできることがあれば、心の安定にも役立つだろう。
「日向君が健康でい続けて、僕に美味しい血液を提供してくれれば、それが最高の報酬だよ。」
狛枝は、自分が何かできることで相手が輝く目を見ながら、微笑んで答えた。


ただ、私の側にいて逃げたり消えたりしなければ、それだけで十分なんだ。