鶴月SS赤い賜物
ロシアのご婦人の話を聞く月島は、自分より大柄な相手の伝えんとすることを理解すべく上目遣いで懸命に聞き入り、ウンウンと頷いたり、首を傾げたりしている。やがて一言、二言、月島が言うことに婦人がニッコリと微笑み頷くと、月島もホゥと安心の溜息をついてクルリと鶴見の方へと振り向いた。
語学の習得は実践が手っ取り早い。とはいえ、けしてそれが容易だというわけではない。見知らぬ土地で、よくここまでやってこれていると思う。私の、ために……。近付いてくる月島の瞳はいつも通り禁欲的だったが、隠しきれない達成感を滲ませていて、思わず微笑みが零れる。
「この町の名の由来について聞けました。エカテリノダール、つまりエカテリーナの賜物……この地を与えた過去の皇帝の名にちなんだ呼び名です」月島は淀みのない明瞭な声でそう言った。鶴見がコックリと頷く。
「正解だ。しかしお前の学習の早く、確実なことよ、月島。よくここまで習得した……まさに努力の賜物だな」
「いえ、恐縮ながら“これ”は貴方から賜ったものです」
月島が“これ”と言いながら自身の胸に手を当てる。“これ”が指すものを訊けばきっと生真面目な様子で大変なことを言われるのだろうなと鶴見は思った。
「何やら向こうを指していたようだが、他に何か聞けたか?」
「は、あちらの丘でマーキャという赤い花が見頃とのことでした」
「ほう、それはケシの花だ。この辺りに咲くのか、知らなかったな。見に行こうか?」
「私なんかと花を見てもつまらないでしょう」
「つれない奴め」
鶴見がションボリ顔を作り始めた様子を月島は目敏く見つけ、慌てて「行きたいと仰るのであればお供しますが」と言い加えたが、それは不合格だった。
「Скажи, что лю́бишь меня」 ──私に愛を! 鶴見が月島の態度に愛想や真心の欠如を指摘する、という名目の、実際は鶴見のかなり自己基準かつ気まぐれに発令される合図だ。これを受けた月島がとる行動は一つに決められている。
「Конечно. Могу ли я поцеловать тебя」──もちろんです、キスをしても? そう言って一歩鶴見に近寄り、爪先立ちで鶴見の頬に唇を寄せる。もっと屈んでやってもいいのだが、背伸びしてしがみついてくるのが可愛いので少し意地悪な高さのままでいる。ロシア含め西洋では一般的なスキンシップだ、なんて、まぁ嘘ではないのだが。ぎこちなさはなくなってきたが、まだ照れの残る動作に鶴見は満足した。月島がこれにすっかり馴れたとき、そのとき鶴見は自ら屈んで月島の頬を掬い、唇を奪ってやろうと思っていた。
「焦らず一歩ずつ、だ。早く馴れるといいが」
そんな鶴見のひとり言を、ロシア語学習の話だとでも思ったか、月島が「はい」と返事した。